Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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SirenⅠ

 

「ご…ごめんなさい…ごめんなさい…!

ちゃんと動けなくて…ごめんなさい…!」

 

残響楽団の拠点であるテント内で目覚めたイナは、意識を取り戻すや否やアルガリアを探した

 

テントの外へ出れば、焚き火の前で楽団員と談笑するアルガリアを見つけた

 

そしてそのまま、彼がイナに気が付き振り向くよりも早く、姿勢の正しい土下座を繰り出して見せた

 

「…」

 

「ヒヒィン!キャンキャン!コケー!」

 

「わかってるよヒーホー、ワウ、コッコ…そう急かさないで」

 

「アルガリア様、レディを跪かせる趣味があるなんて知らなかったわ」

 

「酷いなエレナ、そんなんじゃないって」

 

(本当かしら…)

 

馬、犬、そして鶏の頭を取り付けた人間はまともな言語を話せなくなっているにも関わらず、アルガリアは何を言っているのか聞き取れているかのように会話を返す

 

エレナ…と呼ばれた血鬼もまた、異様なものを見る目でアルガリアとイナを眺めては若干引いている

 

「ほら、顔を上げてイナ…俺は怒ってないよ」

 

「で…でも、私…図書館で…まともに動けず…」

 

「そう?信者を八人を殺した司書達を、一人で三人も殺したじゃないか

今回は様子見だったんだし、途中で倒れたことなんてどうだっていいんだよ」

 

イナの肩に手を置き、聞く人を安心させる柔らかな声で諭すアルガリアだが…イナにとってその優しい声がどれほど恐ろしいものか、アルガリアは理解している

 

だからこそ、完全には安心させないように、恐怖を植え付けるように穏やかに語る

 

「さ、お腹空いてないか?グレタがビーフシチューを作ってくれたんだ

23区…しかも八人のシェフのビーフシチューは絶品だよ」

 

「…いえ…食欲があまりなく…」

 

「こら、いけないよ!イナ、アンタもう五日も何も食べてないんだから!腹を満たさなきゃ生き物は動けないんだからさ!」

 

巨大な鮫の姿をした女性が、大きな鍋を抱えながら焚き火の近くへ寄ってくる

 

大鍋の中からは香ばしい香辛料とよく煮込まれた肉の良い匂いが漂い、食べる気分でなくとも腹の虫が鳴ってしまう

 

ぐぅ、という音を聞いたグレタは気前よく大皿にビーフシチューをよそってイナへと渡した

 

「ほらよ!おかわりはまだまだあるからたんと食べな」

 

「…ありがとうございます、グレタ

あの…一応聞きますけれど、このお肉は」

 

「もちろん牛だよ!厳選した部位を三日三晩煮込んだからトロトロさ!」

 

「…良かった…」

 

「数日前に新鮮な()は手に入ったんだが、あれはステーキや燻製にしようと思ってね!ただ数が限られてるから、シチューにはしてやれなかったよ」

 

「……」

 

八人のシェフは、料理で有名な23区の中でも選りすぐりの調理師だけが認められた上級シェフであり、その一人であるグレタもまた舌を溶かすような絶品料理を作る

 

だが…23区の料理は、その多くが人肉を使われている

 

23区で行方不明になれば、どこかの料亭のメニューでお出しされるだろうと言われるくらいには、それが日常茶飯事で

 

グレタもまた人肉を取り扱う料理を多く振舞ってきた

 

今回イナが食べるシチューには入っていない…らしい

 

「けどまさか、あの時取り逃した不味い血の子供がこんな縁で再会するなんてね…ねぇ、やっぱり動脈の一本貰えないかしら

肩から肘にかけてでいいから」

 

「不味いのなら引き抜く必要無いのでは…」

 

「口直しにいいのよ、いいものばかり飲んでも味に飽きるでしょう?」

 

エレナは惜しむようにイナの二の腕をつつくが、力づくで奪おうとしないのはイナがアルガリアの身内だからだろう

 

エレナは昔、ローランとアンジェリカが討伐した血染めの夜…だが、今日まで生き延びてきては再びその猛威を都市へ知らしめている

 

「…あの、五日も何も食べてないって言ってましたが…私、どのくらい寝ていたんですか?」

 

「そのまんま、五日だよ

あの時はごめんね?無理矢理奥の手使わせるようなことして…」

 

「…い、え…」

 

図書館での戦いで、アルガリアは擬似的なピアノの音を再現させた

 

イナにとってピアノは最大級のトラウマであり、外郭の調査をしていた時同様、ピアニストの話題やピアノの音を聞くだけで我を失うほどに

 

「そうだ、ちょうど昨日新たな友達が出来たんだ

紹介するよ…おいで、フィリップ」

 

アルガリアが呼ぶと、テントの影からのっぺらぼうな男が現れた

 

手に見えるオブジェクトで顔を覆われたその男は…確か「泣く子」と呼ばれていたねじれだった

 

巣に現れ、辺り一帯を焦土と化し…リウ協会が討伐依頼を受けていたはずの

 

「…あ、もしかして…」

 

「そう、君が見つけてくれた彼だよ

フィリップ、この子が話していたイナ…俺の姪だ」

 

「初めまして…よろしくお願いします」

 

淡白な挨拶に、それ以上の会話も発生しない

 

フィリップは、かなり前にイナがアルガリアの命令で探し出した、ねじれる可能性のある人間だった

 

見事「泣く子」として開花したフィリップは、残響楽団の一員としてアルガリアに引き連れられた

 

「え〜ん!聞いてくださいよイナさ〜ん!フィリップさんを連れ出す時、もうリウ協会の皆様方と交戦真っ只中でぇ〜!私が人魚さんやお猿さん達と協力して相手にしたんですけれど、もうあの人達容赦も手加減もなくってぇ〜!

ほら!ほらここ!私の可愛い帽子の先っちょ!ここが焦げてしまったんですよぉ〜!!」

 

病み上がりのイナに甲高い声で泣きついてきたのは、8時のサーカスであるオズワルド

 

赤と白の道化師の姿をした彼は、耳をつんざく泣き声でイナに愚痴を零す

 

「肉が香ばしく焼ける匂いも素敵ですが、私が木炭になっても意味ないんです!そうすることで皆様に素敵な匂いと笑顔を届けられるのなら本望ですが、協会の方々はウンともスンとも笑ってくれないし〜…」

 

「えぇと……その、大変でしたね…?」

 

「わかってくれますか!この悲しみが!ドブとゲロが混ざった匂いに沈んだ私の気持ちが!やはりイナさんはお優しい…!」

 

「やめとけよイナ、そいつに優しくするのは

面倒くさくなるだけだぞ」

 

泣き縋るオズワルドを窘めていると、頭上から煙草の煙の匂いと大きな手が降ってくる

 

その手はイナの頭の上に置かれた

 

「ターニャ…でも…」

 

「無視しとくに限るさ

それよりイナ、飯食ったらこの前の続きやろうぜ

まだ二勝二敗で決着ついてないだろ」

 

「えと…」

 

狼の時間、ターニャは見たままに漆黒の狼の姿をした女性で、イナと何度か手合わせ(という名の殺し合い)をした

 

その決着を申し込まれるが、イナは許可を伺うようにアルガリアへ視線を移す

 

「本当ならいいよ、と言いたいけど…イナは今疲れているからね

腕相撲くらいで勘弁してあげてよ」

 

「腕相撲か…あんまり滾らないな」

 

ターニャがつまらなさそうに煙草の煙を燻らせていると、離れた大きめのテントから多面体の頭をした男が出てくる

 

「…半分程は加工出来たぞ」

 

「ああゼホン、ありがとう」

 

「こちらこそ、親指の構成員の素体がこんなに大量に手に入るなんて幸運にも程が……おっと、目が覚めたのか」

 

人形師ゼホンは他の楽団員に囲まれているイナを見つけては、視線をそちらへ向けた

 

「内臓の血管が複数箇所破裂していたぞ

合わない武器をいつまでも使い続けるのは愚かだと思うが…」

 

「あ…すみません…治していただき、ありがとうございます」

 

「エレナの協力もあったから出来たことだ」

 

「……エレナも、ですか…ありがとうございます」

 

イナが素直に頭を下げると、拍子抜けしたようにエレナは何も言葉を返さずテントへ戻って行った

 

「照れ隠しなんですよぅ、ああなんて甘美で蠱惑的な匂い!まるでラズベリーをぐちゃぐちゃにすり潰したような…」

 

「コッコケー!ワフッ!」

 

「そう、なんですかね…」

 

目覚めたばかりの食事は骨身に染み、賑やかな団員達との会話も程々に…イナが焚き火の傍から離れると、テントを並べている敷地の外で、フィリップが霧の中に聳え立つ図書館を眺めているのを見つけた

 

泣く子、と呼ばれた通り…フィリップは泣き叫ぶように周辺を燃やしていた

 

今は落ち着いているようだが、その背中は哀愁が漂うどころか溢れ出しているように見えた

 

「……」

 

一度話しかけようか悩み、そして…イナは声をかける

 

「あの…フィリップ」

 

「なんですか」

 

一応、返事が返ってきた

 

「貴方は、何故アルガリアに着いてきたのですか?」

 

「……何故、ですか

理由は僕にも…わかりません

けれど、ここは…僕の悲しみを認めてくれるからでしょうね」

 

「…認める」

 

「僕はあそこで…図書館で大切な人達を失いました

…いえ、逃げたのは僕自身です…悲しむのも僕自身のせいで…けれど都市は僕の涙すら認めてくれません

…でも、貴方達のリーダーは僕が泣くことを認めてくれた

そして、いずれは図書館へ行き…終わりを見つけるんです」

 

イナは…近い人だと理解した

 

彼以外の楽団員達にも、喪失による痛みと悲しみを経てきた人物はいるが、それよりも遥かに彼の方が()()

 

けれど…イナは共感を示さなかった

 

互いの痛みは互いのものだという線引きをして、それ以上は踏み込まない

 

だが、フィリップの方から質問が返ってきた

 

「貴方は?」

 

「え…」

 

「貴方は何故、ここにいるんですか」

 

予想していない質問返しにイナは少し沈黙し…それでも、素直に答えた

 

「贖罪です」

 

「…なにか罪でも犯したのですか」

 

「私が弱いから、アルガリアの大切な人を死なせてしまいました

私を庇って、あの人は…

…だから、今までの苦しみは罰なんです

誰かに赦してもらわなくては…私は、私を赦せません」

 

「…だから貴方は、未だその姿でいるんですね」

 

フィリップが言うのは、ねじれていない…ということなのだろう

 

アンジェリカを死なせ、ローランは離れ、アルガリアに救いを求めた…そして贖罪の為と言いながらあらゆる罪を犯した

 

多くの命を刈り取った

 

本末転倒の状況に、イナの心はとっくに壊れている

 

笑うことも出来なくなったし、食べても味がしない

 

L社にいた頃は…そもそも心が無かったから、壊れるものがないから痛みも感じなかった

 

けれど、心を得れば…それは痛みを自覚させ、多くの痛みにより崩壊する

 

壊れた心の破片が、イナの内側に突き刺さっては血を流し続けている

 

それを慰むように、声が聞こえてくるのだ

 

この世の誰よりも、美しい声が

 

赦しを与えてくれるという、声が

 

その声を追って…とうとうここまで来てしまった

 

もう、後には戻れない

 

 

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