Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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Middle promise

 

生きたいと願うことは、何も間違いではないのだろう

 

ただ、この都市においてはそれが簡単にはいかないということだ

 

それでも、他人の命を踏み台にしてまで生きたいだなんて…俺には思えない

 

俺は裏路地に住む身寄りのないガキだった

 

親はどこかでくたばったのかいなくなっていたし、保護者ともなる粗暴な男は薬指の庇護下に入るために俺に学校に入学させようとした

 

一応、入学することは出来たが…薬指のいう芸術性なんてものが理解出来ず、人間を弄ぶやり方が気に食わなくてマエストロ含めて全員再起不能にして出て行った

 

後を追われた俺はひとまず他の指に入ることで追跡を免れた

 

そこは中指だった

 

中指の仲間意識や仁義は嫌いじゃなかったが、やはり指のやり方は俺には合わなかった

 

ついでに刺青も合わなかった

 

そのまま足を洗った時にまた命を狙われたが、力をつけた俺は末弟までなら単騎でも倒せるくらいになっていた

 

また身寄りも家も無くなった頃に、フィクサー稼業を始めた

 

当時、丁度デカい戦争が起きたから当然俺も駆り出された

 

煙戦争という、翼同士の大戦争だった

 

戦争なら容赦はしねぇ、とたくさんの人間を殺してきた

 

G社の部隊を五つ潰し、F社の幹部も何人か殺した

 

それ以外にも、数百人ものフィクサーを殺した

 

功績を挙げた俺は瞬く間に1級フィクサーになったが、他人の血に塗れた自分の手を俺は許せなかった

 

結局のところ、都市ではそういう生き方しか出来ないのだろう

 

生まれが底辺な俺には、こんな生き方しかないんだ

 

そんな時、同じフィクサー仲間のロイドから「羽にならないか」と勧誘された

 

煙戦争で勝利した新L社の求人広告だった

 

雇われの何でも屋が、今更翼の職員になれるわけない…と冷やかしのつもりで面接を受けてみれば、煙戦争の功績のおかげかあっさりと採用になり

 

今までの血にまみれた生活からようやく抜け出せると、期待していた

 

それなのにいざL社で働いてみれば、怪物の管理に混乱する職員の処分、翼と言えど都市は変わらなかった

 

L社も他もきっと変わらないんだろう、都市にいる限りどこに行っても人の命は紙より軽い

 

俺は…もう、誰も殺したくなんかないのに

 

 

 

「まさか懐かしい顔を見ることになるとは思いませんでした

指抜けの罪人、煙戦争の生き残り…

貴方はどの指の間でも名前が通っていますよ、カウレスさん」

 

芸術の階の接待も終盤

 

今回訪れたゲストは親指のソルジャー達

 

最後の一人の頭を潰す直前で、名前も顔も知らないソルジャーが目の前のカウレスを見てそう告げた

 

カウレスは一瞬気を取られ、その隙にソルジャーがカウレスの脇腹に銃口を向けたが…横からロイドがソルジャーの頭を横一文字に切り裂いた

 

「…なにやってんだよ、らしくもない」

 

「……悪い」

 

図書館も災害ランクを上げていき、とうとう五本指の構成員も図書館へ訪れるようになってきた

 

接待を終えると司書達は舞台裏へと下がっていく

 

アンジェラによりあらゆる負傷は治り、命が潰えても蘇生する

 

それも、光が満ちている図書館内でのみ可能なのだが…

 

血を流したり骨を折った司書達は次々回復していくも、精神の方は完全に安定させることは出来ない

 

感情を引き出す図書館で一度平常心を失えば、それは長く尾を引き、肥大化していく

 

「か…カウレスさん…?」

 

カレンが怯えた目でカウレスを覗き込む

 

「…なんだ?」

 

「あの…こ…怖い顔に…なってます…」

 

カウレスは眉間に指を触れる

 

寄せた眉により眉間には深い皺が刻まれ、ただでさえ悪い人相が悪化している

 

「カレン先輩!カウレス先輩はずっと怖い顔じゃないすか…いだだだだだ!ち、縮みます!カウレス先輩!頭蓋骨を握り締めて床に押し込むのはやめてください!なけなしの身長が縮みまあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」

 

先日目覚めた四人目の司書…オーウェン

 

ムードメーカーで誰にも懐っこい犬のような彼もまた、L社のループの中で何度も戦い、死に、新たな周を迎え生き返り…最終周で生存したベテランのエージェントだった

 

「ほんっとお前は余計なことを言うな、これ以上ロイドみたいなノンデリは要らねぇっつーの」

 

「おい誰がノンデリだ、誰が」

 

「全員無事ですか」

 

芸術の階の奥からネツァクが顔を出す

 

今回接待可能な人数は四人だったため、ネツァクは真っ先に留守番を名乗り出ていた

 

「今回は五本指…親指の配下と聞きましたが、なんとか生き延びましたね」

 

「はい!ネツァク様、俺の活躍見てくれましたか!?」

 

「あー…本の整理で忙しくて見てませんでした」

 

「ぜったい嘘です!片方の頬が赤くなって髪が少し崩れています!

あれは寝ていました!私達が頑張っている間に…!」

 

カレン、オーウェンの年少コンビがネツァクに苦言をぶつける中、ロイドはカウレスの様子がおかしいことに気が付き、喫煙所へ誘った

 

アンジェラの召使いであるローランを筆頭に、喫煙者が声明を上げて設置してもらった喫煙所は、今は誰もいない

 

聞かれたくない話をするにはうってつけだった

 

「それで…あれすか?指相手に過去の記憶ほじくり返されたって感じか?」

 

「ああ…まぁ、そうだな」

 

カウレスにとって珍しい、歯切れの悪い返答に、ロイドは光の無い目でカウレスを見た

 

「刺青…アンジェラ様に頼めば消してもらえるんじゃないすかね」

 

「……そうだな…だが、これは戒めとして残しておく

薬指は最悪だが、中指は割と気に入ってる部分も多かったんだ」

 

「俺には全部最悪に見えるんすけど…まぁ、指ごとに違うんすね

けどま、翼に入ってからもう外では10年経つんすよ、今更追われること…

…中指だしなぁ…」

 

五本指のうち、中指は強い仲間意識がある反面、執念深いことで有名である

 

仲間が受けた痛みは全員が報復に駆けつけるし、仕返し帳簿により永遠に名前を刻まれている限り、報復を忘れられることは無い

 

中指を裏切り脱退したカウレスは、翼に来るまで中指の報復を常に警戒していた

 

自分が所属していた分、中指の厄介さは身に染みて理解している

 

だからこそ…ふたつの指から抜けたカウレスは勿論他の指にも名前と顔が割れているし、今後親指や人差し指の上が訪れれば、中指に情報を売られて中指が図書館に訪れる可能性だって高い

 

カウレスは起こり得る最悪の結末を想定して…大きく溜息をついた

 

「アイツらの執念は別格だ…そのうちここに殴り込みに来るかもな

別の指の末端ですら俺を知ってたんだ、中指全員に指名手配もされてるだろう

…悪いがロイド、そん時は…」

 

「俺一人でどうにかするなんて水臭いこと言うんじゃねーよ

一緒の地獄を一万年分共にしてきたんだ、俺も他の奴らも、笑いながら殴り返してやるっすよ」

 

ロイドは手に持った煙草を、カウレスの煙草に寄せた

 

まるで缶ビールで乾杯するように交わした煙草を、また一口吸って

 

「自分のケツは自分で、とかかっこいいすけど…たまには俺らを頼れよ

なんせ、一万年も怪物とやり合ってきたんだから、今更指に怖気付くようなタマじゃないっすよ」

 

普段あまり笑うことの無いロイドだが、この時ばかりは得意げにニヤリと笑った

 

最後の周と一部の記憶しか引き継がれていないとはいえ、彼らが一万年分も怪物と戦ってきたのは本当である

 

極限的な状況では当然、彼らの限りではない人物も現れるのだが…少なくともロイドとカウレスは、L社に訪れる前からの仲なだけあって、強い信頼関係が構築されていた

 

「まぁ、カレンはいつも怖がってるから…彼女にだけはその時は謝っておくといいっすよ」

 

「……悪い、ありがとな」

 

カウレスは最後の一口を吸いながら、スミレ色の瞳のエージェントを思い出す

 

カウレスも武力には自信があるが、それを上回る戦闘能力と知能、精神力を持った人間離れした人間

 

カウレスはロイドのように彼女に惚れたり、ココのように憧れたりもしない

 

ただ、許せないだけだった

 

断片的な記憶の中で、彼女は自分を上回る強さを持ちながら誰かの命を犠牲にしていた

 

()()()そんなことしないのに…と、悔しさを何度も噛み締めた

 

その時ふと、気が付いた

 

(ああ…そうか、俺ぁ、嫉妬していたんだな)

 

その強さに、その気高さに、持つ者なのに…利己的に動く彼女を妬んでいたのだろう

 

カウレスは、誰かの命を切り捨てて尚立てる強さだけがなかったのだから

 

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