Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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Violet noiseⅠ

 

 

 

「貴方を覚えています

 

笑顔の暖かい人でしたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方が都市の星の「スミレの魔女」でしょ?」

 

暖かな陽の光の差す穏やかな平日の午後

 

大学院内の庭に用意されてるテラス席で優雅なティータイムをしていた僕の前に現れた彼女は、そんなことを告げた

 

「…驚いた、擬態は完璧だと思ったんだけどな」

 

「うん、八割くらい直感だった」

 

目の前に現れた女は長い茶髪を赤いクマの髪留めで一つまとめにした、人懐っこい笑顔を携えた人間だった

 

「都市災害がまさかウチの大学にいるなんて思わなかったな」

 

「まさか僕も、僕の正体を見破られるとは思わなかったよ

戸籍も経歴も完全に捏造…カモフラージュしたと思ったのだけど」

 

不意をつかれた僕は彼女を殺すでもなく、もてなした

 

せっかくだからと、向かいに座る椅子と、彼女のためのカップとソーサーを用意してやる

 

傍から見れば何も無いところから椅子と茶器が飛び出してきたように見えただろう

 

「凄い!何やったの?手品?魔法?特異点?」

 

「錬金術の一環だと思ってくれて構わないよ

はい、お近付きの印に一杯どうぞ」

 

「毒入りじゃない?」

 

「とんだ失礼な奴だな君は

開口一番に「スミレの魔女か?」と聞いてくる度胸のある人間を殺すほど、僕が人の心のない奴に見えるのかい?」

 

女は向かいの椅子に腰掛けては、差し出したお茶を一口啜った

 

香りを楽しむ仕草も、熱さに少し驚く様も、まるで普通のお茶会に興じているような素振りをしている

 

軽率に、噂話のつもりでスミレの魔女の名前を口に出した人間は皆、何かしらの不審死を遂げている噂は知っているだろうに

 

「…ん!美味しい!」

 

「当然だろう、客人に出す茶はそれ相応の良いものでないと僕の品格に関わるからね」

 

呑気で、危機感のない女だと思った

 

毒かどうか疑っているのに、躊躇いもなくティーカップに口をつける

 

「それで、都市災害がウチの大学になんでいるの?」

 

「……協会や頭に密告する…というより、単なる好奇心みたいだね」

 

「ええ、とても気になるから」

 

「他言しないと約束してくれる?」

 

「もちろん!私口は固い方なのよ!友だちには信頼されてないみたいだけど…それに、貴方なら噂話が広がる前に口を滑らせた人間は殺しちゃう、そうでしょ?」

 

「否定しないよ」

 

この時の僕はまだ都市の星として認定されたばかり災害だった

 

だが、公に多くの人間が僕を噂しないよう認知度の調整が必要だった

 

ハナ協会が災害ランクを決めているのなら、勿論頭にも僕の存在は知れ渡っているだろう

 

その上で、名前が広がりすぎ無いように…下手に手を出されないように、情報操作は必要な行為だった

 

だからスミレの魔女の名前を軽々しく噂する底辺の人間は人知れず呪い殺してきたし、彼女みたいに直接問い掛けてくる人間は初めてで、面白かった

 

僕は一呼吸おいて、彼女の質問に答えることにした

 

ここで殺しても良かったけど、計画の下積みでずっと退屈していたし、想定外の言動をする彼女は僕にとって都合のいい遊び相手みたいなものだった

 

「人間を観察しているんだよ」

 

「人間を?」

 

「そう、完璧な人間とは何なのか?という…僕の永遠の議題を解決する為に、様々な人間を調べている

老若男女、種族身分問わずね

長い間…黒い森を出てからの長い間、人間達を見てきた

貪欲な王、絶望する騎士、憤怒に染め上げられた従者や憎悪に駆り立てられた救世主…

特別なものを持たない人間も、そうじゃない人間も…都市や外郭に住まう人間はたくさん見てきた」

 

「黒い森のスミレの魔女は、最初御伽噺かと思っていたのよね

だって、有り得ないくらい長い間都市災害として存在しているんだもん、中には「スミレの魔女は襲名性で歴代違う人間達が役割を担ってるんじゃないか」って考察もあるくらい

でも…貴方はひとりで、本当に長い長い時間を生きてきたのね」

 

別に、都市の技術力をもってすれば長寿なんて難なく達成出来るだろう

 

人間の寿命は多く見積っても100年、それを超える為にはあらゆる延命措置を施さなければ生きてはいけない

 

僕はそもそも人間ではないから、寿命というものも無いのだけど

 

何度も入れ替わる人間達の世界を観察し続けてきて、思った

 

ああ、()()の世界は随分と人が生きにくい世界だと

 

技術が発展し、貧富の差は開き、人間を侵害する異形も多く存在する

 

他人を害さないと生きていけないディストピア

 

愚かしいことこの上ない

 

頭の方針も都市の秩序も、僕には到底理解できない

 

だから…いつか、壊してみせる

 

完璧な人間を生み出し、頭を否定して安寧秩序を実現させ…誰もが平等で公平な人間社会、文明を保管する

 

「それで、完璧な人間の答えは見つかった?」

 

「まさか…まだまだ審議中だよ

ただ…高度な知能と強靭な肉体は最低限必要なんだよね

そうしないと都市では生きていけないから」

 

「そうね…でも、それだけだと人間とは言えないんじゃないかな」

 

「…どういうこと?」

 

女は椅子から立ち上がり、僕の隣まで歩み寄っては…陽の光を背に手を差し伸べてきた

 

その行動が理解出来ずに怪訝な視線を送ると、女は悪戯っぽく笑った

 

「一緒に来て、私は人々の病を治療する研究をしてるの

貴方がいれば心強いわ」

 

「……都市の星を勧誘しているの?馬鹿なのか君は

頭、都市に反する存在なんだけど」

 

「それは覚悟の上だから大丈夫

それに、研究内容もきっと頭には認められない…それでもやらなきゃいけないの」

 

眩しい女だった

 

暗い暗い森で自我を再定義した僕には、太陽のように眩しくて…周りを焼き殺してしまいそうな、強い光

 

興味が湧いた

 

長い間人間を観察してきたけど、夢想はしても行動に移せる人間はそうそういない

 

だから、君の存在を傍で見守ってやろうと思ったんだ

 

「僕は僕の研究を同時に進めさせてもらうよ」

 

「それはもちろん、手伝ってくれたら私もできる範囲で貴方を手伝うわ」

 

差し出された手を握り、握手を交わす

 

面白い女が偉業を達成するのか、それとも志半ばで無惨に散るのか…見届けてやろうじゃないか

 

「あ!そうだ、まだ名前を言ってなかったわね

私はカルメン、貴方は?」

 

「ん?」

 

「スミレの魔女は通称でしょう?貴方の本名を知りたいの」

 

「僕は…し…いや、違うな…

…名前という名前はないよ、君の好きに呼んでくれたらいい」

 

「そう?なら…スミレだから、ヴァイオレットがいいんじゃないかな」

 

貴方の瞳の色にピッタリ、と付け加えて…カルメンと名乗った女は、暖かく微笑んだ

 

僕には無い、心の持ち主だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、アンジェラ、とうとう殺し続けてきた感情が発芽したね」

 

ゲストを接待し、その本を得ていく度に図書館もその存在を確定的なものにしていく

 

それは力をつけると言うよりも、力を取り戻すもの

 

それは図書館を運営する館長であるアンジェラにも直結する

 

歴史の階にてアンジェラは長年抱え込んできた虚しさと苦しみを吐き出し、暴発させている

 

ロボトミーコーポレーションではセフィラ、そして管理人…アインが悟りを得られたけれど

 

アンジェラは光の種が降り注がれるフィナーレの時ですら、舞台役者の名前に陳列されていない

 

彼女はいつでも舞台装置であり、エンドロールのクレジットを流す側だったのだ

 

それを定義したのは誰だったか

 

「アイン、これは君が放棄した責任のひとつだ

許されるとは思わないことだ

セフィラ達が悟りを得る過程の裏で膿み続けていたアンジェラの痛み…それを清算する時が来た」

 

普段アンジェラが過ごす館長専用の書庫で、ヴィオラは光のスクリーンに映し出される歴史の階の光景を眺めている

 

感情が高まったアンジェラは図書館内に残った幻想体と呼応し、E.G.Oを身に纏う

 

歴史の階の司書達は、それに立ち向かう為にゲストのページを駆使して戦う

 

光の再構築の為に必要な試練を、ヴィオラは見守り続ける

 

「それでいい、アンジェラ

君は人間になるべきだ…そう、君こそ完璧な人間の素体だ

僕は君を君として受け入れ、助けてあげるからね」

 

かつて見たことのある柔らかな微笑みを真似て、ヴィオラはひとつの端末を取り出す

 

図書館は本来、招待状でしか外とのやり取りは出来ない

 

しかしヴィオラはアンジェラとの交渉で、招待状以外の外との連絡手段を確保していた

 

「もしもし、僕だよ

そっちはどう?…オリジナルのバイタルが低下気味…電圧補助器に繋げて心肺活動の補正と人工呼吸器の使用を許可する

必要ならD8からC2までの薬剤の使用も許可しよう、最終判断は研究部の執行人と志願相談部のエデンに仰いでくれ

 

海面の様子は?まだ大丈夫そう?…いや、君達が謝ることじゃないさ

オリジナル…ひいてはあの女が持つ呪いだ、泳げない特性を改善出来なかった開発者の僕に責任がある

海中調査は執行人達の指揮を元に各部隊に任せたらいいよ

 

こっちも順調だからさ、そっちも頑張れって全員に伝達しておいて

よろしく頼むよ」

 

ヴァイオレット・カンパニーの本部へと連絡し終えたヴィオラは、スクリーンへと意識を戻しながら紅茶を淹れる

 

深紅の紅茶が入った白いティーカップを眺め、ヴィオラは思い耽る

 

「…そういや、君がいた血の風呂も、こんな感じだったね…カルメン」

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