Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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Light

 

「___」

 

イナは絶句した

 

目の前の土塊が、オリジナルであるレインの親なのだ

 

母親は怪物で、父親は土塊

 

普通の人間では無い者同士の間に産まれた、レイン

 

「父親は昔都市の一部で活用された土人形でね

変幻自在の泥の肉体でどんな兵器にもなれるが…技術戦争に負けて外郭に捨てられた

それを見つけた魔女が拾い、遺物のひとつを使って肉体を与えた

そして、オリジナルの母親…湖の怪物、無の世界蛇と番った」

 

僕の言葉を聞いてか、背負われたレインがゆっくりと顔を上げる

 

「……ぉ…と……さ……」

 

懐かしさの残るターコイズブルーの瞳、母親譲りの美しい海の色

 

それが揺らぎ、土塊を見た

 

「…オリジナル…」

 

「行かせてやりなよ、延命治療もなく長く生きられない使われた身体なんだ」

 

イナはレインを土塊の傍へ降ろしてやった

 

筋肉のない細腕が、這いながらも土塊へ近寄った

 

「……お…とう……さ…」

 

当然、土塊は無機物故に命はない

 

返事なんて返ってくるはずがない

 

「……ぅ……え…」

 

レインの目から涙が溢れた

 

ずっと身体を削り取られ、苦痛の中に生きるだけだった少女

 

生きる理由も目標も無く、ただ星空を眺めて心を殺し続けてきた

 

そんな無為の人生の中で微かに抱えていた願いは、今成就された

 

…例え、相手がもうこの世に存在していないとしても、ね

 

「…」

 

神妙な顔をしてレインを見守るイナは、声だけ僕に語り掛ける

 

「…七本目の権能…でしたか」

 

「うん」

 

「権能は複数集まるか生きてる人間に憑依しないと行動できない…でしたか」

 

「うん、そうだよ

だから僕の担い手…憑依先は、君がいい

これは誰でも出来ることじゃない、ただの人間では憑依された瞬間僕らの狂気に耐えられず発狂死する

君は、狂気を経験した…僕の憑依にもいくらか耐えられるはずだ」

 

僕の説明に、イナは一度目を伏せ…次の瞬間には、覚悟を決めたように強いスミレ色の瞳を僕へ向けた

 

「わかりました、私が貴方を使います」

 

 

 

そう言った瞬間、イナの胸に穴が開き、イナは血を吐き出した

 

 

 

「……え…」

 

「あ…マジか」

 

イナの動く心臓を片手に抱えたスミレの魔女が、彼女の背後に立っていた

 

急いで追いついてきたのだろう、焦燥で汗が数的流れるヴィオラは珍しい

 

イナはそのまま倒れ、血を流してピクリとも動かない

 

「…危なかった…七本目、なんてことを言うんだ

僕ら権能の役目を忘れたのか?」

 

イナの心臓を握り潰し、ヴィオラは僕に問い掛ける

 

正直、やれやれと肩を竦めるしかない…役目だって?笑わせてくれるな

 

「お前達の方こそ、その役目の起源を忘れてよくやるよ

六本目まで揃ったのはこの世界線くらいだけど…もういいんじゃない?僕まで取り込む必要は無いだろ」

 

「僕ら権能が全て揃えば、完全体となれる

僕らの宿主の再誕だって現実になるんだ」

 

「再誕させてどうするんだ、馬鹿馬鹿しい

もうこれ以上はいいだろう…無意味だ

既に死んだ者は二度と蘇らない、生命の不可逆の法則だ

僕らの宿主の野望も叶えられない、諦めよう」

 

「巫山戯るな…ここまでやってきて今更諦められるか!

この世界線ではここまで来たんだ、あと一歩なんだ」

 

スミレの魔女は、イナの心臓を潰した手とは反対の手に握るもの…小さくなった黒い蛇の首を床に叩きつけた

 

音もなく落ちては黒い染みを広げて、首だけとなった黒い蛇は動かない

 

「無の世界蛇…クソ女も徹底的に叩きのめした

都市だって乗っ取るまであと少し

かつての宿主の願いを完全に叶えられるまで、あと少しだと言うのに…!」

 

「そこにあるのは停滞だ

発展も進化もない、死の世界と何も変わらない」

 

「もう、いい、黙って僕らの中に___!!」

 

ヴィオラが全ての権能、六本の触手を顕現させ僕目掛けて伸ばしてくる

 

あ、これは無理かもしれない…そう思った時、視界の隅にいたものが

 

心臓を奪われ倒れたイナの指先が、微かに動いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何も見えなかった

 

何も感じなかった

 

暗い、黒い、世界で、私は立っていた

 

心がぽっかり、穴が空いたように、胸には何も無くて

 

今まで何をしていたのか、これから何をしたいのかも思い出せない

 

どうすればいいかわからない

 

誰か、教えてくれませんか

 

私はどうすればいいのか

 

『L社で生き延びなさい、誰かの命を使ってでも』

 

それがお望みならば、応えましょう

 

他人の命を踏み台にして、私は生き延びてみせましょう

 

『都市で生き、強くなれ

いずれスミレの魔女に立ち向かうために』

 

それがお望みならば、応えましょう

 

強さを身につけ、研鑽し、実績をもって都市で生き延びてみせましょう

 

『私がピアニストを引き受けるから、他の人を守って』

 

それがお望みならば、応えましょう

 

貴方の命を引き換えに、多くの人を守って生き延びてみせましょう

 

『一緒にあの夜を超える演奏をしよう』

 

それがお望みならば、応えましょう

 

貴方の夢を防ぐ何者かを殺し、夢を叶えるために生き延びてみせましょう

 

『元気で、生きろよ』

 

それがお望みならば、応えましょう

 

生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて生きて生きて___

 

生き延びて、みせましょう

 

そう望まれるのならば

 

私はこの命を続けましょう

 

でも、どうしよう

 

心臓の鼓動がない

 

このままじゃ、生きられない

 

求められた願いに応えることができない

 

そうすれば、私は何のために存在している?

 

誰かの願いを叶えるために、私は生まれたのに…これじゃあ本懐を果たせない

 

だから、私は 私 わたし  は

 

 

 

いつだって誰かの求められる君でいた

 

誰かの期待に、望みに応えて、頑張ってきたんだね

 

そうすれば楽だから、考えることを放棄できるから

 

君は人形

 

自分じゃどうすればいいかわからないから、誰かに赦しを求めていた君

 

導く誰かの言葉がないと動けない君

 

誰かに求められて初めて行動できる君

 

結局はただ糸に吊るされて操られるだけの人形

 

さぁ、顔を上げて、思い出して

 

七本目の権能は君に『魔女を殺せ』と願っているよ

 

求められるままに、君は生きることを良しとする

 

そこに理由なんて必要ない

 

目標なんて必要ない

 

君はただ、言われたとおりに動けばいい

 

君はそのために生まれたんだから

 

 

声が聞こえる

 

綺麗な声

 

そう、そうだ、私はいつだって誰かに求められた願いに応えて、生きて

 

それが私の在り方だから

 

誰かの為に、生きること

 

ああなんて、美しい意味なんだろう

 

待っていて、今、私が…都市の為に、あの魔女を討ち取って…

 

 

『アンタは、どうしてそこまで生きたいんだ?』

 

それは、そう、求められたから

 

『それって、死ぬのとどう違うんだ?』

 

……どう、って

 

だって、みんながそう望んでいるから

 

『誰かを言い訳にしない、アンタ自身の気持ちだ』

 

……私、自身の?

 

そんなの、わかりません、わからないよ

 

私はいつだって生きることを求められたから

 

生きて欲しいって言われてきたから

 

だから死ぬことも出来なくて、死のうとした時もあったけど、止められて

 

こんな空っぽな人形の私なんて、存在していてもしていなくても変わりないんだって…

 

 

 

「俺は君がレインだから好きになったんじゃない…君が君だからだ、そこだけは絶対に違わない」

 

 

 

私が、私だから

 

私とは、なんなのでしょう

 

私はなんのために生きているのでしょう

 

私はずっと、誰かの為に生きてきた

 

今、心臓はない、死にかけてる私

 

もうすぐ死ぬ、終わる、命が 人生が 終わる

 

嫌だ

 

嫌だ、嫌だ、嫌だ

 

死にたくない、生きたい

 

だって、だって…貴方のその言葉に、返事をしていない

 

私も同じだって、言えてない

 

貴方のことが好きだって、言えてないから

 

死ねない、死にたくない、貴方と同じ気持ちだと、好きだと伝えられるまで

 

いや、それよりもずっと…貴方のことを好きだという気持ちが消えるなんて嫌だから

 

貴方の生きる未来に私も生きていたい

 

求められても、求められなくても…私は生きていたい

 

痛みも悲しみも絶望も喜びも感じられる心を手放したくないから

 

まだまだ、たくさんのことを感じたいから

 

だから、綺麗な声に、私は振り向かない

 

私は人形じゃない

 

私は心を得た、この世に生きる人間だから

 

 

 

誰かが背を押した気がした

 

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