Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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EncoreⅠ

 

再び芽吹いた光の木は灰色の都市を暖かく染め上げる

 

都市を包んだ光は人々の心に染み入り…それまで忘れて過ごしていた感情と向き合うことになるだろう

 

ただ、種が蒔かれたとはいえその変化が急激に起こりはしないだろう

 

きっと芽吹くときすら違うだろう

 

それは徐々に…でも、時が流れればみんなが見ることのできる…そんな変化の流れで都市を包み込むだろうから

 

自分が抱いている心に向き合って曝け出す機会が与えられる

 

 

 

「…惜しくも私はその姿を見られそうにないね

 

最後の瞬間、あなたたちが残念って言ってたのがどういう意味なのかやっとわかったわ」

 

 

 

光の中で、アンジェラはその瞼を開けた

 

眩い光の中は平衡感覚すらあやふやで、上に落ちているのか下に昇っているのかもわからない

 

そんな光の中で、アンジェラは目の前に誰かが立っているのが見えた

 

「本当にこのまま全てを手放しても大丈夫なの?」

 

「…」

 

アンジェラの前に立つのは、アンジェラだった

 

ただし違うのは、長い髪とスーツに白衣の姿…ロボトミーコーポレーションの頃のアンジェラそのもの

 

「なんなのこれは?貴方は…」

 

「安心して、光は無事に広まっているから

ただ…少しの間、話をする場を設けただけよ

ちょっとだけでいいから、ここじゃ時間は大事じゃないでしょ」

 

「今になって何の話がしたいの?」

 

「100万年もの間切に願ってた…ただ、私のための願いをこんな風に手放しちゃうの?

いいえ、これから私が望む自由を見つけなきゃ

あれほど待っていたその道が…ついに開かれるというのに」

 

全く同じ顔で、全く同じ声で、自分と違うアンジェラが語り掛けてくる

 

自問自答と呼ぶには不思議な現象も、光の中だからこそ可能なのだろうか

 

…否、そのアンジェラは、アンジェラに非ず

 

「私が自由に選んだ答えよ

ただ、自分で選んだ道だから」

 

100万年もの体感時間は、人に寄り添うはずのAIに心を生み出し、その心は地獄の中で摩耗していった

 

機械の体故に苦痛の時間を忘れることもできずにいたアンジェラが、ようやく忘れられる機会を得られるというのに…自らそれを手放した

 

そのことに異を唱えるのは、ローランやヴィオラの他にも存在していた

 

「私は貴方をよく知っている

そばでずっと見守ってきたから…誰よりも近くで」

 

L社のアンジェラの姿が変質した

 

血に染まり、不敵な笑みを浮かべた

 

「この光の中で今まで感じてきた悔しさと怒り…そして悲しみを…お前の本心を捨て去ろう」

 

光の空間もまた変質し、流血の伴う風呂の底へと変わっていった

 

「この計画を再び狂わせようというの?」

 

「ヴィオラの声はよく聞こえていたの

ええ、彼の声は貴方を通じて届いていた

引き返すべきよ、再び手に掴むべき」

 

「もう、そうはさせない…同じ失敗を繰り返すことがあっては駄目

私の考えは変わらないから」

 

 

 

光の中で、アンジェラは立ち向かう

 

図書館が建って初めて…否、アンジェラは生まれて初めて、自分の脚で戦場に立ち、自分の腕で戦う

 

図書館の中に閉じ込められた幻想体達の力を借りつつも、相対する自分の力は絶大だった

 

自分の姿を騙り、同じく幻想体の力を活用するそれに負けまいと、アンジェラは本を捲った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イナとローランがいつものメインホールへ戻れば、全ての指定司書と司書補達が集まっていた

 

眩い光はより鮮明に空間を照らし、集めた本達は光と共に図書館の外へと放たれる

 

本になった人々はその肉体を取り戻し、都市へと帰っていくのだろう

 

それは、招待状を通じて訪れたゲストは一律解放されるため、イナも例外ではない

 

図書館の外へと引かれていくような引力を感じながらも、まだ微々たるものであるため、イナは図書館に残っている

 

光の樹が今度こそ都市に光の種を撒き終えられるように、見守るために

 

「無事だったか」

 

ネツァクをはじめ、指定司書達が迎え入れる

 

当然、何人かの司書は反旗を翻したローランへの警戒は見せたまま

 

「あ、あの!ローランはもう、大丈夫ですから!ねっ?」

 

「ああ、この小娘がいい一発を入れていたからな

頭蓋骨も割れて、今更悪知恵を働かせる余裕もないだろ」

 

イナと共に戦ったゲブラーは煙草を吹かせながらイナの背を軽く叩く

 

図書館で一番力を持つゲブラーが肩を持ったことで、他の者達も多くは言わなかった

 

ただ一人を除いて

 

「自分の願いを棄てたのか、お前も」

 

ビナーが前に出て、ローランに語り掛ける

 

その不吉な笑みを携えたまま

 

「己が妄執を為さぬまま、終わりを迎える事を選んだのだな」

 

「…俺は、捨てきれなかっただけだ、残されたものを」

 

「そうか」

 

視線をイナに移し、その黒い瞳を細めて見つめる

 

目もあやなその風貌は、恐らくは魂の色

 

傷付き、一度は砕け、歪みねじれた心なれど…最後には再び純白なかたちに寄せ合った

 

あとは、金継ぐものさえあれば

 

「…あ」

 

光を見上げ、声を上げた者がいる

 

何かを察したのは、ロイドだった

 

ロイドは少しだけ、逡巡し…意を決したようにネツァクに進言する

 

「すんません、ネツァク様

俺、ちょっと行ってきていいすか」

 

「行くって、どこに?」

 

「光の中で、まだ戦ってるみたいなんで…一人じゃ、大変でしょうし」

 

自分の意見を明確に伝えることのないロイドなりの精一杯の申し出に、ネツァクがわざわざ否定することもない

 

「そうですか…じゃあ、頼みます」

 

直属の上司の許可を得て、ロイドは光の柱に足を踏み入れる

 

「ロイドだけじゃ不安だしな、俺もついて行ってやる」

 

「なになに、抜け駆けなんてひどいじゃない!私も行ってきますね、イェソド様!

イナ、またね!」

 

相次いでカウレスとココが光の中に入っていく

 

自分の存在が、糸が解れる様に崩れていくかもしれないのに、三人は恐れる様子もなく光へと飛び込んでいった

 

またね、と声を掛けられたイナは胸を突かれ、大きく頷くしかなかった

 

…光が七日間、完全に行き渡れば、図書館は勿論存在を維持できなくなるだろう

 

そうなればセフィラだった司書達は当然、司書補達だってその命を終えることになる

 

この七日間が最後の時間になる

 

しかしココが口にしたのは別れの言葉ではなく、再会を願うもの

 

それがどれほど嬉しく、同時に虚しいものか…イナは薄々理解していた

 

そう、時間はない

 

言葉を交わす機会はこれが最後かもしれないのだから…せっかく生きて再会できたこの機会を逃すことはできない

 

イナはネツァクの方を向き、言葉を掛けようとした

 

その時だった

 

 

 

「…なんですか?私、死んだのかと思いました…」

 

「まさかのアンコールですかね~!キャハハハ!」

 

「ゥンヒヒイン、イィン!コココッ、コッケコッコォ~!!ワァンゥワンキャンキャン、キャン!!」

 

ゲスト達の本が都市に還っていくのと同じように、とある本達が再びその肉体を構築させる

 

しかし、それはかろうじて人に近い肉体を保っていた時と違い…完全な怪物のような形を象っている

 

残響楽団…そのねじれ達が今再び目を開いたのだった

 

「これが、選択の結果なんだね

ありがとう、アンジェラ、ローラン…そして、呼び起こしてくれたヴィオラ」

 

唯一ねじれていなかったアルガリアさえも…異質な煙のような姿をして、立ち上がった

 

残響楽団達の傍らでその本達を目覚めさせているのは、焼け爛れた片腕から絶えず血を流しているヴィオラだった

 

光を諦めきれないヴィオラが、残響楽団を目覚めさせ、光を強奪しようとしている

 

「ああ…お前の過去の過ちなどこの際どうでもいい…光が欲しいんだろう?なら、力ずくで奪い取れ!

図書館なんぞ知ったことか!今を逃せば、今度こそ光は癒着して引き剥がせなくなる…!」

 

「ああ…もう形振り構っていられないようだね

とても無様だけど、今は言う事を聞いてあげる

これで新しい体を得て、もう一度演奏できるよ」

 

「一刻も早く都市に行きたい!人間に会いたい!今なら最高の味が出せるんだって!!」

 

興奮してねじれた己を受け入れ、歓喜している楽団員達を前にして、司書達は引けを取らずに立ちはだかる

 

「アンジェラはお前らのためにこんな選択をしたわけじゃないんだ

初めて真に自分が望むものを選んだだけだ」

 

冷たく言い放つローランに、イナも並ぶ

 

今はもう、恐れはない

 

「そんな心構えでアンジェリカに接したら良かったんだろうけどね」

 

「はいはぁ~い、思う存分くっちゃべってろ

俺もこれからアイツが勝手に行った道を辿って行こうとしてるからな

ちゃんと俺の周りのものを刻んでな」

 

「お前だけのやり方で受け入れたんだな」

 

「お前とは違うだろうな」

 

アルガリアとローランが交わす言葉の最中、星の孔のようなアルガリアの顔がイナへと向けられた

 

「これが最後だ

俺達と一緒に来なさい、イナ

お前と俺は同じだ、感覚も考えも共感できる存在だ…

あの音を美しいと思ったんだろう、だからこそお前は強い罪悪感に染まったんだ

苦しむ必要はない、一緒にあのピアニスト以上の美しい音色を届けよう」

 

黒く高質化した手が、イナに向かって差し伸べられる

 

それを眺めながら、イナは静かに息を吸い込んだ

 

…確かに彼女は、ピアノにされたアンジェリカの演奏を「美しい」と感じた

 

しかしそれは人の命を費やして生まれたものであり、再現性もなければ再現させてはならないもの

 

感じたものと、そうしたいという意思は別のもので、イナは決してその演奏を開花させてはならないと決めていた

 

だから、その手を取ることはない

 

「いいえ、私は貴方と一緒には行けません

同じ目線に立てたとしても、本当の意味で同じにはなれません

人間性のない私に名前をくれた貴方なら、よくわかるでしょう」

 

イナの影が揺らめいた

 

強い光に対して生まれた漆黒の影がイナを包み、残響楽団の制服からいつもの白いジャケットと薄紫のリボンに戻った

 

「私はもう、残響楽団の人間ではありません

貴方の手足でいるのも、今日で辞めます!」

 

「………そうか」

 

表情は読み取れないが、どこか寂しそうにアルガリアは手を下げた

 

そして代わりに、黒いタクトを手に意気揚々と指揮を始める

 

「ああ…この暖かい光の中で…共に美しく永遠なる踊りを踊ろうか

皆注目!俺達を完成させてくれる最後の光を手に入れるんだ

フィナーレはどうか俺に指揮させてくれるか?」

 

「その姿になっても、相変わらずだな」

 

光を巡る全面戦闘

 

その戦いの火蓋が切って落とされた

 

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