Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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Fault and CurseⅣ

一体どこから間違えてしまったのだろう

 

…いや、間違えてなどはいないはずだ

 

少なくとも、俺自身は

 

 

 

妹が死んだ

 

ピアニストによりピアノにされ、その壮大な音を奏でながら逝ってしまった

 

骨格となる彼女自身は連れ帰ったけれど、肉が腐り落ちていく彼女の姿をいつまでも眺め続けていた

 

骨と髪だけになった頃、ようやく握り続けていた手を降ろした

 

「…あぁ、アンジェリカ

肉と内臓が溶け落ちた君もまた、美しいよ」

 

頭蓋骨の頬を撫でる

 

君の温度はとっくの昔に失われてしまった

 

幼い頃から共に居た

 

研究所で一緒に苦しみを味わっていたし、外殻に捨てられてからも君となら大丈夫だと思っていた

 

君は俺の全てだし、それは今も昔も、これからも変わらない

 

君がもうこの世にいない痛みは、想像を絶するものだったけれど

 

こうして得た別れの痛みは、俺と君の繋がりを確かなものとしてくれる

 

…そう、そうだ

 

君を送る為の鎮魂歌を奏でよう

 

君が安らかに眠れるように

 

あのピアニスト以上の美しい旋律をこの都市に奏でてみせよう

 

そうして初めて、君の魂に酬いることができる

 

そうと決まれば、やるべきことが次から次へと頭の中に溢れてくる

 

ピアニストの音は、まさに魂、心で奏でた至上の一曲だった

 

ピアノになった人々全ての心を表したもの、多くの人の深層心理の曲

 

それを超えるには、都市中の人々の心を暴き、晒し、輝かせる必要があるね

 

あのピアニストがそうだったように、きっとこれから心を発露させる人々が現れるだろう

 

そんな()()()の力を借りて、演奏をしよう

 

今度は30万人と言わず…都市全体を響かせる音を

 

 

 

都市に音楽を奏でるにあたり、仲間が必要だった

 

共に最高の音楽を奏でるという目標を掲げてくれる友だち

 

それと同時にピアニストのことも調べ上げた

 

俺の師匠である紫の涙が導いてくれたお陰で、堕ちたL社が放った「光」が関係していることを知った

 

白夜と黒昼により人々の心は不安定で不確定となり、強い自我を発露させる

 

人が最も自分らしい姿になれる

 

俺が目指す音楽にピッタリだった

 

都市の誰もが自分らしく在れるように、そうして心からの音が生まれる

 

きっとこれから楽しいことになるだろう、そう期待して仲間を増やし、計画を進めていた

 

そんな時、すっかり忘れ(封じ)ていた存在が目の前に現れた

 

息を切らして、体を震わせて、目に沢山の涙を溜めた…俺の弟子で、姪

 

悲壮感に胸を貫かれたようなイナが、突然俺の元にやってきた

 

「あ…アルガリ…ア……

わた…し…わたしっ……!」

 

俺の姿を見た途端溜めていた涙を零しながら、イナは嗚咽混じりに訴えかけてきた

 

「わたしっ…謝らなきゃ…いけなくって…!

あの日、アンジェリカが…し…死んだ、のは…わたしのせいでっ…!

わたしが、わたしのせいで、アンジェリカはわたしを庇って…!

ごめんなさい…ごめんなさいアルガリア…!ごめんなさい…!」

 

飛び出てきたのは謝罪の言葉

 

贖罪とでも言うように泣きながらその場に崩れ落ち、何度も何度も「ごめんなさい」を繰り返している

 

あの後、精神を壊して病院送りになったと聞いていたけれど、以前までの彼女とは比べ物にならない程の悲嘆さに笑いも出なかった

 

「ろ…ローランにもっ…言おうとしたけど…言わせてもらえなかった…謝れなかった…

ローラン、たくさん人を殺して、わたしの前からもいなくなっちゃって…!

捜しても、さがしても見つからない…どこに行ったか…わかんなくて…

きっとわたしのこと、恨んでる…憎んでる…わたしのせいで、アンジェリカが死んでしまったから…

わたし…ローランの子どもになれなかった…ローランを止められなかった…!」

 

ローラン、ローラン…俺からアンジェリカを奪った男

 

そんな男が、共に暮らしていた子どもすら捨てて姿を消したのだと言う

 

目的や居場所は何となくわかる、あいつの考えることなんて手に取るように

 

けれどこの哀れな子どもはそれを知らないんだろう

 

どうしてあの男が自分を捨てたのか、自責の念から自分を恨んでいると思い込んで、更に自分を貶めている

 

「…アルガリアにも…恨まれて当然のことをしてしまいました…殺されても、仕方ありません…

でも…でも…!お願いします…!

 

私に…罪を償わせてくださいっ……!」

 

地に頭を擦りつけて、イナは俺に懇願する

 

なんて哀れで、可哀想な子どもなんだろう

 

自分がアンジェリカを殺したも同然だと、彼女が言うなら「そう」なってしまうのだろう

 

言い訳をつけて逃げることも出来たのに、背負わなくてもいい罪を背負おうとする無駄な贖罪

 

なんとも哀れで、滑稽で、無様な光景だろうか

 

殺されても仕方ない?それなら殺してあげようか

 

これ以上苦しまなくて済むように、楽に終わらせてあげることもできたのに

 

君が「罪滅ぼし」を願うのなら、俺は師として、その願いを叶えてあげなくちゃね?

 

俺は跪き、イナの頭を撫でる

 

怯えたように肩を震わせ、恐る恐る顔を持ち上げる

 

ああ可哀想なイナ、涙でぐちゃぐちゃになって青ざめた顔がなんとも惨めだろう

 

そんなイナの頬を撫で、俺は優しく微笑んであげた

 

「…わかったよ、俺が君に赦しをあげる

その為に…俺に協力してくれるね?」

 

浅い呼吸を繰り返し、スミレ色の瞳は揺れる

 

…そういえば、()()の気配がないな

 

眼帯の上からイナの左目に触れれば、あるはずの眼球の感触はない

 

そう、逃げられた…いや、突き放してしまったのだろう

 

いないのなら、これほどまでに好都合なことはなかった

 

これからは俺だけが、君を使ってあげられる

 

君という兵器を有効的に

 

身も心も擦り切れるほどに使い潰して…そしてようやく、俺と同じものが見えるはずだから

 

「ついておいで、俺の友だちを紹介してあげるよ」

 

イナへと手を差し伸ばせば、その手を恐る恐る重ねてくる

 

そして繋がれた手を引きながら、俺はイナを連れ出した

 

優しい優しいイナはきっと、これから心を壊してしまうかもしれない

 

壊れた先に美しいありのままの自我(エゴ)が見える

 

その先の輝きを、俺は期待しているよ

 

ローラン…お前が手放したんだから、俺が拾い上げても文句は無しだ

 

可哀想で可愛いイナ、俺の弟子、俺の姪、アンジェリカが愛した家族

 

これからは俺が、()してあげるからね

 




次回

図書館編、始まります
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