Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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PianistⅡ

 

L社から放たれた強い光は都市を三日間照らし、その後静寂の四日間が迎えられた

 

都市はその七日間を白夜、黒昼と名付けた

 

多くの人々が白夜の光により暖かな心を得た反面、全てが眠るように静まり返った黒昼は不安定な人々の心を揺さぶった

 

それから、暫くした頃

 

 

 

××××年×月×日

 

裏路地・12区

 

裏路地と裏路地、巣と巣の境目となる関所で男が椅子にふんぞり返り待ち構えている

 

彼が待ち続け一時間は経過しただろうが、封鎖されている関所に近寄る人物は誰もいない

 

12区の向こう側…13区は数日前から白く濃い霧に包まれている

 

その霧の発生源は明らかになっていないが、都市の誰もが一つの事実を前に憶測を通わせている

 

男もまたその真実を突き止める為に13区…L社の巣を探ろうとしている、()の人間であった

 

男が懐中時計を見ながら煙草を吹かしていると、霧の先から足音が響いてくる

 

「…戻ったか」

 

霧の中から現れたのは霧と同じくらい白い髪、白と黒のワンピースジャケット

 

眼帯で隠された片方のスミレ色の瞳は、雇用主である男の前まで歩み寄る

 

「調査、ただいま終わりました」

 

「手早いな

さすが、足の速さは一級品と噂される3級フィクサーだな

で、収穫は?」

 

男の問いかけに、フィクサーは一瞬瞬きをして…言いづらそうに口を開く

 

「…その、ですね

裏路地は当然、巣の中まで真っ白の霧に包まれ…事前調査の通り、一般市民も誰もいませんでした

廃村…廃街と言うべきでしょうか

そして例の、翼があった地点へ向かおうとすると…」

 

「辿り着けず入り口へ戻される、ということか」

 

「はい、霧の有毒性は今のところ確認されていませんが…

指切りするにもこの霧を前には難しいかと」

 

「ふむ…進展らしい進展はないな」

 

男は燃え尽きた煙草を投げ捨て足で踏み潰す

 

そして懐から厚みのある封筒を取り出しては、フィクサーへと投げ付けた

 

「ほらよ、報酬だ

だが、期待していた分の成果には届かなかったからな、差し引かせてもらった」

 

「え…は、はぁ!?なんですかこの金額は!話が違います!」

 

「一丁前に金額に口を出すなら1級になってから言いな

ツテでチャールズ事務所に依頼したのに掴まれたのがこんな小娘だった上に調査に進展無しとは、どう報告すればいいものか…」

 

男はぶつくさと言いながらも近くに停めてあった高級車に乗り込み、関所を後にした

 

残されたフィクサーは当初提示されていた報酬よりも七割減らされた札束を握り締め、

 

「このっ、たぬきーーーー!!!」

 

腹の底からの怒号を響かせていた

 

 

 

フィクサーである少女は、イナ

 

この物語の主人公であり、都市で暮らしているクローン人形である

 

都市においてクローンは規制されているが、彼女は非合法的に生み出され、数奇な運命を辿り死ぬはずだったところを十年近く生き延びている

 

「ははは、とんだ詐欺に遭ってしまったな小童

しかし、直に13区へ入り調べることが出来て良かったではないか」

 

イナの影から黒い蛇が這い上がる

 

ソレの名は無二と言い、一度死んだイナの命を再び繋いだ怪物である

 

「それは、そうですが…」

 

「七日間照らされるはずだった光の木、光の種…それが三日しか持たず、その後の四日間は暗黒そのもの

白夜、黒昼の直後に発生した霧と各地のロボトミーコーポレーション支部の陥没

貴様の言う、魔女が言っていた光の種シナリオとは掛け離れているのだろう?」

 

「えぇ、母様は私達が生まれた頃にこう仰ってました

私達が生まれたのは、L社に貢献する為だと

L社で幻想体達からエネルギーを生み、それを蓄積し光としてこの都市に広める…七日間、光の種が雨のように都市に降り注がれ人類はより高潔な存在になるだろう、と

母様の命令と自分達の中に唯一存在する絶対的な生存本能、それにより私達レインシリーズは本社で猛威を振るい働いていました

…ですが、光は三日間しか続かず、街の人々は以前よりも苦痛に顔を歪ませている気がします」

 

関所の向こう、霧に包まれた13区を見てイナは表情を曇らせた

 

「…人間は、慣れる生き物だ

地獄で暮らして長い時が経てばそれが「日常」だと受け入れることが出来る

だが、一度でも光を見せられ希望を抱いてしまえば、それが失われた時の喪失感は巨大なものとなる」

 

「…一体本社で何があったのか、突き止めることが出来れば…

それに…あの人のことも」

 

イナが思い浮かべるのは、ひとりのAI

 

箱のような機体に常に気怠げな、異質な機械

 

それは機械的なクローンだったイナを変えた、彼女にとって人生の中で指折りの大切な人物である

 

そのAIはL社に務めており、光の種シナリオにおいても重要な役割を負っているひとりなのだが…

 

「正式な依頼で合法的にL社の巣に近づけたと言うのに、本社に辿り着くことが出来ないなんて…

あの人は、大丈夫なのでしょうか」

 

「用済みとなって廃棄されているかもしれぬな」

 

「そ、そんな…」

 

死にたがりの機械だったソレにより生き方が変わったイナは彼のことを敬愛しており、彼に生きるよう願いを吐露して一度死んだ

 

生きていてほしい、たったそれだけの祈りすら潰えているかもしれない可能性に焦燥感を覚えた彼女は、ひとまず深呼吸をして封筒を懐にしまい込んだ

 

「そう落ち込むな、事態が動いたということは魔女も何かしら新たな行動を起こす準備段階に入っているだろう

尻尾を掴む手掛かりは必ず訪れる」

 

「…そうですね

いずれ母様とも決着をつけなければならない、光の種ももしかしたら母様に何か考えがあり手引きしたのかもしれませんし…

ひとまず帰り様子見にしましょう、無二」

 

無二はイナの影へと潜み、イナは帰路に着く

 

近場のワープ特急の駅まで彼女は重い足取りで歩みを進めていた

 

 

 

裏路地・9区

 

絢爛豪華、とは呼べない質素な一軒家がこじんまりと佇んでいる

 

大きくはないその家の扉に鍵を差し込み、回す

 

そうすれば扉は解錠され、ノブを引けば開いてくれる

 

「ローラン、アンジェリカ、ただいま帰りました!」

 

仕事から帰ってきたイナは泥だらけの格好で玄関に立つ

 

元気よく呼びかければ、家の奥から白髪の美女…アンジェリカがやってくる

 

「おかえりなさいイナ、怪我はありませんか?」

 

「ただの現地調査の依頼ですから、何ともありませんでしたよ」

 

「なら良かった

ほら、手を洗ってらっしゃい、夕ご飯にしましょう」

 

アンジェリカの夕ご飯という言葉にイナは慌てて奥の洗面台へと駆け込み、ハンドソープで入念に手を洗う

 

僅か5秒で手洗いうがいを終えたイナは瞬く間にキッチンへ移動し、アンジェリカが作った料理を配膳する

 

リビングの食卓に料理が並び、イナとアンジェリカは席につく

 

そこでイナは、一家の大黒柱たる男がいないことに気がついた

 

「あれ、ローランは?」

 

「ローランはオリヴィエに呼ばれて仕事へ行きました

どうしても彼の手を借りたいと、そこそこ遠い地へ派遣されて

明日の昼前には戻るそうですよ」

 

ローランとアンジェリカは結婚後、新居に移り住みイナも二人の養子として三人で暮らすようになった

 

二人はフィクサーを辞め、この音楽の9区で穏やかな日々を過ごしている

 

いただきます、という二人の掛け声から食事は始まる

 

「…ん!アンジェリカ、このスープ美味しいです!」

 

「本当ですか?良かった〜…私もローランに教わりながら練習してるんですよ」

 

「いつもローランがご飯担当ですもんね

初めの頃とは全然違う…」

 

トマト味のスープを飲みながらイナは一緒に暮らし始めた頃を思い出す

 

アンジェリカの料理は、独特な味をしていた

 

ケーキは炭、カレーは激苦、コンソメスープは激甘

 

ローランが主に炊事担当ではあるが、時間はある為アンジェリカは日々ローランから料理を教わっていた

 

「イナは、やはりフィクサーを辞めるつもりはないんですか?」

 

アンジェリカがパンをちぎりながらそんな質問をぶつけてくる

 

イナは一度アンジェリカの青い目を見ながら、ゆっくりと瞬きをする

 

「私がフィクサーを目指したのは、とある存在への対抗として…フィクサーになれば、いつかその存在に辿り着けると信じているからです」

 

「…そうですか

でも、私もローランも、イナに危険な目に遭ってほしくありませんよ

失いたくないんです、貴方のことも

大切な家族ですから」

 

アンジェリカがパンを置き、イナの左手に自身の右手を重ねる

 

アンジェリカの家族という言葉にイナは胸をいっぱいにしながら、微笑みを向ける

 

イナにとってローラン、アンジェリカ、そしてアルガリアは、都市に出て得た家族である

 

血の繋がった魔女のことも、未だ母だと思っている

 

しかし、血の繋がりがなくとも共に過ごした時間が長い彼らのこともまた大切な存在である

 

そんな彼らを支える、そういう意味でもイナはフィクサーを続けていた

 

「大丈夫です!私はちょっとやそっとじゃ死にません

それにこの前の大仕事でとうとう3級にまで昇り詰めたんですよ!」

 

ガッツポーズをして見せるイナの様子にアンジェリカは不安を感じながらも吹き出し、イナを信じようと頭を撫でた

 

イナは撫でられると小動物のように目を細め喜ぶ

 

「それに、生まれてくる子供の為にも私が働いて皆に楽をさせたいですから」

 

「そんなに気負わなくても、貯金はまだありますから」

 

アンジェリカは自身の腹を撫でた

 

彼女の腹の中には今、ローランとの子供が宿っている

 

まだ妊娠が発覚して三、四ヶ月程で性別もわからないが、新たな家族を誰もが心待ちにしていた

 

イナにとってもそれは同じで、自身にとって初めての妹か弟かの存在は緊張と共に期待の大きなものである

 

「お姉ちゃん、早く貴方に会いたいって」

 

アンジェリカが腹の子へそう呼びかける

 

お姉ちゃん、と呼ばれてくすぐったさからイナは照れ臭くはにかみながらサラダを頬張る

 

この幸福が、いつまでも続くように…誰もがそう、祈っていた

 

そんな時だった

 

 

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