Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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OrchestraⅡ

 

ねじれで構成された残響楽団は一人一人が都市の星に匹敵する強敵である

 

図書館で接待可能な各階に一人ずつ配置され、それぞれの望むもののために戦う

 

…それは、最上階に降り立った少女も同じ

 

イナは、改めて考える

 

自分は何のために生きているのか

 

彼女は魔女の目的のための道具として作られた命であり、自我というものは存在しなかった

 

それが、あるバグを経て人間性を獲得した

 

都市に出てからも、生き続けた

 

魔女を止めるため…そんな目的は、無二という幻想体のものだった

 

自分自身はどうしたいか、イナは見失っている

 

アンジェリカの死の責任を、自分で果たすため?

 

それも、どうすれば償いに繋がるかもわからず…他人に委ね、こうして地獄を見ている

 

イナは、いつもそうだった

 

目的を誰かに委ねてばかりで、結局は道具としての性に流されているまま

 

そして今…契約書と鎖に縛られている彼女は、総記の階でアルガリアと共に接待を控えている

 

「憎いかい」

 

隣に立つアルガリアが、そう問いかけてきた

 

その憎悪を誰に向けているかは聞かずに

 

「…アンジェラが光の種を蒔ききってくれたら、私達は…アンジェリカを喪わずに、今も幸せに暮らせていたんでしょうか」

 

「…」

 

自分の動きを縛る鎖すら心地の良い重みとなり、イナは白と黒の相反する掌を見つめた

 

黒い肌の奥に、微かな星のきらめきが伺える

 

「…生きることは、何かに縛られていることと同じだ

彼女の殻は朽ちたけど、彼女そのものはいつも俺達のそばにいる

アンジェリカは、俺達より先に解放されただけ

俺はそのことに気付けて…感謝しているんだ」

 

「それが、貴方の求めるものですか」

 

「そう、俺が心の底から望むもの

誰しも肉体に縛られ、終わりに怯え、目に見える全てに揺さぶられている

俺は、その枷から解き放ちたい…そこに、()もいてほしいんだよ、イナ」

 

繋がれたままの手が、強く握られた

 

「俺達は似ているんだ、そう、あの人は言った」

 

「…?」

 

暗い闇が、強い光で照らされる

 

変わらない灰色の世界が目の前に広がり、その先に黒い男が立っている

 

ローランは沈黙のまま、アルガリアを睨んで動かない

 

その沈黙を破ったのはアルガリアだった

 

「ローラン、本当に俺とは一言も喋らないつもりか?」

 

「これ以上言うことでもあるか?お互い目的ははっきりしているだろ」

 

「まさか、アンジェラが傷付いたからってそんなに気が立ってるわけじゃないよな?

そんなわけないよな、お前はただ、お前の完璧な計画が狂ったことに起こっているだけだ」

 

アルガリアの指摘に対し何か思うことがあったのか、ローランは僅かに眉尻を吊り上げ不服そうな反応を見せる

 

しかし、その指摘に対して否定をすることはなかった

 

「お前こそこんなことをしでかしてるくせに…」

 

「こんなことって何だろう…正しくないこと?俺にはその正しくないってことが理解できないんだ

人間という存在が正しい常識だというものを抱えているからこそ発展がなく、不幸な人生を生きてるわけだろ」

 

「…何ふざけたことを」

 

アルガリアは小首を傾げながらも、独自の考えを展開する

 

「いわゆる正義って言われるもののことだよ

時間はどうして一定方向にしか流れないんだろう?それはお前達が時間はひとつの方向にだけ流れていくべきだと考えているからだ

一体それがどうして正しいんだろう、正しさの基準はなんだろう…どうしてこんなことを決めなければならないんだろう

それは俺達がこれ以上発展できないように線引きをした何かしらの存在があるからじゃないか

正しいということはどうして人間の欲望を制限しようとするんだろう?どうしてもっと発展できないようにするのかってことだ

俺は疑問を抱いたけど、すぐにこれに対しての答えを出した

そして…これからその答えを都市全体に知らせようと思うんだ」

 

立てた人差し指を高らかに掲げ、円を描いてみる

 

この図書館内では見えないが、きっと外では都市を見下ろす星空が浮かんでいることだろう

 

広く、大きく、宙まで届く演奏を奏でることを、アルガリアはローランに語り続ける

 

「お前の馬鹿げたことを整理すると、その枠さえ無ければ時間に逆らうことができるって?

くっだらねぇことを考えるために人生を無駄遣いしてたんだな」

 

「いや、出来るはずだ

不可能だ、って枠の中に囚われて疑うからその外に出られないんだよ

俺達はこの枠さえ無ければ果てしなく飛んでいくことができる

これは仮定ではなく、確信できる事実だ

それを悟って俺達の楽団は今、この姿でお前達の前にいるんだ」

 

「もっともらしいことを言ってるけど、結局お前もお前が抱えている苦痛を無くしたいだけなんじゃないのか?

俺と都市、そして直接的にアンジェリカを奪ったアンジェラを踏み潰したいだけじゃないか」

 

「ははは…俺がお前と同じだと思ってるのか?一はちゃんと見えているのに、二は見られないんだね

俺は俺の痛みをそっくりそのまま返そうとしてるんじゃないよ

ああ、完全には否定はしないよ

最初はそんなことを考えたかもしれないな」

 

アルガリアは、遠くに過ぎ去った過去を見つめるように瞼を伏せた

 

脳裏に浮かぶのは、物心ついた頃からずっと共にいた、アンジェリカの姿

 

人として生きていたころのアンジェリカを思い浮かべては…あの日の結婚式の、かつてないほど幸せそうな妹の顔が過る

 

しかしどれほど惜しんでも、今のままでは取り戻せない過去の栄華に変わりない

 

そして、次に流れてくるのは、ピアニストにより無惨な姿に変わり果てたアンジェリカの亡骸

 

「俺にとってたった一つの光を二回も奪われたから…

ほんの少しの間は…そのピアノの前でいろんな感情が頭を過ったんだよね

絶望、執着、怒り、悲しみ…でもその感情は、すぐに虚しく散り散りになっていったんだ

全てが…そう、全てが本当に美しく見えたんだ

俺が君を失ったことは本当に悲劇だったのだろうか、誰がこれを悲劇と定義したんだろうか

ローラン、お前は今も怒りで目が眩んでいるけど…俺はもうそんな感情に囚われないことにしたんだ」

 

「今もアンジェリカのためって名目でしつこくしがみ付いているくせに…」

 

「いいや、ローラン…俺はもうじきこの演奏と一緒にアンジェリカを見送ってあげようと思うんだ

誰かさんみたいに醜く暴れまわることはしないってことだよ

アンジェリカが汚い欲望に染まった目的のための大義名分になるというのはもう、恐ろしい言い訳に過ぎない」

 

ローランは微かな溜息を吐き出す

 

ローランにとって、アルガリアはどう足掻いても理解できない人間であり、理解してはならない人間だった

 

「それに気付いた人間が追悼曲だの、お粗末な言い訳を並べ立てているんだな」

 

「人間ってそんなものじゃないか?だからこの演奏を始めるんだ

この演奏は俺の最後の悟りになるだろうし、同時にみんながこの悟りを得るだろうな

そしてアンジェリカのためにやることは…この葬送曲が最後になるだろうね」

 

「お前の話は最後まで理解できないな…戯言が過ぎるからか?」

 

「理解できないものが存在するから面白いんじゃないか

俺はこれから俺には理解できないことを追いかけるんだ、無尽蔵に前に進む力を得るという意味でもあるし

そのためには…今、お前達のその力を手に入れないといけないよね?」

 

これ以上はどう対話を続けても平行線に違いない

 

元より相互理解など不可能だと、互いに知っていたはずだ

 

「楽しいお話はここまでにしよう」

 

アルガリアは自身の愛用の大鎌を振るった

 

微細に振動した空気が伝播し、鎌鼬のように空気の刃がローランの頬を掠め去る

 

ローランの頬は一筋の赤い線を残し、流れる鮮血を親指で拭う

 

赤い血の色が、漆黒の手袋に滲んで消えていく

 

「はは、まだその手袋を…

 

本当に、虫唾が走るねぇ」

 

アルガリアの顔から笑顔が消える

 

黒い手袋…アンジェリカの遺品を身につけているローランが、心底気に食わないという様に

 

「…黙れ」

 

ローランが剣とハルバードを手にする

 

緊迫とした空気、殺戮の火蓋を切ったのはアルガリアだった

 

彼はイナを繋ぐ手を離し、ただ一言…

 

「ローランを殺しておいで」

 

そう命じた

 

契約書による強制力により、イナは一秒にも満たない時間でライフル銃を取り出し、既に装填されている弾丸を撃ち放つ

 

二発、三発…連射される多くの弾丸をローランは全て斬り捨て、距離を詰める

 

彼が狙うのはアルガリア…だが、それをイナが阻む

 

イナもローラン同様、影から引き抜いたハルバードでローランの攻撃を防ぐ

 

「ごめんなさいローラン…私…」

 

「いい、気にすんな、全部あのクソ野郎がやってる事だろ

ちゃんと、助けてやるから」

 

罪悪感に顔を歪ませるイナを、ローランは笑って安堵させる

 

両者引けを取らない猛攻の合間を縫い、アルガリアも鎌を振るう

 

青い軌道はまるで五線譜を奏でるように優雅に流れ、ローランの首目掛けて一直線に向かってくる

 

その死の一線を低姿勢で回避し、ローランは至近距離のハンドガンによる発砲を繰り出す

 

高い工房の高性能な弾丸さえアルガリアは頭を傾け脳の破壊を免れる

 

その隙に背後へ回り込んだイナが、二丁拳銃でローランの背を狙うが、ローランは空いた左手を軸に回転しイナの脚を引っ掛ける

 

体勢を崩したイナは銃を捨て、手で着地し更に飛び退き距離を空ける

 

イナとの距離が空いたことでローランは再びアルガリアへ目を向け、彼の迫り来る鎌を身体をひねり回避しようとするが、僅かに遅れその刃はローランの脇腹を切り裂く

 

しかし、それと同時にローランのガントレットを備えた拳がアルガリアの横腹に命中する

 

衝撃により内臓が破裂し、血を吹き出したアルガリアは咄嗟に距離をとる

 

奥から溢れる血をまとめて床に吐き捨て、嗤う

 

「ははっ…やるじゃないか」

 

「あの時みたいなお遊びじゃないからな」

 

ローランも脇腹から絶えず流れる血を押さえ、立ち上がる

 

まだ、殺し合いは始まったばかりであった

 

それからも、両者引けを取らない戦いは続き…イナは、ただその戦いについて行くので精一杯だった

 

本来の彼女ならば、既に特色に引けを取らない戦闘能力を誇る…だが今は、これまでの戦闘のダメージやねじれた際の自傷の傷は回復していない

 

不安定な精神状態に無理矢理動かされる肉体…ただ今はひたすらアルガリアの補助をするので一杯一杯であった

 

そして…それと同時に、イナは考える

 

(私は…私は、どうしたいのでしょう)

 

自分のしたいこと

 

アルガリアを止めたい、残響楽団を止めたい

 

それは…ローラン達図書館が止めてくれたとして、自分は、その後どうするのか

 

本にされるのだろうか…ローランではなく、アンジェラによって

 

自分はアンジェラをどう思うのか

 

あの日見た強い光…それを妨害したアンジェラにより、ねじれが引き起こされたのであれば

 

アンジェリカがあの日ピアニストに殺されることもなければ、イナを庇い死ぬこともなかった

 

その罪悪感への贖罪で、自分が手を染めることもなかったのか?

 

(……いや、違う…それはおかしい)

 

イナは一人、静かに否定する

 

贖罪は自ら望んだことであり、アンジェラは関係がない

 

誰かに命じられ誰かの命を奪ったとしても…結局は自分が選び取った選択であり、誰かにその責任を擦り付けるものではない

 

それはアンジェラ然り…アルガリア然り

 

今でこそ鎖に縛られ、契約書に縛られ、イナを無理に服従させ動かしているかもしれない

 

けれど…それより以前に多くの命を終わらせてきたことは、イナの判断でもあったのだ

 

それはイナの責任であり…イナが背負うべきもの

 

(……あ…

そっか…そう、なんですね)

 

イナは識った

 

理解した

 

自分が無理に背負おうとしていた、アンジェリカの死

 

アンジェリカは自分の意思でイナを守った、それはアンジェリカの責任であり、アンジェリカの決意であり…アンジェリカの、願い

 

 

 

「失いたくないんです、貴方のことも

大切な家族ですから」

 

 

 

自分の生存がアンジェリカの願いだった

 

至極…簡単なことで、気がつくにはとても遅くなってしまった

 

イナも、誰かに生きて欲しいと願ったことがあったのに

 

自分のことには本当に鈍い

 

イナはその願いを無理矢理奪い、潰そうとしていた

 

それを今は深く…深く謝罪する

 

アンジェリカは、()()()()()()()

 

アンジェリカだと定義すべき個体はいない

 

肉体は継続していた命を終わらせ、肉片と骨と血を使って人形にされていたとしても…アンジェリカの心、魂はもうどこにもいない

 

アルガリアは、いつでもそばにいると言っていたけれど、目にも見えず声も聞こえない…それはいないことと同じでもある

 

アンジェリカと呼べるものは、もういない

 

それでも…アンジェリカだったものに届くように、呟いた

 

「ごめんなさい…アンジェリカ

そして、ありがとう」

 

アンジェリカが守ったこの命は、こんなことをする為に守られたわけじゃないはずだ

 

もっと…誰かを助け、守り、救うために…

 

「…!」

 

視界が嫌に透明になった

 

血管すら、骨すら、心臓すら見通すような…そんな目が、捉えた

 

アルガリアの首を切り裂こうと剣を掲げた、ローランの姿

 

イナは、踏み出した

 

命令でもなく、イナ自身の気持ちで

 

今までされたことを忘れたことは無い

 

あまりにも沢山、泣かされたし傷付けられた

 

それでも…それでも、彼らはイナにとって大切な家族であり…守るべき存在だった

 

「アルガリア!」

 

イナはアルガリアとローランの間に立ちはだかり、漆黒の凶刃からアルガリアを守ろうとする

 

ローランは眉ひとつ動かさずその刃を振り下ろす

 

イナは訪れるであろう痛みに耐えるため目を閉じる…が、やってきたのは首を縛る鎖への衝撃

 

目を開けると、錆びた金色の鎖は粉々に砕かれ、イナの首は解き放たれていた

 

「イナは、人間だ

犬みたいに縛ってんじゃねぇよ…クソ野郎…!」

 

「ローラン…」

 

「…」

 

ローランは初めからこれが狙いだった

 

イナはきっと、いや必ずアルガリアを庇おうとする…その瞬間にこの鎖を砕くことが

 

それでもイナを縛るものはまだ存在する

 

その可能性をローランも考えないわけではなかった…あの骸骨の厄介な力を利用していることもお見通しである

 

アルガリアは生まれた猶予を逃さず、イナの後ろから鎌を振ってローランへの攻撃を続ける

 

「チィッ…!」

 

左腕を負傷したローランを続け様に攻め立て、アルガリアは攻撃の手を止めない

 

「アルガリア…もう、もうやめましょう…!」

 

「うるさいな…お前はそればっかり…どうして、俺の理想を受け入れてくれないんだ」

 

アルガリアに押し退けられたイナは、それでもアルガリアを止めようと手を伸ばす

 

「嫌だから…アンジェリカはきっとこんなこと望んでない!」

 

「何故お前にそれがわかるんだい、アンジェリカが死んだのは…」

 

「私を()()()から…それはアンジェリカの望み、アンジェリカの想いです…!

こんなの、アンジェリカの求めたものじゃない…!」

 

 

 

「今の生活は不自由じゃないか、ですか?

いいえ、全然…ローランもイナもいますから

もう、兄さんは心配しすぎなんです

本当の豊かさって、心が満たされているかどうかだと思いませんか?

私は今、家族と暮らせて、兄さんもいて…十分満たされています」

 

 

 

アルガリアの動きが止まった

 

何かを見つけたように、その指先ひとつ静止させ

 

「……アンジェリカ」

 

イナの背後に、白い姿を見い出した

 

その瞬間を、ローランは見逃さない

 

Furioso、九つの武器の全性能を活用し目まぐるしく相手を屠る猛攻撃

 

アルガリアも初撃を受けて尚防御の体勢をとるが、それでも防ぎきれず…力の流れに押し負け、鎌は手放し遠くへ弾き飛ばされてしまった

 

「…!」

 

「これで、終わりだ!!」

 

ローランの愛用の剣…デュランダルが、大きくアルガリアの肩から腹へ斬り下ろされる

 

吹き出す血飛沫に紛れながら、アルガリアは憎たらしそうにローランを睨み付けて倒れた

 

デュランダルを引き抜き、ローランはアルガリアの懐から契約書を探し出し、それを千々に破り裂いた

 

「…ゴフッ……ローラン…こんな風には…終わらせない……!」

 

肺が切り裂かれ正常に呼吸出来ないアルガリアが、本へと変わっていく身体の感覚を得ながらローランへの恨み言を吐き捨てる

 

黄金の光と共に一冊の本へ姿を変えたアルガリアの死に様を、イナは呆然と眺めていた

 

「立てるか?」

 

ローランがそんなイナの側へ歩み寄り、手を差し伸べた

 

「……は、い」

 

血だらけのローランの手を握り、イナは立ち上がる

 

そしてそのまま、ローランはイナを強く抱き締めた

 

「…良かった…今度は、見捨てずに出来た」

 

「……ローラン…」

 

強く抱き締めるローラン()の背中は小刻みに震えている

 

そんな背中を窘めるように…自身もその背に縋るように

 

大きな涙の粒を零しながら、イナは泣き叫んだ

 

「あり…がとう…こ…こわっ…かったぁ……!!」

 

迷子の子供が親の元に帰れた時に、不安から安心へ変わる瞬間

 

まるでそんな子供のように、イナは泣きじゃくった

 

もう、彼女を縛るものは…何も無い

 

 

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