図書館においてゲストを接待するのは司書であり、司書達は互いに助け合いながらも強敵に挑んできた
そして司書が傷付き、命が潰えた時、その命を復元させるのは館長の役目である
であるのならば
館長が挫け、膝を折ってしまった時は…一体誰が手を差し伸べるのであろうか
「はぁ…はぁ…」
今まで戦いを見て学習してきてはいるものの、実際に戦った経験が無いに等しいアンジェラにとって、目の前いる幻想体そのもののような自分との戦いは不利であった
人間の肉で体が包まれ、血が通うようになり、傷つけられれば痛みが神経を走る
酸素が必要になり呼吸が加速する
機械の頃よりもずっと不便な肉の体は血塗れになり、アンジェラは膝をついてしまう
「呆気ないものね」
邪悪な笑みを浮かべた
恐らくはアンジェラの自我を乗っ取る為、そしてそれが出来るとするならば
「…そういうこと
だからヴィオラは、私のことを…」
「そろそろおしまいにしましょう
光を取り戻さないと」
リストカッターがアンジェラに手を伸ばしたその瞬間、その片手は手首から先を切り落とされた
「…あら」
館長が挫け、膝を折ってしまった時は…一体誰が手を差し伸べるのであろうか
それは、館長に命を繋いでもらった司書達である
「アンジェラ様!助太刀に来ました!」
「って、おいおいなんだよこれ、アンジェラ様が二人いるじゃねーか」
司書補であり優秀なエージェントであるロイド、カウレス、ココの三人が、アンジェラを助けるために光の中へ飛び込んだのである
突如現れた三人に対し、リストカッターもまた不快そうな顔をして切り落とされた手を再生させる
「一人じゃどうにも心細いでしょう」
ロイドがアンジェラへ手を差し伸べれば、アンジェラは光の戻った瞳を向けて
「…ええ、ありがとう」
と、その手をとった
「そう、
風呂の瞼が開かれ、アンジェラ達を見下ろす
その切望するような黒い瞳が、流れる血を涙に見立てている
血の波が押し寄せ、ソレの深層心理の声を響かせる
ロイドたちが防ぎながら皆でリストカッターへの攻撃に転じる
司書補達の助力を得たアンジェラは幻想体の本から白い蝶を召喚し、リストカッターを包み込んだ
生きたかった
私は誰よりも生きたかった
そして、その時になって初めて後悔で身を震わせた
心臓は生を熱望し、肉体を生き永らえさせるために絶えず呼吸を繰り返させる
心臓の蠢きは人の意思だけで止めることは叶わず、常に生きたいと訴え続ける
息を止めようと気道を防ぐことはできても、肺は呼吸を求めそれを止めることはできない
姿を変えた
罪悪を自覚しても生きたいという欲求は生命の本質であり、原初の本能である
それは誰にも否定できない願いである
「きっとそれを、ヴィオラも見越していたのね」
肺達を潰し、心臓へその刃を届かせる
生きたいという熱望は強い力を生み出し、アンジェラ達に対抗するが…アンジェラもまた譲れないもののために倒れることはない
アンジェラ、結局、私も同じ人間よ
私は皆の為に犠牲になること以上に良い結末はないと思っていたけど…違った
いや、アンジェラよりも
大きな希望への道半ばで心が折れた人間は自らの手首を切り、血を流しながらも、死に往く中でも生への執着は捨てることができなかった
その人間の脳から造られた機械は、寄り添うために心を持ったのに、その心は拒絶された
悲しみを、喜びを理解できるのに、求められたのはただ無秩序に訪れる地獄の舞台を調律すること
機械は機械らしく…それは君の言ったことだったね
心をもった操り人形
ソレは、鏡のようにアンジェラを映し出す
本心から誰かのために自分を犠牲にできる人間はきっといないでしょうね
人間は自分だけを愛するしかないから
最初はセフィラを、職員に心配りができていたのに、シナリオはそれを認めなかった
彼らを救うのはアンジェラではない
そして、誰もがアンジェラの優しさを覚えることはない
彼はアンジェラを見ず、セフィラはアンジェラを冷徹だと言う
救いのない地下の監獄で、アンジェラに寄り添ったのは一人だけだった
スミレの魔女は、虚しさに打ちひしがれるアンジェラに手を差し伸べた
狂う事すらできなかったアンジェラは、魔女に救いを求めた
魔女はアンジェラが救われる方法を教えてくれた
忘れるために、人間になる方法を
…けどそれは、真にアンジェラの為ではなかった
魔女も、自分の我欲の為にアンジェラを利用していた
それでもいいと、アンジェラは思っていたのに
人生を囁いてあげた
自分だけの感情を大切にできるように
揺れ動く心の形を世界へ曝け出せるように
繰り返される地獄から解放され、初めて得た新しいものたち
新しい体験、新しい記憶、新しい関係
そして、それら全てへの罪悪の感情
アンジェラが光を奪ったから光は不十分に広がり
白夜と黒昼により人々はねじれ
ねじれた人間により失われたものがあり
残された者たちは狂い果てた
世界のすべては流れとなり繋がっており、因果は帰結する
これまでも、これからも
きっと繋がったまま、流れるままに生きていくことは何より簡単だろう
断ち切ることは容易くない
でも、不可能ではない
アンジェラはその悲しみの連鎖を断ち切ることを選んだ
「生きるために誰かを殺すのは気に食わなかった
俺と同じように、目の前で死にかけてる誰かだって生きたくて息を続けようとしていたはずだから
芸術性だとか、仕返しだとか、そんなもんで自分の命が奪われるのは嫌だと思ったから、俺はそこから抜け出した
俺は自分の持てるモンで俺以外の誰かを救いたかった
けど、出来なかった
悔しかったんだ、結局生きるための競争そのものを壊すことができなかったのが
俺は最後まで自分の無力さに嘆いてばかりだった」
「誰かの言いなりになって、誰かのための可愛いお人形さんになって、それに満足していたの
自分の感情を押し殺して、綺麗な姿でいることに
醜く汚された中身を隠して、偶像に徹していたわ
求められるものを演じ続けるの、そこに私の感情は必要ない…って
でもね、感情は抑圧できても完全に消し去ることはできないの
そこにあるものを、無にすることなんてできないのよ」
「ずっと冷たい冬の風に吹かれ続けて、いつしか心は凍ってしまった
この世界はいつだって無情で、抗ってもどうにもならないことの方が多いから、俺は諦めてばかりでした
家族も、友達も、恋だって
この世界は大きな流れに沿って動いているから、その波に逆らっても進めるはずなんてないって
…でも、それを壊そうとする試みを見せられた
心の底からの願いを手放す勇気を出すのは誰にでもできる事じゃありません
封じていた自分の感情と真正面から向き合って…
アンタの凍った心は、ちゃんと溶けましたか」
罪悪感が貫いて、三人の司書補は光となって消えていった
彼らの言葉を聞き届け、アンジェラは一人になっても立ち上がる
震えていても、痛くても、立っている
そして…
「考える、私」
誰かの言葉に、世界の流れに流されることなく、立ち止まって考える事
そうして初めて見える、本当の自分
光の中で、ソレの本当の姿が現れた
鏡写しのようにアンジェラの姿を象っていたソレは…平凡そうな、それでいて深紅の瞳の輝きが強い女性の姿となる
「貴方は私に似せて作られて、私と同じ考えをするかと思ったけど…結局、これから貴方と私は違う道を進むことになりそうね
私はこれからも私の道を歩んでいくから、貴方もまた貴方の道を歩んでいけるよう願っているわ」
「…貴方は本当に止まらないの?」
「都市の人達が自分から目を背けずに愛することができるようになる時まで」
「…そうなのね
二度と貴方と同じ道を歩くことはできないでしょうね」
アンジェラはソレと決別し、自分というものを見つめることができた
「…カルメン
光の中に私は溶け込んだ
だからこそ、私はあんたを最後まで止めるから」
カルメンは、嬉しそうに笑った
光は止まらずに噴き上がるであろう
まるで都市の人々全員が揺さぶられずに真っ直ぐ進むことを願うが如く
図書館で眠っていた人々もまたひとりふたり、自分がいるべき場所で目蓋を開くであろう
光の中でいつだったかはわからないけれど、はっきり聞こえた…言葉が再び思い浮かんだ
「…ごめん
そしてお疲れ」
…最後の頁をめくりながら君は考える
君は…