Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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FakeⅥ

 

980年7月1日 午前0時

 

イナが家の扉を開けると、木の軋む音がしては扉は抵抗なく開いた

 

家の中を見渡すと、そこは生活感の名残があった

 

全てが木造でできており、机の上には飲みかけの紅茶と多くの紙が広がっており、ロッキングチェアが窓から漏れる月灯りに照らされ揺れている

 

キッチンからは作り置きしているスープの匂い、壁には多くの人物画が飾られており…そこには記憶にある顔よりも若いアンジェリカやアルガリア、エデンなどのヴァイオレットカンパニーの執行人の他…見知らぬ人物の肖像画もある

 

中央上に飾られている、二人の人物

 

方や、夜空のような暗い髪に海のような深い蒼…ターコイズブルーの瞳には見覚えがある

 

その絵画は無惨にも切り裂かれ、執着しながらも底知れない恨みを感じる

 

方や、草原のような優しい髪に、穏やかな笑顔を浮かべた人物

 

自然と惹き込まれるほどに、その人物は美しかった

 

…そう、薄々感じているだろうが、それこそオリジナルであるレインの実の親

 

怪物が人間となった姿の無の世界蛇と、その怪物と番った泥人形だ

 

「…!」

 

イナは突然の語り掛けに驚き、警戒する

 

「なぜ、私の動きを」

 

当然、ずっと君を…君達を見てきたからさ

 

そして、君の物語を読んでいた

 

「私の、物語…?」

 

君は恐る恐る、声のする方を見る

 

そこは誰もいなかったはずのロッキングチェア

 

しかし今は、姿が見えるだろう

 

ようやく、見つけてくれたね

 

「…初めまして、運命を変える星の子

よくぞ、ここまで来たね」

 

君は突然現れた姿に驚き、後退る

 

何せそこにいたのは、君達の母であるスミレの魔女、ヴィオラとよく似ていたのだから

 

違う点と言えば、ヴィオラよりも数段若い…少女に近い姿だという事だろうか

 

君より小さな子供の姿だが、ヴィオラと同じ顔…警戒するのも無理はない

 

「貴方は…?」

 

「なんとなく察しはついてるんじゃないかな

 

僕は七本目の権能…全てを切り離す、万物を乖離させる権能だ

他の六本が探していた、最後の権能」

 

そう告げると、君はいくらか警戒の色を解きながらも続けて質問を投げかけてきた

 

「母様の権能は、白い触手の形をしていたような」

 

「確かにそれが本来の姿だし、権能単体ではその姿にならざるを得ない

僕が今この姿でいられるのは、ここに他の権能の残滓が残っているからだ

蜃気楼のようなもの、と思ってもらっていい」

 

「…ここは、どういうところなのですか」

 

「そのまんま、スミレの魔女が最初に建てた拠点だ

当時は未だ二本か三本だったかな…あいつらがここを出てからはあまり帰ってこなくなったけどね

あいつらの不在を見計らって僕が使ってるんだ」

 

「私の、物語というのは」

 

「そのまんま、君の人生を物語として読んでいた

その語りは一部抜粋しているけれど、少なくはない人々が君の物語を楽しんでくれている

…何故?と聞きたそうな顔をしているね」

 

内心を見透かされ、君は冷や汗を流す

 

「安心してほしい、君を害することはしないし…何より僕は君に期待しているんだ

おいで、一つ一つ説明してあげよう」

 

僕はロッキングチェアから立ち上がり、少し離れたところにある床扉を開けた

 

そこには、地下に通ずる階段がある

 

机に置かれた燭台にマッチで火をつけ、微かな灯りで地下へ手招きする

 

少しだけ躊躇いながらも、君は僕の後ろについてきてくれる

 

湿っぽい地下階段を下りながら、僕は少しずつ説明する

 

 

 

まずは、スミレの魔女という存在

 

それはかつての宿主の願望を叶えようと動く、世界への呪い

 

スミレの魔女ヴィオラは、六本の権能の集合体

 

ヴィオラが権能を有しているのではなく、権能が集まってヴィオラを構成している

 

七本目の権能である僕がそうであるように、権能一本一本には僅かな個体差がある

 

それらが融合し、会議を繰り返しながら様々な行動を起こしている

 

時に享楽的に、時に計画的に、時に冷徹に、時に穏便に

 

かつての宿主が僕ら権能を分けた時に分かたれた宿主の自己

 

権能の集合体、それがスミレの魔女、ヴァイオレットというもの

 

「貴方のような権能の自我が集まったもの…?」

 

「そう、単体では存在するのが難しいから、複数集まるか、生きてる人間に憑依することでしか行動できない」

 

「では母様の目的とは一体何なんですか?

私達を作った理由や、アンジェラに執着していた理由は…」

 

なぜ生存本能を引き上げたクローンを量産したのか

 

都市の人々の脳を標本として保管しているのは

 

頭との戦争を起こしたのは

 

無の世界蛇から聞いたことに付け加えるのならば…絶対に死なない人間をつくること

 

本来僕達権能は、かつての宿主のその最初の願いを叶えるために行動する

 

 

 

僕らの宿主は、とても哀れな子供だった

 

幸福な世界を維持するために消費する、そのためだけに造られた子供()

 

宿主は体が弱く母体の中で死に、同じ腹の中にいた女の肉体と魂に隠れる形になった

 

女はひとつの肉体にふたりの魂を宿した人間となり、世界平和のために消費された

 

その末心を病んだ女は自らの命を絶った

 

しかし吊り上げた首は不十分で、肉体は生き延びたが魂は死んでいた

 

そんな折に、魂は入れ替わった

 

僕らの宿主は同じ腹の中で育った姉の死をもって全人類への憎悪を抱いた

 

外なる神の腕から斬り落とされた僕らを七本の権能とし、死んだ後も僕らを細分化させ、願いを叶えるためにあらゆる世界に放った

 

どんな世界にでも権能は侵食し、宿主の願いを叶えようと動く…それが宿主の呪い

 

絶対に死なない人間の創造は、喪った大切な人を蘇生させ、もう二度と死なせないため

 

人間の原初の欲求である生存本能を高めた新生児を作り

 

それを複製させ無数の戦闘から生存方法をパターン化させ、あらゆる死の脅威へ対応させる

 

そうして完成させたものを人類の基本型…新人類の祖とさせる

 

もといた人間は標本にすることで人類の文明は完全保管しながらも自分の支配下に置かせる

 

完全に完璧に人類を保障すること

 

それがかつての宿主の夢でもあり、スミレの魔女が目指した野望であり、彼らにとっての復讐

 

 

 

「…けれど、僕らは狂気から生まれた存在でありながら、あいつらは一人の人間に狂わされてしまったんだ」

 

「一人の人間?」

 

「まだ三本くらいだった頃、あいつらは都市の中に隠れて人間を観察していた時にそいつと出会った

そいつは魔女を必要だと言い、自分の計画に誘った」

 

「…それは、まさかカルメン?」

 

「うん、カルメンに手を差し伸べられたあいつらはカルメンと一緒に人々の心を治療する研究をした

恐れられた魔女であるのに、カルメンに惹かれた

しかしカルメンは研究の最中に精神を病み自ら命を絶った

さっきも聞いた流れだろう?宿主のトラウマを踏襲した流れがあいつらの目の前で起きたんだ

フラッシュバックしてエラーを吐き散らしたあいつらは、当初の目的である死なない人間の創造にカルメンの蘇生を置き換えた」

 

「だから、アンジェラに執着していたんですか」

 

「アンジェラが光によって本物の人間になれば、カルメンの蘇生ができる…そう画策していたんだろうけどね

光は都市に分散して図書館ももう外郭に移された

僕らは狂気が基底故に光を扱えない

触れることすら出来ない光の中にいるカルメンに焦がれ、あいつらはアンジェラと図書館に執着していた」

 

 

 

しかし、図書館は頭により外郭へ移されもう都市に戻ることは無い

 

カルメンの蘇生への道が絶たれ、スミレの魔女は悲しみながらも当初の計画へ軌道修正した

 

あいつらは最後まで僕の顕現を待っていたんだろうけど、痺れを切らして行動に出た

 

ヴァイオレットカンパニーは、表向きは人材派遣会社…仲介会社としていろんな人間に仕事を回すもの

 

都市には生きるのに苦労している人間が多い、そういう奴らを標的にして契約を持ちかける

 

都市の住人の人望を得た魔女は、レインシリーズを使って住人達を入れ替えた

 

当然頭がそれを許すはずもない、いずれ都市中が戦場になるだろう

 

それまでに一人でも多くの都市の住人を標本として集めれば…どちらが都市になるかなんて、時間の問題だ

 

「都市を乗っ取れればヴァイオレットの一人勝ち…このままだと、時間の問題ではあった

けれど、君はやはり聡い…レインを連れてここまで来たのだから」

 

「え?」

 

「その子は魔女の計画の要だ…例え殺しても、その場に魔女がいれば生き返らせるだろう

けれど、連れ去られたのであれば話は別

取り戻しにここへ来るだろう」

 

「そう…そうです、母様への対抗手段が貴方だと聞きました!一体どうすれば…」

 

「うん、そうだね…まず僕が君を見ていたことから話そうか

僕はね、あいつらが好きじゃないんだ

なぜその願いを抱いたのか、その根源たる理由を忘れた他の六本の権能が

だからスミレの魔女の野望をぶち壊したい…その手段が、君なんだ」

 

「わ…私、ですか?」

 

「そう、君だ、君こそが魔女に…他の権能の暴走を止め、世界の乱れを律し秩序を取り戻す希望の星

権能は単体では行動できない…それは僕も同じでね

だから、僕の担い手が必要なんだ」

 

階段が終わり、一つの古い扉が目の前に立ち塞がる

 

僕はその扉を開いた

 

広大な空間は地下故の凍える寒さが広がっているから、僕は壁に備えられた蝋燭達に火を灯す

 

そこは資料庫のようで、土埃の被った本棚がいくつも並んでいる

 

歴史や神話、都市の技術など様々な分野の蔵書や遺跡の遺物が並んでいる中…中央に場にそぐわない何かがある

 

「イナ、君には僕の担い手になってもらう

そのために、君にはここまで来てもらう必要があった

僕は他の権能達と同じになんてなりたくない、だから魔女の前には現れなかったし、ここであいつらから逃げ隠れていた

君がここに来てくれた、しかも魔女を誘き寄せる釣り餌も連れて」

 

僕が、君の背にいるレインを指させば君は堪らず不快そうな顔をした

 

「オリジナルは、餌じゃありません

私は…オリジナルが死ぬ前にせめて、オリジナルの願いを叶えたくて」

 

「父親に会いたい、だろう

()()()()()()()()()()()()

 

「は……?」

 

この空間に合わない、異質なもの

 

部屋の中央にある、土塊の小山

 

僕はそれを指した

 

「あれが、オリジナルの父親だ」

 

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