ずっとずっと、いたかった
おかあさまは、わたしのからだをちょっとずつとっていった
どんどん、どんどん、からだがなくなっていく
あしからなくなって、いたくて、なんでどうして、ってないていた
でも、おかあさまはなにもおしえてくれなくて
いつからか、おかあさまのかみとめのいろがおなじおんなのひとがたくさんいて
みんなみんな、わたしをみおろしてる
いたいよ、こわいよ、だれかたすけて
そういいたくても、こえがでないの
てがうごかないの
ねむれないの
うたをうたうしかないの
いたくてたまらないこのじかんをたえるには、うたうしかないの
ほしのうたは、おかあさまもうたったことない、しらないうた
どうしてかな、わからないけど
きれいな、ほしのうた
ほしのいろだったの
おかあさまとおなじいろのめで、ほしのいろをしたかみだったの
きれいだったの
ほかのひとたちとちがって、くるしそうなかおをしていたの
わたしのねがいを、かなえようとしてくれた
かなえてくれた
だから、あなたのねがいを、かなえたい
しにたくない、いきたいってこえがきこえるから
しんぞうがなくなったのなら、わたしのしんぞうをあげる
わたしはもうすぐしんじゃうから、まだいきたいあなたにあげる
ありがとう、きれいなきれいな、ほしのひと
わたしには、できなかったけど
どうか、おかあさまと、おはなししてあげて
レインが這いずり、イナの元へ辿り着く
心臓の抜けたイナにしがみついて、自分の心臓を取り出した
爪を突き立て、指を差し込み、骨を引き抜いて引き摺り出した心臓
それをイナの空いた穴に差し込んだ
それだけで人体蘇生なんて出来るはずがない、それは普通の人間の話
特殊に改造された人間であるイナにとってはその限りではなく
癒着した心臓は、再び鼓動を始めた
そして…動き出したイナは、すぐに立ち上がり、僕の元へ駆け寄った
蛇の影から取り出した剣で触手を弾き返し、僕を守ってくれた
「なん…お前、殺したはずなのに…!」
目に見えて狼狽えるヴィオラに、イナは歩み寄る
「母様、もうやめてください
貴方の大切な人は帰ってこない」
「う…うるさい!廃棄品のくせに…もう一度、殺して…!」
あらゆる殺し方を駆使して、ヴィオラはイナを殺そうとした
広くは無い地下の資料庫で、イナは目にも止まらぬ速さで駆け抜ける
その速さを目で追えないヴィオラだが…イナは彼を攻撃しない
ただヴィオラの攻撃を躱すばかり
「…すごいな、生で見る君の動きは」
くすんだ灰色ではない、一等星の輝きは眩く流れる
まるで流星のようだった
…ああ、きっと君なら、世界に刻まれた僕らの呪詛を断ち切ってくれる
君を見初めて良かったと、改めて心の底から思う
「イナ、今から君に僕の力を託すよ
一瞬死ぬ程の狂気が流れるけれど、君なら大丈夫だと信じている」
イナが一瞬僕を見て、同意ととって…僕はふらりと足を進めて、彼女に近付いた
彼女へ両手を差し出して、彼女の魂に溶け込む
これからは僕の自我は消えるけれど…君に全てを託させてほしい
他の権能が、かつての宿主の憎悪や愉悦を分けた自我であるのと同様に…僕は彼が世界を憎む原因となった感情を持っている
スミレの魔女が忘れた、その願いの起源
喪ったものへ向けた…愛
愛を忘れた悲しき魔女を、どうか…よろしく頼むよ
その言葉が耳に残る間に、白い輝きが私の体に募った
七本目の権能が私の中に混ざり、不思議な力が巡っている感覚
それと同時に、終わりのない光景が流れてくる
銀の鍵、開かれる地獄の扉、奏でられる演奏は神を眠らせる子守唄
無限に連なる夢境、重なり続ける時間の狭間、その先にいる誰かの姿を見た
脳を掻き出したくなるような景色だった、残った目を潰したくなるような異質さだった
けれどそれを舌を噛んで押し殺し、脈打つ新しい心臓の鼓動に耳を澄ます
大丈夫、
私の幸せが一瞬で壊れたあの瞬間
ピアニストの演奏の恐ろしさと美しさには、何者にも敵わない
流れる脂汗を拭うこともなく、ただひたすらに母様を見据える
母様は、絶望したように私の視線を受けて
「お前…返せ、それは、僕の…!!」
正気を失い、母様は私の全方位に槍を浮かべ、撃ち放つ
一斉に放たれた槍に埋もれながらも、私は頭に流れる力をそのまま手に集めた
何かが握られ、それを振るう
白い軌跡に槍は全て霧散し、母様はそれでも絶えず槍を生み出す
私の手に握られたものは、大きな白い鎌
銀色に輝きながら、光のように朧気で、それでいて強く眩く形を成している
柄の中心には銃も組み込まれている…銃と鎌が組み合わさった武器
「それは…まさか、七本目を取り込んだことによって…
心のないクローンが…E.G.Oを…ねじれではなくE.G.Oが開花するなんて…」
「いいえ、私には心があります
たくさんの人に育ててもらった心が」
七本目が宿ったことで常に見えるようになった、母様の権能達
周囲に漂い揺らめくその触手に向かって駆け出し、鎌を振るう
形の無いそれは両断され、薄らに消えていく
「お前…僕の、権能を…
七本目の権能の力が…」
「母様、私と話をしましょう」
「……っ!お前に、話すことなんて何も無い…!」
いくつもの機関銃が作られ、無数の弾丸が放たれる
その全てを躱し、機関銃を切り裂いた
怯えるように後退る母様に、私は声を掛け続ける
「私、L社で好きなひとができました
そのひとはお酒にだらしなくて、怠けてばかりで、どうしようも無いひとですが…あの場所で誰よりも優しかったんです」
もう一本、触手を切り落とす
母様の姿がいくつか若返り、小さくなった
「やめろ、来るな、来るな!」
「都市で家族ができました
大事なお父さんと…その人と結婚した女性です
師匠に沢山のことを教わりました、叔父でもあったその人も含めて…大切な、私だけの家族」
弾丸が絶え間なく私の足を止めようと波のように迫る
鎌でその弾丸を弾き、切り裂いていくも…数が多すぎて捌ききれない
幾つかが私の体を貫くけれど、痛くはない
その波の粒子を見分けるように、残る右目に血が集まって熱くなり、集中力が高まる
一つ一つの球の流れが見え、僅かなひとつの隙間が見えた
その合間を縫いながら、E.G.Oを構える
引き金を引けば長い銃身の先から光を圧縮した弾丸が放たれる
その弾丸は隙間を直進し、触手に着弾し破裂した
もう一本、母様は私と同じくらいの女の子になった
「やめ…やめろ…やめろ!
僕にはそんなものいない…!いなくなった!どうして、お前如きがそれを…!
僕が失ったものを手にしてるんだ!
認めない、赦せない、お前は、お前だけはぁぁあッ!!」
地下空間全てを屈折させて、天井が落下してくる
私を押し潰そうと迫る天井に抵抗し、全力で押し返す
逃げようとすれば潰され、押し返すにも力は拮抗している
「そのまま潰れてしまえ…!は、はは、ははは…!」
動けない私を捉え、潰そうと力を込める母様
一瞬、E.G.Oが強く光を放った
その光へ意識が向いている隙に、母様の首元を何者かが斬り裂いた
首の半分が斬られ、何が起こったかわからない母様は力を緩めて…その瞬間に私は押し迫る天井から抜け出した
誰が、母様に攻撃をしたのだろう
「……は?」
「え…」
私を守るように、小さな白い毛玉が母様との間に佇んでいる
毛玉の尾は煙のように燻りながら…その先は鎌のように鋭く伸び、血を滴らせていた
その毛玉の耳元に、見知ったものが見える
青い…ノイズデバイス
それは…死んだはずのあの人が、片耳につけていたもの
「……まさ、か」
毛玉が振り向いた
中央に空いた青い虚空…その様相は、ねじれたあの人によく似ていて
「アル、ガリア……?」
毛玉は何も話さない
けど、私には聞こえる…彼の声が
「…ふ、へへへ…私のために、出てきてくれたんですね」
ふにゃり、と笑えば、その毛玉は尻尾を振った
「あ…青い、残響…?なんで…なんで、ここに…!」
きっと、アルガリアが遺したあの頁だろう
私が呑み込んだ頁は私の魂に溶け込み、それが権能によるE.G.Oの発現に影響され、その形になった
それはまるで、魔女の使い魔のよう
「このっ…死に損ないが…!」
アルガリアは私の肩に乗り、見えない左目の代わりとして母様の攻撃を防いでくれる
重力が変動する黒い球体を浮かべ、私の急所目掛けて放ってくる
「首を狙われたら、姿勢を低くして一歩踏み込む」
床から槍が突き出し、私を刺し殺そうとする
「跳躍回避の時は体の中心を軸に捻り、体重を乗せて上から叩き込む」
壁が突き出ては、私を押し潰そうとする
「動きは流れ、音を聞いて流れを読む
…全部、貴方の教えです」
アルガリアは褒めてくれた
貴方に教わったこと、全部を今出し切って
刃は弧を描き、権能を断ち切る
「あ、あぁぁあ…!やめろ…やめろ!七本目の権能で切り離されたら…もう僕らは繋がることができない…!
やめろ…嫌だ…嫌だ!ここで終わりたくない!
だって僕らにはこれしかない!かつての宿主が、あの男が遺した願いしかないのに…!
世界中が敵なのに、誰も僕らに理解を示してくれなかったのに!」
絶望に染まった母様の顔は青ざめ、小さな子供の手で最後に私の刃を止めようと足掻く
その手の先に巨大な重力の塊が現れる
圧縮されたブラックホール、引き摺られるのを脚に力を入れて耐える
ブラックホールはどんどん肥大化し、鎌を突き立て支柱にしても床の石材すら吸い込まれていく
「もう願いが叶わないのなら…全部…全部消えてなくなれ!」
その時、黒い影が母様に飛び掛る
首だけとなった無二が、母様の右腕にその牙をたて…右腕を喰いちぎった
「は」
ブラックホールは消失し、この隙を逃さず私は一歩踏み出した
音を超える速さで、瞬きの間すら与えない
最後の一本は…母様本人
人の形が揺らぎ、触手となったその姿を…私は自分だけのE.G.Oを振るって刈り取った
暗闇の中で一等に輝く明け星
白銀の星の軌道で、その魔女の命は断ち切られた