図書館へ潜入したジンを含めたチームの中で、帰ってきたのはたった一人だった
その一人も致命傷を負い、集中治療室で手当を受けていた
満身創痍とはいえ、情報を持ち帰ってきてもらったのであればゆっくりもさせてられない、そんな苦心を抱えながらカミュは集中治療室へ訪れた
ベッドの上で切り傷の痛みと熱に魘されながら聴取する
「あ…あの図書館は…殺したゲストを本にして…その本で、司書がゲストの力を使うんです…
ルル…というフィクサーは、炎を纏うバットを扱うと聞いていましたが…図書館で対峙した司書という人達が光の紙を扱い、武器に炎を纏わせていて…」
「それは…まさか、ジン達も本にされて使われるってこと…?」
生存者から聞いた情報をまとめ、カミュはイサドラへと資料を提出する
イサドラはその資料を元に本格的な先遣隊を編成し、図書館へと乗り込むために会議室で説明会を行っている
そのチームに、カミュは入っていない
幼馴染であるジンが図書館で本になってしまったというのに助けに行くことができない歯痒さにカミュは唇を噛む
イサドラ達を見送った後、カミュは更に後悔と絶望を抱くことになる
サンとジュリアを含めた先遣隊…それが潰された後に送られた、イサドラやウォルター部長の討伐隊までもが、図書館に乗り込んで帰ってこなかったのである
部長達の話を密かに聞いていたカミュは、図書館が「ねじれ」に関する本を所有しているということを知る
ねじれ現象、昨今の都市を脅かしている都市悪夢級の災害
ある時突然人が怪物のように変化し、周囲の人々を襲っている
そのねじれ現象による被害を抑える為にツヴァイも頻繁に派遣されている
そのねじれ現象と図書館に何かしら関係があるのか、ねじれに関することを知っている誰かの本を所有しているのか…
部長を失い混乱としているツヴァイ南部6課の中で、カミュは考察する
都市初めてのねじれである「ピアニスト」もなにか関係があるのだろうか
そして…ピアニストの生存者である人物を思い浮かべる
自分の先輩であるイナ、彼女は飛躍的にフィクサー階級を上げ…ピアニストと対峙してから突如行方を眩ました
彼女がもし、ねじれに対して何か調べてるとしたら…いずれ図書館に辿り着く
ジンやイサドラ達の本を取り戻す為にも、カミュは引き続き個人的にイナを調べることを決意し…そして同時に、共にいるであろう青い残響についても探ることになる
南部6課機能が再開されるのにはもう少し時間がかかるだろう
ねじれ現象や図書館への対応に追われている中、他の課も手一杯…動きやすいこの機に動くべきだと判断し、カミュは独自の情報網を調べ出した
シ協会南部支部長室にて、支部長であるセルマは客人の対応をしている
優雅な佇まいと純白の髪を持つ男…アルガリアと密接な取引を交わしていた
「セルマ…俺のおかげで南部支部長の地位を守れたんだし、恩を返すべきじゃないか?」
対応中にも関わらず煙草に火をつけたセルマは、「そういやそうだった」と思い出しながら対面のソファに腰掛ける
「今度は何を望むんだ?」
「お前のところでこのリストに書かれた奴を処理してくれ
そろそろ見つけられる気がするからな」
アルガリアが差し出したリストを受け取り、セルマは溜息を吐き出した
「…どれも尋常じゃない依頼ばかりか
まぁ、でもこんな仕事なら…」
「2課が最適だろ?」
アルガリアの笑みにセルマも含み笑いで肯定を返した
「俺はいつもセルマを気遣ってるんだって」
「ハナ協会が都市疾病に指定した図書館もリストにあるのか…」
「図書館は俺が目を付けている案件だからな」
そう言ってアルガリアは隣に目を向け、それに乗じてセルマも同じ方を見る
横長のソファに腰かけているのはアルガリアだけではなく、小さな少女も同席していた
眼帯を付けた娘の顔に生気は無く、ただ黙って俯いたまま二人の話を聞いていた
「さっきから気になってたんだが、お前にそんな趣味があったとはな
いい歳して子供相手にしか欲情出来んとは」
「何勘違いしてるんだ?この子は俺の姪で弟子だよ
社会経験として連れ歩いてるんだ、口も固い」
「フン…どうだかな」
アルガリアが一度頭を撫でる、その瞬間イナの瞳に恐怖の色が宿り、心做しか膝の上で握っている拳が微かに震えている
「そういうわけで、頼んだよセルマ
さ、行くよイナ」
「あぁ…お前も気をつけろよ、最近怪しい奴ら集めてなにかしようとしてるらしいじゃないか
足がつくような真似はやめてくれよ」
ソファから立ち上がり、部屋を出ようとした二人にセルマが釘を刺す
その言葉にアルガリアは微笑むだけで、何も返さないまま部屋を後にした
吹かした煙草の吸殻を灰皿に捨て、セルマは毒づく
「気味悪い男だな、全く」
協会のフィクサーに要注意として認識されていることはアルガリアも知っていた
シもツヴァイも、ハナだっていずれ彼を危険視するだろう
全ては時間の問題…だがまだ時ではない
まだ潰される訳にはいかないのだ
そう思いながら、アルガリアは目の前に転がる縛られた男女数名を見下ろした
「これで全員?」
その問い掛けは傍らに立つイナに向けられたもので、イナはその問いに短く頷くだけだった
「そう、いい子だね」
アルガリアが撫でると、昼間と同様に青冷めた顔で震える
「さて、この者達をどうしましょうか
セブン協会なら、何か有益な情報を持っているかもしれませんね」
イナとは反対側に立つ骸骨の顔の男は柔和な物腰で目の前に転がる人間の価値を見定める
「うーん、どうかな…セブン協会と言っても、情報収集するだけかつこいつ等は底辺だろう?最近俺達の周りを嗅ぎ回っていたとはいえ、君達の命と同価値の情報は持ってるのかなぁ…」
目の前のセブン協会のフィクサー達は特色と上級フィクサー、そして都市災害の「昨日の約束」が並んでいる光景に怯え、必死に命乞いをする
「た、頼む!命だけは見逃してくれないか!俺達は依頼を受けただけなんだ…もう、もうアンタらに近づかないから!!」
「…と、言ってますが…如何せん交渉としては弱いですね」
「そうだね、殺してしまえばどっちにしても一緒だし…」
アルガリアが鎌を携え、鎌は月明かりを反射し輝く
その凶刃に斬り裂かれることを想像し、涙しながらフィクサー達は頭を地に擦り付けた
「お…お願いします…!知ってることなら何でも答えます!金も出します!だから命だけは…!」
「…はは、見なよイナ、贖罪を乞う以前の君と同じ姿だ」
「……」
イナは目を逸らしながらも何も反応を示さない
そんなイナの様子に面白がっていたアルガリアも白けたのか、「つまらないな」と零す
そのまましゃがみこみ、フィクサー達となるべく視線を近づけさせて尋問を始めた
「依頼主は?協会絡み?」
「い…いや、個人だ、ツヴァイ協会の奴で…どこの支部かはわからん
ヂェーヴィチ伝でやり取りしてるから…素性まではわからないんだ…」
「そう…」
一人の男が質問に答えた瞬間、片脚が斬り落とされる
「ぎっ…ぎぃぃいぁああぁぁあ!!」
「ひいっ…!」
「ど、どうして!ちゃんと答えたのに!」
パニックに陥るフィクサー達に向けて、アルガリアは淡々と話す
「協会って言ってもかなりの人数がいるからね
支部は当然、個人の特定くらいして欲しかったんだけどな」
再びアルガリアが鎌を振り上げた瞬間、泣き喚くフィクサー達の中から一人の女が声を上げる
「わ、わたし、知ってる!知ってます!依頼主!」
アルガリアの手の動きが止まり、女は泣きながら続けた
「ツヴァイ南部6課…7級フィクサーの男です!個人での依頼でしたが…多分まだ仲間がいます…!
茶髪のソバカスが目立つ男で…!名前は…た、確か「カミュ」って……!」
その名前を聞いた瞬間、イナは目を見開いた
かつてツヴァイのフィクサー認定試験で同じチームになった少年と同じ名前、特徴
彼が自分達を探っている、それを理解した瞬間…アルガリアが次どう行動するかを考えてしまった
「そうか…うん、教えてくれてありがとう
ツヴァイ南部6課か…最近図書館に乗り込んでやられたところだったよね
探ればすぐ割り出せそう…
…うん?どうしたんだイナ」
顎に手を添えて考え出したアルガリアの外套の裾を引いたイナは困惑し眉を顰めた
無意識だった、アルガリアが「そう」思考しないように気を逸らそうとしたのか、ひたすら止めようとしたのか…
そんなイナの動揺すらアルガリアは掬い取る
「…ああ、もしかして知り合いなのか?だから俺達を…いや、イナを捜してるのか」
「あ…い、え…その」
イナが咄嗟に手を放すもその手を掴まれ、逃げられない
「そうか、知り合いなら死んでほしくない…命を選別しているわけだ
「誰かを死なせて生き残るのをやめた」…だったっけ?あんなに豪語していたのにな」
イナに詰め寄り、言葉で巧みに追い込んでいく
イナは顔を青ざめ、浅い呼吸を繰り返す
「…そうだ」
アルガリアはいいことを思いついたとでも言うように、イナの手を引きフィクサー達の前に立たせる
怯え切ったフィクサー達を見下ろしながら、アルガリアは提案する
「こいつ等全員始末できたら…そのカミュって奴には何もしないでおくよ」
イナとフィクサー、両名の息が一瞬だけ止まる
イナの手に拳銃が握らされる
「昔教えただろ、逃げ惑う獲物の撃ち方…混乱した生き物は直線的に動くから軌道を予測しやすいんだ」
アルガリアはイナから離れ、後ろから顛末を見守る
イナは拳銃を両手で握り、早くなっていく呼吸を繰り返す
L社時代、他の職員の命を使い、殺し、生き延びていた記憶が蘇る
そういえば、彼らも今目の前にいる人たちと同じ顔をしていたと、今更に気が付いて…
絶叫が鳴り響く中、イナは照準を合わせて目の前の人間の額を撃ち抜いた
発砲音と薬莢の落下音、六回
フィクサー達の人数と同じ
皆眉間や喉、肋骨の間を抜け心臓まで、各々致命傷を貫かれている
「…うん、よくできました
流石、俺の弟子だね」
アルガリアはイナの項を撫で、額を合わせる
涙を溜めたイナの顔を至近距離で眺めながら、満足気に笑い、褒める
調教、洗脳…歪な愛情表現を前に、昨日の約束・プルートは肩を竦めた
もうすぐ、