Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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SirenⅢ

 

残響楽団のテントは、図書館の目と鼻の先に陣取られている

 

L社の巣を狙う親指と人差し指との抗争も、先日親指のカポ及びアンダーボスが図書館にて死んでしまったことで形勢が変わった

 

人差し指の代行者が親指の構成員の多くを殲滅し…残るは人差し指と残響楽団のみ

 

そんな混沌としたL社の巣の中に、一人の人間が侵入する

 

「青い小僧、思ってたよりも早くやらかしてくれたねぇ?」

 

比較的背の高い男性であるはずのアルガリアよりも大きな上背に、紫のトレンチコート

 

紫の涙…特色フィクサーのイオリが、残響楽団の拠点に訪れた

 

「全部師匠のアドバイスのお陰だよ

俺がここまで来れたのも、こんな良い仲間と共にいれるのも…全部師匠のお陰だよ」

 

「くすぐったいなぁ

こいつ、耳慣れないこと言うねぇ」

 

あのアルガリアが師匠と呼ぶ相手

 

傍らに立ったイナは、噂に聞く特色に委縮する

 

イナの家族は皆特色であるのだが…それ以外の特色と会うのは初めてであった

 

「…へぇ、この娘が…お前が見初めたっていう」

 

「誤解される言い方はやめてくれよ…まぁ、あながち間違いでもないけどね

俺は師匠みたいに弟子を取るつもりはなかったから…

イナ、この人が俺の師匠…イオリだよ」

 

「…はじめまして、アルガリアの弟子であり姪の、イナ…です」

 

「ふぅん、随分小さい…ああ、まさか魔女の子どもか…以前見た時とは姿が少し異なるが…こんな奇跡もあるんだね

それに…これはこれは、面白いものに憑りつかれているねぇ

同種の匂いだ」

 

イオリの含みのある言葉に、イナは理解できず首を傾げる

 

「師匠も一緒に来ない?」

 

アルガリアは直球にイオリを勧誘する

 

当然、残響楽団に、だ

 

そんな誘いを、イオリは肩を竦めながら断った

 

「すまないけど、あたしゃ音楽はどうもボロボロでね」

 

「残念だなぁ、師匠には必ずお礼がしたかったのに」

 

食えない表情で残念がる様子を見せるも、本心かどうかは定かではない

 

「それで、上手いこと進んでるの?」

 

「人形師、血染めの夜、狼の時間、昨日の約束、歯車教団の教祖、八時のサーカス、ブレーメンの音楽隊、泣く子、八人のシェフの内一人まで…とても順調に団員が集まったよ

そしてこの子…あのピアニストの公演を最初から最後まで、最前列の特等席で聞き届けたんだ

あの、スミレの魔女の傀儡兵器さ

そして師匠の言う通り、皆と共に図書館の腹を肥やしてきた」

 

アルガリアが指す先に聳え立つ、巨大な樹木のような塔

 

以前よりも霧が薄く、輪郭が明確に捉えられるようになってきた図書館

 

図書館は白夜黒昼にて中途半端に都市に降り注がれた光を、ゲストを通じて集めている

 

光が集まれば集まるほど図書館そのものも力を得て、その存在の強度を増していく

 

「俺、すごく楽しみなんだ?一番俺らしくいられる時間がもうすぐ来るんだ…

実は寂しかったんだ、とても寂しかったんだ…決して互いを理解できないと信じているから始まった寂しさ」

 

古い記憶を呼び起こし、憂うアルガリア

 

共に悍ましい環境で生きてきた妹とは、どうしても同一になれない孤独

 

結局のところ…互いに独立した存在であることに、憂いていた

 

「俺はただ、妹が生きていて…アンジェリカがまだ死なずに生きながらえていると思ってたんだ

でもアンジェリカが俺のもとを去っても、俺は身に沁みるほど寂しかったんだ

寂しくても生きたかった

どんなやり方であれ、どうやっても自分から人生を放棄することはできないんだ

…悟ったんだ

ただ、保留してたって

人生の意味を、アンジェリカに押し付けて逃げたんだ」

 

初めて聞くアルガリアの心情に…イナは困惑した

 

あのアルガリアが、逃げていた

 

同一になれない独立した他者に、依存して…それを逃げていたと認めたことに

 

そしてそれは…今の自分の状況に、とてもよく似ている気がして

 

しかし、それ以上に…イナは強い衝撃を受けることになる

 

「じきに都市を響かせる演奏は俺が生きる意味を見つけた演奏であり…俺の人生の照明になるんだ

これ以上、俺達が寂しい思いをすることなんかない

この憂鬱で孤独な都市とはおさらばってことだ

ピアニストのように、皆が一つになって演奏できる

アンジェリカのための葬送曲…ああ、アンジェリカの生んだ美しい旋律を都市のあちこちに撒くためにはねじれの力が必要だって言っただろ

おかげで、素敵な団員を集めることができたよ」

 

アルガリアがねじれを集めて楽団を作るのには何か理由があることはわかっていた

 

それは、ねじれが「自我の解放された姿」だから…ピアニストに倣った方法で、演奏するつもりなんだと

 

だが、違った

 

目的と手段が、イナの予想と違っていた

 

ただ、アンジェリカへの…都市への演奏のためにねじれが必要なだけで

 

それはつまり…イナをねじれさせようとしていたのも、彼女への贖罪でもなく、ただアルガリアの目的のため

 

イナは、アルガリアがずっとイナの罪を赦すために心を壊すようなことをさせてきているのだと信じていた

 

いつか、自分を赦してくれるために…だが、蓋を開けてみればイナもまた、彼の目的のための手段でしかないのだと

 

そのときイナは理解した

 

いや…初めから薄々わかっていたのだろう、アルガリアにとって…アンジェリカしか、彼の心にはいないのだと

 

自分は結局ただの()()()()()()()()であるのだと

 

…たいせつな、特別な家族であると心を許していたのは…自分の一方通行であった、と

 

それを真正面から受け取ってしまったイナの耳に、誰かが囁く

 

 

 

   誰が 君を  赦してくれるんだろう   ?

 

 

 

「さぁ、師匠も見て

ここにいる団員達は都市に浸食された人間なんかじゃない

捨てられたり、後ろ指差されたり、大切なものを奪われ、苦痛と悲しみに悶えながらも…その、深くも昏い場所から執念深く這い上がってきて本当の自分の姿に変わった者達

真の力は汚くて、深い絶望の中でのみ引き出すことができるから…これよりも美しいものがあるのかな…そう思わない?

こんな俺達なら…もう一度、あの曲を都市全体に深く刻み込めるだろう」

 

「あんたの膨れ上がった心を理解できないわけじゃないけど…まだ終わったわけじゃないよ?

ちゃんと図書館の光を手に入れないと」

 

興奮気味に語るアルガリアを、イオリは静かに制する

 

その忠告に、アルガリアは熱を冷ますように小さく呼吸する

 

「ははは…ああ、そうだね、ちょっと子供みたいにはしゃいじゃったみたい

まだ手に入れてないのに…あの光に、手が届きそうで届かなくて…

…」

 

冷静さを取り戻し、アルガリアは再び図書館を見つめる

 

あの塔の中に蓄積された、光

 

それは…機械を人間に作り替えてしまうほどの…人々が忘れ去った、押し殺して見失った感情すら思い出させる力

 

それが手に入って、演奏を響かせれば…きっと、都市の全員が同じ気持ちになれるだろう

 

感動し、感激し、感謝し…文字通り、昇天してしまうような

 

そんな夢を思い描いているアルガリアだが…まだひとつ、懸念すべきことがある

 

「イオリ、俺は貴方がどうして生きているのか気になるな

貴方が生きていく理由はとっくのとうに無くなったよね?

貴方こそ誰より寂しいはずなのに…それなのに俺達には加わらないって言ったよね」

 

「酷い言いようだねぇ、小僧

私にも生きていく理由がひとつくらいはあるよ?」

 

「師匠が全部知ってるっていうのは本当なのかな

俺を訪ねてきて、俺達が演奏できるように手伝ってくれたのは本当にありがたく思っているよ

本当に純粋に…俺のことを可哀相に思って手伝ってくれたと思ってたんだよね

でも…俺達の心の中のあの人はそうじゃないって騒がしいんだよ」

 

アルガリアが、微笑みを消した

 

疑うような視線をイオリに向ければ、彼の周囲には残響楽団の団員達が集まってくる

 

「イオリ…これって本当かな?それなら俺の師匠はどうして俺を手伝ってくれるんだろうね?」

 

「さぁね、なんでだろうね

あんたのこと見てると私の息子のことが思い浮かぶせいからかな」

 

「え?…

 

…はは、あはははは、ははははは!

あぁ、イオリ…何度も涙を出させないでよ」

 

イオリの返答を聞いた瞬間…アルガリアはここ最近で一番といえるくらいに笑い、そして…

 

「君の子供は四十年も前にくたばっただろ

…手伝ってくれる本当の理由はなんだ」

 

そう言い放ち、冷徹な視線をイオリへ突き刺した

 

「間抜けで無邪気かとばかり思っていたのに…友達を作っておつむがちょっとは大きくなったみたいだね?

私が望む場所に行くためにはあんたを手伝う必要があったんだ」

 

「ふむ…行きたい場所があるってことか

どこにそんなに行きたくてこんなに親切に接してくれるんだろうね

()()()()()()()()()()()()()()()()、何でも知れるあなたが」

 

「小僧、この力はそんな贅沢に使えるもんじゃないよ」

 

「これくらいでもういい…生きるのはここでおしまいにしてくれ、イオリ」

 

「…」

 

「どうせ俺がこうするってことは知ってただろ?

で、全てを知ってる師匠はこれからどうすればいいかな…」

 

残響楽団の拠点周辺には、厚い結界が張り巡らされている

 

それはプルートによる「魔法」であり、特色であるイオリでも簡単に抜け出せそうなものではなかった

 

…これは、アルガリアが敷いた罠

 

相手の手の内を知っているからこそ…都合のいい協力者は信用ならないから、誘い込み、閉じ込め…殺す

 

そのための罠

 

昨日の約束(オルガン)歯車の教団(ハープ)狼の時間(ヴィオラ)泣く子(チェロ)八時のサーカス(クラリネット)ブレーメンの音楽隊(ホルン チューバ トロンボーン)血染めの夜(第一ヴァイオリン)八人のシェフ(パーカッション)人形師(第二ヴァイオリン)

 

そして魔女の…否、奏者の傀儡(ピアノ)

 

特色といえど、戦力の差は歴然だった

 

「イオリ…俺達にはもう、貴方は要らない」

 

「面白いねぇ、まぁ…あんたたちには短かっただろうけど、私には長くて貴重な時間だったよ

…私はもう、お暇させてもらうから」

 

囲まれ逃げ場を失ったイオリは、一枚の封筒を取り出す

 

それは図書館のエンブレムが描かれた…招待状

 

イオリは、図書館へのゲートを使って逃げるつもりなのだろう

 

「アルガリア様!招待状です!」

 

「チッ…早く足止めしろ!」

 

団員達が動くよりも早く…誰よりも速く、イナが動いた

 

手を吹き飛ばすつもりで撃った弾丸…しかし、それは容易く刀で防がれてしまう

 

「イオリ、ひとつだけ聞くね」

 

「アンジェラ!ゲストを迎えなさいな!」

 

声高らかに封筒から招待状を取り出すと、それは光として消え図書館へ続くゲートが現れる

 

光の先へ飛び込んだイオリを捕獲することも殺すことも間に合わず、ゲートは再び消え去った

 

「…君には本当に、あの人の美しい声が聞こえないのか?」

 

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