どれほど駆け抜けただろう
無尽蔵のクローンに何人殺されただろう
しかし、止まることはできない
「廃棄個体、排除します」
L社での一万年もの時間の中で幻想体達との戦闘シュミレーションを繰り返し、戦闘経験を積み上げてきたレインシリーズ達がイナに剣を向ける
だがイナとて、十年間自分だけの戦闘経験を積んできた
特色フィクサーの家族の教育の賜物で、レインシリーズに引けを取らない
少しでも他の見方が殺されないように、最速でレインシリーズを殺していく
かつては自分も同じ存在であったとしても
「初期型のくせに、母様に反乱を企てるなど…
いえ、初期型故にバグが重なった結果、でしょうか」
七等分に刻まれた個体が
「自分自身を殺していることに変わりないのに」
心臓を貫かれた個体が
「自分の死体を踏んでいくなど、正気ではありません」
凍てつき砕けた個体が
お前は狂っていると、イナに訴えかけてくる
「…正気ではないのはどちらですか」
イナ達は進み続け、そうしてようやく中層に辿り着いた
巨大な扉は重厚で、自動的に開き、その中が露見する
「…これは」
まるで虫の巣のように
吹き抜ける天井に何階層も重なり、孵化を待つ卵が多く陳列するかのように青い蒼い培養槽が円柱状の空間に並んでいる
「これが、全部…」
「レインシリーズ…複製、量産されている工場です
私も、ここで生まれました」
培養槽の中で目覚めた記憶
イナの中で一番古い記憶に重なる光景は、あの頃と何も変化がない
「侵入者」
「侵入者が現れました」
「対応マニュアルに則り、排除します」
工場内にも当然、作動しているクローン達はいる
それらはイナ達に一斉に襲い掛かり、容赦なく急所を狙ってくる
備えられた装備の剣を振るい、フィクサー達は次々と殺されていく
「イナ!工場を止めるにはどうする!?」
「機械を停止したうえで、元を断つしかない…
クローン達の素材元である、オリジナル
無の世界蛇の子が、その細胞を摂取され複製されているというのなら、そのオリジナルを排除する他ない
そして、培養槽の機械を止めるにはこの工場の電力を落とし、オリジナルを奪うには最上階を目指すしかない
「メインシステムは工場の中央にあります、まずはそこ、を___!」
イナが指示を出した瞬間、首に冷たい空気が当たった気がした
咄嗟の判断でイナは姿勢を低くする
僅か一瞬のうちに、甲高い金属音が鳴り響いた
先程までイナの首があったところに、銀色の鋏が刃を合わせていた
「…随分、人間らしいお姿になりましたね、レイン様」
恍惚と微笑むエデンが、嬉しそうに鋏を振るった
「エデン、そういう貴方は何も変わらないんですね…私達初期型が造られたころから、その猟奇的な趣味は」
「まあまあ!ボクを覚えていてくださってるなんて、光栄です…!うれしくて、ああ、肺が痺れてしまいます…」
鋏を蹴り上げ、距離をとる
工場での乱闘を背景に、エデンは身を捩らせながらイナに向き合った
「ボク、魔女様は敬愛していますけど、魔女様の造った偽者達なんて微塵も興味が湧かないんですよね
でも…やはり、貴方様は違いますね
廃棄処分を下され、都市に流れ着き、都市の中で人間へと羽化した貴方様はやはり、ボクの理想とする人間の在り方そのもの…!
素敵です、素晴らしいです…狂い、殺戮に身を投じたあの時期も良かったけれど…個人的にはやはり高潔に立ち上がる貴方様が一番です
そんな貴方様を切開して、内臓の中身まで、骨の髄まで魅せてほしい…!」
息を荒げ、唾液を垂らしてまで熱弁するその様に、イナは全身の毛穴という毛穴が粟立つのを感じた
「…心底、お断りします!」
黒い影が這いずる
深い、深い水底を
影は泳ぐことができないから、海の上に行くには
たくさんの人魚を食べて、食べて、食べ続けて…かつての巨大な形を取り戻した影に、もう理性は残っていないだろう
それでも、憎き魔女に一矢報いるためならば…影は、蛇は、躊躇わなかった
ちょうど、楽園の塔へ入るための孔も開いた
蛇は、大きく体をうねらせて、その穴の中に入っていった
そして…不完全な視界、片方しか見えない世界に映る
「…何、だ…あれ…」
「…怪物だ…湖の、怪物…」
生き残ったフィクサーは語る
突如現れた黒い巨大な蛇が、複製人形たちを次から次へと喰い尽くし、塔を登って行ったと
工場の大交戦では、レインシリーズの他にも人の体を繋ぎ合わせた肉の塊が押し寄せる
人体の拒絶反応で膿み、炎症で腫れ上がり、神経が劣化した複合人間の成れの果て
廃棄品であるはずのそれらも、外敵の足止め程度の仕事はできた
キメラ達とクローン達に押され、都市軍は工場の中央に辿り着く事すらままならない
「…!」
イナの身体にもキメラ達がまとわりつく
複数の腕がイナの足腰にしがみつき、エデンの鋏がイナの体を切り開こうと迫り来る
やむを得まい、とイナがキメラ達を取り払う為に銃口を向けるが、その肉の塊に知っている顔があった
「ァ…ア゙ァ゙……」
「……ドユン、さま…」
かつてヴァイオレットカンパニーに取り立てられ、連れていかれた人の形は見る影もなく、他人と内臓を繋げられ変わり果ててしまっている
実験に実験を重ねて使い潰されたその有様に、一瞬悲しみを感じ…
次の瞬間には、弔うように優しく弾丸を撃ち放った
肉が破裂し、骨が砕け、神経の欠片が飛び散る
そのまま流れるようにエデンの鋏を銃身で受け止めた
「あは…愉しいですねレイン様
血湧き肉躍る、とは正にこのこと…」
「私は全く楽しくありません、こんな戦争は」
「それはなんて勿体のない…ボクが手とり足とり、ご教授して……
…あら?」
鈍い地響きが工場を揺らす
それは次第に大きく、そして破壊の音が工場に近付いてくる
突然、工場の壁が強い衝撃で破壊され、何十何百もの培養槽が壁の瓦礫に押し潰される
「あら」
その勢いのまま、エデンは黒い尾の下敷きになってしまった
「なんだ?!」
「全員距離を取れ!」
壁を破壊して現れたそれは、あらゆる光を吸収する黒い影のような体を持ち、血よりも赤い左目を光らせて周囲を見渡す
「なんだあのでかい蛇は…!?」
「怪物だ!湖の怪物が現れたぞ!」
その姿は見覚えがある
長い間、イナと共に在った、黒い蛇
「無二!!」
その大蛇は長い尾を振るい、工場を破壊していく
蛇が這い進めば全ては押し潰され、視線に睨まれれば生物は心臓を止められるかの如く動かなくなる
そして何より…蛇は、レインシリーズ
「なんだあれは…味方、なのか?」
「どの道あれがここで暴れてくれれば、工場は破壊出来るのでは?」
「無二…私を助けに…?
…いや…あれは…」
暴れ狂うその様はまるで、かつてL社で脱走した幻想体としての姿そのものだった
「命令更新、我々の全力をもって、無の世界蛇討伐にあたります」
都市軍を相手にしていたレインシリーズが、まとめて身を翻し蛇へと群がった
まるで蟻の大軍の如き大きさの差を覆す数の暴力
それでも蛇は止まらない
さらにレインシリーズを喰らうことで大きさを増していく蛇の暴走に巻き込まれないように離れて見守るしかない
工場の機材は破壊され、培養槽にて造られていくクローンは尾に引き潰されていく
「好都合だ、あの怪物はクローンを、クローンは怪物を相手にしてこちらには見向きもしない」
「今のうちにオリジナルのもとに向かおう、案内してくれイナ」
「は…はい」
蒼かったはずの瞳は真っ赤に染まり、クローン達を喰い殺していく蛇を…イナは名残惜しく見つめていた
酷いことを言って突き放したことを、イナは悔いている
叶う事ならば再び話をしたかったが…今の蛇の精神性は危殆に瀕しているため、軽々しく近づくことはイナですら危うい
イナはフィクサー達と共に、上層を目指した