Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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The right mission,The fate of the only mistakeⅠ

 

静寂のみがその場を支配する

 

縦に真っ二つに裂かれた案山子は血を吹かせることもなければ、事切れることもなく蠢いている

 

やがては塵と化し、巨体は塵と化し掌よりは少しだけ大きいサイズの()が残された

 

その場の誰もが動けずにいた

 

ただ一人…手に持つ槍で案山子を割いた張本人、レインを除いて

 

「鎮圧完了です、皆さん、管理業務に戻りましょう

生き残ったオフィサーの方は案山子が再生する前に核の再収容を…」

 

いつもの変わらない無表情が、その場にいるエージェント達に底知れぬ恐怖を抱かせる

 

「…お前…チーフ!お前、今自分がしたことわかってんのか!?

お前は自分の部下一人身代わりにしたんだぞ!お前、部下を殺したようなもんじゃないか!」

 

カウレスが怯えた目のまま、レインの胸倉に掴みかかる

 

怒りとも呼べず、嘆きとも言えない、彼がぶつけるのはただ「どうして」という疑念だけである

 

レインは案山子による攻撃に対し、カレンを案山子の方へ投げたことでカレンが代わりに案山子により殺された

 

案山子はカレンの脳を吸い出し、満足げに活発になった

 

脳を吸い切ったその一瞬の隙を尽き、レインは案山子を切り裂いたのだ

 

「レインさん、貴方この間もそうでしたよね…?

貴方の部下三人、貴方が囮にして殺しましたよね!?」

 

他チームの職員も声を上げる

 

恐怖に歪んだ顔は変わらないが、それでも震える声を必死に絞り出す

 

レインは自分に掴みかかったカウレスを見上げる

 

カウレスはその瞳を見て、脊髄に氷の針を何本も刺されたような錯覚に陥る

 

レインの紫の瞳は、虹彩こそ美しいが…瞳孔はあらゆるものを吸い込んでしまいそうな奈落を思わせるほどに深く、暗かった

 

「…皆さんがそこまで気楽なものだったとは、残念です

ここはロボトミー社、都市を支える翼の一つ

故に、生半可な覚悟では全滅してしまいます

アブノーマリティの管理は危険が伴う、皆さんここに就職なさって、それは一番理解していますよね

今更死人が出て、なぜそこまで騒げるのですか」

 

「お前…カレンを殺す前に、カレンを助けていただろ!なのになんで…」

 

カウレスが胸に抱える疑問をぶつける

 

それに対し、レインはさも当然のように答える

 

「なんで…?

 

私の存命に役立たないうちから勝手に死なれたら()()()()()()()()?」

 

その言葉に、カウレスも、他チームのエージェント達も絶句する

 

勿体ない、たったそれだけでカレンという一人の職員は生死を扱われたのだ

 

レインは緩んだカウレスの手を解き、防護服の襟を直しながらエージェント達の間を通り抜け、メインルームに戻る

 

メインルームにいたのは、ロイドのみだった

 

「…やったんすね」

 

「何がですか?」

 

「…いや、なんも言わねっす…

ここは、そういう場所だし…裏路地に比べたらここはいいとこっすから」

 

ロイドは視線を伏せ、暗い顔を見せながらそう呟いた

 

「賢明な判断です」

 

レインはその後も通常の業務を行った

 

それは他の職員も同様であるのだが、数名のエージェント達はわだかまりを感じたまま、一日の業務は終了した

 

 

 

その日の終わりに、レインは更衣を終えスーツ姿で管理業務施設内を歩いていた

 

コントロールチーム管轄のO-03-03・たった一つの罪と何百もの善、F-04-83・妖精の祭典、F-05-52・蓋の空いたウェルチアース、O-09-95・輝く腕輪

 

情報チーム管轄のO-01-12・オールドレディ、T-02-99・空虚な夢、O-02-98・ポーキュバス、T-09-77・熱望する心臓

 

安全チーム管轄のO-03-60・宇宙の欠片、T-01-54・捨てられた殺人者、T-09-85・何でも変えて差し上げます、F-01-87・知恵を欲する案山子

 

夜の散歩にしてはあまりにも物騒で物々しい社内で、レインは右上腕を撫でた

 

「…情報更新、記憶送信

母様、レイン初期型575は本日も己が機能を全うしました」

 

まるで祈りのようなその言葉

 

今まで無表情だった彼女の顔が僅かに歪み、聖女のような微笑みを浮かべた

 

「…」

 

レインは一通り社内を徘徊し、その日の情報を更新させる

 

レインという人間は、いわばコピー人間である

 

オリジナルの「レイン」という人間から、肉と骨の細胞を抽出し、「母様」の血液のDNAと組み合わせて作り出されたクローン体

 

それが彼女の正体である

 

クローン達はこのL社の「周期」ごとに新たな個体が送られてくる

 

現在、反復575回目

 

これからも続くと予想されているこの繰り返しは、ひとつのシナリオを完遂するための地獄だ

 

ここでクローン達は周期ごとの情報を取り入れ、「本社」へ送信し今も製造運用段階のクローン達と同期

 

その情報を基に、「母様」はクローン体に改良を施していく

 

その目的は子供達であるクローンにも知らされてはいない

 

それでもクローン達は「母様」の言うことに従順でいるのだ

 

もともとそういうふうにシステムが施されていることもあるが、クローン達には母と慕う魔女しかいないのだ

 

「…帰りましょう」

 

レイン575は社員寮の方へと戻っていく

 

明日も彼女は、母の命令と自分の本能のまま働くのだろう

 

オリジナルに課せられたとある実験により強化された本能

 

()()()()に従い、他の命を踏み躙り続けるのだ

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