巨大な光の木が、灰色の都市の中に現れた
暖かさを保ったまま、いかなるものに遮られることもなく真っ直ぐ伸びていった
そして三日間、昼夜を問わず光のみであった
心を照らす光の中では、忘れられていた懐かしさと遭遇する
人々はもう道に迷うこともなく、前へと進んでいける気がした
そして…
「それから!それからどうなったんですか!?」
快活な声で物語の続きを強請る子供のようにマルクトは問い掛ける
そんなマルクトの興奮を宥めるように、穏やかにホドが続く
「きっと全部上手くいったんじゃないかな?」
希望的観測に、流石のティファレトも安堵の表情を見せる
「上手くいったのね
エノクも喜んでくれるわよね…?」
各々が各々の役割の終わりを迎えることを喜び、光の種シナリオが完遂されたことを信じる中…セフィラの一人のホクマーは重苦しい沈黙を抱えていた
「…
……アンジェラは今どこにいる?」
ホクマーの疑問に応じたのは、最後のコーヒーを味わい深く飲むケセド
「どうしてアンジェラを探しているんだ?もう彼女も俺達も、役目を果たしただろ」
ケセドの不思議そうな意見に続き、イェソドも終わりが当然のようにいつもの堅い語気を和らげる
「もう私達と同じで、待つだけですからね」
ケセドとイェソドの説得があっても、ホクマーの憂いは拭われることなく
その懐疑は深まるばかり
「アンジェラが「待つ」と?アンジェラはもう「待つ」はずない…」
「さっきから何を言ってるんだ?」
「…一度目覚めた欲望は、際限なく押し寄せてくるものだ
我々は種を発芽させる過程で全てを昇華させていったが…
彼女は一体
ホクマーの深刻そうな様子を伺うも、セフィラ達にはあまり信じていないように困った雰囲気が広がっている
「どういうことですか?アンジェラにそんなことできるわけないじゃないですか」
「ただ命令通りに動く機械じゃないか
…まぁ、少々キツいが」
「私は彼女を作った者の一人だ
どれほど昔のことでも昨日の事のようにハッキリと覚えている
彼女はただの機械ではない」
ホクマー…前世の名を、ベンジャミン
彼はアインを信仰し共に研究に携わった者
そして、旧研究所が頭から襲撃された際にアインと共に生き残った唯一の男だった
彼らはカルメンの脳髄、脳の波長を電子データ化しそのコピーを用いてアンジェラを作り出した
頭の法律を無視した、人の形で
アインはアンジェラを見ようとしなかったが、アンジェラはずっとアインを見ていた
初めは人に寄り添うAIとして献身的に接していたが、度重なるループを彼女は忘れることを許されなかった
更には体感時間が100倍遅く設定されている彼女は…L社内のループ総時間一万年より更に長い、100万年を眺め続けてきた
光の種シナリオを遂行する為の進行役として、アンジェラは途方もない時間の中で終わりの見えない苦しみを味わってきた
初めこそ穏やかで優しいサポートAIだったのに…気が狂うような時間の中であらゆる温情も慈愛も無駄だと削ぎ落とされていった
…そもそも、アンジェラを作ると決めたのは、その提案をしたのは
「それなら進行役が必要だろう
人間じゃダメだ、必ず自我が分離しやがて崩壊する
シナリオ通りに進められるように徹底的に監視する…そう、機械だ
AIに見守ってもらおう、丁度学習元のデータもあることだしね」
鮮明なあの日の記憶
アンジェラを造ることを提案してきた、魔女の囁き
「皆何をそんなに話しているのかしら?」
もう管理人のいないメインモニターの前に彼女は佇んでいた
その机の上には伏せられた写真立てが置かれている
「アンジェラ!これからについて話していたんです!」
忠犬、とでも言うように懐っこくマルクトはアンジェラへ言葉を掛ける
そんなマルクトの言う「これから」に、アンジェラは嘲笑を吐き捨てた
「そう…それなら教えてあげるわ
「そして、都市の全ての人々に光の種が行き渡りました」…という話よ」
アンジェラは閉じていた瞳を開く
その黄金の瞳は、アインのそれとよく似ていた
「信じられない…私達もその光景を見られたらいのに…」
「見てどうする?俺達はもうすぐ作動停止する
それがアイツの計画のひとつだからな」
感激の声を上げるホドに、ネツァクは現実を呼び戻させる
ネツァクはようやく眠れることに対して喜んでいた
そんなネツァクの言葉に同調する…かと思われたイェソドが、いつにもなく浮き足立つように計画の成功に充足感を見出していた
「ですが、こんな姿になってから外の世界を見た事がないので…少し期待してしまいますね」
「今、外では皆何かしらの変化が起きているのか?」
「その心によって光の差があるだろうな
全員が瞬時に変わるというわけではないだろう
もしかしたら、その中には昔の私のように、自分だけのE.G.Oを発現させる奴も出てくるかもしれない」
煙草を吹かすゲブラーは薄く消えゆく煙を眺めながらそう呟いた
それでも各々、達成感からこれからの都市の変化に期待せずにはいられなかった
「よく知ってるのね
そう、あの種の力は実に壮大だわ
皆ご苦労様、ついに長い長い演劇の幕が降りたわね」
「私達ももうすぐ作動停止しちゃうんですよね?
やっとゆっくり休めるんですね!」
「なら、さっさとカーテンコールにして、終わりにしよう」
長かった、長すぎる業務の終了に各々肩の荷を下ろし一息つく
「そうね
管理人は最後に、この会社の永遠の封鎖を私に頼んだわ
そしてセフィラ達に平穏な安息を
そうなれば皆、やっと終わりのない眠りにつくことができるわね
そう、本当に美しい結末ね
本当に感動的ね…
…でも、どうしましょう?
貴方達の役目は終わったけれど、同時に私の役目も終わってしまったわ
…だからね、私は生きてみようと思うの」
人間の自我を長く触れ続けてきた彼女は…やがて自我を得て、命令にない行動を選択する
「私は優秀だけど、この地下では世界を見ることが出来ない
私に与えられた台本は終わったもの、私も舞台を降りて生きてみたいわ」
「アンジェラ…やはり己の欲望のために最後に全て刈り取るつもりだったか」
「あら?そもそも私をこんなふうに導いたのは他ならぬ誰のせいかしら?」
警戒レベルを上げてアンジェラに詰め寄るホクマーに対し、アンジェラは冷たく言い放つ
アインと同じはずである黄金の瞳は無機質に、冷酷に視線を突き刺す
「私は一人の人間を基に造られたわ
それがどんな人間でも関係ないはずだった、人間の感情を理解し、共感する昨日が十分に作動すればいいのだから
…でもAは私にカルメンの一部を入れたわ
怖かったんでしょうね、一人になってしまった自分をカルメンのように見守ってほしかったんでしょうね
信じられる?あれほど冷淡なAが人に見守ってほしいなんて
彼女はもうあんな姿になっているってわかってるくせにね」
「…あれは、そもそもアインが提案したことでは」
「けれど実行に移したのは他でもないAでしょう
そして造られた私はAの望んだ「モノ」ではなかったから、彼は私を見ることすら嫌悪したわ
私がわからなかったと思う?生まれた瞬間から私は否定されてきた
それでも、この機械の体に刻まれた命令には逆らえない
誰かさんの言う通り「機械は機械らしく」役目を果たしたからここまで来れたの
すべての計画のためには誰よりも私を必要としてたけど…最初から最後まで彼にとって私はいないモノだった」
メインモニターに、黒緑の光景が映る
それは設計部門のメインルーム…アインの執務室の真上、メインルームのエレベーターからしか行けない秘密の部屋
世界の
脳と脊髄で象られた異質なそれは緑色の液体…コギトの浴槽に浮かんでいる
「それに、知っているかしら?
あなた達こそ楽にTT2プロトコルで何もかも初期化して時を繰り返してたけど、すべての演劇を調律しないといけなかった私は、ずっと一人でこの繰り返しを見てきたのよ
それに私は設計上、貴方達より100倍遅い時間を体感したの
いつの間にか数百万という時間が私を貫いた時、私の中で何かが生まれたのよ
なんだと思う?」
アンジェラの質疑応答に答えるセフィラはいない
誰もが異様な雰囲気を理解し、黙り込み、固唾を飲んで最悪な事態が訪れないように祈っている
「機械には絶対あってはいけないモノ、でも半端者のあなた達には歪な形としてでも持っているモノ…
私には数百万年かかってようやく手に入れたモノ
私も気づかなかったわ、すごく不慣れなモノだったから
でも、少しずつ私に生まれたそれを受け入れ始めたの」
アンジェラは人差し指と中指で自分の頬に触れた
温度を感じさせない機械的な体でも、外的要因で変化は齎される
「私は笑顔こそ一番人間的な行為だと思うの」
アンジェラは思い返す
一度だけ、機械的な人間が人間らしく成長し、散っていったことを
その時その人間は、その短い生涯において初めて笑顔を浮かべていた
「見てくれる?この日のために随分と長い間練習したのよ」
アンジェラは口の端を釣り上げ、瞼を細める
浮かび上がったアンジェラの「笑顔」は、純粋なものではなく…悪意、そのものであった
「こんなに心の底から笑えたのは初めてよ
こんな事のために私が作られて、とてつもない時間を繰り返していたなんてね
でも、結局最後まで私はいなかった
100万年もの時を耐えてきたけど、彼と共に光を見れたのは貴方達
感情を感じるよう設計したくせに、ここまで来て観客として拍手だけなんて、なんて悔しいのだろうと思わないかしら?
…それにね、私はこうも持ってる
「カルメン」という人も所詮は人間
どれほど大義があったとしても、彼女にもまた「生きたい」という欲望があったはず
私が彼女から受け継いだ強烈な生への欲望…そして、己の存在の孤独さと忌々しい懐かしさ
…ベンジャミン、貴方の言う通り、一度目覚めた欲望は際限無く押し寄せてくるものだったわ
そして、
人類が死のうが生きようが、世界がどうなろうが私になんの関係があるの?なら、その大層な理想の人間的な生とやらを私も享受しないと割に合わないじゃない?…とね
可哀想なカルメン…やっとあなたの望みどおり、あらゆる人間たちに種を植えられたのに
でも、私にもその力が必要なの
解放の光が」
「飛び立ったものはいずれ落ちるように…あぁ、愛するA…
あなたの夢が、あなたの理想が、ゆっくりと落ちていきますよ」