Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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I ____ you

 

 

____忘れたくなかった

 

 

ロボトミーコーポレーションにおける、TT2プロトコルの時間遡行は、あるひとりを除いて誰もが記憶を削除され、「はじめから」に戻る

 

その周期で何があろうと、何が起ころうと…全てが無かったことになる

 

だから僕は、俺は…忘れたく、なかった

 

魔女の作った殺戮人形だった君が、心を得て誰かを守る為に奔走した…自分の命を使い潰してでも誰かを守った君の勇気を、覚悟を…その死に様を、焼き付けたデータを消去されたくはなかった

 

その時だ

 

魔女が、俺に囁いてきたんだ

 

「君の願い、叶えてあげようか」

 

悪魔のような笑顔で

 

光の種シナリオがエラーを吐き出し、TT2プロトコルで時が巻き戻されるその間際に、魔女が目の前に現れた

 

「シナリオを逸らさず、完全消去を防ぐ手段ならあるよ

バックアップデータを取るんだ

パスコードは…そうだな、001575-RAIN…わかりやすくていいだろう?

僕が手助けしてあげよう」

 

そう言って、魔女は機械の身体の俺の頭を開いた

 

「えぇと…脳と混じってるけど、ここが海馬相当の部位かな?

え?こんなの、権能を使うまでも無いよ…代償?はは、そうだなぁ…

君は、いつか目の前で忘れたくないそのものを失うだろう

その時の感情が、僕の食事になる

極上の狂気の素材が落ちてるんだ、そりゃあ使わない手はないじゃないか

あの子もいい置き土産を残してくれたね」

 

弄られている間のやり取りなんて覚えているわけないが…魔女は手早く俺の身体に手を加え、俺は彼女の記憶を封じたまま消されず、その後も光の種シナリオを続けることが出来た

 

その時のことは、感謝している…忘れたく無かったあの記憶は、コアが暴走した時に蘇って…その時に悟ったお陰で、今の俺に繋がるから

 

…だがきっと、代償を支払う時が来たのだろう

 

 

 

一万年の繰り返しを経て達成したロボトミーコーポレーションの……カルメンの悲願

 

本当ならそれを果たした時点で、俺達は静かに機能停止…眠るはずだった

 

機械の俺達に魂なんてものがあるかはわからなかったが、眠った後に死んだはずのレインに会えたらいいな、なんて浮ついたことも考えていた

 

けれど光は全て行き渡らず、アンジェラの画策で図書館が作られ

 

こうして人の肉体を得て、都市の人間を殺して

 

その行為に文句もあったが…これが魔女の言う代償なのだろうかとぼんやりと考えていたが……違った

 

今、目の前で檻の中に閉じ篭る女の子

 

真っ白い髪も背丈も、記憶の中の彼女と違う、けれどそのスミレ色の瞳は間違えようもない…魔女の遺伝子

 

死んだと思っていた彼女は生きていて、L社の外で生き延びていて…そして、心を壊されている

 

ねじれかけた彼女が、これ以上壊れてしまう前に……彼女は、イナは、自らを殺すように俺に懇願した

 

きっとこれが、魔女の言う代償なんだろう

 

死んだと思っていたのに生きていた、また会えたその喜びを純粋に味わうことの出来ない現実を前に、更に自らの手でその幸運を潰せと

 

そうなのだろう、現に、檻を掴んでいた俺の手は格子の隙間を通って彼女の首へと動いている

 

嫌だ…殺したくない、せっかくこうしてまた会えたのに

 

けれどここまで苦しんでいる彼女を生かすなんて無慈悲じゃないか?苦しませる原因を作ったのは、ずっと昔に彼女に心を作ってしまった俺なんじゃないか?

 

今ここで殺して、本にすることで…彼女が救われるのなら、その方がいいんじゃないか

 

そんな葛藤が頭の中を逡巡する

 

きっと、魔女の「契約」による引力なのだろう

 

心の不安定な部分を刺激し、思考そのものを誘導させる…そのせいで俺の手は今、彼女の首へと差し掛かる

 

苦しくて虚しくて堪らなくなって、死にたくなるその気持ちは…俺には痛いほどわかるから

 

悲しんでいる君を……どうか、安らかに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネツァクさん

 

貴方は生きてください

 

絶対、ですよ

 

 

 

 

 

『……え』

 

「…」

 

気が付けば俺は、イナの首ではなく…手を、掴んでいた

 

「…わけ……ろ…」

 

『えっ…?』

 

「できるわけ…ないだろ…!」

 

喉の奥から、心の深いところから絞り出された本音

 

君を殺すなんて、俺には出来ない

 

昔から俺には出来ることなんてないと思ってたし、なんでこんな会社で働かされているんだと常々恨んだ

 

いつも死にたかった、いつも眠りたかった…でもそんなどうしようもない俺に、純粋に「生きて」と祈ってくれたのは…君だけだった

 

シナリオなんて関係ない、仕事なんて関係ない…ただの純粋な祈り

 

それは君だけじゃなくて…俺だって、思ってる

 

いや、君のような純粋な祈りじゃない…たくさん煩悩がある

 

まだ君と話したいし、君を見ていたい

 

君のためなんて崇高な優しさなんてない、俺自身のための願望

 

だから…ここで死なれたら、俺が困る

 

苦しくなって、困ってしまう

 

「俺は君を殺さない、何がなんでも…殺すなんてしない…!」

 

『…なんで…なんで殺してくれないんですか…!

わたし…私、たくさん、たくさん殺してしまったんです…!命じられもしましたし、自分から殺しもしました…!

もう引き返せないくらい、罪を重ねてしまったんです!

だから殺してください!私に、罪を償わせてください!』

 

イナが叫ぶ

 

その度に黒い棘が彼女を貫く

 

コギトの血は流れに流れ、ただでさえ白い彼女の肌がどんどん青白く染まっていく

 

イナの心象を表すように、強い雨が降り頻り、強く打ち付ける雨粒は肌に叩きつけられる度に痛みが走る

 

「俺もたくさん殺した、本にした

それから目を背けないし、向き合っていく」

 

『それ、は…でも…そんなの…じゃあ…私はどうしたら赦してもらえるんですか…!?

もう…もうこんなのは嫌…!』

 

今すぐ消えてしまいそうな彼女の声を留めたくて…俺は強く手を握った

 

「違う」

 

そして、心の底から思ったことをぶつける

 

目の前の君に、届くように

 

「赦してほしい、じゃないだろ

 

そういう時は、()()()()()()って言うんだよ…!」

 

涙で濡れたイナの瞳に、強い光が差し込んだ

 

「イナ、お前は責任を抱えすぎだ…自分が背負うべきでは無いものさえ抱えて、潰されたら意味ないんだよ

誰しも果たすべき責任はある、俺だって…でも、一人きりで抱える必要はないんだ

お前だけの問題じゃない…お前ひとりで苦しむ必要なんてないんだ

お前さえ良ければ俺が一緒に背負うし…ローランだっているんじゃないか

赦してほしいじゃなくて…助けてって言ってくれ」

 

きっと君のその罪悪感は、もう二度と消せないもの

 

君自身が何より君を赦していない

 

自分自身に罪を被せ、罰し、痛めつけて…赦しを他人へ求めたところで、赦されようと赦されなかろうときっと変わらない

 

自分が下した罪の贖罪を他人へ求めたところでどうにもならない

 

けれど…ただ純粋に助けを求めてくれたのなら

 

きっと君はこんなふうにはならなかったはずだ

 

今からでもきっと遅くない

 

「今ならこうして手が届く

魔女に連れ去られた君を…画面越しに見届けるしか出来なかったあの時とは違う…

 

今度は俺が、君を助けるから」

 

肌を痛めつけるための雨を降らせる、灰色の世界を作る厚い雲は薄くなり、隙間から光が差し込む

 

優しい慈雨にお互い濡れながら…檻は枯れ、とうとう俺達を隔てるものはなくなった

 

「……どうして、貴方は…そこまで…」

 

「はぁ…なんだ、まだわからないのか

散々ひとを呪う言葉を残していったくせにさ」

 

彼女の半身を覆うスミレも枯れ散り、残ったのは白い肌が割れたように表れる黒い肌

 

ああ、よく見れば…星のように小さな輝きが散りばめられていて、夜空みたいに綺麗なんだな

 

スミレに隠されていて見えなかったよ

 

「……君が好きだからだよ

一方的で傲慢な…俺の気持ちだけど」

 

ロイドに先を越されたことは悔しいが、そんな細かいことは言っていられないから仕方ない

 

「…すき…」

 

「昔君に教えたやつとは違う、れっきとした恋心だ

嘘でも冗談でもないぞ」

 

「ネツァクさんは…そんなふうに弄ぶことは言わないひとです…」

 

「あぁ…うん、わかってくれてるならいいんだけど」

 

「…恋…って…ネツァクさんが…私を…?」

 

「うん、好きだ」

 

「………」

 

イナの白い肌がみるみる桃色に染まっていき、再び大粒の涙を流していく

 

いじらしくて…ああまずい、いろいろと重なっていた感情が溢れ出しそうだ

 

感情を増幅させる図書館の影響もあるだろうが、今すぐ誰か俺を殴ってでも止めてくれないかな

 

「あの〜…お熱いところ、申し訳ないんですが…」

 

そうそうこれ、こういう水を差す声、今は正直ありがたい

 

後ろでは、棘も消えて解放された司書補達が駆け寄ってきている

 

「これはつまり、レインさ…イナさんを助けられたってことで大丈夫ですか?」

 

「そうなんじゃねーの?ったく、散々刺しやがって…」

 

「カレンは失血で気絶してるっすけど」

 

白目を剥いてるカレンを背負ったロイドが、俺に小さく耳打ちする

 

「…譲ったんすから、彼女からは逃げないでくださいね」

 

「……わかってるよ、そんなことはとっくのとうに」

 

舞台の景色が、芸術の階の樹海へと戻っていく

 

不愉快に耳を貫くピアノの音も、腹一杯になるような紫色もない

 

…そう、その綺麗なスミレ色は、君の瞳だけでいい

 

「…でも…ネツァクさん…あの……接待は…」

 

「ん?あぁ…多分大丈夫だろ、どうにかなるって」

 

「そんな、適当な…もう、そんな所も…変わってなくて安心です」

 

そう言って泣き笑う君は、この世の誰よりも愛らしいだなんて思った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を、見ているみたいだ

 

本当に幸せな夢

 

大好きなひとに、好きだと言ってもらえて

 

同じ気持ちなんだと知れて

 

もう…

 

 

 

 

心残りは、ない

 

 

 

 

「は…おいッ!」

 

「イナさん!?」

 

「何やってんだテメェ!」

 

舞台が戻り、接待も終わり…大団円に終わったかのように思えた

 

けれどイナは、()()()()()()()()

 

今彼女は満たされている

 

今まで生きていた中で、一番と言えるほどに…苦痛と幸福が、彼女の内側で両立している

 

だからこそ…だからこそだった

 

どうかこのまま…幸せな気持ちのまま、終わらせたかった

 

彼女は落ちていた司書の剣を拾う

 

そしてその刃を、そのまま己の首へ添わせる

 

「…ありがとう皆さん…ありがとう、ネツァクさん

わたし…とても、幸せ者でした」

 

助けようとしてくれたネツァク達への感謝の言葉を口にして、剣を引いた

 

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