Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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TwistⅡ

 

「ビナーがやられたわ

元々危うかったけれど、ここでねじれはじめるなんて」

 

ビナー達哲学の階が全滅した様子を、アンジェラが見守っていた

 

今回、イナというゲストの接待に割けるのは三階層のみ

 

次の技術科学の階が、どれほどゲストを消耗させるかが肝となる

 

「イナ…」

 

アンジェラの横で、ローランが悔しそうに拳を握る

 

そのこめかみには、血管が浮かんでいる

 

「…ここまで来たら、ねじれる他ないでしょうね

今の彼女に、戻れる道はなさそうだから」

 

光のスクリーンには、より浸食が進んでいるイナの姿が映されている

 

今や左半身が部分的に腐食したスミレに覆われ、地肌は黒ずんでいる

 

瞳孔の開ききった瞳は、生き残った司書補を真っ直ぐ狙っている

 

 

 

「…はぁ…生き残ったのも私達だけですね、イェソド様」

 

「そうですね…ココ、光の残量は」

 

「あと一撃ならどうにか…向こうも、かなり息切れしてるみたいですけど」

 

二人の司書が対峙するイナもまた、口から深緑に染まった血とスミレの花弁を零しながら震える両足で何とか立っている

 

それでも瞳は迷うことなく二人を凝視して逃さない

 

「今までねじれやE.G.O覚醒者は別の階の人達が戦ってたから、私達じゃちょ~っと荷が重かったみたいですね」

 

「弱音を吐くなんて、君らしくもない

それでも、私が一番信頼している司書補ですか?」

 

「えっ…え!そんな!そこまで言われちゃったら私頑張っちゃいますね!」

 

イェソドの言葉に鼓舞されたココは自らを奮い立たせるも、正真正銘の万事休すといったところだった

 

(カウレスから聞いてたけど、この子が外れ者のレイン、か~…

この子が着ていたE.G.Oが、私に譲られたんだよね

そっか、そう、きっとこの子が、私がレインに憧れるようになったきっかけなんだね)

 

ココは身に纏っている人差し指の代行者の外套の懐から、最後に残ったページを取り出す

 

残る光でギリギリ行使可能な、技術科学の階の幻想体から抽出できたE.G.Oページ

 

「せめてこれで、致命傷になれば…」

 

そのページが光に変換され、ココの体を覆う

 

白い蝶たちがココの周囲を飛び回り、二丁拳銃を手にしたココは、幻想体「死んだ蝶の葬儀」の力を使ってイナに弾丸を放つ

 

いくつか弾かれたものの、半分ほどは直撃し、深緑の血が流れ出す

 

「あは…これを着て思い出したよ、レイン

私があの時、君を助けたんだよね…君が手放したこのE.G.Oを着て

私のこと、覚えてる?」

 

イナが接近しようとする度に弾丸を放つ

 

殺伐とした戦場で、ココはアルバムを捲っては懐かしむように口から言葉を零していく

 

「私、巣の中で生まれ育ったから…ロボトミー社みたいなバイオレンスなこととは無縁だったんだよね

でも初めて人を殴り殺した時…正当防衛だーって自分を肯定しながらも、あの時の感覚が忘れられなかったの

だから…L社で人間の血肉が飛ぶのを見て…ありえないって思いながら…ゾクゾクしちゃったのを覚えてる

でもその頃の私には、まだまだ弱くて…君に憧れたんだ、本当だよ?」

 

E.G.Oの力が消える

 

時間切れを悟ったココは、真っ先にイナの元へ駆け寄り…イナの頬を両手で包む

 

腹の中心に、銃口が添えられているのも気にせずに

 

「ココ!」

 

イェソドが駆け付けるよりも早く、引き金が引かれる

 

ココの胴体を貫いた魔弾は、内臓の中で弾けて骨と肉を飛び散らせた

 

赤い血を吐き出しながら、アイドルとしての意地を見せ…青くなっていく顔に笑顔を浮かべたまま

 

「ありがとう、私に憧れをくれて

また会えて、嬉しかったよ!」

 

感謝の言葉を口にして、本になった

 

「あ……」

 

ココの本を見下ろしながらイナは自分から流れる血を見た

 

今まで、誰とも同じ深紅の色だったのが、今や緑の異様な色と化している

 

ココの返り血と混ざり、形容し難い色になったそれを…イェソドも見ていた

 

「…それは…まさか、コギト…?」

 

コギト

 

懐かしい言葉を聞いて、遠い記憶が蘇る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イナが生まれた場所

 

多くの培養層と、オリジナルが横たわる一つの浴槽

 

緑色の液体の風呂の中、同じ色の点滴を打たれているオリジナル

 

そんなオリジナルの肉の細胞と骨の細胞、魔女の血の一滴を用いて彼女達は作られる

 

生気を失ったような、暗いオリジナルの瞳は…無の世界蛇と同じ色をしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スクリーンに映されるのは、ゲスト以外の生存者のいない技術科学の階

 

アンジェラにも焦りが見え始める

 

接待できるのは残り一階層…ここまで来れば、出し惜しみはできない

 

「こうなったら、言語の階に接待準備の伝令を…」

 

図書館の中で飛び抜けて強い司書達がいる言語の階を指名しようとした時…アンジェラのもとに、一人の司書が現れた

 

「…まさか、貴方がわざわざここに来るなんて…予想してないわけじゃないけど、何の用?ネツァク」

 

アンジェラ達の前に現れたネツァクは、スクリーンに映るイナを見た

 

苦し気に悶えるイナを、悲しそうに眺めた後…彼はアンジェラに向き合って、

 

「僕達が行きます」

 

そう、はっきりと告げた

 

いつもの気だるげな様子もない、真剣な眼差しで

 

「…貴方達に務まるとは思えないわ」

 

「いえ、僕達にしか務まりません」

 

一歩も譲らないネツァクにアンジェラも折れないが、そこを仲裁したのがローランだった

 

「ま、まぁまぁ…ビナーやイェソド達のお陰であの子もかなり消耗しているみたいだし、ここは芸術の階に任せてもいいんじゃないか」

 

「貴方まで…けれど、そうね

今回のゲストは精神耐久度が異様に低い…芸術の階の幻想体で精神力を減らし混乱させるのも有効かもしれない」

 

ローランのお陰でアンジェラの説得に成功し、ネツァクは芸術の階にて準備しようと戻る

 

そんなネツァクを引き留め、ローランは耳打ちをする

 

「お前の大事なひとかもしれないが…俺の大事な娘でもあるんだ

だから…頼む」

 

ローランの懇願を受け取り、ネツァクは頷いた

 

ネツァクが芸術の階に戻ると、司書補達はすでに万全の状態で備えている

 

「ね、ネツァク様!私達はいつでもいけます!」

 

「はやく出迎えて、早くあの人をあっと驚かせましょう!」

 

「ねじれかけてるって聞いたぞ、さっさと殴って目ぇ覚まさせるか」

 

「大丈夫すよネツァク様

俺達が、アンタをあの子の元まで届けます」

 

カレン、オーウェン、カウレス、ロイド…各々がこの時を待ち望んでいたかのように、覚悟を決めた様子を見せる

 

ネツァクもまた、心を落ち着かせるために深呼吸をし…剣を握りしめた

 

「来るぞ…全員、死なずにいくぞ」

 

ネツァクの掛け声を聞き届けた時、アンジェラによりゲストが芸術の階の舞台へと送り込まれる

 

左半身は既にスミレで覆われ、緑の血が滴り落ちている

 

見た者誰もが「怪物だ」と叫び出しそうになる容姿に…ネツァクも司書補達も動じない

 

「よう…久しぶり、元気だったか」

 

それどころかネツァクは、優しく微笑み、手を振った

 

本当は、今すぐ駆け寄りたい気持ちを抑え込んで…まずは、挨拶から

 

イナは残った右目ですら視界がまともに機能していないようで、色覚麻痺している状態で司書達を見た

 

…見知った顔に、大きな動揺を見せる

 

「随分と…長い時間が経ったな、お互いに

生きてくれてて、本当…嬉しかったよ

俺も何とか生きてるよ…君の最期の望み通りに

なぁ…レイン」

 

その言葉に、イナの心臓が張り裂けそうなくらい脈打っている

 

さすがのイナでも、目の前の司書の言ってることが理解できる

 

それは、遠い昔に…彼女が死に往く前に残した、原初の願い

 

「…ほん、とうに…いき、てた…」

 

イナの視界が滲む

 

大粒の涙が一つ、二つと零れ…半身を覆うスミレが萎んでいく

 

「覚えてるみたいですよネツァク様!」

 

「このまま、対話で終われるのでは…!」

 

イナがずっと会いたかったひと

 

死にたがりの機械だった…それが今、人間の体で目の前にいる

 

確信していたのに、どうしても目前の光景が信じられない

 

同期であり、自分のせいで魔女に殺されたロイドとカウレス

 

自分が肉壁にした後輩カレン、自分を庇って死んだオーウェン

 

そして…イナが変わるきっかけをくれた、人生の恩人…ネツァク

 

痛みに悶え苦しんでいた心に、懐かしい喜びが芽生え始めた

 

彼らの方へ足を踏み出した時…重い左足を見た

 

そこにはスミレに埋もれた左足と…多くの死者が、イナの足にしがみ付いている、()()

 

「ひ…あ…」

 

一目、会いたいと思った

 

けれどイナは、あまりにも汚れすぎた

 

あの時のような誇れる自分はもういない…自分が赦されたいから、より多くの無関係な人達の命を奪った

 

その事実を思い出して…再び声が囁いてくる

 

 

 

     あーあ  皆 今の君を知れば幻滅するだろうね

 

  誰かを殺すためのお人形

 

 

        そのくせに 罰の痛みから逃げて

 

 

   逃げて

 

 

                         逃げて

 

              逃げて

 

 

 

       ならとことん逃げちゃおっか

 

 

   あの子どもたちからも  懐かしいこの子たちからも

 

 

 

「あ…あ…あああ…」

 

イナの体を再びスミレの花が覆う

 

芸術の階の舞台すら侵食し、スミレの大地と灰色の空が広がる

 

遠くには巨大なピアノが聳え立ち、見えない誰かがピアノを奏でている

 

スミレの花の根元には誰のものともわからない、白骨が敷き詰められ…

 

今のイナの()()を現した心象風景そのものだった

 

「なんですかこれ!」

 

「フィリップ…泣く子の時とおんなじっすね

改善するどころか悪化してるっす」

 

「レイン…イナ」

 

ネツァクが近付こうとすれば、彼の足元に弾丸が飛んでくる

 

それは、イナの影から伸びた…スミレで作られた触手達が、彼女の銃を撃っていた

 

「来ないで…わ、私を見ないでください…!

会いたかった…会いたくなかった…話したかった…聞かれたくなかった…こんな…こんな汚れた私なんかぁ!!」

 

触手は檻となりイナを覆い隠してしまう

 

スミレで作られた鳥籠の中に閉じこもってしまったイナに、誰の言葉も届かない

 

「不味いぞ、ありゃあ何言っても通じねぇ」

 

「ど、どうしましょう…ネツァク様…」

 

ピアノの演奏を背景に、紫色の檻の中で震えるイナを見つめる

 

ピアノに搔き消され、よくは聞こえないが…虚空を見つめ、何かを呟き続けている

 

それは幾度となく見てきた、精神を壊したL社の職員によく似ていて…

 

そもそも心を持ち合わせていなかった彼女があそこまで苦しんでいるのは、心を生み出した原因でもある自分にも責任があると、ネツァクは思った

 

それならば、今のネツァクにできることはただ一つ

 

「…あの子に言いたいことが山ほどあるんだ

皆、手伝ってくれ」

 

ネツァクの呼び掛けに、今更拒絶するものは誰もいない

 

各々が武器を構え、戦いに備える

 

ネツァクも剣を力一杯に握り締め、切っ先を檻へと向けた

 

「待ってろよ、今、その陰気臭い牢屋から引きずり出してやる」

 

 

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