Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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Labyrinth of the Violet
FakeⅠ


 

都市の生活は楽なものはない

 

裏路地は文字通り命懸けの生存競争、巣では毎日忙しなく働いて利益を上げなければ安定した日常など送れやしない

 

大なり小なり、都市の住人は未来への希望を抱えることなく一日を生きることに必死である

 

心の休まる時間は限りなく少なく、常に何かに追われているのが現状だ

 

誰しも一度は感じたことがあるだろう

 

「あの人のように力が強くなりたい」「あの人のように賢くなりたい」「あいつのように仕事ができるようになりたい」「あいつみたいに金が欲しい」

 

誰かを羨み、妬み、そうなれない自分の無力さに嘆いたことが

 

都市の中で生きる人間は今日も暗い顔で終電で帰宅していた

 

そんな中、情報が混雑する電波の波に、ひとつの広告が流れてきた

 

無気力に眺めていた端末には、とある企業の新商品発売の宣伝文

 

そして、「息苦しい労働生活ともさようなら」の謳い文句

 

それは都市を混沌に陥れる魔女の一手

 

 

 

 

980年5月23日 午前8時30分

 

ハナ協会一課本部地下、特別尋問室

 

そこは通常思い浮かべるような尋問室とは違い、暗くもなければ血の染みが広がることもない

 

白を基調としたハナ協会に相応しい、眩しいほどの白い空間

 

手術台のような寝台に、強い光を放つ照明が天井に備えられ、尋問室と言うよりは手術室に近かった

 

しかし、そこが手術室ではなく()()室と割り振られているという事は、そこは単なる医療行為のために使われているのではない

 

そして、現にその寝台の上に拘束されている少女が一人

 

「それでは現時刻を以て、都市の星「魔弾の雨」の尋問を開始する」

 

室内スピーカーから響く無感情な声

 

尋問室の壁…に見立てたマジックミラーで室内の様子を観測する協会フィクサー達は全員無表情で寝台の人物を観測している

 

寝台に寝そべった少女…スミレ色の隻眼と、寝台の色に同化した白髪

 

「チャールズ事務所所属元3級フィクサー…イナ

貴方は都市の星、残響楽団のメンバーの一人で間違いないありませんね?」

 

イナは寝台の上で問われたことを聞き、素直に答えた

 

「はい」

 

「…では、残響楽団が関与した数々の犯罪に関与したことを認めますか?」

 

「はい、認めます」

 

「…調査任務にあたっていたセブン協会のフィクサー31名

某日、13区内に集まっていた人差し指構成員、及びR社の第2群の部隊を三つ…

総数2378人を虐殺したのは」

 

「私です」

 

たった一人の、子どもに等しい齢の人間が、代行者含めた人差し指と戦闘のエキスパートであるR社の多くを一方的に殺し尽くした

 

それは事実であり、イナはもそれを否定しない

 

「…では、貴方は図書館が放逐された日、図書館にいましたか」

 

「はい」

 

「そこに、残響楽団も?」

 

「…はい」

 

『脈拍の乱れを検知しました

平均プラス8、基準値範囲内です』

 

イナの傍らには彼女のバイタルを測定する機械が多く陳列されており、物々しい空気が充満する

 

「図書館から帰還した残響楽団のメンバーは貴方だけですが、他の残響楽団の団員達はどこへ行きましたか」

 

「全員図書館内で死にました

ねじれた果てに、遺体も光になって消えたので何も残っていません」

 

「本当に?」

 

「はい」

 

そのやり取りの中に、機械のひとつが甲高いブザー音を鳴り響かせる

 

『血圧上昇、脈拍上昇

()()()()です』

 

機械たちは対象のバイタルを測定し微細な変化も記録する、所謂嘘発見器であった

 

どんな些細な違いも見逃さない機械の通達に、観測者達が疑うことはない

 

「何も残っていないのですか」

 

「…はい」

 

『虚偽申告です』

 

繰り返し問われ、肯定を返すも機械はブザーを鳴らし続ける

 

「私の目の前で青い残響は死に、光となって全て消えました」

 

『虚偽申告です』

 

「…私を置いて全部持っていきました」

 

『虚偽申告です』

 

「何も…残してくれませんでした…」

 

『虚偽申告です』

 

「…」

 

何度訴えかけても機械は判断を変更することはない

 

その機械の判断を信じている観測者は、イナの嘘を追い込もうとする

 

「何を残しましたか」

 

「なにも…」

 

「何を、残しましたかと聞いているのです」

 

観測者の声に圧が加わった瞬間、また別の機械が作動する

 

機械は小型の円型の刃の腕を持ち上げ、刃は高速回転しながらイナの手の指先を刻み始めた

 

「いッ…ぁぁぁあああああ!!」

 

「痛覚は()()()()良好ですが、質問の応答もまた変化がありません」

 

「青い残響…厄介な奴だったアイツが何か残しているのなら、厄介事になる前に処分せねば…」

 

血が流れ、肉と骨は断たれ、イナの断末魔が尋問室に響き渡る

 

刻まれる苦痛、潰される苦痛、開かれる苦痛、折られる苦痛、貫かれる苦痛、摘出される苦痛、剝がされる苦痛、溶かされる苦痛、窒息する苦痛、焼かれる苦痛

 

ありとあらゆる苦痛を与えられて、もう一ヶ月となる

 

イナはあの日、図書館から都市へ…他のゲスト達よりも格段に遅く、戻ってきた

 

半ば行方不明だったイナは、裏路地の道端で倒れているところを近所の住人の通報で()()された

 

そもそも、図書館から帰還した者達は頭により外郭へ放逐された図書館の他にも、当時危惧すべき組織が存在していた

 

それが残響楽団である

 

しかし、都市へ戻ってきた者達の中に残響楽団の影はなく、図書館と共に忽然と姿を消したのである

 

そのまま事態を放置することもできず、しかし情報は何も得られない中、残響楽団唯一の帰還者であるイナが見つかった

 

数年の時差を挟み、彼女は都市へ帰ってきて…現在、ハナ協会により尋問…もとい、拷問を受けている

 

傷付けられても都市の技術力でたちまち再生させられ、再び傷つけられる

 

拷問の質疑応答はいつも同じポイントで立ち止まる

 

青い残響…アルガリアが遺したもの

 

都市を震撼させたねじれ、ピアニスト…それと同等以上の演奏を披露しようとした、都市の星達で構成されたテロリスト集団

 

残響楽団の脅威が再び起こるのならば、それを防ぐに越したことはない

 

その危険意識により、ハナ協会はイナを尋問する

 

アルガリアが遺したものの危険性を突き止めるため

 

…それと同時に、今都市を脅かしている()()()()との関連性を突き詰めるため

 

 

 

「本日の尋問は終了します

再生プロトコル実施、また明日に備えてください」

 

丸鋸で微塵切りにされた身体が、飛び散った血と共に元通りに戻っていく

 

これが図書館から戻ってきたイナの一ヶ月の生活だった

 

ハナ協会の尋問に答えないまま時間だけが流れる

 

イナはこれをひとつの贖罪と考えていた

 

かつて多くの人を殺した罰だと

 

それでも、終わりの見えない痛みだけの生活にも辟易してきた

 

逃げだすことはできる

 

しかしそれをしないのは…ある理由のせいでもあった

 

「まだ吐かないのか」

 

肉体を治療中のイナのもとに、一人の男が現れる

 

観測者達のいた隣の部屋で、スピーカー越しに声をかけてきた男…オリヴィエ

 

ハナ協会のフィクサーで、かつてチャールズ事務所にいたローランの友人でもある

 

当然イナも長年世話になった男であり、イナが大人しく拷問を受けているのはイナと繋がりがあるオリヴィエの立場も考慮してのものだった

 

「吐かないも何もありませんよ…一体どう言ってほしいんですか、貴方達は」

 

「そのまま、知っていることを、だ

お前は青い残響の弟子として可愛がられていただろ

なにかお前に残しているのなら、俺達はその脅威の可能性を排除しなきゃならない」

 

「何も危険性はありませんってば…多分」

 

「お前自身も、それが不確定要素だから隠すんだろう」

 

アルガリアがイナに遺したもの

 

図書館の力で遺った、特殊な頁

 

頁にはアルガリアが思うイナへの印象や、イナに教えようとした戦いの技術、都市の知識が記載されていた

 

そこに脅威は一切無く、本当にただの紙切れである…はず

 

しかしそれがあると知られればきっと回収され二度と手元には戻ってこないだろう

 

だからイナは…その頁を()()()()()

 

イナが大切な弟子であること、可愛い姪として、家族として想っていてくれたことが書かれていた頁を奪われないために

 

呑み込んだ後どれだけ身体を切り開かれても出てこなかったそれは、消化されたのだろうか?

 

イナの体の中で跡形も無くなったそれは、イナの手元にも無いのだからこれ以上どうしようもない

 

「それよりも、いい加減教えてくださいよ…今、都市がどうなっているのか」

 

話題を逸らし、イナがオリヴィエに問いかける

 

尋問中に観測者達が零した情報を聞き拾っていたイナは、都市の現状が異質なものに変化していることを察知している

 

「…まだ情報開示の段階に進んでいない」

 

「私に関係しているかもしれないんでしょう…似ている人間が多く出回っている、とか」

 

オリヴィエは沈黙した

 

一ヶ月間断片的に聞いた情報では、イナによく似た人間達が都市の中小企業の職員に起用されている

 

ひとつの会社内に複数人、同じ顔の人間がいる

 

これは恐らく…レインシリーズがロボトミーコーポレーション以外にも普及されだしたのだろう

 

その背後を知らなければならない

 

それは、スミレの魔女…ヴァイオレットが本格的に動き出したことに他ならないのだから

 

「……はぁ…これも思い通りってわけか」

 

オリヴィエは意味深に呟いた後、情報を整理するようにゆっくりと語りだした

 

「…今から半年ほど前に、人材派遣会社ヴァイオレットカンパニーがある商品を発表した

どんなに大変な仕事でも代わりに完遂する、労働代替人形…完全版レインシリーズ

それは都市の市民達の間で爆発的に普及した」

 

オリヴィエの説明によると、都市には仕事を代わりに担う肉人形が販売されそれが多くの人の手に渡った

 

高性能で知能も身体能力も高く、翼レベルの業務も最高効率で片付けてしまう

 

それを「企業販売」ではなく「個人販売」で格安で売り出した

 

それにより多くの中小企業の職員はレインシリーズに労働を代わりにさせるようになった

 

当然だ、自分が購入した人形が自分の代わりに働き、給料は自分のものとして使うことができる

 

人間とは堕落の道があればそちらへ進んでしまう

 

自分に不都合がないのであれば、可能な限り楽をしたい…そんな怠惰の欲求に付け込んで

 

しかしそれは都市の企業インフレーションを破壊した

 

都市の利便性は向上し、物価は高騰し、貧富の差は増し、街を歩く人間の半数が同じ顔の女になった時、頭からレインシリーズの運用禁止令が発令された

 

もともと、都市は七日以上クローンを同時存在させることは認められていなかったため、このような措置を取られるのは必然だった

 

しかし、怠惰の味を占めた人々はレインシリーズを使って頭への抵抗を見せた

 

「…これが、どういう意味かわかるな」

 

「そ、それは…レインシリーズを使った、頭との戦争になるじゃないですか!」

 

「ああ…本格的な開戦はしていないものの、今都市は正に一触即発の緊迫状態にある

レインシリーズは爪を相手に引けを取らない強度を誇るせいで、強制回収も難航している

レインシリーズ擁護派の人間は今や都市の半数を上回っているせいで、暴動もそこかしこで起きている

更にはヴァイオレットカンパニーの武闘派幹部も出てきて、事態は更に混沌としてきている

…煙戦争の再来、と言ってもおかしくはない

今や頭の調律者も大きな抗争に現れてはレインシリーズを外郭に追放させているが、新しい個体の供給が早すぎる」

 

まるでパンデミックだ、とオリヴィエは語る

 

図書館から逃げ延びたヴィオラが、いよいよ頭との全面戦争を始めたのである

 

事態の深刻さに、イナも顔色が悪くなっていく

 

「…それで、レインシリーズと同じ顔の私に、何を聞きたいと」

 

「まずは、レインシリーズの供給ライン

そして、ヴァイオレットカンパニーの代表…不純物に認定されたスミレの魔女の情報だ」

 

イナはアルガリアに関することは答えられないが…スミレの魔女に関する情報なら話せる

 

その質問に応じ、彼女の知る権能やレインシリーズに関する情報を語る

 

「…貴方達が睨んでいる通り、私はレインシリーズのクローンです

不良品と見なされ、連携も外された廃棄品ですが

レインシリーズはクローンである通り、複製元が存在します

その素材と、母様…スミレの魔女のDNAを用いて複製されます

長年の調整を経て、完成され量産にも成功したのでしょう

ですが私達は、私達の生産地点についての情報を与えられていません」

 

レインシリーズは製造時、必要最低限の都市の情報とヴィオラの命令しか与えられない

 

無駄を削減した魔女の想定か、情報漏洩の危険性を限りなく減らすための対策なのだろう

 

「レインシリーズは学習し模倣、対策します

更には他の個体と情報を同期するため、同じ手段は二度も通じません

しかし、情報同期や母様からの命令信号を受信するためのチップが埋め込まれています

右上腕…そこを切断すれば、いくらか対処しやすいかと」

 

「…なるほどな、報告書にまとめておく

生産工場は不明、か…知らなくても、何か気になることとか思い浮かばないか?

ヴァイオレットカンパニーの目的とか」

 

「恐らくは組織の重要情報は執行人たちの方が知っているでしょうが…そう、ですね…」

 

イナは考えた

 

一番可能性があるとすれば、やはりヴィオラの異名にもある黒い森だろうか

 

しかし、鍛え上げられた直感が「そうではない」と語りかける

 

もっと何か、意味のある場所があったはずだ

 

イナの記憶力をもってしても、薄くなっている層…混乱し気を狂わせていた

 

ピアニスト事件の直後

 

ヴィオラが訪れた時の…無二との会話

 

「…あ」

 

 

 

「これから都市は出鱈目になっていく

 

自己の確立すら不安定な都市の人間達を、僕はいずれ塗り替える

 

人類にとって、種の保存法として最適な方法でね」

 

 

 

あの時ヴィオラはこう語っていた

 

その言葉が、今の現状に繋がるのなら…

 

「オリヴィエ、レインシリーズの購入者は、今どこに?」

 

「…家宅捜査に突入したが、そこにはレインシリーズしか存在していなかった

購入者は軒並み姿を眩ましている

レインシリーズが購入者の意思表示を代弁している状態だ、話が通じない」

 

「……人間の塗り替え…成り代わり…

…執行者が、購入者を回収して…保存している…?」

 

「購入者の保存…?」

 

イナはさらに深く考える

 

ヴィオラは拘りが強い、執着と呼べるほどに

 

その執着は無二に向けられていた

 

…これは、もしかするとでしかない可能性だが

 

「オリヴィエ、無の世界蛇って知っていますか」

 

「うん?大昔海にいた怪物だろ

一体何の話だ…」

 

 

 

「その怪物がいたとされる海域を、割り出すことは可能ですか?」

 

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