Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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in dubio pro reoⅤ

 

「…ふぅ」

 

出勤二日目、安全チームのメインルームで待機しているカレンはため息をついた

 

結局遅刻は覆らなかったし、レインにはお小言を言われてしまう始末

 

それでも「社会人たる者、規律や時間も守らねばなりません…今後の改善に期待しています」と優しめに諭されたのだ

 

カレンにはやはり、ロイドが言っていたことが何かの間違いのように感じてしまう

 

しかし、ひとつ引っかかることがある

 

ロイドが言っていた「施行575回」、その575の数字

 

それは偶然にも、昨日見たレインの右前腕の入れ墨の後半ナンバーと一致しているのだ

 

これは果たして偶然なのか

 

偶然じゃなかったら一体何なのだろうか

 

「…あれ、そういえば」

 

カレンは昨日の朝、レインが言っていた言葉を思い出す

 

 

 

「大丈夫ですか?

 

エレベーターで上がってくるとなると比較的長い時間エレベーター内にいましたでしょうし、無理なさらず…」

 

 

 

エレベーターで()()()()()()

 

カレンはL社に入社したばかりで、本社に来て地下へと降りる為にエレベーターで下っていたはずだ

 

「…いや、聞き間違いかも…昨日の事だし、急いでたし、一言一句正確に覚えるほど私賢くないし」

 

一度自覚した違和感は、波のように次から次へと襲い掛かる

 

…もし、もしロイドの言っていたことが正しかったら

 

レインはこの会社の上級AI、アンジェラとなにか個人的な繋がりがある?

 

パターンといい互いに良き実施内容といい…なにかの実験的な物言いであるのが気にかかる

 

カレンの頭の中で、疑問が次々溢れ、頭の中をぐるぐる回る

 

そんな時だった

 

「カレン」

 

声をかけられた

 

レインだった

 

「大丈夫ですか?顔色が悪い様子ですが」

 

どうやら深く考えすぎていたせいか顔に出ていたらしい

 

「体調が優れないのなら早退を勧めます、仕事に関わりますので」

 

「あ…いえ!大丈夫です!心配をおかけしてすみません!」

 

「…そうですか」

 

カレンは深く考えるのをやめ、気丈に振舞った

 

そんな時、カレンに管理指示が通達される

 

『カレン、F-01-87の洞察作業を』

 

昨日と同じ、案山子の管理だった

 

「あ、呼ばれました!では行ってきます!」

 

カレンはレインに手を振りながらメインルームを後にする

 

エレベーターに乗り、下に降りれば案山子の収容室だ

 

カレンは昨日のように収容室に入り、昨日のように洞察作業を始めた

 

「…今日もガン見、ですか…」

 

視線を一瞬でも逸らせば、案山子はカレンの方に向き直っている

 

恐怖こそあるも、昨日よりは落ち着いている

 

「…そんなに見つめられても、私はあなたに何もあげられません」

 

そんなことをぼやいているうちに、洞察作業が完了した

 

作業結果は良好、カレンは気分が良くなって軽い足取りでメインルームへと戻った

 

「ただいま帰りました~!」

 

そういうと、いの一番にレインの「おかえりなさい」が返ってくる

 

やはり、カレンにはレインが危険人物には思えないのだ

 

そう感じた時、メインルームに緊急警報が鳴り響く

 

メインルームだけじゃない、緊急警報は社内全体に広がっていた

 

『F-01-87が収容違反した』

 

スピーカーから流れたのは、今朝遭遇した箱型AI、ネツァクの声だった

 

アブノーマリティが収容違反…収容室を脱走したという旨の内容である

 

「F-01-87…案山子!?」

 

カレンは混乱する

 

彼女は何も作業を失敗していない、作業結果も良好だった

 

それにも関わらず、案山子は収容違反を起こしてしまっている

 

『安全チーム、レイン、カウレス、カレン

情報チーム、クラウド、ココ、サナ

鎮圧命令です』

 

続いて放送されたのは、管理人からアンジェラづてで通達された鎮圧命令だった

 

「行きましょう」

 

先だってレインがメインルームから駆けだす

 

「新入り、管理作業時もそうだが、鎮圧時は特に気を引き締めろ」

 

カウレスがカレンと共にメインルームから案山子の元へと向かう際、そう声をかけてくれた

 

「は、はい」

 

他チームの職員も駆けつけ、エレベーターで下へと降りていく

 

案山子の収容室がある廊下、そこには確かに収容違反した案山子が立っていた

 

しかしその風貌は収容室にいた時とかなり違っている

 

傘で見えなかった頭は上半分が砕けており、体は案山子とは思えないほど滑らかに動いている

 

それこそ、関節なんてないかのように

 

「…!」

 

すでに廊下に転がっている人間の体を見て、カレンは吐き気を覚えた

 

彼らはオフィサーだったもの

 

とうに一ミリも動かないただの肉と骨の集合体だ

 

「カレン!シャキッとしろ!」

 

カウレスの叫びに、意識がハッキリとする

 

カレンの目前に案山子が歩み寄り、その凶器的な手を振りかざしている

 

避けないと、そう頭では理解しても体は動かない

 

赤く汚れた鍬の爪がカレンの頭上に落ちてくる

 

「…」

 

キィン、という甲高い金属音が響く

 

カレンの目の前には案山子の鍬…その鍬の爪を防ぐように黒と紫の槍が横から伸びている

 

「れ…レインさん…」

 

「無事ですね、よろしい」

 

槍の持ち主であるレインが、横から案山子の攻撃を防いでいた

 

そのままレインは案山子の手を撥ね退け、巨体の死角を潜り抜け案山子を槍で攻撃する

 

その身軽さ、戦闘の強さは他のエージェントよりも頭一つ抜けている

 

「…っ」

 

カレンは歯を食いしばった

 

自分はレインに助けられたのだ

 

先程まで彼女を疑っていたのがバカバカしく感じた

 

カレンは手に持つ武器を握り締めた

 

職員が装備する防護服と武器、それはE.G.Oと呼ばれるアブノーマリティから抽出した特殊な装備である

 

カレンが身に着けているのは「懺悔」

 

機能こそ弱いが汎用性の高いE.G.Oである

 

カレンはレインを疑ったことに小さく懺悔し、案山子に向かってその武器を振りかざす

 

複数人の職員の攻撃により、案山子は次第に動きが弱まっていく

 

その時、案山子の口のような箇所から何かが伸びていく

 

それは長い触手のように蠢き、先端を傘のように広げ、レインの元へ伸びていく

 

「レインさん!」

 

カレンは叫んだ

 

あれは何かまずい、カレンの直感がそう言っていた

 

その触手の傘がレインの目前まで迫ったとき

 

レインは一歩踏み出し、カレンの元へ瞬く間に迫り

 

「えっ」

 

そのままカレンの服を掴み、案山子の触手へと投げた

 

「レインさ…」

 

「さよなら」

 

たった四文字

 

眉ひとつ動かさず、レインは案山子にカレンを差し向ける

 

案山子の触手がカレンに伸び、傘がカレンの頭にまとわりつく

 

カレンは状況を理解できないまま、その感触を認識し…次の瞬間、頭に何かが貫通した

 

「い…ぁぁああぁあっ!?」

 

頭に刺さったものは管状の物か、カレンの頭の中から何かが吸い出されている

 

「いやぁっ!やだぁぁああ!!やめてっ!吸わないでっ!!やだ…やだぁぁぁああ!!」

 

プシュ、プシュと血が隙間から噴き出る

 

「たすけてぇぇえ!だれか、おか、おかあさん!おとうさあぁぁああ!!」

 

股の下が温かくなる

 

もう何も見えない

 

何も聞こえない

 

カレンという人間であることすら自覚できない

 

彼女の脳は、全て吸い出されてしまったのだから

 

 

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