「ぁあああぁ…ううぅ…」
泣きじゃくる声が次第に小さくなっていくと、ローランがイナの傍らに寄り添い、頭を抱きかかえた
もう、残る家族は互いしかいない
それをしかと噛み締めて、イナは涙を拭った
「…母…魔女、は」
「姿を消した…恐らくは図書館の外へ逃げ延びたわ
図書館の中ではもう好き勝手出来ないもの」
ヴィオラの行方の是非を問えば、アンジェラが求めた答えを返してくれる
しぶといスミレの魔女は胴体を切断されても生き延びているのだろうが…それすら、イナはどこか安堵していた
まだヴィオラについて隠されていることがあるはずだ、それを知るまでは彼の魔女を殺すことも躊躇われる
「ま、大体は整理できただろ…ふぅ、疲れたな」
「ネツァクさん…皆は、どうなりましたか?」
「何人かの司書と司書補はまだ生きているし、死んだ者達も図書館の中でなら生き返らせられるわ…ローランがしくじったから光は最後の一日だけ行き渡らず、図書館に残ったから」
「なら、よかった…」
「これからどうするんだ?」
「……どうしよう」
たった一つの本を手に入れるという目標も、光の種のやり直しも失敗に終わった今、アンジェラのやりたいこと、やるべきことは全てなくなった
今後のことは先が見えず、めずらしくアンジェラも不安げに呟くだけだった
「やっぱり身体は機械の体に戻ったな」
「ええ、少しの間だけど、忘れたいことを忘れられて良かったわ」
「あの…図書館で本になった人達は、どうなったんですか」
「長い夢から醒めるように、都市のどこかで目覚めるでしょうね
ローランが最後にしくじりさえしなければ、不確定要素はなかったはずなんだけど
おかげで、いつどこで人々が目覚めるか私にもわからないわ」
「でも生き返りはするんだよな?良かった、なんだかそんな気がしたんだ」
気さくに会話するアンジェラとローランの雰囲気に、イナも微笑ましくなり…やがて、自分の番が来たことを悟る
招待状を通じゲストとして訪れたイナもまた、本になった人々のように都市に戻る時が来た
光の粒子がイナを包み、重かった体に浮遊感が生まれる
「私も、都市に戻る時ですね」
「え?てっきりこのまま図書館にいるもんだと…」
「ローランはそうするんですか?」
「うん…まぁ、都市に戻ってやりたいこともないし、アンジェラを一人にするのも不安だしな
司書達とも打ち解け始めたとはいえ、まだ俺がついててやらないと」
「そうですか…私は都市に帰ります
私にはまだ、やるべきことが山のようにあるし…」
「ネツァクが寂しがるぞ?」
「なっ、そ、それは…!」
ピンポイントでイナを引き留められる人物の名前を出したことで、イナは神妙な顔をして覚悟が揺らいでしまう
会えずとも十年も思っていた相手だ
別れるのは当然惜しい、何より話したいことも数多くある
「その…ぜ、絶対また遊びに来ると言っておいてください!」
それでも、次を期待して
残響楽団との戦闘で倒れてしまっているネツァクに直接別れを言いに行く時間もなければ、やはりどこか恥ずかしく思っているから
アンジェラやローランのいる図書館はしぶとく生き残ると、イナはきっとまた会えると信じて、このまま暫しの別れに身を委ねる
薄くなっていくイナの身体を見守りながら笑い合い、ローランは最後にイナを優しく抱きしめた
ゆっくり、惜しみながら頭を撫でる
親が、大切な子供に愛情を注ぐように
「子供の成長ってのは、早いな
あんなに小さかったのが、いつのまにかこんなに大きくなって…最後には親元を離れていくんだな」
「…そうですよ
今まで、私を育ててくれて…ありがとう、ローラン」
多くの記憶が思い出される
チャールズ事務所の前で拾われたことから始まり、二人で小さな家で暮らし始め
誕生日を決め、事務所で過ごしながらアンジェリカと出会い、ローランとアンジェリカが結婚し
新居で家族で暮らし…笑って、泣いて、壊れても…家族の糸は切れなかった
遠くにいても、共にいなくても…二人の糸は切れることはないだろうから
「…じゃあ、な
元気で…生きろよ」
それがローランの、イナへ向ける最後の願い
頭を撫でる手袋の感触を最後に、イナの身体は光に溶け、消えた
それから、図書館はどうなったか
都市災害を超え不純物となった図書館は頭により派遣された調律者、爪、目により建築物そのものを都市の外…外郭へと放逐され、二度と都市の敷地に踏み入ることは叶わなくなった
再び不完全な光は都市に広がり、浸透し、ねじれは当たり前のように都市の一部として組み込まれていった
ロボトミーコーポレーション、及び図書館の残した爪痕は深いものだが、それは都市を色づける装飾品のひとつとなった
本になったゲストはアンジェラの言った通り、それぞれが違う場所、違う時間に元の体を得て目覚めていった
…中には、怪物となったまま都市に放たれ、その先でまた新たな悲劇を生んだ事案もある
それすら都市の中では日常であり、普遍的な出来事に過ぎない
図書館の館長とその友人、そして司書達は外郭でもそれなりにやっていくのだろう
新しい目標でも見つけて、図書館の運営方法を考えながら…ああでもないこうでもないと、試行錯誤を繰り返しながら
決して流されることなく、自分たちの頭で考えていく
都市を騒がせた災害、図書館はやがて人々の記憶から薄れていき過去になった
そうして…時は流れていった
次回、最終章