人生に未練とか、そんなもんはなくて
ただ、必死になって抵抗したところで、どうにもならないことだってある
自分にできる範囲でやる、無理してまで頑張る必要なんて…この世界では意味が無いんだってわかっている
それが俺…ロイドの人生だった
拘りとか尊厳とかそんなものはなくて、泥水啜りながら小汚く生きてきた
いつか死ぬ時は死ぬ、そんな諦観の中で可能な限りは生きてきた
煙戦争では幸運にもギリギリ生き残っただけ…そんな矢先、新L社の関係者と名乗る女から勧誘を受けた
「ロボトミーコーポレーションで働かないか」…と、求人募集の書類を渡され、知り合いの上級フィクサーであるカウレスも誘った
羽になれば、多少はこの生活もマシになるかと思って…けれど蓋を開けてみれば、命の危機的状況は変わらなかった
強いて言うなら、定額の給料と衣食住が安定していること
それだけで、裏路地よりは良いかもしれない…と感じたか
ともかく、この都市でも外郭でも、裏路地でも巣でも、どこだろうと何だろうと一緒だということ
何も未練がないから、生きても死んでも変わりはないんだろうな…そんなことを常々考えていた
死にたがる機械とか、生きたがる人間とか、生死に執着する感覚は俺にはわからない
…わからないんだ
「おぉ…すげぇな…」
今、芸術の階ではアンジェラがE.G.Oを纏って暴走している
他の階…歴史、技術科学、文学の階でもアンジェラは同様に内に抱えた痛みを発露させ、高まった感情を幻想体達と共鳴させている
「ココから聞いていたが…これほどとはな」
「あああアンジェラ様〜!しっかりしてください〜!」
「無理ですよカレン…寄り添う言葉も否定する言葉も、何も届きません
ひとまず殴って落ち着かせないと…」
「意外だけどネツァク様って時々乱暴ですよね、誰かの影響ですか?」
「えっ…あ…あー、まぁ…そうか…?」
今まで芸術の階で接待してきた幻想体達、その力を駆使するアンジェラはとても強力だった
低ランクから、高ランクまで
めくるめく変わるアンジェラと舞台に、ネツァクの指示のもと、ロイドは的確に動く
「あ、アンジェラ様!どうか、私達の言葉を…ネツァク様の言葉を聞いてください!」
言葉の通じない宇宙の欠片を貫くカレン
「テメェの癇癪に付き合う暇はねぇ…と言いたいところだが、殴り合いなら容赦しねぇぞ!」
孤独に泣き叫ぶ僕らの銀河を両断するカウレス
「大丈夫ですよ!きっとこれから、いい事だらけですから!」
快楽の化身の触手を叩き潰すオーウェン
「……」
鬱屈と佇む残香を撃ち抜くロイド
そして、ALEPHクラス…静かなオーケストラの演奏は、序章から続き最終楽章へ
ダ・カーポの指揮の流れを乱し、合間を縫い、ネツァクはアンジェラへ接近し…
「貴方の願い…よく理解できますよ」
今までで一番、冴えた斬撃が…アンジェラのE.G.Oを打ち砕く
接待を終えた舞台は元通りの芸術の階の内装へ戻り、E.G.Oの剥がれたアンジェラが疲労とダメージで座り込む
「…はぁ…貴方達には私のやっていることが馬鹿げて見えるでしょうね
どうやってでも生きようと駄々を捏ねる姿が」
感情レベルも鎮火したようで、冷静さを取り戻したアンジェラが言葉をもってネツァク達と対峙する
生きたい、という願望は…誰でも持ち得るものであり、それを否定し嗤うことなど誰にもできやしない
「いや、馬鹿にできるわけないだろ
みんな、生きようって足掻くのは当たり前のことなのに」
芸術の階の戦いが終わったのを見計らって、ローランがアンジェラに声をかける
アンジェラは小さな溜息を吐いたが、ネツァクは…かつて、自分の命を捨てたがっていたネツァクが言葉をかける
「何であっても、ただ投げ捨てたりしないでください
結局、人生は続いていくんですから…」
かつてネツァクがどれほど死にたがっていたかは、ずっと見守り続けていたアンジェラならよく知っている
そんな彼が悟りを得て、生き続ける勇気を得た…そして今、生きたいと願うアンジェラに寄り添っている
そんな光景を、とても美しい大団円なんだろう、と…ロイドは他人事のように眺めていた
そう、人生は続いていく、終わる時は呆気なく終わる…
そう思っていたのに、ロボトミーコーポレーションに入社してからは簡単には終われなくなっていた
死んでも死んでも生き返る…当人の意思は関係なく、道具のように使われ続ける
ロイドはそれに憤るでもなく、呆れるでもなく、ただ受け入れる
やがては皆、土に還ることに変わりはない
灰のように崩れて、それで終わりなんだから
「でも…いつか死が来るのは誰もが同じだからこそ、満足のいく人生、胸を張れる人生を歩むのが何より大切だと思うの」
ふと、そんな言葉がロイドの頭の中で蘇る
そんな言葉を聞いた記憶は、ない…ないはずなのだけれど
無数の繰り返しの最中に、そんな言葉をかけてくれた誰かがいたのかもしれない
自分には胸を張れるものはない…その時のロイドもきっとそう言っていたことだろう
その言葉を言ったのは、一体誰だったのか
「ロイド」
「え、あ…す」
「アンジェラから休息を取れとの事です、どうです?今夜は皆で飲みませんか」
ネツァクからの宴会に誘われ、ロイドは一瞬言葉に詰まってしまう
いつもなら二つ返事で参加を返答するが、今の彼は返答を躊躇う隙が存在してしまった
「あー…ちょっと用があるので、それ済ませてから」
「そうか…なら美味い酒は先に飲んでしまいましょうか」
「図書館ならどんな酒でも出せるでしょうに」
ロイドはそのまま芸術の階を後にして、宛もなく図書館の中を歩いていく
用があると言ってしまったが、彼にはそんなものは無い
他の司書と交友関係が無いわけではないが、誰かと約束もしていなければ仕事を言い渡されていることもない
ただ、気分転換がしたかったのだ
そういや下層…いや、上層も解放されたんだったか、そう思い出せばロイドは上層にいるであろうかつての仲間達の顔を見に脚を向かわせた
その道中に、騒がしい…と言うよりも、誰かが言い争っている声が聞こえた
階層は宗教の階、L社では記録チームであったそこは、一面白い空間が広がって…
司書補達の姿はなく、一人の老人と一人の女がいた
老人は、雰囲気で感じ取ったが、恐らくは記録チームのセフィラであったホクマーであろう…だがもう片方の女性は一体誰なのか、ロイドにはわからなかった
…微かに見えたスミレ色の瞳を見るまでは
(…あれは…)
ロイドは遠い記憶…擦り切れて色褪せた、L社に入社する前の記憶を思い出す
そう、あれは、ロイドをL社に勧誘した女
ヴァイオレット…L社の関係者と名乗った、ヴィオラだった
ヴィオラはホクマーに胸倉を掴まれ上から恐ろしい視線を向けられようとも、涼しい顔をして微笑んでいる
(一体なんだ、喧嘩か…?
記録チームには派遣で行ったことがあるしホクマー様も少なからず見たことはあるが…あんなに感情的に、手まで出すヒトには見えなかったんだが…)
物陰に隠れながらロイドが様子を伺うと、二人の会話が聞こえてくる
「これ以上あの人の計画を邪魔するなら今ここで貴様の息の根を止めてやる」
「まぁまぁ落ち着きなってベンジャミン、僕ら古い仲じゃないか」
「全部貴様の思惑通りなんだろう、スミレの魔女
いつからだ?私達を騙していたのは
いや…そもそも、初めから私達を貴様の野望の為に利用していたのか」
「騙すなんて心外な…まぁ実際そうなんだけどさ
けど、僕は確かに君達の夢のために協力したじゃないか」
「ならアンジェラの裏切りはどう説明をつけるつもりだ
貴様が唆したのだろう、魔女」
「あのままアンジェラを使うだけ使って、はい終わりと廃棄させるつもりだったの?
僕は彼女の中に芽生えた感情を、願いを肯定しただけ…僕が手を出さずともきっとこうなっていたさ」
一体なんの話をしているのか、ロイドにはわからなかったが…
そもそも図書館が作られる前、L社は都市に光を撒いてその仕事を終えるはずだった
しかし、アンジェラとセフィラの間で光の所有を賭けた攻防戦があり、光が十分に都市に行き渡らなかった…図書館は「仕切り直し」の為に生まれたのだと、司書補であるロイド達も簡単に聞かされている
そして…スミレの魔女、という名前はロイドはわからないが…スミレ色の瞳と灰色の髪に見覚えがある
派遣社員の…レインと全く同じ色で、尚且つ顔もよく似ているとロイドは感じ取った
けれどレインのような無機質さではなく、人間味がありながらもどこか異質な…それこそ彼もずっと相手にしていた、幻想体に近い感覚がした
「改造クローンを大量生産しL社で使い潰していた貴様がそれを言うのか」
「僕の子供達は全員本能に忠実に、それでいて僕の命令に合意の上で従っているだけだよ」
「そうなるように造っているのだろう…あのクローン達を使って何をするつもりだ
図書館で集めた光を、貴様はどうするつもりだ…答えろスミレの魔女」
「僕の願いは今も昔も変わらない…完璧な人間を求めているだけだ」
ヴィオラは自身の胸倉を掴むホクマーの手を優しく撫でると…ホクマーの手は瞬く間に断ち切られた
「うっ…!?ぐ…」
胸倉を掴む手はそのままに、ホクマーは手首の先を失った右腕を押さえ、痛みにより眉間を微かに歪ませる
「アンジェラに治してもらいな、僕にはそこまで干渉できないから
それと…盗み聞きしてる小汚い鼠は、どう処理してやろうか」
ロイドが隠れて眺めているのを、ヴィオラは知っていた
ヴィオラの意識がこちらに向いたのがわかった瞬間、ロイドは咄嗟にその場を離れようとしたが…振り向いた瞬間彼の目の前にはヴィオラが立っていた
「はっ…」
「やぁ、いつも僕の子供達がお世話になったね
職員ナンバー0583…今は芸術の階の司書補だったかな?」
人畜無害な穏やかな微笑み
それが、人の警戒心を解くためのマニュアルをなぞったままの笑顔であることはロイドにもよく理解できていた
「脳を弄り回すのもいいけど、君達が図書館に従属している時点で無意味なんだよな…アンジェラにお強請りして君の本を貰えれば…っと」
笑顔に隠された威圧感にロイドが身動きを取れずにいると、ヴィオラの背後から司書用の黒い剣が飛んできてヴィオラの頭を貫いた
「おっ…とと、なにするんだいベンジャミン」
「今すぐ彼から離れることだ…いや、この図書館から出ていけ」
片手を切り落とされたホクマーが、残った片腕で剣を飛ばしてきた
「出ていくことは可能だけど、せっかく最前線で見れるのに敢えて画面の外に行くなんて勿体ないじゃないか」
「…貴様はいつもそうだ、あの頃から享楽的に他者を唆し、地獄を生み出した
カルメンから膿出た病原体め…」
カルメン、その名前が出た瞬間ヴィオラの顔から貼り付けた笑顔が消え…どこまでも深い、虚空のような暗い影が差し込んだ
「カルメンは関係無い、これは僕の性分で僕のものだ」
凍てつくような声に、突き刺さる視線、重く伸し掛る重圧
魔女の地雷だったのか、ホクマーも険しい表情はそのままに、額に冷や汗が一筋流れる
「…はぁ…興醒めだ」
ヴィオラの眉間を貫いている剣は炭となって消滅し、傷口からは血が流れないどころか瞬く間に塞がり、跡形もなく修復される
そのままヴィオラはロイドを一瞥するが…やがて大きく溜息を吐き、頭を抱えた
「全く、僕も甘くなったものだが…仕方ない、ここの権力者はアンジェラなんだからね
僕はまた引き篭るから、
そう言い捨てては、ヴィオラは階段を昇るでも、降りるでもなく…一瞬のうちに姿を消した
その場の重圧が消え、ロイドは半ば忘れていた呼吸を思い出し…瞬時に汗が溢れ出した
激しい呼吸と滝のような汗…しかしそれらに気を向けるより先に、ロイドはホクマーへと駆け寄った
「ほ、ホクマー様!大丈夫すか!」
「…腕のことは大したことは無い、アンジェラがそのうち異変に気付くだろう
お前の方は大事ないか」
「あ…は、い…助けていただき、ありがとうございます」
もしあのままヴィオラの手にかけられていれば、ロイドは一体どうなっていただろうか
想像するのもおぞましい展開を考えるのも億劫なロイドは…先程のヴィオラの言葉を思い返す
子供達、クローン…そして似通った容姿
人材派遣会社ヴァイオレットカンパニーからの派遣人員…レインはヴィオラの子供で…複数人存在するクローンであるのだろうか
ロイドがそれに気付き、ホクマーに問い掛けてみる
知り合いのようであった彼なら、何か知っているのではないか…と
「あの…L社の頃にいた、派遣人員の…レインって奴は」
「…そうか、お前達はあのクローン達と共に働いていたのだったな
アレは魔女…ヴァイオレットが手掛けた商品、改良を重ねて造り出された複製人間だ
あのお方が時を繰り返す度…お前達職員や我々はそのまま戻されていたがクローン達は一人一人が時を渡ることは許されていない
それまでの経験、知識を同期し次へ移し、新たな時が始まれば新たなクローンが引き継ぐ…そうやってアレらは運用されていた」
ロイドには、今までL社で行われていたループだとかは、頭で受け入れてても感覚は追いついていなかった
何せ、一万年もの時間を…人間が耐えきれるわけもない
だから、職員も管理人も、繰り返す度に全てを忘れてきた
けれど…レイン
あの何の温度も感じられないスミレ色の瞳をした派遣社員は、一人ではなかったのだ
「…なんだ、それ…」
今まで彼女は、どれほど人間離れした身体能力を誇っていようと、機械的な言動をしていようと、同じ人間だと思ってきた…
しかしそれは誤りだったのだ
魔女の手により造られた、改造と量産の末生み出されたクローン
「は…はは…そりゃ…敵わないワケっすね…」
人の手が加えられた加工品を越えられるような天然物はそういない
ロイドこそ金を積んでそこそこな施術をしてきたが、それでもL社において彼女を超えるエージェントは現れなかった
「…お前も、くれぐれも魔女には気をつけることだ」
「あの…魔女って、ずっとL社にいたんすか?今も、図書館に?」
「彼奴はアンジェラを自分の都合のいいように誘導し、傀儡としている
今もどこかで図書館の行く末を眺めていることだろう」
「で…でも、アンジェラ様は、レイン…クローン達を害悪って言ってました
全部が全部あの女の言いなりではないんじゃ…」
「…なるほどな、アンジェラがそう言うとは…彼女の心境にも変化が訪れたのか
お前達に忠告する程度には、有用だと認めているのだろう?」
ホクマーが問い掛けると、ロイドの背後に現れたアンジェラが深く溜息をつき、指を鳴らした
するとホクマーの失われた手の先に光が集まり、何事も無かったかのように手が修復された
いつもロイド達が受けているものと同じ、光による修復
「はぁ…ヴィオラが表に現れた気配がしたから様子を見に来てみれば、味方同士で争うなんて
あの時、私達は光を取り戻すまでは協力すると決めたじゃない」
「私はあの魔女を許しはしない、あのお方を裏切った魔女のことを」
「それは私にも向けられた言葉かしら?」
ホクマーはそれ以上は何も言わず、宗教の階の奥へと引き下がっていった
「…あの、アンジェラ様」
「魔女についてどこまで知ったかは聞こえていたわ…けれど、それを他言しない方が貴方のためよ
私とヴィオラは協力関係にあるし…貴方の本をそのまま提供して燃やすことだって可能なんだから
そうすれば、貴方はもう二度と目覚められない
けれど…貴方達にはずっと助けられているから、今回は助けてあげるわ」
冷たい眼光を放ち、アンジェラはロイドに忠告を告げる
アンジェラにとって、唯一かつ強大な協力者と、たかだか一端の司書補は…天秤にかけるまでもない、優先度が違っている
「…別に、どうこうしたいワケじゃないっすよ…ただ…」
「ただ?」
ロイドが聞いた話は、彼にとっては理解するには遠いもので
死ぬ時は死ぬ、そんな諦観を抱えていたロイドだが…目の前のアンジェラも、死ぬしかなかったL社での終わりをひっくり返したのだ
それが、より多くの誰かの願いを踏み潰すことになったとしても
「…俺はアンタを尊敬しますよ
俺には、そんな勇気出せませんから」
「一体何の話?」
先日カウレスに「自分たちを頼れ」と偉そうに説教していたのに、自分のことになるとどうにも踏み込めないロイドは、決められたシナリオを壊したアンジェラを…良い、か悪い、か関係なく、「凄い奴だ」と改めて認識した
自分だったら、一万年を百倍遅く体感して、地獄のようなシナリオを完遂させるために調整し続けて…その最後には、早く終わらせたい、と切に願うばかりだっただろう
ようやく苦しみから解放されるときに、今まで自分が守ってきたものを壊してまで次を求めるのは、強い自我がないと不可能だから
「俺には、そんなもの…」
「…私も、最初からこうではなかったわ
私の意思ではどうにもならなかった地獄を、諦観して見ていただけ…感情を出すだけ無駄にシナリオが変化するし、疲れるだけだもの
けれど、ずっと内側ではこの会社を、あの人を憎んでいたわ…そして今、こうして復讐のために私は生きている
私の内の苦しみを理解し、共にいてくれたのは…ヴィオラだけだったの」
ホクマーの剣が頭に突き刺さっても死なないどころか平然としていただけあって、人間ではないスミレの魔女は長い時間を苦しんできたアンジェラに寄り添ってきた
その目的は未だ不明瞭だが、アンジェラにとって簡単に切り離すことのできない人物であるのは確かであった
「ここにいる理由はわからないけれど、早く自分の担当する階に戻りなさい
そして、これ以上の詮索もせず、疑問も忘れなさい」
去り行くアンジェラの背を眺め、見送った後…ロイドは言われたとおりに芸術の階へ戻っていった
酒盛りをする司書達に混ざりながら…どこか虚ろな気持ちは変わらないまま
(やっぱり俺は…自我のない、空っぽな人間なんだな)
その日呑んだ酒は、あまり味を感じられなかった
FGOやポケモンZAであそん…忙しく、更新が遅くなりました
いや、うまく書けなくて時間がかかったとかでは、ないんです、よ?