初めて訪れた図書館は、幻想的な空間で…さすがのイナも眩しさに目を細めた
L社が崩落してからずっと調査してきた、L社の跡地に現れた図書館
とうとうそこに踏み込めるなんて、思ってもみなかった
どこか他人事のように呆然とそんなことを考えながら、イナはアルガリアの背後につく
「…」
二人で周囲を観察していると、奥の方から人影が現れた
それは蒼白の司書と呼ばれる…機械の女性
「歓迎いたします、ゲストの皆様
私はここの館長兼司書のアンジェラです」
自己紹介をして頭を下げる女性を、イナは覚えている
かなり髪が短くなったが…かつてL社で管理人を補佐していた、上級AIのアンジェラであることに確信を持った
「アンジェリカ…?」
アンジェラの名前を聞いたアルガリアが呟いた
名前の響きがよく似ているからだろう…彼の顔から笑みが消えたのを、イナは久しぶりに目の当たりにした
「私はアンジェラです」
「そうだね、お前みたいな醜いものがアンジェリカなわけ」
辛辣なアルガリアの言葉に気を悪くしたアンジェラは、毒づいた態度で中へ入るよう催促する
アルガリアは奥へ進みながら、何かを考えている
「機械すら人間になれるようにする力…やはりもっと熟さないとね
待ってて、アンジェリカ」
先へ進んでいくアルガリアを追いかけなくてはいけないのに、イナは入り口で立ち止まったまま動けずにいる
「…何をしているのかしら、貴方もさっさと…」
「アンジェラ…なんですよね
じゃあここは…本当に、ロボトミーコーポレーション……なん、ですよね…?」
アンジェラの言葉を遮り、イナは問いかける
あの時、L社から脱出したイナは、光の種シナリオが完遂されることを願うしかなかった
再び戻ることはできなかった、なにせ魔女の口の中に等しいのだから
しかし、光の種は本来七日に渡って降り注がれるものだったはずなのに、実際には三日間しか光は続かなかった
そのことについて、イナはずっと気がかりだった
五本指や翼がL社の巣の跡地を狙っているから、普通なら近付けもしなかったが…指の依頼を勝ち取り現地調査に行ったりもした
それでも、L社の結末はわからず仕舞いだった
…図書館が現れるまでは
「…」
「アンジェラがいるなら…もしかして…あのひとも…」
「貴方の求める答えは、この先にあるわ
本を得て、ロボトミーコーポレーションの結末を知ればいい」
期待を孕んだ声で問うも、アンジェラは簡単には口を割らず、イナを奥へ誘導するだけ
これ以上聞いても無駄だと悟ったイナは、大人しく図書館の奥へと入っていく
少し先へ進めば、光のゲートの前でアルガリアが待っていた
「遅かったね…昔話で盛り上がっていたのかな」
L社の外の住人で、イナがスミレの魔女の製品でありL社から抜けてきたことを知っているのはアルガリアだけだった
「い…いえ」
「もう少しまともな嘘をついた方がいいよ…俺は正直に言ってくれなくて悲しいよ」
「…っ、い、いいから、早く行きましょう」
「……久しぶりだね、こんな会話は」
光のゲートを通れば、ゲストを接待する舞台に自動転移される
アルガリア一行が通されたのは…灰色の本の山の世界
「確か十の階層があるんだったよね?」
「はい…ここは、総記の階というらしいです、が……」
総記の階に到着した二人は、その舞台の対岸にいる人物を見た
ゲストを接待する司書…総記の階指定司書、ローランの姿を
「…ろ…ローラン…どう、して…?」
「…イナ、久しぶりだな
ダメもとで頼むけど…帰ってくれないか」
「なんで、なんでローランがここにいるんですか!?わた、私ずっと心配で…突然いなくなってしまうし…やっぱり私が憎いから、もう一緒にいれなくなったんですか…!?」
アンジェリカを喪ってからというもの、イナ達家族は崩壊してしまった
その時のショックに加え、ローランが消息不明になってしまったのも、イナの精神を追い込むのに十分すぎる出来事だった
…ローランがイナを巻き込まないために離れたことを、イナが知る由もなければ、アルガリアがわざわざ教えることもない
真実を知らないイナは、積み重なる不安をローランにぶつけ続ける
「私が弱かったから…だから何も守れなかった…ローランも怒ってますよね…?」
「イナ、俺は」
「私があの人の代わりに死んでいれば…!!」
見る見る顔を青ざめさせていくイナに、ローランも焦燥感を隠せずにいた
そんな中イナが放った言葉に、終止をかけたのは…ローランではなかった
「うるさいよイナ…静かに」
アルガリアがイナの口を塞ぎ、笑いかければ…イナは恐怖に染まり、一切動かなくなった
「…さて、これでゆっくりできるね
イナは昔から結果を急ぐきらいがあるからね…」
「…調子はどうですか、青いキチガイさん」
恐怖一色に染まるイナを見て、ローランは怒りからこめかみに青筋を立てる
握った剣を鋭く構え、臨戦態勢をとる
大切な娘を…ここまで壊したアルガリアに対する怒り
突き放し、放置した自分の無責任さが生んだ結果だということは理解しているが…それでも、怒りを抑えることができなかった
「あの時できなかった話をしようか」
アルガリアは手始め、というように歯車の教団信者をけしかける
自分やイナはその後で…そのためか、離れた舞台の端でローラン達の戦いを眺めている
…だが、多くの接待を超えてきた司書達も引けを取らない
ローラン以外の司書補達も強くなっている…多少のダメージを負いつつも、誰一人欠けずに残っている
「ふーん…まぁまぁ育っているみたいだね」
「さっさと出てこい、今すぐ息の根を止めてやるよ」
「そうカッカしないで…さぁイナ、一緒に遊んであげようよ」
「………は、い…」
アルガリアの手引きで、イナも舞台に上がる
養父と対峙する状況でもアルガリアは容赦してくれるはずもない
イナは、無二が去った後でも残された影の中の銃器を使い、先制射撃を繰り出す
イナの素早さはいまだ健在で、司書の誰も先制射撃に対応できなかった
…ローランを除いて
「相変わらずの早撃ちだが、狙いが甘い
師匠の教えが悪かったのか?」
イナの速度に対応できるローランが、司書補達を狙った弾丸を弾く
その上、アルガリアへの煽りも添えて
「…」
「威嚇射撃としては十分だよ
それじゃあいつも通り、サポートよろしくね」
人数の差はあっても、コンビネーションはゲストの方が圧倒的であった
前衛をアルガリアが踊るように大鎌で攻め立て、後衛のイナが弾丸でアルガリアを援助する
アルガリアの教えのもと、戦闘技術に磨きをかけたイナは近接戦にも長けている
イナを先に対処しようと迫ってきた司書補の攻撃を全て躱し、懐に数撃返す
「…っ」
イナは司書補達を見ては苦しそうに眉を歪ませる
それは、司書補達がイナも見知った顔がいたからだ
記憶力のいいイナは、L社の頃の記憶も鮮明に残っている
その時一緒に働いていた職員が、チラホラ見受けられるのだ
「…本当に…じゃあ…もしかして…」
「イナ」
精神状態が安定せずにいるイナに、アルガリアが一言呼び掛ける
言葉の圧から「集中しろ」と命じているのがわかる
この男はわかった上でイナを連れてきたのだろうか
アルガリアはイナに贖罪を与えているのだ
赦しを与えているのだ
それはイナが乞うたものであり、イナが望んだものなのだから
苦しんで苦しんだ末に…ねじれるのを、彼は待ち侘びている
「それじゃあ…踊ろうか」
アルガリアは流れるように武器を下ろし…そして、瞬く間に司書達の間合いに入る
高速で動き複数人を切り刻む、正しく乱舞
何人かには防がれたが、それでも大ダメージを与えられた者もいる
「援護します…!」
弾丸補充の時間を稼ぐ為に一度近接で接敵するイナだが、何手か前から司書補に押し負けつつある
大連撃の後で隙の生まれるアルガリアの背後を守るも、強い打撃衝撃により放り飛ばされてしまう
敢えてイナの精神を追い込む為とはいえ、明らかに戦闘能力に響いている
本来のイナなら押し負ける、なんてあるはずが無いのに
「く…す…すみません…アルガリア…」
「仕方の無い弟子だね…俺が手伝ってあげるよ」
アルガリアは鎌を使って、特殊な音域の音を奏でた
鎌の振動速度と回数を調整し、周囲に反響させ…やがてその周波数はとある音と似た音に変化する
…まるで、ピアノのような優しい音に
「ぅ…あ あぁ あ」
それを聞いたイナは、元々の精神状態からそれをピアノの音だと信じてしまう
ピアノの音が聞こえれば、イナは正気を喪失する
「ああぁぁあぁああ!!」
前後不覚となりながら、イナはアサルトライフルの銃口を宙へ向けて弾丸を撃ち放つ
そのライフルに刻まれたルーンを起動させれば銃口の先には魔法陣が展開され、一発の弾丸はその陣の中へ吸い込まれていく
そして…その陣は司書達の周囲にも無数に展開される
「まずい…全員防御体勢!」
ローランが咄嗟に指示するも、僅かに遅かった
無数の陣の中から分裂した弾丸が雨のように司書達に降り注がれる
鋼鉄の白雨は司書の大半を屠り、まともに立っているのもローランだけとなった
「お前…それ、奥の手だって言ってなかったか?」
そうやって笑ってみせるが、イナは未だ焦点の合わない瞳で混乱している
「よく頑張ったね、イナ…でも」
「……ッごふ
ゴホッ…かはっ…!」
アルガリアがイナを褒めたが、イナは奥の手を起動した反動で血を吐き出した
魔力の量が少ないイナには今のルーンの起動に必要な魔力が本来なら足りていない
ピアノの音により混乱し、冷静さを失ったイナは…自分の生命力を代用して魔銃を放った
身体への負荷が祟ったイナは膝を着いて動けなくなってしまった
「うーん、これは一旦連れ帰った方がいいね
でも、視察には成果は十分だ」
イナを抱えたアルガリアは、瀕死状態の司書達を背に図書館を出ようと戻っていく
「ま…待て!逃げるつもりかよ…!
その子を置いていけ!」
「君達が完全に準備した後に…また会おうね」
ローランの叫びも虚しく、アルガリアとイナは図書館から退場していった