Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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「皆様ごきげんよう

今日も共に礼拝を始めましょうか

新しい信徒の方がいらしたようですね」

 

薄暗い空間に指す光はまるで主の降臨せし瞬間のようで、その中央にベールを被った一人の女が佇んでいる

 

さながら教祖とも言おうか、荘厳でありながらも穏やかな空気をまとう彼女の周囲には信者であろう人間が多く鎮座している

 

一人の悩める信者を出迎え、教祖はその悩みを聞き入れていく

 

そんな様子を離れた場所で観測する人影が三人

 

彼らは終止符事務所のフィクサーであり、銃器を主に取り扱っている

 

「あの人が、歯車の教団の教祖エイリーン…」

 

「いろんな歯車を見てきたんだが、考えの歯車ってのは初めて聞いたな」

 

フィクサー達が眺めているのは、まさに新たな信者が文字通り、歯車に変えられていく様子だった

 

異質な椅子に座らされ、全身を拘束され歯車に作り替えられていく

 

一般人が見れば恐怖で失禁しそうな光景も、日常的に目視している彼らにとっては些細な問題に過ぎず、歯車に変えられている信者よりも教祖であるエイリーンを注目している

 

「さぁどれどれ、シ協会のユジン部長の頼みが…」

 

「歯車の教団の信者10人抹殺、及び教祖無力化後の確保」

 

「シ協会2課のユジン部長がうちの事務所に直接仕事を依頼するなんて、何かあるのか」

 

終止符事務所のフィクサー達が機会を伺っていると、信者を歯車に作り替えたエイリーンがその歯車を後頭部の歯車に繋ぎ、ゆっくりと回していく

 

「あぁ…なんて美しい考えの歯車なんでしょう

この方は特別に、私と共にしましょう

目的を与えられた歯車がどれほど幸せなのか、きっとわかりますよ

えぇ、最初は皆辛いのです

少しだけ回ってみるのですよ

はい、ほかの方とゆっくり

一周ずつ…一周ずつ…私の父がきっと親身になって助けてくれるはずです」

 

新たな歯車を手に入れ、他の信者共々喜びを分かち合っている隙をついて、フィクサー達は狙撃を開始した

 

弾丸の重低音が教会に響き渡り、信者の人間たちが次々射殺されていく

 

「歯車が…歯車の方々が…」

 

信者たちが息絶えていく光景を眺めながら、エイリーンは怯え、声を震わせる

 

「おやめください…どなたかは存じ上げませんが、どうか私達をそっとしておいてください…

私達は与えられた人生に従って幸せに生きたいだけなのに…」

 

崩れ落ち、命乞いをするエイリーンをスコープ越しに狙うも、その輪郭はひどくぼやけて定まらない

 

「あの教祖とやら、なんであんな狙いづらいんだ?」

 

「本人の意思で避けてるようには見えないな

まるで軌跡を予測しているみたいだ」

 

エイリーンの後頭部の歯車が高速回転していることを察したフィクサー達はその回転パターンを予測し、一点を狙う

 

放った弾丸はエイリーンの肩を掠め、血が流れる

 

「俺が仕留める」

 

代表と思わしき男がほかの弾丸とは違う白い弾丸を撃ち放つ

 

負傷したエイリーンは動けないまま、まっすぐ突き進んでくる弾丸の痛みに備えるように固く目を瞑る

 

その瞬間、甲高い反射音と共にエイリーンの前に一人の人影が現れる

 

「ロジックアトリエの弾丸…皆、懐も寒いのに結構つぎ込んだんだね?」

 

青い外套に、白く長い髪、等身サイズの巨大な鎌

 

「青い残響!」

 

「あなたは…」

 

青い残響…アルガリアはエイリーンのほうへと振り向き、彼女を見下ろした

 

「あっ、父がずっと私に伝えてくれていた方ってまさか貴方なんですか…」

 

エイリーンの期待の籠った声に応じるように、アルガリアはゆっくりと頷いた

 

「うん…そうみたい

俺、貴方が必要なんだけど…俺と一緒に来てくれる?」

 

アルガリアの誘いに、エイリーンは歓喜を孕んだ声で肯定する

 

「はい…当然です!私という歯車はずっと貴方をお待ちしていました」

 

「ありがと

とりあえず、あの子達から…プルート、エイリーンのこと頼める?」

 

アルガリアがさらに背後にいた骸骨の男に声をかけては、終止符事務所のフィクサー達を見据える

 

「逃げろ!」

 

代表がそう叫べば、フィクサー達は装備を瞬く間に回収して一目散に逃げだした

 

「さぁ、出番だよ」

 

アルガリアの呼び掛けに応じて、白い影が飛び出す

 

それは地下通路の死角を駆使しながら終止符事務所を追う

 

 

 

「何がどうなってんだよ!?青い残響がどうしてここにいるんだよ!」

 

「俺も知らないって!クソッ、見た感じ、俺達のことを殺しに来るだろうな」

 

「この仕事が失敗すれば金を稼ぐどころか弾丸代で全部パーだぞ!」

 

混乱しているフィクサー達が足早に逃げている爪先を、何かが掠めた

 

それは大理石の地面を貫き、フィクサー達の足を止める

 

出口目前というところで、どこからか狙撃されていることに気が付き…

 

一同が一瞬足を止めた瞬間に、アルガリアが歩いて近づいてくる

 

「やぁ、みんな

一体誰がこんな可愛らしい依頼をしたんだろうね?」

 

「クソッ、左に走れ!」

 

代表の指示に従い、一同は方向を変えて走り出す

 

長い通路を全速力で走りながら、終止符事務所は青い残響から逃げる

 

しかし、発砲地点が不明な弾丸が的確に彼らの体を掠め、行く先を遮られてしまう

 

「なんだよ…なんなんだよ…!どこから狙われてるんだよ!」

 

「軌道が読めない、そして私達の速度に合わせて撃ってきている

私達と同等か、それ以上の狙撃手…」

 

「逃げ道を封じられて行く先を誘導されている…畜生、まだ仲間がいたのか…!」

 

複雑な地下通路を脱しようにも狙撃手に尽く行く道を潰され、アルガリアに先を越されてしまう

 

「あ~ぁ、こんなにも遅いんじゃ使い物にならなくない?

どこからかお前らを助けてくれる救いの手でも差し伸べられてこないのかなぁ…?」

 

アルガリアの優雅な微笑みに対し、咄嗟に物陰に隠れたフィクサー達は焦りの色を濃くしていく

 

「クソッ!銃を捨てるべきか…」

 

「正気か!?いくらしたと思ってんだ!」

 

「捨てるのは絶対に無理」

 

「いつまでも隠れてるわけにはいかない」

 

打開策を講じていると、一人が代表に向かって一つの封筒を差し出した

 

「なんだ、招待状…?」

 

「この前、ハナが都市疾病に指定した図書館だか何だかってやつか?」

 

黒い封筒に、赤い紙

 

図書館への招待状が、確かにその手に握られていた

 

そんな終止符事務所の面々が隠れていた物陰を粉砕し、アルガリアが姿を現す

 

「ガヤガヤ集まってるの、見てて面白いね

寒さに耐えるために集まった可愛いひよこみたい」

 

万事休す、と悟った代表は交渉のため、部下たちを守るように一歩前へと歩みだした

 

「青い残響、俺達がお前の仕事の邪魔をしたのなら謝る

ここで見たもの、あったことはすべて忘れるから、俺達を見逃してはくれないか」

 

真剣な命乞いに対し、アルガリアは心底「何を言ってるんだ」とでも言うように笑いだす

 

「はぁ…?ははは…じゃあ、誰がこの仕事を任せたのか言ってくれる?」

 

「…」

 

守秘義務からか、契約上からか…誰もがアルガリアの尋問に口を開こうとはしなかった

 

「10秒あげる

9…」

 

誰も答えらない中、青年フィクサーが耐えられずに声を上げた

 

「あーもう!リーウェイ!その招待状で何とかしてみろって!」

 

「6…」

 

カウントダウンが迫る中、代表は意を決したように封筒から紙を取り出した

 

「誰かペン持ってるか?サインしないといけ…」

 

代表が部下に確認したとき、前方から青いペンが差し出された

 

「あぁ、ペンならここに」

 

アルガリアが私物のペンを貸し与えた

 

「落ち着いてやって、4…」

 

「ゲス野郎…」

 

「早く皆サインしろ!」

 

「3…」

 

終止符事務所の全員が招待状にサインし終えると、彼らの前に扉が現れ、彼らはその向こうに逃げ込んだ

 

その様子を見届けながら、アルガリアはほくそ微笑む

 

「さぁ、これから本番と行くかな

君も、手伝ってもらうことが山積みだからね」

 

アルガリアが、薄暗い通路の先に声をかける

 

その奥からヒールの足音が響き、何者かが歩み寄ってくる

 

薄ら影から、暗いスミレ色が覗いた

 

「…」

 

アサルトライフルを抱えたイナは、何も言わない

 

終止符事務所の逃げ道を塞ぎ、敢えて窮地に立たせる…そして焦りが募った彼らの選択肢を絞らせ、図書館へ誘導する

 

足の速さも、射撃性能も一つ頭の抜けたイナだからこそできる芸当

 

「浮かない顔だね、イナ

今回は殺してないだろ?

追い込まれた彼らは無事図書館へと入れたようだし…君が殺したワケじゃないというのに、何をそんな暗い顔をしてるんだ?」

 

アルガリアが、イナの頬を撫でる

 

恐怖一色に染まった顔を持ち上げ、無理矢理目線を合わせる

 

「罪滅ぼしのため、俺を手伝ってくれるんだろ?」

 

イナは、わかっている

 

最近アルガリアが目をつけている図書館に入っていった者は、誰一人帰ってこないこと

 

図書館の接待により死んだ者は本にされること

 

確かに、イナは殺していない

 

しかし、死にに追いやったのはイナも同然

 

悪趣味なアルガリアの計画の片棒を担いで、同罪となる共犯者

 

しかし、これがイナの選んだ道

 

彼女が求める救いはもう、この男にしかなかったのだ

 

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