Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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WedgeⅠ

 

愛の町の接待から数日

 

アンジェラが光を用いて司書達の肉体を復活させ回復はしたものの、結局のところ精神的な回復は成されることはない

 

肉の塊を見て尚且つ殺されてしまったカレンは泣きながら先輩となる司書補達に愚痴を零していた

 

「もう二度とあんなのに会いたくないです!!」

 

「そうは言ってもなぁ…」

 

面倒見のいいロイドは泣きじゃくるカレンを宥めている

 

「都市には割とありがちな話っすよ、俺らが見えていないだけで

裏路地でも人の皮を繋ぎ合わせた寝具を作る奴とかいたし…」

 

「ひぃぃ」

 

「あっ、巣出身なの忘れてたっす…脅かすつもりは…」

 

更に怯えてしまったカレンの背中を摩りながらロイドは視線を逸らす

 

その先には、気まずそうにしているカウレスとネツァク

 

先日の口論、愛の町の接待…カウレスもネツァクも素直じゃない男のため、言わなければいけないことが言えずにいた

 

「……」

 

「……」

 

「…この前」

 

先に会話の火蓋を切ったのはネツァクだった

 

「愛の町の時…助かりました

貴方の不意打ちがなければ、多分、僕は死んでいましたし

ありがとうございます」

 

顔を背けながら感謝の言葉を伝えてくるネツァクにカウレスはバツが悪そうに頭を掻き毟り、意を決した

 

「俺こそ…悪かったよ、テメェの大切なもん悪く言って

だが、俺があの女を嫌っていることだけは譲らねぇ」

 

「いいですよ、それで

あの子の良さがわからないのは可哀想ですが」

 

「あぁ!?」

 

ネツァクの捻くれた言葉にカウレスが声を荒らげる

 

再び険悪な雰囲気になってしまうのを防ぐようにロイドが普段は出さないような大声をあげる

 

「いやーあの時カレンが保護ページ切ってくれて助かったっすねー!

あのおかげで間一髪死を免れたっすからねー!」

 

「え!?わ、私ですか!?」

 

ロイドの言葉に気がついた二人もまた冷静になり、カレンを褒める

 

「…そうだな、お前のおかげであのトマリーとかいうデカブツに一死報いれたぜ

サンキュな」

 

「死ぬ直前にいい判断でしたよ、助かりました」

 

先輩や上司からの褒め言葉に、先程まで泣いていたカレンは顔を赤くして慌てふためく

 

「わわ、私なんて!サポートくらいしかできませんから…!

皆さんのお役に立てたのなら、良かったでしっ!」

 

最後に噛んでしまったカレンの言葉に、司書達は吹き出して笑う

 

妹分のように可愛がっているカウレスはカレンの頭を乱雑に撫で回し、穏やかな空気にネツァクは胸の内の痛みを感じた

 

(…もし、ここに彼女もいてくれれば)

 

きっと、強かなスミレ色の瞳を輝かせ司書補達の笑顔を見守っていただろう

 

酒を飲んで仕事をさぼるネツァクを叱って叩き起こし、苦言を呈しながら本の整理を手伝ってくれるんだろうな…とか

 

叶わない空想に耽りながら、あの時死んだ彼女を再び思い出したところで…

 

「ネツァク

ゲストが来たわ、準備して」

 

アンジェラが内線放送で芸術の階を指定する

 

愛の町を接待したばかりなのに、また?と司書達誰もが思ったことだろう

 

数組のゲストを他の階が接待していても、都市における図書館の危険度が上がるにつれ訪れるゲストも増えていく

 

怠惰なネツァクやその階の司書補達が駆り出されるのもまた必然なのである

 

そうして絶対的な館長の命令に従い、各々必要になるゲストのページを用意した

 

 

 

(今度こそ…師匠達を助けるんだ)

 

男、フィリップは静かに覚悟する

 

図書館へ訪れ、師匠と先輩を失った彼は兄弟事務所である楔事務所の扉を叩き、助力を頼み込んで再び図書館へと舞い戻ってきた

 

しかし、いざ接待が始まろうとした時…無自覚に、足が震えてしまっている

 

「フィリップ!来るわよ!」

 

師匠達が死んでいったあの日の記憶が蘇る

 

気がつけばすぐ目前に青い男が刀を突き刺そうと迫ってきていた

 

フィリップは咄嗟に防御するも、掠った刀傷が熱を集めて熱くなる

 

「ボーっとしてたら死ぬよ!集中して!」

 

楔事務所の姉妹フィクサーがランスを持って突撃する

 

そのコンビネーションは凄まじく、司書達を圧倒している

 

…ように思えたが、一瞬の隙を突いて連携を崩されてしまう

 

「パメリさん!パメラさん!」

 

二人は致命傷を受け、本にされてしまった

 

その二人の散り様を見届け、楔事務所代表のオスカーは猛攻撃を仕掛けた

 

相手も苦戦している…ように見えるが、圧倒されているのはフィリップ達の方で

 

「ロイドとカレンは回復を

僕とカウレスでせめて一人対処しましょう」

 

「了解」

 

絶妙なコンビネーションは姉妹程ではないものの息は合っている

 

オスカーが押され気味になり、フィリップは助けようと足を踏み出した

 

しかし、その瞬間にかつて夜明事務所の二人が本にされた記憶がフラッシュバックしてしまう

 

「あ…」

 

恐ろしくなったフィリップは一瞬、足が竦んでしまう

 

その一瞬が命取りとなった

 

「フィリップ!」

 

光を回復させたカレンがフィリップに向かって剣を突き刺そうとする

 

眼前に迫る死の気配に指先すら動かせずに、フィリップは強く目を閉じた

 

黒塗りの世界、漂う血の香り…しかし痛みは訪れない

 

痛みの無い死は無い、長いか早いかだけの違い…だからこそフィリップは違和感から目を開けた

 

目の前にはその肉体で攻撃を受け止め、剣により貫かれたオスカー

 

「あ…あ……」

 

「全く…世話の焼ける…」

 

喉奥から吐き出た血を拭う力も残っておらず、オスカーは光に包まれ本へと変わった

 

フィリップはまた、動くことが出来なかった

 

怯え、恐れ、自分を守ってくれた人達が目の前で殺されていく様を黙って見ることしか出来ない

 

そんな臆病さを覆そうと挑んでいるのに、立ちはだかる敵もまたどんどん強くなっていく

 

「…また…こんなことに……

今度は…最後まで一緒に戦えると思ったのに…

僕はいつまで、誰かの後ろに隠れて…!」

 

…こんな自分に、何が出来るというのだろうか

 

彼が浮かべた結論は、何も出来ない

 

事実、彼は再び自分可愛さに何人も見殺しにしてしまっている

 

差し迫る死を前に、再びフィリップは「逃亡」を選択肢に浮かべる

 

また、自分だけ生き残って逃げるのか

 

仇を目の前にして…自分の命だけを守るのか

 

彼の目には今世界が全て緩やかに動いて見える

 

それこそ、時間が100分の1になったかのように…

 

フィリップを本にしようと襲い掛かってくる図書館の人間が、武器を構えゆっくりと向かってくる

 

立ち向かう勇気でもあれば

 

自分には持ち得ない、存在しない理想の姿を空想したところで、現実は虚しい

 

師に逃げるよう言われたとき、フィリップは躊躇った

 

逃げることで見られる体、図り得ない仲間の心情など彼が感じる恐怖を打ち倒すに至らない

 

それどころか、彼は仲間を「自分が生き残るための言い訳」にした

 

あの時、聞こえてきた綺麗な声が…そう囁いた

 

今の自分には何もできない、大切な人達を助ける力もない

 

助力を望み、新たな図書館の餌として楔事務所のフィクサー達を連れ…彼らの犠牲を当然のようにまた逃げる

 

声の導く通りに…彼は自らを正当化させ、死から逃れようとする

 

「…その言葉の通り、一番利己的で危ないのは僕だった

これ以上誰かのためという言葉で飾り立てたくないんだ」

 

しかし今、それを自覚した彼は暗い暗い深層意識の中でその他責思考は振りほどかれた

 

フィリップは自身の弱さを受け入れ、誰かのためではなく、自分のためと…

 

「全てのことは僕のためだと、その何よりも、僕のために

誰よりも悲しんでいる僕のために…」

 

 

 

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