Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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Disposal

 

ローランが目を覚ませば、図書館の黄金の光を逆光にイナが彼を見下ろしていた

 

心底恨めしそうに睨み、仁王立ちしている

 

「まだ話は終わってませんよ」

 

容赦のない言葉を受けながら元の姿に戻ったローランは息を切らして体を起こした

 

イナの後ろにいるアンジェラに視線を向けては、悔しそうに声を絞り出した

 

「一歩先しか見れない愚かな利己主義…今の結果のみに満足する間抜けな人間…

それがお前だ、そして俺だ…

本当に自分のためを思うなら、お互いこんな選択をしちゃ駄目なんだ

長くは続かないんだ…利己的でいるためには自分だけを見つめてはいけない

全ては繋がっているから…」

 

戦いで血まみれになったローランが、口の中から血を吐き出した

 

イナの全力を込めた拳をもろに食らい、頭蓋骨にもヒビが入っているだろう

 

止まない脳震盪に揺さぶられながらもローランはアンジェラを睨み続けた

 

「さっさと殺せよ

最期に迷ってちゃ外に出ても長く生きられないぞ」

 

それでもローランは潔く負けを認め、そして自分を殺すように促した

 

「…」

 

イナはアンジェラの回答を待っているが、ローランを殺そうとすれば動くだろう

 

満身創痍ではあるが、変数はどんな動きをするか予測ができないものだ

 

だから、その変数を排除すべきものが必要になる

 

「今更悩むことでもないだろうアンジェラ

君はこの時のために、今まで全てを我慢してきたんだから」

 

この場にいなかった人物の声がした

 

イナはとっさに振り向けば、本棚に背を預けながらこちらを傍観している女の姿…

 

スミレの魔女・ヴァイオレットが立っている

 

「母…様…!」

 

「ヴィオラ…」

 

目の前に現れたヴィオラに、イナの前身の神経が危険信号を発する

 

人間になりかけのアンジェラだけが相手なら、ローランを連れて図書館から逃げることも可能だったろう、しかしヴィオラが出てきたとなれば話が別だった

 

逃げることも、生き延びることも絶望的な状況で、ヴィオラはイナに視線を一切向けることなくアンジェラの元へ歩み寄る

 

「100万年分もの苦痛の記憶…それを忘却するには真の意味で生命になるしかない

人間になり、報われるしか

しかし、彼は君に復讐するためにそれを妨害してくるだろう…さぁアンジェラ、僕に願うといい

 

このドブネズミ共を殺せ、と

そうすれば、君は晴れてたった一つの本を手にすることができる」

 

アンジェラの肩を抱き、ヴィオラは見下した

 

「ローラン…かつて僕のお願いを無視した報いはどうだった?愛する妻を喪い、苦しかったろう

絶望と復讐心からくる狂気、とても美味かったよ」

 

きっとここまでも、全て魔女の思惑通りなのだろう

 

その気になれば、司書達の接待もなくあっさりとゲストを殺せたはずだ

 

しかしそれでは魔女の腹は膨れない

 

拮抗する殺し合いでこそ人間の感情は高まる

 

ロボトミーコーポレーションの運営方法も、図書館での接待方法も、ヴィオラの存在を確実にするための調理場に等しい

 

人間でしか生み出せない狂気を食うために、ヴィオラはずっとこの光の間に潜んでいたのだ

 

「さぁアンジェラ!いよいよクライマックスだ、君は君の願いをかなえるといい

そして僕に願え、邪魔者を殺せと」

 

ヴィオラは意気揚々にアンジェラを送り出す

 

柱のように集まった光を前に、アンジェラは一度目を閉じた

 

ついこの間まで、目を閉じて浮かぶのは忘れられなかったL社での地獄の時間だったのに…今では、図書館で過ごしたローランや司書達の光景が浮かんでいる

 

朧気に掠れ往くかつての記憶に、一度安堵し…静かに笑った

 

「…アンジェラ?」

 

様子の異変にいち早く気付いたヴィオラが、表情を変えてアンジェラを見る

 

よろめきながら立ち上がるローランは、再び剣を握った

 

「…ああ、そうやってもう少しだけ躊躇え

俺がすぐに首を掻っ斬ってやるから…」

 

「動くなよ」

 

ヴィオラが鋭くローランを中止すれば、権能である触手がローランとイナを拘束…するはずだった

 

「スミレの魔女ヴァイオレット

この図書館での権能の使用は禁止しているわ、貴方は誰にも危害を加えることを許さない」

 

「は…?」

 

アンジェラの忠告と共に、触手は光の粒となって消え去った

 

それに一番狼狽えているのは、他でもないヴィオラだった

 

「な…何故だアンジェラ、一体どうして…」

 

「…ごめんなさい、ヴィオラ

そして…ローラン、私は手放すわ、これまでの全てを…光を

そうして全て元通りにするの

これは、誰かが断ち切るべきだから…

結局、私ですら都市で廻りゆく輪から逃れることはできなかったわ

そしてこんな輪をずっと繰り返さなきゃいけないなら…私…

これ以上生きていける自信がないの」

 

光の柱へ続いていく階段を一段ずつ登りながら、アンジェラは語った

 

これまで見てきた都市の人々の生き様を、感情を、考えを思い浮かべながら…かつて自分が抱えていた苦しみを胸にしたまま

 

「程度の差があるだけ、また輪の下で押しつぶされたまま永遠に廻っていくはずだから

こんな世界で自由を得ても意味がないってことだったの」

 

「は…」

 

「ここまで来ておいて、今更手放すだって…?君は今、自分が何を言っているのかわかっているのか!?」

 

ローランの声すら掻き消し、ヴィオラは怒声を上げてアンジェラに問いかける

 

「ええ、わかっているわ」

 

「なら、そんな馬鹿な一時の期の迷いを振り払うべきだ!君は彼と親しくなり過ぎた、人間に心を寄せ過ぎた…!」

 

「私はもともとそのために造られた存在なのよ、忘れたのかしら」

 

権能を封じられたヴィオラには、間接的に手出しすることができない

 

直接、自分の手でしかアンジェラを止める術がない

 

アンジェラを止めようと光の下へ駆け寄ろうとしたヴィオラを、イナが遮る

 

ヴィオラの体に直接しがみ付き、彼の行く手を阻んだ

 

「このっ…放せ!」

 

「放しません…!絶対に…!」

 

イナに止められているヴィオラを追い越し、ローランが階段の手前まで駆け寄る

 

納得のいかない不満を、アンジェラに直接ぶつける

 

「それならこのクソみてぇな図書館でどうしようもなく死んでいった奴らは…俺の手で殺した者達は…一体どうなるんだよ!

今までの俺の覚悟と絶望…犠牲は一体…

お前は必ず何かを欲さないといけないんだよ!!」

 

声を荒げて訴えかける様は、まるで自分の悲しみをぶつけ、泣き縋っているようでもあった

 

「こんな簡単に断ち切っちゃ駄目なんだ…そうするには遠くまで来すぎたんだ…」

 

「都市という輪は誰かの喪失と苦痛を原動力として全てを踏みにじりながら廻っていくのよ

結局、最後の私のものを自分の手で奪わないといけないなら…これで手放すわ

少なくとも、輪に押し潰されて死にはしないでしょう

本と司書、そして図書館…最期に私の自由

ここの全てを私が先に手放すわ

この全てを手放すなら…戻せる、少なくとも図書館の中で死んだ者達は」

 

「…それがお前が選んだ答えか?

お前はこれで図書館の外に踏み出せるのに?監獄の扉が開いたのに?100万年もの苦痛に報いられる日だってのに…どうしてそんな選択ができるんだ?」

 

「初めて全てから自由になった私が選んだ、初めての願いであり、選択よ」

 

光の正面にまで到達したアンジェラは、振り返り、微笑んだ

 

これまであまり笑ってこなかった彼女だが、この時の笑顔は…切なく、儚く、そして芽生えた愛を含んでいた

 

「最後に一つだけお願いするわ

私、ちょっとの間だけ無防備状態になるわ

今まで溜め込んだものを吐き出すのは簡単ではないのよ

その間は、私を放っておいてくれる?

()()()としてのお願いよ

…私達がまだ友だちなら」

 

「…その間に俺がお前を殺すかもしれないのに?」

 

「もちろん、そうしてもいいけど心配しないで

全ては元に戻って、私は限りなく消えていくから」

 

最後の微笑みを見送り、アンジェラは呼吸を整え、一歩踏み出した

 

その光景を、様々な感情に駆られながら、ローランは見ている

 

「…どうして端から手放せるんだよ…どうして端から断ち切れるんだよ」

 

アンジェラの体が、光に中に消えていく

 

「…っ、アンジェラ!!」

 

押さえ込んでいたイナを振り切り、ヴィオラは駆け出した

 

ローランすら押し退け、光に向かって階段を駆け上がる

 

そしてあと少し、あと一歩のところでアンジェラに向かって手を伸ばすも…その歩みを止めることはできず、アンジェラは光に中に姿を消した

 

そのままヴィオラはアンジェラの手を掴めず、光の中に伸ばした右手が入っていき

 

「あ…あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶ぁぁぁぁぁ!!!」

 

ヴィオラの絶叫と共に、彼は右腕を引き抜いた

 

肉の焼ける音と匂いが立ち込め、ヴィオラの右腕は業火に燃やされたように黒く焦げ、肉が爛れ骨が剝き出しになっていた

 

「光が…母様を焼いた…光が母様を拒絶している…?」

 

上腕半ばまで焼けた腕を押さえながら蹲り、ヴィオラは苦悶の声を漏らす

 

小さく震えながら、悔し気に目を血走らせて

 

「…う…うぅぅ…クソ…クソ、クソ、クソォ!!

アンジェラ…あんなに気をかけてやったのに!お前も僕を裏切るのかよ!どうして…願うのは僕じゃなくてその男なんだ!

どうしてだ、なんでだカルメン!!そんなに僕のことは邪魔なのかよ!!僕に手を差し伸べたくせに!僕を置き去りにしたくせに!そっちに行くことすら受け入れてくれないのかよぉ…!!」

 

見たことない、聞いたこともないヴィオラの荒ぶり様にイナはただ黙って見ているしかなかった

 

アンジェラが光に中に身を投げたことで、全てを元に戻すために光が放たれた

 

図書館から放出される光は再び都市中に行き渡り、あの時のやり直しのように光の種が都市の人々に降り注がれる

 

その至近距離…光の木の根元にいるため、ひとまず地下から出るためにイナがローランに駆け寄った

 

「ローラン…どうするんですか、貴方は」

 

「…俺、は…」

 

きっとこれまでの記憶が、彼の中で巡っていることだろう

 

復讐のために多くを切り捨ててきたこれまでに報いるために…恨みを晴らすために、復讐を果たすのか

 

それとも、この輪を断ち切るのか

 

アンジェラは見事断ち切ってみせたのだ、それを見届けた今…ローランが選ぶ、選択肢は

 

「…イナ」

 

「はい」

 

「…こんな俺でも、まだ、やり直せると思うか?」

 

消え入りそうな、か細い声に、イナは笑った

 

「貴方、何度も言っていたでしょう

それはそれ、これはこれだ…って、ローランの気持ち次第ですよ

ですが、私はそうしたいローランを応援しています」

 

「…そうか」

 

ローランは光を見届け、俯き、手で熱くなる目元を隠した

 

「…そう、か…」

 

二人は地下を出ていった

 

イナは一度ヴィオラの方を見たが、そこにはもう誰もいなかった

 

あの様子からして権能を封じられたヴィオラが何かできるとは思えないが、このまま引き下がっているとも思えない

 

光の種が散布し終えるまで見守らなくてはいけない、そのためにも司書達と警戒しなければいけない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンジェラ…アンジェラ、アンジェラァ…!!

赦さない、赦せるはずがない…この日のために全て仕組んできたというのに!アインの光を強奪して、アンジェラを完全な人間にしなければ…ああああ計画は破綻した…!!

…いや…いや、まだ、まだだ…!

権能が使えなくても…光に直接触れられなくても…!まだ、まだ手はある…!

このままで終わらせてたまるか…このまま、お前達の思うままに終わらせてやるもんか……!!!」

 

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