Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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TwistⅠ

 

「この巣にいる人差し指とR社を壊滅させたんだって」

 

「やるじゃないかイナ、さすが私が気に入ったガキだ」

 

「ン〜!これはこれは…以前よりもドロドロに腐り落ちていく蠱惑的な果実の匂い…!」

 

「素晴らしいですイナ様、お疲れさまでした」

 

「ヒヒ〜!ワフッワンワンッ!ケッココー!」

 

「なんだいなんだい辛気臭い顔して!さては…動き回ったから腹が減ったんだね!?そいつは駄目だ!絶対に!アタシが今すぐに絶品料理を作ってあげるよ!何せ、材料はアンタがたんまり用意してくれたんだからね!」

 

「まさか羽の素体まで手に入るとは思わなかったな…時間は無いが、出来るところまでやろう」

 

「……」

 

「はい…一人になりたい、と…承知しました、アルガリア様には私から伝えておきます」

 

拠点に戻ってきてから、イナは自身のテントにて血に汚れた自身を清めていた

 

返り血に塗れたヌオーヴォ生地も、水で流せば血は落ち乾燥も早い

 

血を洗い流し終えたイナは、スーツに袖を通し…その時、ポケットに何かが入っていることに気が付いた

 

イナは基本、影に持ち物を収納している…無二がいなくなった後も影は繋がっているため、武器も常備品も影の中に入っている

 

ポケットの中に何かを入れた記憶もなければ、脱ぐ前には何も無かったはずだった

 

それに気付いたとき、ある可能性がよぎる

 

恐る恐るポケットの中のものを取り出すと…それは、見覚えのある黒い封筒だった

 

「…こ、れ…」

 

図書館の招待状

 

イナのもとに届いたそれは、イナに必要な本が書き記らせている

 

ロボトミーコーポレーションの本、ハナの本、そして…

 

 

 

 

「どうしたの、わざわざ改めて話がしたいだなんて」

 

「…」

 

図書館が一番よく見える、拠点の外れ

 

墜ちた巣に人々の営みの光はなく、図書館の輝きのみが煌々と輝いている

 

その輝きが強いあまり、漆黒の空には瞬いているはずの星々たちは一切姿を見せない

 

そこに、アルガリアとイナは立っている

 

「…アルガリア

私に、贖罪の機会をくれたのはどうしてですか?」

 

「うん?君がそれを望んだからじゃないか」

 

「たくさん、貴方の命令を聞いてきました…たくさん殺しました

いつになれば、私を赦してくれるんですか…?」

 

「…」

 

イナは、抱えたまま膨れ上がった疑念をアルガリアへとぶつけた

 

切実に訴えかけるスミレ色の瞳を前に、アルガリアは動じることなく笑っている

 

「アルガリアは、私をねじれさせようとしているんですよね…心が壊れるほどの絶望…自我を見失う強いストレス…聞こえてくる美しい声に身を委ねること、それがねじれに繋がると、貴方は予想して…私をねじれさせるために、私の心を壊していった…

もう私には、苦痛しか感じることができません

はじめは、私の贖罪のためにねじれさせようとしているのかと思ってました…でも、都市に演奏を響かせるためにねじれが必要なだけ…そう、なんですよね」

 

「…ああ、そうだね

アンジェリカの追悼には、ねじれの力が必要だから…友達も集めて、君にも一緒に来てほしいんだよ、イナ」

 

「それは、貴方の望みは…あんな、恐ろしい演奏以上のものを、都市に振り撒くなんて…私は…嫌です」

 

「…へぇ」

 

イナは、アルガリアに向かって真正面から反抗した

 

今まで従順に従い続けてきた恐怖の象徴のひとりでもあるアルガリアに抵抗するのは、今のイナには心臓が痛むほどに恐ろしいことである

 

「私は…アンジェリカを死なせてしまった…私が殺したも同然、その罪を…赦してほしいのに…そんなことをしては…本末転倒じゃないですか…

私は、なんのために貴方の罰を受け続けたのでしょうか…?この贖罪に、意味があるんですか?」

 

「意味?意味だって…?ふ…ふふふ…あははは!

ああイナ…可哀相なイナ、そんなものに執着するなんて、本当に哀れだね

アンジェリカの死の罪を償いたいのなら、それこそ一緒に演奏すべきだろ

この演奏には、アンジェリカの追悼の意味もあるんだから

全く…今更どうしたんだい?たくさん殺しすぎてナーバスにでもなっちゃったのかな」

 

アルガリアがいつものようにイナに手を伸ばすも、その手は空を切って終わる

 

イナは数歩退いて、アルガリアから距離をとる

 

「貴方は、演奏が都市に響けば私を赦さないものはなくなると言いました

それは、貴方じゃないんですか?

私は…私が赦されたいのは…私の、家族だったのに…!」

 

溢れ出す涙を掬うように、両手で視界を覆い隠す

 

イナの耳元に声が聞こえてきた

 

何度も聞いた美しい声は、今まで以上にハッキリと

 

「私のせいでアンジェリカが死んで…その罪を償いたくて…ローランは私を捨てて…貴方に縋るしかなかった、でもより多くの人を手にかけてきた…殺した人達を大切に思う誰かもいたかもしれないのに

それなのに、私は…あの惨状以上の計画に参加するなんて…」

 

今更だなんて、イナ本人がわかっている

 

それでもイナは、この地獄とも言える苦しみから唯一逃げられる術を手に入れた

 

プルートの結界による物理的な拘束は勿論、都市にいればどこだろうとアルガリアから逃げることはできない

 

それでも…図書館なら、アルガリアも()()自由に手出しはできない

 

イナは、ポケットから取り出した招待状に署名する

 

これは彼女にだけ届いた招待状、彼女が唯一逃れられる道

 

逃げるのなら、今しかなかった

 

「私はもう、何もかもがわかりません…いつまでもこの苦しみから解放されない…どんなに手を汚しても、罪を重ねても誰も私を赦してくれない…

それなら…それなら、私は演奏なんてしたくありません…!もう二度と、あんなものは…」

 

イナは、図書館へと通じるゲートへ身を投じた

 

ゲートはイナ一人を迎え入れた後に消失し、その場に残されたのはアルガリアのみとなり、ひとりとなったアルガリアは、心底滑稽だとでも言いたげにその場で笑い続けた

 

「ふふふ…あはははは!はは、ははははははっ!

ははは…ああ…イナ、愚かで可愛い俺の家族

どう取り繕っても、俺達は似た者同士なんだ…()()()()()、ずっとね

だから…いくら頑張っても無駄なんだよ」

 

 

 

「ローラン…立て続けで悪いけれど、ゲストが来るわ」

 

「ああ…きっと、あの子だろ

大丈夫、もう動けるよ」

 

図書館内では、ローランがオリヴィエを接待し終えた直後だった

 

次に訪れるゲストに関しては、ローランは接待を任されていないとはいえ…アンジェラが出迎えるために席を外す前に、ローランの傷を治す必要はあった

 

「これで大丈夫なはずよ

…貴方、特色だったのね

本当、上手く隠し通したわね」

 

「それは、まぁ…うぅ…言うタイミングを……逃したというか……」

 

心底バツが悪そうな()()を見せて、アンジェラを納得させる

 

「隠すことがまだあるなら、少なくとも気付かれない方がいいと思って

誰かに裏切られるのはもううんざりよ…必ず対価を支払わせてやるから

でも…」

 

光にる治療を終え、傷があった部分に触れて…アンジェラは、もの悲しそうな顔を見せる

 

ローランが出会ってから、見たことがない…人間のような、悲しそうな顔

 

「今回は私を救ってくれたから無しにするわ」

 

「……やるべき事をやっただけでございますよ」

 

内に隠した復讐心が揺らいだ気がした

 

ローランがいたたまれなくなり、近頃は笑顔も減っていることを…アンジェラは果たして気付いているのだろうか

 

「次のゲストを出迎えてくるわ」

 

「ああ…くれぐれも、気を付けて」

 

アンジェラは総記の階を後にして、図書館の玄関であるホールへと到着した

 

そこには、既に待っていたゲスト…イナが、呆然と立っている

 

「歓迎致します、ゲストの方

…自己紹介はもう不要ね」

 

「……」

 

「前回より大人しくなったわね

…私の知るレインシリーズに戻っているとも感じれるわ」

 

アンジェラの分析は的を得ている

 

心を壊されたイナは、もともと心のないレインシリーズとかなり近しいと言える

 

だが、今のイナは心の有無以外に、レインシリーズとは確実な相違点が生まれていた

 

「…早く、案内してもらえますか

あの人につかまる前に…はやく」

 

「…呆れた、魔女よりもよっぽどタチの悪い男に引っかかったのね

いいわ、通りなさい

どうか貴方の本が見つかりますように」

 

アンジェラが案内した先…以前と同じ奥へと進む階段を登り、イナは光のゲートへ身を投じる

 

案内された先は…星空の世界

 

漆黒の闇の中に拡がる、無数の星の数々

 

以前案内された灰色の舞台とは全く違う、別世界

 

「善く来たな、魔女の仔よ」

 

出迎えたのは、白い椅子に腰かけ、白いテーブルの上で紅茶を嗜む、黒に黄色を差した女性

 

そのシルエットは、都市に住んでたら嫌でも知る

 

何より…スミレの魔女が警戒している存在

 

頭の調律者そのもの

 

「幾許ぶりか…外でも息災で、何より」

 

「…?私、L社で貴方と面識はないはずですが…」

 

黒い司書は変わらない笑みを携えている

 

イナにとってはそれが、アルガリアのものによく似ていてとても恐ろしかった

 

「…そうか、あの時のお前は死に堕ちていて気が付かなんだ

私は、ビナー

()()()お前に蛇を移植した、抽出部門()のセフィラさ」

 

セフィラ、その単語を聞いた瞬間全て合致した

 

この女性は、あの日に死んだイナに無の世界蛇を移植したひとであること

 

セフィラが…人の体をもって、ゲストを接待していること

 

それは、つまり…

 

(……………あのひとが…いる………)

 

可能性への期待ではなく、確信だった

 

心臓が、頭が、体中が熱くなる

 

「其の貌から見るに、思い出した様だな

私としてもお前に手を掛けるのはとても惜しいと思っているよ」

 

「…?」

 

「お前は、あの魔女に唯一届く刃なのだからな」

 

ビナーはテーブルセットと紅茶を光と化してその場から搔き消した

 

それを合図に、司書補達が姿を現す

 

「さて…始めようか

せいぜい、好い聲で啼いておくれ」

 

ビナーが柱を放つと、それは一直線にイナめがけて突撃してくる

 

イナはそれを紙一重で躱し、続けて撃ち放たれた弾丸も回避する

 

隙をついて距離を詰めてくる司書補をいなし、反撃しようとするも遠方から「妖精」を用いてビナーが妨害してくる

 

(強い…これが、都市の星である図書館と、調律者の力…

でも…あのひとが生きて、ここにいるのなら……せめて、一目だけでも…)

 

精神的に追い詰められているイナは、普段よりも格段にスペックが落ちている

 

半分しかない視野はさらに狭まり、指先に至るまでの動きに切れもない

 

これまであらゆるゲストを接待し、その力を自分たちに投影する…E.G.Oのようなものを使って、イナを殺しにかかってくる

 

当然、アルガリアが送り込んだ上級フィクサーや五本指だって図書館で本にされ、その力を使用されている

 

(殺せば…本が手に入る…アルガリアから逃げられる…!

()()()()()()()()()()()…!)

 

イナだって、負けられなかった

 

イナの招待状に書かれていたのは、ロボトミーコーポレーションの本、ハナ協会の本…そして、ゲルダの本と紫の涙の本だった

 

ゲルダはイナの大切な友達だった

 

以前ゲルダを裏切ってしまってから彼女は自分のことをどう思っているかわからない…だが、イナは彼女を友達だと思っているし、助けたかった

 

それと…紫の涙の本は、今のイナに必要不可欠だった

 

あらゆる次元へと転移するといわれている、紫の涙の能力

 

それがあれば、イナがアルガリアから逃げられる可能性が大幅に上がるのだから

 

その為にも、イナは本を手に入れたかった

 

今目の前にいる、司書達を殺してでも

 

 

 

   本当に   逃げちゃうの ?

 

 

自分の罪の意識から

 

 

 

        苦痛から 逃げようだなんて

 

 

 

「う…ぁぁぁああああああ!!」

 

引き金を引き、魔弾を撃ち放つ

 

理性もなく、無我夢中で

 

声が聞こえた、この世の誰よりも、何よりも美しい声が

 

身体の内側から血が溢れても気にならなかった

 

雨のように降り注がれる弾丸は、司書補達を穿ち、生き残ったのはビナーだけとなった

 

「ゴフッ、ゴホッゴホッ…かはっ…」

 

気管の奥から溢れ出すものを吐き出した

 

それは赤い液体…ではない

 

緑色に腐食した、紫の花弁

 

「…え」

 

「ほう…美しいではないか

其れが、お前の在るべき姿か」

 

ビナーの漆黒の瞳が、イナの姿を捉える

 

その暗闇に反射しているのは…黒くひび割れた肌と、空っぽの左目を中心に無数に生えたスミレの花

 

歪に変わる、イナの姿だった

 

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