Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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From now

980年 7月1日 午前8時20分

 

「ネツァク様、たそがれてるのはいいんすけど手伝ってくれません?」

 

「無理ですよロイドさん、あのボーッと窓の外眺めてる時間はネツァク様のルーティーンなんですから!あ、外郭西の珍味ですって、後で皆さんで見てみましょうよ」

 

芸術の階の司書補の声を右から左へと聞き流す

 

俺は絶賛、椅子に背を預けながら窓の外を見ているだけ

 

都市の中に図書館があった頃と違い、ここは人間の文明が廃れた痕跡しかない外郭の荒野だ

 

痩せこけた土地の周辺に人が住んでいる気配もなく、怪物が適度に闊歩してるあの世のような景色

 

都市と違って、多少は空がよく見えるくらいしか取り柄のないこの場所で…俺はずっと待っている

 

図書館が外郭に放逐されたのも、もう何年か前になるが

 

あの時再会したあの子が、再びここに訪れるのを待っている

 

ただし彼女は都市に生きる人間だから、そう簡単に外郭まで足を運べないのかもしれない

 

待つのは慣れている、結果的には一万年程待ったんだから、このくらいは今更どうってことも無い…と思い込んでいる

 

ただ彼女の養父である黒い男からは「また遊びに来るってよ」と言われただけなのだ

 

次を約束されたのだから、まだかまだかと待ち侘びてしまうのも仕方がないから許してほしい

 

司書補達も今更呆れるを通り越してくれているだろう…多分

 

ともかく、俺は今日も待っている

 

星のように一瞬の輝きで駆け抜けていく、あの女の子を

 

そう、ちょうど今窓の外…空を走る白銀の流れ星みたいな…

 

…いやあれ、流れ星じゃないな

 

というか、迫って来てるな

 

「…こっちに突っ込んでくる」

 

「え?何がですか?」

 

「ネツァクの妄言だ、突っ込むな」

 

「いや本当に、あれ見てくださいよ、どんどんこっち、に…」

 

悲鳴が聞こえる

 

聞き覚えのある、女の子の…

 

「……ぁぁぁああああああ!!ぶつかるぅぅぅううう!!」

 

その言葉が聞こえたのと壁が吹き飛ばされたのはほぼ同時だった

 

その場にいた誰もが驚いただろう、なんなら衝撃音と破壊の振動で上下の階から何事かと様子を見に駆けつけた者もいた

 

驚きのあまり椅子から転げ落ちて尻を強打したが、それよりも壁に突っ込んできた何者かが気になって仕方がなかった

 

土煙で姿は見えないが、本棚から落ちてくる本が頭にぶつかったのか「いたっ」という声が上がる

 

その声を知っている

 

人は声から順番に忘れていくと言うが、忘れることはなかった…ずっと焦がれていた声だ

 

「うわ、ど、どうしましょう…壁に穴開けてしまいました…これ、弁償とかでどうにかなりますかね?」

 

粉砕した壁の瓦礫を踏み越えて、、一人の女の子が現れた

 

白銀の髪、隻眼のスミレ色…肩に乗せているのは見たこともない(けど微かに既視感のある)謎の白い生き物

 

白い大鎌を杖代わりに瓦礫を乗り越えてきたのは…俺がずっと、待っていた人

 

「…あ、おひさし、ぶりです…」

 

気恥しそうにはにかむ、イナだった

 

 

 

「お前、来るなら普通正面玄関だろ!壁を破壊して入ってくるとかそこまで脳筋に育てた覚えはないぞ!元から脳筋だったけど!」

 

「きゃー!ちょ、ローラン!髪がボサボサになっちゃいます!」

 

久々に訪れた図書館で、私は懐かしい人々と再会する

 

挨拶をと思い、ローランやアンジェラに会いに行くと、ローランは嬉しそうに私の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す

 

お陰で頭は鳥の巣のようです

 

「久しぶりね、イナ

元気にしていたかしら」

 

「えっと、多分?いろいろありましたが…私実は時差ボケがありまして、図書館から帰ってきたのは二ヶ月程前でして…」

 

「マジかよ、時差ありすぎだろ…まぁ若干俺のせいでもあるのか」

 

髪を直しながら話をしていると、肩にいるアルガリアが不機嫌そうに唸る

 

十中八九、ローランに威嚇しているのでしょう

 

「ところでイナ、その小汚い犬っころ…まさかと思うが」

 

「はい!アルガリアです!」

 

「なんで生きてるんだテメェ!?」

 

その指摘を皮切りに、アルガリアはローランに飛び掛かり二人は悶着する

 

アンジェラは白い毛玉となったアルガリアを観察し、思った所感を呟く

 

「…残った残滓の頁ね

青い残響本人ではないけれど…」

 

「そうですね…アルガリアはあの時に死にましたから

あのアルガリアは、あの人が私に残してくれた未練、のようなものじゃないかと思うんです

私がその頁を取り込んだから、それが私の魂に溶け込んで…E.G.Oの力で具現化されたんじゃないでしょうか」

 

「あら、貴方もE.G.Oを発現させたのね

一度ねじれかけたから、素質はあったのでしょうけど」

 

「はい!紆余曲折ありましたが」

 

アルガリアはあの時確かに死んだ

 

あの毛玉はアルガリア本人では無い…あの人が残した、私を家族だと思う心、私への未練

 

だからあのアルガリアは、私についていくれる

 

私が、都市でひとりぼっちにならないように、傍で見守ってくれる存在

 

「イナ〜!」

 

「わ、ココ!お元気そうですね」

 

駆け付けてきたココが私に飛びつき、強く抱きしめてくれる

 

相変わらずの活気に、思わず押し負けてしまいそう

 

「ロイド達から聞いたよ!壁を蹴飛ばして乗り込んできたんだって!?

くぅ〜やるぅ〜!ハードで痺れるよ〜!」

 

「いえ蹴飛ばしたわけでは…ちょっと話盛ってますよね!?」

 

「いやぁ、ほとんど変わんないと思うっすよ」

 

ココの後ろにいたロイドが悪びれもなく頭を搔く

 

素知らぬ顔をしているのがなんとも憎らしい

 

「大して違いねぇだろ、ちんちくりんのくせにどこにそんな力があるのか」

 

「いや、私のE.G.Oが飛行性能も備わっていたので試しに飛んでみたら操縦が上手くいかなくて地上に着地できなかっただけなので…

というかカウレス煙たいです!また煙草ばっかり吸ってたんでしょう!」

 

「ふっ、煙の良さもわかんねぇなんて、まだまだガキだな」

 

カウレスの吹き出した煙が私の顔にかかり、あまりの煙たさに鼻をつまんで手で払う

 

匂いがつくからやめてほしいんですけど…

 

「うわ青い残響が子犬みたいになってる!犬種は何ですか!?ポメラニアン!?」

 

オーウェンは殺し合いをしているローランとアルガリアの間に割り込んで、アルガリアを両手で掴み上げる

 

相変わらずの度胸に、感心すら抱きます

 

「可愛いですね〜レインさ…違うか、イナさんが飼ってるんですか?」

 

「飼ってるわけでは…ふふ、オーウェンの頭とそっくり」

 

オーウェンもふわふわとした髪質なので、ふわふわが二倍になっています

 

「……」

 

その向こう側から、突き刺さるような視線を感じます

 

それはきっと、カレンのもの

 

「…えっと、カレン…」

 

「…なんですか」

 

「私、貴方に謝らなくては…貴方の命を使ったこと、本当に申し訳ありませんでした」

 

カレンの真正面へ歩み寄り、深く頭を下げる

 

謝ってどうにかなることではないことは重々承知していますが、それでも通すべき筋は通さなければ

 

「……赦しはしません、けど…恨むのはやめてあげます」

 

どうして貴方が罰の悪そうな顔をするのでしょうか

 

恨まれて当然なのに、それをやめてくれるなんて…きっと貴方は、心根が本当に優しい子なのでしょう

 

「それはそうと…芸術の階でネツァク様が待ってますよ」

 

「え?」

 

「私達だって野暮じゃありませんから…二人のお時間を用意することくらい、出来ます」

 

「あの毛玉はこっちで抑えとくからよ

俺らの指定司書に「仕事しろ」って喝入れてきてくれ、得意だったろ」

 

気合いを入れるようにカウレスが背を叩き、オーウェンにめちゃくちゃにされているアルガリアは今にも誰かを殺しそう

 

確かに、アルガリアがいたらあの人とゆっくり話すことも出来なさそうですものね

 

ここは皆に任せて、私は突撃してしまった芸術の階に戻る

 

いくつかの階層を上がれば、神秘的な緑の空間に到達する

 

私が開けたであろう壁は、アンジェラが綺麗に直してくれたみたいで安心しました

 

ひとつのソファに、いじけた様子で横になる緑の人を見つける

 

「ネツァクさん」

 

そう呼んで近づくと、じとりとした視線を向けられる

 

なるべく目線が同じ高さになるように、屈んで彼の顔を覗き込んだ

 

「…来るのが遅い…」

 

「ごめんなさい、遅くなっちゃいました」

 

「俺…ずっと待ってた…」

 

「待っていてくれてありがとうございます」

 

「もっと褒められるべき…」

 

「図々しさは相変わらずのようで安心しました」

 

ネツァクさんはもそもそと体を起こし、私が座れるスペースを空けてくれる

 

少しだけ間を空け、隣に腰を下ろす

 

…今更ですが、とても緊張しています

 

心臓が張り裂けそうなくらい早く鼓動しています

 

「元気でしたか?」

 

「まぁ…ぼちぼち」

 

「変わらずお酒ばっかり飲んでるんじゃないですか?」

 

「それは…まぁ、否定しないけど」

 

「駄目ですよ、飲みすぎは体に悪いんですから

今は人の体なんですし」

 

「寂しい夜を酒で誤魔化してたんだって」

 

「嘘ばっかり!貴方はどんな時でも隙あらばビールビールって…

…ふふ、なんだか懐かしい」

 

L社時代のことを思い出す、あの頃は現実逃避のように酒と薬に逃げていたネツァクさんをよく叱っていたっけ

 

今は…薬はやめても酒は続いているようですが

 

少なくとも、多少は仕事に前向きに取り組めるようになったのでしょうか

 

ともかく、こういうやり取りがなんだか懐かしくって、嬉しくなってしまう

 

「あんまりロイド達に迷惑はかけないようにしてくださいよ」

 

「わかってるって…ホント、口うるさいところは変わらないな」

 

「当然です、手のかかる上司の部下ですから」

 

「誰が手がかかるって?」

 

そう言い合って、どちらともなく笑い合う

 

こんな風に笑える日が来るなんて、夢にも思わなかったけれど

 

今こうして、好きな人と話が出来て、笑うことが出来る…これがどれだけ幸せなことか

 

生きることを、諦めないで良かった

 

切に、そう思う

 

「…イナは、これからどうするんだ?」

 

「まずは都市に戻って、状況確認ですかね

母様…スミレの魔女を、倒したので…諸々どうなったのかを確認して…

協会から然るべき処置を受けた後は…ねじれを解決したり、「鏡」を探そうと思います

フィクサーとして続けられるかはわかりませんが、少なくともピアニストや、残響楽団のような悲しい事件が起きないように…」

 

暴れ回ったローランを責められないほどに、私もやらかしてしまいましたから

 

その清算は受けることは覚悟しています

 

その後は…生きて、もっといろんなものを見て得た感情を学ぶこと

 

かつて私が苦しんだねじれ…それによる悲しみが増えないように、少しでも多くのねじれの事件を解決する

 

光が再び不十分に行き渡ってしまっているのなら、ねじれもきっと再び起こってしまうのだろう

 

既に都市でねじれ事件が起きているかもしれない

 

私はねじれによって家族を失った

 

アンジェリカを、そのお腹の子を、アルガリアを…

 

その喪失感の痛みが、これ以上増えないように

 

私はねじれをひとつでも多く解決したい

 

そして、母様の言う「鏡」を探す

 

あらゆる世界に母様のような権能が根付いているのなら、それを切除する

 

きっとここと同じように、世界が権能によって管理されてしまうのなら…そこには不幸も無ければ幸福もない

 

彩りのない停滞した世界…それは、かつてネツァクさんが言ったように、死んでいることと何も変わらないから

 

そうなってしまうのは、私が嫌だと思うのです

 

幸不幸も、苦痛も歓びも、善も悪も…人生の色彩になる

 

私が心を得て出した結論

 

だから、私の人生が続く限り、権能を狩り続ける

 

それらが世界にかけられた呪いだというのなら、その呪いを断ち切る

 

それが私のこれから

 

そのためにもまずは、他の世界というものに行ける方法を探さなくては

 

「ふぅん…

…ここに残ってくれるわけじゃないのか」

 

「ローランも言ってました、それ

でも私は都市で生きます

私に出来ることがまだあるので」

 

「…俺は、図書館から出られないから…

…会いに来てくれる、よな?」

 

小首を傾げるその仕草がなんとも愛らしく、思わず心臓が締め付けられてしまいました

 

ずるい、それはとてもずるい

 

「も、もちろんです!だって、私もネツァクさんのことが…

す…す……すす……」

 

「す?」

 

「……す、好き、ですから」

 

自分ですら聞き取れないくらいの小さな声に、情けなくなる

 

自分の気持ちを口にすることがこんなにも大変なことだとは

 

「ん?なんだって?」

 

聞き返すネツァクさんの顔はどこか愉快そう

 

この顔、わかっていて聞いていませんか?

 

「…好き、なんです!

ネツァクさんのこと、ずっとずっと前から…!」

 

ヤケクソで吐き出した言葉で顔に熱が集まる

 

湯気が出そうなくらいの熱さに、両頬を押さえる

 

恥ずかしくて堪らないけど…あの時の返事が出来たから、胸のつっかえが取れたような気持ち

 

「……そうか

両想いだな、俺ら」

 

「そ…そう、です、ね!」

 

「歯切れ悪すぎだろ…はは」

 

機械の姿とは違う、柔らかな笑顔

 

あの姿も素敵だと思うけれど、人の体だとこうも違うなんて

 

可笑しくなって、私もつられて笑ってしまう

 

好きです、ネツァクさん

 

貴方のことが、ずっと大好きです

 

 

 

「では、私達はこれで」

 

「次からは正面玄関から来てちょうだい」

 

「はい…」

 

図書館へ入退場する中央扉の前で、ローランとアンジェラが見送ってくれる

 

ネツァクさんとは、一足先にお別れしたけれど…次にいつ来るのか、まだもう少しいるべきとか沢山駄々を捏ねられました

 

「次来る時はもう少し身長を伸ばして来いよ」

 

「当然、まだまだ伸ばしますよ!」

 

「ゲブラーから、次会う時は悪い癖を直しておけ、って」

 

「あの人あの一度の共闘でそこまで…」

 

少なくとも、私は図書館には受け入れられているようで安心しました

 

そんな折に、アンジェラの背後から黒い女性が現れた

 

「もう往ってしまうのか」

 

ビナー…彼女にも、いろいろとお世話になりましたね

 

「その節は、ありがとうございました」

 

「何、魔女のらしく無い貌をこの眼で観れはしなかったが…さぞ、愉快な顛末だったのだろう」

 

「…」

 

母様のしたことは決して受け入れられるべきものではないけれど…母様がいなければ私はここにいない

 

だから私は母様に感謝もしているし、母様の孤独を憐れんでしまう

 

愉快、だなんて言われて…納得できない

 

母様は私の往く道を、呪いながらも祝福してくれたんだから

 

ひりつく空気を放つ私を、傍らのアルガリアが窘める

 

…そうですね、ビナーに殺意はない…ここで争っても意味はない

 

「複製された命であるお前を、都市が受け入れたのは何故だか解るか?」

 

「…?」

 

「お前が、一人の人間に成ったからだよ」

 

長い外套を翻し、ビナーは図書館の奥へと引っ込んでいく

 

「今度訪れた時には、私の元にも貌を出すと善い

紅茶で持て成してやろう」

 

「…はい」

 

私は重圧のあるその言葉に短く返事だけを返す

 

…もう行かなければ

 

「それじゃあ、ローラン、アンジェラ

お元気で」

 

「ええ、貴方もね」

 

二人は手を振り、私を見送ってくれる

 

それに手を振り返し、扉の向こうへ足を踏み出そうとしたとき

 

「イナ」

 

ローランが一度、呼び止めて

 

「行ってらっしゃい」

 

そう、送り出してくれた

 

「…行ってきます!」

 

今では遠く感じる、あの幸せの日々

 

暖かな家の中で繰り返したやり取り

 

それを嚙み締めながら、私は一歩踏み出した

 

 

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