Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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Beg my life

 

 

灰色の都市は、その街並だけでなく空までも薄ら暗い曇天が拡がっていた

 

そのくすんだ色は、きっと自然に発生する雲だけでなく、都市の営みが生み出す煙すら多分に含まれているのだろう

 

分厚い雲は灰色の天井のように、今すぐに落ちてきそうだ…と、アルガリアは思う

 

時刻は午前3時21分、都市を見守る瞳が目を閉じる眠りの時間

 

巣は変わらず営みの光を放っているが、それはそこが絶対に守られる巣であるからで、裏路地は()の監視が届かない時間は、何が起きても認知されない

 

遠くの街の光や、残る街灯の輝きは灰色の天井にも届き、その質量を視認させる

 

なんて良い夜なんだろう

 

星が見えない、素敵な夜だ

 

良い気分になった彼は、目線を空から地へ移し、地面に転がってる男を見下ろす

 

「みんな、ウキウキするあまり焦って片付けたりしないでね

俺の友だちが泣き疲れて気絶しそうだよ」

 

転がってる男は既に脚の大部分を刻み落とされ、痛みと熱と煙により正常な状態ではなかった

 

男はセルマ…以前アルガリアと交渉していた、 シ協会南部支部長

 

「セルマ…セルマ…可哀想な友だち…それでも、そんな大袈裟に痛がるなよ

まだ、まともに楽しめてすらいないからね」

 

「ひひひ、この辛い煙のお陰で痛みはそーげん感じらんはずやけどな?」

 

セルマを刻んでるのはアルガリアではなく…彼が従える笑う顔達

 

笑顔の仮面を顔につけ、朱色の外套を身に纏う異質な都市の住人である

 

各々手に持つ煙管から発せられる煙は吸った者の感覚を鈍くさせる…それにしたところで、意識が残ったまま体を薄くスライスされるなど、セルマにとっては経験したことの無い拷問であり、苦痛であることに変わりはない

 

「友だちとはいえ約束を破ったセルマの罪は重いし…一万枚くらいにしておこうかな」

 

既に1400枚以上に削られているというのに、更にその7倍程の量を削られ、その苦痛を味合わなければならない

 

笑う顔達は削ぎ落としたセルマの肉を食った食わないだで争い、諌め、取り合っている

 

そんな光景を…イナは、付き添うエイリーンの後ろで眺めていた

 

眺めさせられていた

 

目を背けることは一切許されず、ただ見ていることを強制されている

 

「セルマ…そんな顔するなよ

知ってるだろ、俺たちがやっていた取り引きを

精一杯処理していたのに、最後にしくじっちゃダメだろ…」

 

セルマは口に猿轡をされていて吃るような絶叫と悲鳴、反抗する声が言葉も紡げず発せられるだけだった

 

アルガリアは笑う顔に轡を外させ、ようやくまともに息を吸えるようになったセルマは痛みに過呼吸になりながらも、必死にアルガリアを睨み付けて叫んだ

 

「はぁ…はぁ…はっ…はっ…青い残響…この、キチガイが…

ふざけるな…そもそも不可能だったじゃないか…!」

 

「はぁ…南部支部の2課だけ利用したのはセルマの選択だったよね

1課を利用しても良かっただろ

自分の席を守るために2課を処理しようと頭を絞ったせいで、結局俺との約束を守れなかったんだ」

 

「お前が!2課を利用しろって言っただろ!!」

 

「俺は絶対に2課を利用しろと言ってないよ

リストに書いたことだけを期間内に処理してくれって言っただけじゃないか、君は同意したし

…ねぇ、イナ?記憶力のいい君は、あの時の会話をちゃんと覚えているだろ?」

 

アルガリアは背後に控えさせているイナへ視線を送って問いかければ、イナは少しの沈黙の後に小さくも確かな声でかつての二人の会話を再生させる

 

「……「どれも尋常じゃない依頼ばかりか…まぁ、でもこんな仕事なら」「2課が最適だろ?」

…あくまでアルガリアは2課を()()()だけで、強制はしていませんでした」

 

「ほら、あの時あの場にいた当事者であるイナもこう言ってる」

 

「ひ…卑怯だぞ…いいのか、俺を殺せば南部1課と協会本部は勿論、ハナもじっとしていないだろう…

だから…お願いだ…!もう一度だけ機会をくれ…!」

 

セルマはなんとかして生き延びようと、脅迫と同時に懇願をしてくる

 

確かにフィクサー協会の中での重役でもあるセルマが遺体となって発見され、誰かにより殺されたとわかれば協会も動いてしまうだろう

 

しかし、そんなことがわからないアルガリアではない

 

「セルマ…最後まで、約束を守れなくてごめんって言ってくれないんだね、ほんと心苦しいよ

あと、俺の心配ならしなくてもいいよ

ここがどこだって言ったっけ、みんな?」

 

「裏路地ですよ、その…23区やったっけ?」

 

「はぁ〜?この兄貴は今が夜っちこともわからんみたいやね?」

 

「あ〜?あだりめぇだべ!ちゃんと目ば隠してるんだはんで!」

 

問い掛けられた笑う顔達は各々に今の時間と、場所を答えてくれる

 

先にも述べたとおり、ここは裏路地で、時刻は目が閉じられる裏路地の夜

 

何が起きても認識されない…掃除屋が動く絶好の時間なのだ

 

「……今、裏路地の夜なのか?」

 

セルマは絶望した

 

脚がない今逃げることも出来ず、このまま殺されるか、生きたまま放置されても掃除屋の波に呑まれて跡形もなく、人知れず消えてしまうだろう

 

「ああ、だから君がどこでどう死んだのか誰もわからないだろうな

ゆっくり都市から消えていくんだ……そうだろ?」

 

「きっとそうでしょうね、アルガリア様」

 

「……」

 

エイリーンはアルガリアの言葉に賛同する

 

彼女は彼に助けられてから、狂信的にアルガリアを信奉している

 

教団の教祖というだけあり、その全肯定する様は狂信と呼ぶ他ない

 

そんなやり取りを聞き流して尚、イナは目を隠され体を縛られ脚の先から削がれていくセルマから目を離すことはできなかった

 

目を逸らせば、アルガリアの意に反する動きをすれば…次はないから

 

彼と違い、許される機会が与えられている

 

それが剥奪されてしまえば、きっとイナはまともに息を吸うことすらできなくなる

 

「うん!それじゃあそのまま進めてくれ、みんな」

 

快活に笑う顔に続行の指示を出すアルガリアを前に、セルマは涙と鼻水と涎を垂らしながら土下座をする

 

「…ごめんなさい!申し訳ありません!

申し訳ございません…約束を守れず申し訳ございません…!」

 

「…」

 

繰り返し額を地面に叩き付け、謝罪の言葉を口にする

 

その惨めな様を見守りながら、アルガリアは薄く微笑むだけだった

 

「青い兄貴、どげんします?」

 

「こごで終わりなんだな?」

 

「セルマ…」

 

「はい!アルガリア様…

全部俺のせいです…二度と、二度と!わたくしめの足りない脳味噌なぞ絞らず!絶対!これからは約束を守るようにします…!!」

 

必死の命乞いに、アルガリアは目尻に微かな涙を浮かべ…それを拭い去った

 

「あ〜…セルマ…

俺、涙が出そうだよ…」

 

果たしてその涙は感動の涙か…そんなはずはない

 

単に、無意味な命乞いを今更繰り返す無様なセルマの姿を見て、笑いを堪えるのに必死なだけなのだろう

 

「本当に俺に謝ったところで、君が死なないわけがないじゃないか

足りない友だちだって知ってたけど、ここまでだとは思わなかったよ

…でも、謝罪は受け入れてあげるよ」

 

アルガリアはそのままイナに近寄り、彼女の肩を抱いて前へと連れて来る

 

「ほらご覧、イナ

あれが本当の命乞いだよ、よく覚えておくんだ

何にせよ、いつか君がああなることがないように、俺は信じているからね」

 

「……はい」

 

イナは機会を与えられている

 

以前の()()の影響もあり、彼女は今後アルガリアを裏切れないし、彼を失望させられない

 

イナは優遇されている

 

彼の言う「友だち」より、今生きる誰よりも…イナは優しく扱われている

 

「ささ、お口ぎゅ〜っち閉じとけよ〜」

 

「ああああぁぁッッ!!

おい!!このクソ野郎がっ!!」

 

結局命乞いは無駄だったとわかると、セルマは泣き叫び罵詈雑言を吐き散らし、やがては絶叫と共に処理を再開される

 

暴れる身体を押さえつけられ、痛みを体動で逃がすことも出来ず、これから死ぬ事実を前にゆっくり丁寧に肉体を削がれていく

 

アルガリアはそれを最後まで見届けることもせず、笑う顔に次の指示を出してはその場を後にする

 

「もういいよ、イナ、行こう」

 

「はい…」

 

アルガリアの言葉で、イナはようやく目を背けることができる

 

削られ死んでいくであろうセルマの断末魔を背にアルガリアの後を歩いていくイナだが…時折彼を非難する言葉が呪詛のようにイナの耳に張り付いてしまう

 

自分も、彼が死ぬのを後押しした、同罪なんだ…と

 

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