Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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LibraryⅢ

 

「おーいネツァク」

 

ローランは分類された本を持ちながら芸術の階へと足を運んだ

 

神秘的な緑の光がぽつりぽつりと浮かぶ幻想空間で、怒鳴り声が響き渡っていた

 

「テメェもあの女も、幻想体と同じだろッ!!」

 

本棚に何かが勢いよくぶつかる音に、ローランは抱えていた本を放り出して音のする方へ駆け寄った

 

その先には、仄暗いインディアンレッドの髪色をした体格のいい男が、ネツァクの胸倉を掴み本棚へと押し付けていた

 

「おいカウレス!やめろって…」

 

「ロイドは黙ってろ!」

 

カウレス、と呼ばれた男は興奮気味に怒りの表情を顕わにしながらネツァクを睨んでいるが、対するネツァクは冷淡にカウレスを見つめ返していた

 

「…僕のことはどう思ってもいいですけど、彼女のことだけは悪く言わないでください

君達にとっては情報でしか知りえない記録でしょうけど、彼女は…あの時の彼女だけは、誰かを守ろうとした

僕はそれを記憶として知っている、君の言葉を看過できない」

 

一体何の話をしているのかわからずにいたローランだが、ひとまず仲裁すべきだと判断し二人の間に割り込んだ

 

「お、おいおい…とりあえず落ち着けよ、な?

何があったかは知らないけど、仲間同士で喧嘩はよくないって」

 

カウレスの肩を掴み、なんとかネツァクから引き剝がす

 

「あ?これは俺達の話だ、他の指定司書が入ってくんなよ」

 

見た目の年の割に血気盛んなカウレスのこめかみに血管が浮かぶ

 

憤怒のオーラだけで気圧されてしまいそうになりながらも、ローランと一緒にロイドもカウレスを窘める

 

「もうその辺にしておくっす、カウレス

アンタの怒りも最もっすけど、今ここでネツァク様にぶつけても仕方ないっすよ」

 

ロイドの言葉は通じたようで、カウレスは小さく舌打ちを吐き捨ててはネツァクから手を放し、煙草を咥えて歩き去っていった

 

「…すんません、ネツァク様

悪い奴では…って、知ってるっすよね

俺、カウレスを落ち着かせてくるっす」

 

ロイドは一度会釈し、カウレスの後を追っていった

 

ローランは残されたネツァクと共に一息ついた

 

「今の、司書補だよな…?一体何があったんだよ」

 

ネツァクはローランの質問にすぐ答えられずに、顔を手で覆い隠しながらその場に座り込んだ

 

「…はぁ、どこから話せばいいものか…」

 

いつも以上によれた襟を直すこともなく、ネツァクはゆっくり語りだした

 

「L社の実態は、もういくらか知ってますよね」

 

「お、おう…人を殺すバケモンを管理してエネルギーを生み出してたとか言う」

 

「そう…職員も当然都市の人間でした

職員を管理する僕らのようなAIを除いて…けどその職員にあるエージェントが混ざっていたんです

普通の人間よりも高い能力を持って人工的に造られた人間…クローンです」

 

クローン、それは技術の発展した都市においても存在を禁じられているもの

 

そんなものまで用意していたなんて、人工知能倫理改正案同様L社は頭の規則を事あるごとに破っていたんだなとローランは恐ろしさまで感じていた

 

「そのクローン達は基本、自分の生存やエネルギーの生産を優先し、他の職員の命を当たり前のように使い潰す人達でした

肉壁や釣り餌なんて当然、でも戦闘力も普通の人間では到底及ばないエージェント

そういう仕様なのか、TT2プロトコルによるループは繰り越せないようで…無数のクローン達が僕らと共に働いていました

そんな中、かなり昔…まだ反復も最初の頃に、一人のクローンが他とは違う行動をとるようになったんです」

 

「なんだそれ、クローンのバグとかか…?」

 

「そう、バグでしょうね

彼女がバグを起こした原因は僕にあるんでしょうが…彼女はそれまでは他の職員を踏み台としか思っていなかったのに、ある事故から考えを改めました」

 

「事故?」

 

「とある幻想体が脱走した時、彼女を慕っていた無知な職員が彼女を庇って死にました

それを機に、彼女は人のように悲しみ、泣き…それから、他人を守るように行動し始めたんです」

 

「へぇ…自分以外の命を何とも思ってなかったクローンが、人間的になったのか」

 

「ええ、でもバグによって元々の設計から逸脱した機械なんて、設計者的にどう扱うかわかりますか?」

 

「直すか…量産品なら直すより廃棄したほうがコスト的にもいいだろうな」

 

「そうです、彼女は処分されてしまいました

脱走した幻想体との連戦の中…職員を守り、危険な幻想体に対して脆弱な装備で挑み」

 

「…死んだのか」

 

ネツァクはその問いに明確な答えは返さなかったものの、伏せられた目が真実を物語っている

 

「…彼女を危険な幻想体の元へ向かわせたのは僕です

彼女しか頼れなかった、離脱するように呼び掛けても彼女は逃げなかった

逃げれば、他の職員が何人殺されたかわからないから

彼女は自分の命を投げ打って、より多くの人を守ったんです

以降のクローン達は変わらず誰かの命を体のいい道具にしか使わず…彼女だけが、変わったんです」

 

「会社的にはどうあれ、まるでヒーローだな」

 

「まさしくヒーローでした

…だから、許せなかったんです」

 

「さっきのカウレスの件か」

 

「カウレスは仲間思いの人情深い職員でした

L社時代からその気質は変わらず…それと同時に職員を故意的に殺すクローン達のことを許せなかったのでしょう

怒る気持ちもわかるけれど…多くの職員を守った彼女まで悪く言われるのが…俺は」

 

「なるほど、そういう事情があったのか…

なかなか厄介だな」

 

ローランは頭を掻き毟りながら、先程のカウレスの怒り心頭な様子を思い出す

 

義理堅いのであれば、卑劣な手を使う相手を許せないのだろう、都市では珍しい熱血漢なのか…

 

「悪く言われて怒るなんて、ネツァクにも人らしいところがあったんだな

前聞いた初恋の人の話でも淡々としていたのに…」

 

「…」

 

再び黙示するネツァク

 

普段なら押し黙るなんてことは見られない分珍しい反応に、ローランは何かに気が付いた

 

「…好きなのか、その、変わったクローンって子のことが」

 

「………まぁ…そうなんじゃ、ないですかね」

 

微妙な反応で濁すネツァクの肩をローランは小突く

 

「でもまぁ、死んじゃってるんだよなその子も

初恋の人といいその子といい、つくづく恋愛に運がないな」

 

「別にいいんです、僕は…僕だけでも彼女を覚えていたら、それで

TT2プロトコルで時間が巻き戻ると記憶も全てリセットされてしまうんですが…僕はとある人の力を借りて彼女の記憶をバックアップして保管し隠していたんです

おかげで、彼女を今も覚えていられる

彼女が生きた痕跡を…」

 

 

 

カウレスは苛立ちを隠さないまま喫煙所で煙草を吸っていた

 

もう三本目になる頃、ロイドとココが様子を伺いに来た

 

「カウレス、ストレス溜まるとヤケするのはわかるけどそろそろやめたら?」

 

「ココの言う通りっすよ」

 

L社時代からの昔馴染みから宥められるもカウレスの吸う勢いは止まらない

 

「テメェらは何とも思わないのかよ、あの女の事」

 

カウレスがぶつける質問に、二人はお互いの顔を見合わせる

 

元々L社の職員である彼らが実際に覚えているのは、唯一の50日目を迎えた最後の周だけ

 

それ以外の一万年分もの記憶は残っていない

 

ただ、どういった経緯があったのかという情報は皆に同期されている

 

そんな中カウレスが怒りを向けているのは、とある女

 

スミレ色の瞳をした職員

 

一般就職ではなく、派遣職員として入社した強いエージェント

 

カウレスはそのエージェントを目の敵にしていた

 

「何とも思わないことは、ないすけど…」

 

「お前に聞いたのは間違いだった」

 

「なんすか聞いておいて」

 

「ロイドはあの子の事好きだったもんね!」

 

ココの問答無用なカミングアウトに不意打ちされ、ロイドは壁に頭をぶつけた

 

「な、んすかいきなり」

 

「あら?割と大半の職員が知ってたわよ」

 

「ココ、お前はどう思う」

 

カウレスがココへと矛先を変えると、ココはあざとく手を顎に添え、考え出した

 

「うーん…可哀相な子かなって」

 

予想外の返答にカウレスもロイドも目を見開いた

 

「あの子、仕事ばかりでなにを理由に生きてるのかわからなくって…

というか生きることが理由?みたいな

お金を稼ぐことに生き甲斐を見出してるわけでもなく…いや、なんというか

自分の意思が見えない?みたいな」

 

「…はぁ」

 

納得する答えを得られずに溜息を吐き出すカウレスは、却って冷静になったようだった

 

「俺は未だにアイツを許してねぇ

どっかのループにはやり方を変えたやつもいたようだが…それでも、認めるわけにはいかねぇ」

 

カウレスは吸い殻を灰皿に捨て、空になった煙草の空き箱を握り潰した

 

「でもま、今はあの子も目覚めてないじゃない?そんなにトゲトゲする必要もないって~」

 

「そのことなんすけど…誰か、図書館になってからアイツの姿を見た奴いるっすか?」

 

ロイドの疑問に、カウレスもココも停止した

 

司書補は各階にて眠っている

 

ゲストの本を集め、図書館の解像度が上がる度に各階が解放されるのだが…解放されるまで指定司書も司書補も目覚めることはない

 

それでも、眠っている職員の確認はできる

 

そして、その場にいる三人とも図書館では例の人物を見かけたことがない

 

「…」

 

この図書館を管理しているのはアンジェラだ

 

一度聞いてみようか、どうせ「そんなことを聞いて何になるの」と一蹴されるのがオチか

 

些細な疑問を止めることは叶わず、(主に毛嫌いしているカウレスが)アンジェラに問うことを決めた

 

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