舞台が燃え上がる
焼けるような風が、司書達の頬を焦がす
追い詰めたフィリップは姿を変え…燃える片翼と剣を手に、そのレンズの奥の相貌を燻ぶらせた
「悲しんでいる僕の代わりに泣いてくれる人はいない
結局、この痛みは僕が抱えていかないと駄目なんだろうな
この感情を、無くせないまま…ずっと抱えて進むしかないなら…その沼に沈んで挫折して、結局自分のいいように考えることを何度もやらないといけないのなら
いっそ、この悲しみと共に起き上がる道を選んでやる
できるって信じてるから、やるべきことだから
どうやってでも前に進まないと
この力はきっと、僕に与えられたチャンスだから」
フィリップは炎の力を振るい、司書達に立ち向かう
芸術の階の舞台は白い遺跡へと変化し、フィリップの感情に呼応して炎は苛烈さを増していく
「あッ…ちぃ…!」
「な、なんですかあれ…!覚醒なんて漫画でしか見ませんよぅ…!」
「あれは、まるで…」
フィリップの装備を見た誰もが連想させただろう
それは舞台を観測していたアンジェラも同様…図書館にいる人間のほとんどが一つの可能性を浮かべた
「E.G.O…なんすか、あれは」
「幻想体から抽出されたものじゃなくて、人から発生した…!?」
驚きから微かに動じる司書補達にネツァクは静かに声をかける
「ない話ではありません、現にゲブラーはかつて自分のE.G.Oを発現させたことがあるようですし
今はまだ発言したてで万全ではないようですが、長期戦になればなるほど熱で消耗していきますね…長期戦は不利です、短期決戦で倒しましょう」
血を流しながらも呼吸を整えたフィリップはギラギラと燃える剣を大きく振るう
放たれる炎に身を焼かれながらも、司書達は耐え続ける
電撃で麻痺させ動きを鈍らせ、出血させ体力を削り…確実に相手を追い込んでいた
しかし、司書達もまた無傷とはいかなかった
「がッ…!」
カレンもカウレスも、生き残っていたロイドすら倒されてしまった
お互いに満身創痍で立っているのは、フィリップとネツァクだけだった
フィリップから流れ落ちた血すら燃えるような高熱空間
息を吸うだけで肺が焼けるようだ
生前は、カルメンの患者だったネツァクは他の司書達と比べても貧弱で、こんな風に戦うこともセフィラ時代にはしてこなかった
いつも彼らは職員の状態や幻想体の状況を管理人に伝えるだけ…
図書館で人間の体を手に入れ、元職員達と共に戦えるようになっても、完全に守り切れることは少ない
強くない彼は、戦闘実績を積んだ彼らに及ばない
だというのに、今E.G.Oを発現させたゲストと対峙してるのは自分だった
こんな自分に何ができるんだ、とネツァクは自分自身に毒を吐いて…眩む頭で記憶を蘇らせる
「どうしてそんなに動けるか、ですか」
いくつか削れた記憶の中、取りこぼさないように保管していた彼女との会話ログ
業務終わりの晩酌で、試しに聞いてみたこと
彼女はスミレの魔女に作られた量産型の戦闘兵器というのが相応しいほどに、戦闘においては他の職員は足元にも及ばない
その強さで他人を守ってくれるから、会社の死亡率は低下し…ネツァクも微かに誇らしく思っていた
そんな彼女の強さ、戦い方について聞いてみた
その情報をマニュアルにして他の職員に共有できれば、幻想体の管理も容易になり、生存率が上がることが目的だった
彼女は酒で火照った顔で天井を見上げ、回答に悩んでいた
「そもそも私達レインシリーズは、ヴァイオレットカンパニーの技術の結晶…常人と体のつくりが違う前提がありますが、そうですね…
私達は「学習」するんです」
「貴方達セフィラのようなAIと同じです、相手の行動パターンや戦法、特性を見て、学習し、回避のタイミングや攻撃する隙を見出します」
「生存のため、敵を知る…この会社で行っている基礎的なことですよ」
ネツァクは目を開ける
目の前に立つゲストもまた、息を整え剣を構える
フィリップの動きは、かつて幻想体を相手にしてきたレイン達や、先程のフィクサーよりは劣っている
放たれる炎、固い片翼、重い剣…劣っていても強いことには変わりない
「それでも…ここで終わるわけにはいかないよな」
解けかけていた髪を下ろす
感情がエネルギーとなり、幻想体のページが現れる
優しい星の光…銀河の子により体力が回復し、戦闘が再開される
「僕はもう、誰かのためじゃなく…苦しみを断ち切るために君たちを殺してみせる!」
太陽のような輝きを放ち、フィリップの剣が振り下ろされる
先程から見続けたおかげか、その軌道はネツァクにも読めた
最低限の動きで攻撃を避け続け、隙を探す
猛攻は長くは続かない、消耗したフィリップは体勢を崩す
「…!」
その瞬間を逃さず、ネツァクは剣を握りしめフィリップの腕を斬り上げた
斬撃は通らずとも衝撃は伝わり、フィリップはその衝撃により剣を手放した
「
追撃のために身を捩り、再び斬り上げようとしたその時…
図書館の光とは違う輝きがフィリップを包み、彼はその場から姿を消した
「な…」
フィリップがいなくなると同時に舞台は芸術の階の緑の空間へと戻る
ネツァクはひとまず接待が完了したのだと悟り、疲労感から座り込む
大きく息を吐き出し、全身の火傷に顔を歪ませながら天井を見上げた
「…どうだ、ちょっとはアンタに顔向けできるかな」
図書館から脱出したフィリップは、薄暗いテントの中にいた
「こ…ここは」
フィリップが周囲を確認する前に、振り向いた瞬間眼前に赤い道化師のような姿の人間が現れた
「な…なんだ、お前は」
「お~やおやおや!今日は予想だにしない来訪者が多いですねぇ!しかし結構!サプライズは私もだ~い好きですからねぇ!」
よく見れば道化師のほかにも、電球をつけた魚、ナイフを持った小人など…異質な生物が軽快に彼らの周りを飛び跳ねている
「ここは…8時のサーカス!花の匂い袋を無くした都市の人々に最高の匂いを味わっていたただく場所ですよ」
「は…?8時の…サーカス?」
フィリップはその存在を聞いたことがある
ちょうど、楔事務所が対処していた「ねじれ」案件
そのせいで、夜明事務所は単独で図書館に挑まざるを得なかった
奇々怪々なことを放し続ける道化師をよそに、フィリップは顔を顰めた
大きな魚も小人も、人間の名残があった
サーカスの団員達は皆、元は人間なのだろう…それをこの道化師が姿かたちを変えてしまったのか、見るに堪えない怪物と化した者達からフィリップは目を逸らす
間接的に夜明け事務所や楔事務所が全滅したきっかけを前に、フィリップは臨戦態勢をとる
目の前の狂気的な道化師達を殺そうと剣を手にした瞬間、道化師はその纏わりつく香りを放つ
「貴方も…私と似た匂いを漂わせてますね!
でもまだ芳しいですね!臭くないんですよ」
「黙れ!ここでお前を…お前をバラバラにしてやる」
何を語っているのか理解できないまま、道化師は回ったり踊ったり忙しなく動き回る
「確かにとても香るのですが…しかし、芳しさと汚い匂いが混じればまた違うドロドロとした香りが生まれましょう!」
テント内の照明が光り輝き周囲を照らした
視界が開けた瞬間、フィリップの目の前に…師であるサルヴァドールと先輩のユナが現れる
「これはなんだ…一体何をしたんだ…」
図書館で死んでしまった夜明事務所の二人を前に混乱するフィリップは後退る
険しい表情をするフィリップを眺め、道化師…オズワルドは、心底の親切心をもって彼をもてなす
「真の花は自分の中にある一番大きな膿と向き合って絞り出してこそ出てくるものです
香る哀しみの膿をたぁ~っくさん飲み込まなければ思う存分笑えないんですよ?」
「私がお手伝いいたしましょう!」