都市には多くの殺戮が繰り広げられている
芸術的にだとか、狂気的にだとか…そういう殺人も当然起きてはいるが、それ以上にただ気がついたら死んでいた奴らの方が比較的多い
あたしはゲルダ
数年前にフィクサーになり、少し前にシ協会南部2課配属になった暗殺者だ
とある目的から金が必要だったあたしは学も資格も何も無い中フィクサー認定試験を受けた
筆記試験はギリギリラッキーパンチでクリアし、その次の実技試験でとんでもない目に遭った
虫のバケモンの巣窟だなんて気色悪いったらありゃしねぇ
けどそこで一緒に戦うことになったある女がいた
小綺麗で真っ白い中光る明るい紫色…確か、スミレの花によく似た色が輝く印象深い奴
あの女は虫の怪物に襲われても物怖じせず銃口を突き付け撃ち抜いた
死体を弄んだ虫達を殺し、死体を眠らせてやろうと
既に死んだ人間にすら慈悲深かったその女は強く優しく、あたしにとって強い光となった
憧れたんだ、あの女に
試験に合格してからも、アイツの活躍の噂は耳に入ってきた
瞬く間に階級を上げ、1級事務所でも期待のエースとなったアイツのことを、あたしは更に尊敬した
アイツに追いつきたくて…アイツみたいになりたい、そう思って努力したんだ
事務所に所属して依頼をこなし、やがて協会に選抜された時はそりゃもう高揚したさ
そうして数ヶ月間、協会での仕事は事務所の頃と比べてもハードだがあたしはめげなかった
けれど…ここ最近の2課の業務はおかしい
本来時間をかけてこなすべき仕事が短期間で何件も舞い込んでくる
直属事務所へ仕事を回さないといけないほどに
上司であるユジン部長は他の誰よりも働いていた
傷も治りきらないうちから次の仕事へ、負傷した他の奴らはどんどん倒れていく
部長だって明らかに疲弊しているのに、弱みを見せない…部長も強い人であり、あたしもアイツの次に尊敬している
そんな部長を少しでも楽にさせたくてあたしも仕事をスピード重視で片付けていく
今日だって奈落会組長を暗殺してきた
その仕事終わり、協会本部へ戻ろうとした時に、薄暗い裏路地の更に暗いところ
その先に目に痛いほどの白い姿を見た
まさかと思った、こんな所で会うなんてって
あたしは期待からその後を追い、少しだけ広い空間に出た
建物の光も少なく、街灯でしか照らされていない中央にその白い女はいた
アイツだ、あたしの憧れた人
「イナ……!」
喜びからつい声をかけてしまう
しかし、それと同時に銃声が響いた
発砲主は、目の前の白い女
撃たれたのは、知らない男
イナの目の前で息絶えた男を見ることも無く、イナはあたしの方へと振り向いた
「……ゲルダ…?」
驚いた様子だったが、それ以上に
あの時強い意志を宿して輝いていたスミレ色の瞳は、酷く濁っているようだった
目の下のクマや細くなった体が、よりイナが酷い状態に陥っているのを理解させてくる
「…なに、やってんだ…?アンタが…人を殺したのか?」
状況を飲み込めずに問い詰めると、あたしを見ていたイナは視線を逸らした
否定しないその反応に、あたしは焦った
「な、何で…アンタが人を殺すなんて」
「ゲルダ…私は」
「アンタの活躍、聞いてたんだ
ギロチン戦争でアンタが参戦してから無血終結させたって話も、指同士の抗争を三日で収めたって話も…
他にも、都市悪夢や都市疾病級の災害をいくつも解決させたって!行方不明者や負傷者を助け出した、そんな…そんなアンタが…どうしてだよイナ…!
まさか…何か、何か許されない悪いことをした奴なのか?
普通のナリに見えるが、極悪な都市災害の犯人だとか…」
「ゲルダ…!」
混乱したあたしの言葉を、イナが遮る
イナは目に溜めた涙を一筋流した
「…この人は、ただの協会の諜報員
悪いことは、何もしてません」
「……それなら、それならなんで…」
「それは…これが、償いなんです」
堰切ったように次々と涙を流すイナの苦しむ姿に、思わず握り締めた拳から力が抜けた
「私は…取り返しのつかないことをしてしまいました
だから、償わせて欲しいと…願ったんです」
「だ…誰にだよ、それは」
「…言えません
もう、私のことは放っておいてください」
逃げ出そうとするイナの手を掴む
今ここでイナが逃げてしまえば、もう二度と会えない気がしたんだ
「出来るかよそんなこと!
今のアンタ…今にも死にそうなくらい苦しんでるように見えるぞ…!」
イナはあたしの光だった
流星のように舞い降りた、目を焼くくらいの強烈な光
その光が、今壊されようとしている
それを黙って見捨てられるわけがないんだ
「あたしにできることはないか?アンタを助けたいんだ…
…そうだ、あたしと一緒に来いよ、あたしは今シ協会に所属してるんだ
うちのユジン部長は強く、人望も厚い
アンタが何に怯えてるのかは知らないが、きっと力になってくれるはず…」
イナの瞳に一瞬だけ光が宿る
でも、何かに迷っているように揺らいでいる
「…でも、それは」
イナは視線を泳がせながら悩んでいる
「シ協会はアンタにはきついかもしれないが…それでもきっと」
イナを助けたくて、説得を続ける
すると、イナは震える手であたしの手に触れてきた
「…ゲルダ、ありがとうございます」
「イナ…」
イナが、微笑んでくれた
あたしの説得に応じてくれたのか、そう喜んだのも束の間…世界が反転した
「あぐッ…!?」
気が付けばあたしは地面に叩きつけられいた
油断していた、そのせいで強く頭を打ち付けてしまった
意識が朦朧としてくる
「…ごめん、なさい」
その謝罪が誰に向けられたものなのかはわからない
ただ消えてしまいそうな声と降ってくる涙の感触を最後にあたしは気を失ってしまった
イナは気絶したゲルダを近くの廃屋へと運び、彼女の元から去った
裏路地の夜に殺されないようにというイナなりのささやかな配慮でもあった
ゲルダはイナを助けようとしてくれた
手を差し伸べてくれたのに、イナはそれを振り払ってしまった
そうした理由は、他にない
「おかえり、イナ」
アジトへと戻ってきたイナを、アルガリアが出迎えた
ゲルダの誘いを断ったのは、アルガリアが理由だった
協会へと逃げ込んでしまえば、アルガリアを裏切ることになる
イナはどうしても、それができなかった
「…ただいま、戻りました…」
「例の諜報員は始末できたかい?…なんて、今更心配する必要もないな
お茶にしよう、グレタがアップルパイを焼いてくれたんだ
イナはアップルパイが大好物だっただろ?」
イナの返事を聞いたアルガリアはにこやかにイナを席へ誘導する
アルガリアの隣に座ったイナは差し出されたカップを受け取り、一口飲んだ
あの日から…ピアニストの日から、何を食べても味がしなかった
その影響か、よく食べていたイナはここ最近ほとんど食事を口にしていなかった
「ところで、イナ…
誰と、話をしていたのかな?」
その言葉を聞いた瞬間イナは奥底から冷えていく感覚がした
即座に距離を取ろうするもアルガリアの手はイナの肩をつかんで離さない
「危ないだろ」
手放したカップをキャッチしたアルガリアは静かにそれを置き、イナの瞳を覗き込んだ
「で、話をしていたのは…シ協会のフィクサーだね」
「あ…の、アルガリア…どうして…」
「勧誘を断ったのは偉かったけど…目撃者を消すくらいはやらないとだろ」
「ちが…あ、ごめん、なさ…」
イナの体が震える
そんなイナを宥めるように、アルガリアはイナの肩を擦る
「そんな子犬みたいに怯えて、可哀相に…でもこれも仕方がないことだよね
悪い子は、お仕置きしないと」
その言葉を聞いた瞬間、イナの表情は恐怖一色で染め上げられた
「ご…ごめんなさいアルガリア!ごめんなさい、許してください!お願いします…!!」
泣き縋るイナに、アルガリアは微笑みを返すだけ
「プルート、例の部屋に半日閉じ込めておいて」
「よろしいので?」
「うん、イナも反省してくれるだろうし
グレタには謝っとかないとね…アップルパイ、お預けだ」
プルートがイナの肩に手を置いた
「い、いや、あの音は嫌…!
イナの懇願も虚しく、プルートの「魔法」によりイナはどこかへと飛ばされてしまった
飛ばされた先はピアノの音色が反響する灰色の世界
アルガリア特製の…イナのためだけの仕置き部屋
イナは今頃絶叫し、ピアノの音に喘いでいることだろう
すっかり温くなってしまった紅茶を飲みながら、アルガリアは夜空を眺めた
「いい星空だね」
空には星が輝いている
その光を妨害するものはなく、純粋な光が黒い空を満たしている