Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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Thank you And

ローランは、怖がっている

 

ピアニスト事件を引き起こした元凶を調べるために図書館に乗り込み、アンジェラに出会った

 

機械だというアンジェラは、絶対的な図書館のルールの下、覆せない強さを誇る

 

それは武力や知力の問題ではなく、敷かれた法則に束縛されている図書館で猛威を振るえる支配者だということ

 

さすがのローランも敵わないことを悟り、彼女のもとで司書として働くことになった

 

アンジェラとゲストを迎え入れ、接待し、多くの司書達と会話を繰り返したローランは、ひとつの真実にたどり着く

 

ピアニストをはじめとしたねじれ…それが発生するようになった原因の白夜黒昼事件…そして、それを起こしたのは

 

「少しは気分も落ち着いたかしら、ローラン」

 

目の前で着実に「人間」になりつつあるアンジェラだった

 

「…ああ、毎度のことながら皆には情けないところを見せちまったよ」

 

「それは私も同じよ

図書館と共鳴して幻想体と融合して…でも、本音を言えるのって悪くないのね」

 

「そう…だね、本当にそう思うよ」

 

アンジェラは確実にローランに信頼を寄せている

 

ここまで長い間、忠実な召使いとして彼女を補佐してきたのだから

 

ローランは虎視眈々と狙っていた

 

人間よりも上位な機械であるアンジェラが、忘却を求めて人間に成り下がろうとしているのなら都合がよかった

 

人間になれるのなら、殺すことができるから

 

ローランは幸福のさなかであった自分の人生がピアニストに潰された時と同じように…アンジェラが求めていた願いが叶いそうな絶好の瞬間に、苦しめて殺してやろうと…

 

しかし、アンジェラと関わるうちに彼女が味わってきた苦痛を知ってしまった

 

司書達とも仲良くなりすぎた

 

ローランは怖がっている

 

殺意が鈍るのを、怖がっている

 

しかし、アンジェラの苦痛は彼女だけのものであり、ローランが肩代わりできるものでもなければ共感もできない

 

ローランは怖がっている

 

結局のところアンジェラの味わった苦しみは、都市の治療をしようとした人間達が始めたことで

 

都市の病には、都市に住まう人間達も関わっていて

 

自分すら、醜い都市の汚染された闇に加担している事実を

 

結局のところ、汚い自分以外の何者にかなんてなれるわけもない

 

「ところで、言っていた紫の涙のことだけれど」

 

「おっ…頼んでいたやつ、できたのか」

 

「図書館の力でね

けれどこれは、紫の涙から抽出できた唯一のページで、使いきりでこれ以上の複製はできなかったわ

使うとしたら「ここぞ」という時にしか使えないわよ」

 

「それでいいよ、ありがとう

…それで、本当にあの子をここに呼ぶんだよな?」

 

「ええ、私としては都市で生き延びたレインシリーズの本は欲しいもの

招待に必要な本は揃ったから…あとは青い残響がどう出てくるかね」

 

「どうしても本にするのか」

 

「……残念だけど、諦めて頂戴

ゲストとして図書館があの子を招待すると決めた以上、避けられないわ」

 

「…」

 

「…接待する階は決めているわ

総記の階は今回は外してあるから…待っていなさい」

 

アンジェラはそれ以上は何も言わず、奥の自分の書斎へ引っ込んでいった

 

一人取り残されたローランは、手に持った紫色のページを握る

 

「…それでも…一度捨てても、また拾い上げたいんだ」

 

 

 

 

図書館の接待もいよいよ大詰めである

 

多くのフィクサーや翼、それ以外の都市の住人を相手にしてきた

 

一ヶ月余りの驚異的な速度で、図書館はあらぬ噂から瞬く間に都市の星へと上り詰めた

 

多くの者たちが図書館の本を求めるため、あるいは都市災害である図書館を滅ぼすために訪れてきた

 

ゲストを相手にする司書達も、これまでの戦闘の経験の積み重ねと、過去のゲストから得た戦闘の知識と力によって、様々な接待に勝利を収めてきた

 

いよいよフィクサー協会の頂点であるハナ協会すら接待し終え…図書館に残る幻想体の力も解放し尽くした

 

図書館が迎えるゲストは、残り僅か

 

ハナ協会の本が書かれた招待状を手に、図書館へ訪れたのは…

 

「紫の涙…貴方が教えてくれたようにやったよ

あとは俺のやり方で決着をつけるだけだろうな」

 

男の名は、オリヴィエ

 

かつて、ローランと共にチャールズ事務所にて働いていた同僚であり…今はハナ協会南部3課のフィクサーである

 

「歓迎いたします、ゲス…」

 

図書館の入り口にて、いつものようにゲストを迎えようとしていたアンジェラを切り付ける

 

咄嗟の判断でアンジェラは一歩後ろへ回避するも、首に横一直線の傷が走る

 

機械であったはずのアンジェラからは赤い血が流れ、桃色の肉が見える

 

そもそも…機械のままならば、傷すらつくはずがないのに

 

「紫の涙の言う通り、お前はほぼ人間になっているな

加えて、お前を保護する図書館の力も弱くなった」

 

「…何の真似?」

 

「機械じゃない、人間の体ならより一層気をつけろ

でも首を斬ったところで、お前はまだ死ねないようだけどな」

 

入館しアンジェラが姿を現してからの僅かな1秒で、オリヴィエは躊躇いもなく武器を振るいアンジェラを攻撃した

 

しかし追撃をするわけでもなく、オリヴィエはアンジェラへ助言を下す

 

その忠告を、アンジェラは訝しみつつも素直に受け止めた

 

「はぁ…その通りよ、何の仕業かと思ったのだけど」

 

「殺せないとしても出来ることは沢山あるけどな」

 

オリヴィエは懐からあるスイッチを取り出す

 

そのスイッチを起動すれば、アンジェラは肉の体になりつつある全身の細胞に至るまで、動きを拘束される

 

動けなくなったアンジェラを確認し、オリヴィエはスイッチに備えられたボタンに指を添える

 

「…な…に…」

 

「お前のために手に入れてきた、T社の特異点を使用した工房の暗殺道具だ

やはり力はあっても世間知らずだったか…何処かのじゃじゃ馬お嬢様と一緒だな」

 

暗殺道具を仕込まれたのは、先日ハナ協会を接待した時に交わした握手だった

 

南部3課部長の誘導により握手をしてしまった、あの時のことを思い出し…アンジェラは控えめにオリヴィエを睨む

 

オリヴィエがボタンを押そうとしたその時…横から黒い影がオリヴィエのスイッチを奪い去った

 

「ボタンを押せばたったの一秒で作動する単発装置だけど、効果は確かだ

この装置は人間の脳に負荷をかけ、精神だけ千年流れるようにして…最終的に、一般的な人間の脳と精神は崩れる

ワープ列車みたいだな」

 

黒い影の正体はローランで、オリヴィエが持ってきたスイッチの悍ましい効果まで解説してくれる

 

「…オリヴィエ、ハナ協会に入ったくせにこんな贅沢で危ないものを使うなんてな

全財産でも注ぎ込んだか?あと無駄口が多い」

 

「久しぶりだな、ローラン…いつ出てくるのかと思ったよ

やっぱり、この人間の真似をする化け物を守っていたのか?」

 

「はぁ、化け物だって?厳格な俺の上司であり友達なんだぞ?

アンジェラ、この野郎は俺が一人で相手するからちょっと下がっててくれ」

 

感動の再会…とは言い難い、対立する立ち位置での旧友との顔合わせに、両者はともに緊張感を見せつつも…やはり、どこか親しげに会話をしている

 

「…ありがとう、私の助けは?」

 

「一人で片付けるべきことなんだ

俺が解決すべきことだから心配するな」

 

「わかった…助けが必要ならいつでも言って」

 

そう残し、アンジェラは図書館の奥へ引っ込んでいく

 

初めて出会った時の冷たい雰囲気とは違い、今やローランを気にかけてくれるようになった彼女の変化に、ローランの心臓には無自覚ながらに罪悪感という小さな棘が突き刺さる

 

アンジェラが姿を消したのを視認してから、オリヴィエは深く息を吐き捨て、続けた

 

「ローラン…これがお前が偉そうに言っていたあの計画か?本当にやる価値があるのか?

俺達が今まで見て、やられてきた全ての悲劇と大差ないことを…お前はこの機械と一緒に図書館でやってきたんだ」

 

「…理解してくれとは言わない」

 

遠回しなオリヴィエの制止を、ローランもわからないわけではない

 

それでも、ローランには今更、後戻りができるはずもなく

 

一切引かないローランの覚悟を、オリヴィエもそれ以上引き留めはしなかった

 

オリヴィエはハナ協会のジャケットのポケットからあるものを取り出した

 

それは、黒い手袋

 

亡くなったアンジェリカの遺品であり…ローランがあの日、借りたまま本人に返すことができなかったものだ

 

「受け取れ、黒い沈黙の手袋だ

これでお互い貸し借りは無しだ」

 

「いつもありがとう」

 

ローランは受け取った手袋を身に着ける

 

材質はよくわからない…アンジェラがどこかの海の怪物の脱皮した皮膚から生成された高級なものと言っていた…革製のその手袋は、ローランの手にもよく馴染んだ

 

「懐かしい感じがするな

これで、最後までばっちり助けてもらったことになるな」

 

「今お前がここまで来てしまったのは、俺の責任でもあるから

それでもお前が消えた後にどれだけたくさんの後始末をしたのかお前にはわかんないだろうな

俺はともかく、お前にはイナもいたのに…彼女が今どうなってるのか、知っているか?」

 

「断片的にな

あのクソ野郎が、いいように使っているらしいな」

 

「青い残響に付き従って大量に殺している

セブン協会の低級フィクサーをはじめ、L者の巣に根付いた蟻地獄、鯰の眼、紫煙会など都市怪談、都市伝説級の都市災害の駆除に…最近じゃ人差し指の代行者二名を含む遂行者二百余名とR社の第二群の三部隊殲滅

あれは、もう俺らの知ってるイナじゃない

殺戮兵器そのものだ

残響楽団の一人として都市の星と認定してる

…ハナでもあの子の処分命令が下されている」

 

当然の帰結だ、とローランは頭で考える

 

しかし…そこに感情が追いつかない

 

父親失格だ、と悔しさに唇を噛み、口腔内には鉄の味が拡がる

 

あの子を捨てたのは、置いていったのは自分だから

 

あの子を都市災害に仕立て上げたのは青い残響だから

 

何もかもが、赦せなかった

 

「どうするつもりだ」

 

「…当然、最低限の親としての責任を果たすつもりだ」

 

「もう、お前もあの子も元の生活に戻れないとしても?」

 

「今更だろ、そんなこと

俺達はあの日を境に壊れちまった…全く同じには戻れない

何もかもが手遅れなんだ…けれど、これ以上イナを裏切り続けたら…それこそ、死んだ彼女に愛想尽かされちまうしな」

 

「…結局のところ、お前は根っこが優しすぎるんだ」

 

それから二人は、僅かな時間の中で思い出話に興じた

 

ゲストを接待する舞台に到着するまでの、ほんの微かな、瞬きのような時間を

 

もう戻らない過去を懐かしむように、もう手に入らない宝物を惜しむように

 

……そうして、昔馴染みの二人は互いの命をかけて戦った

 

オリヴィエは、都市の正義のため

 

ローランは、己の願望のため

 

どちらも頂点に立つフィクサーとして、劣らない剣技を見せたが

 

最終的には、黒い沈黙の手袋を取り戻したローランが優勢を見せた

 

その手袋は、周囲の音を消し去り、異空間に収納された武器を取り出すことが出来る

 

九つの武器を自在に操るローランは、最後の一撃をオリヴィエに向けて撃ち込んだ…その直前

 

出血で霞む視界に映る黒色を眺めながら、オリヴィエは静かに目を閉じて

 

「…友達に殺される最期か」

 

そう呟いて、ローランのトドメを受け止めた

 

オリヴィエの心臓を切り裂き、彼の肉体が光の本へと変わっていくのを見送ったローランは、悔しげに顔を歪ませた

 

最期の瞬間まで自分を友達と言ってくれた、その感謝と

 

「ありがとう、そして…」

 

止めてくれた友さえ斬り捨ててしまったことへの、懺悔を込めて

 

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