同日
レイン575は、朝から思い悩んでいた
昨夜の問答について、考えを巡らせていた
「…」
「アンタは、どうしてそこまで生きたいんだ?」
ネツァクから問われた言葉が、頭の中で堂々巡りを繰り返していた
「どうして…」
理由なんて考えたことはなかった
目標なんて考えたことはなかった
何がしたいだとか、こうありたいだとか、そんな思想はない
生まれる前から、彼女達は魔女の子どもであり、道具なのだから
「…」
「…あ、あの…」
隣から声をかけられる
今日入ったばかりの新入社員だった
「ち、鎮圧指令です…捨てられた殺人者の…」
「…わかりました」
指示アナウンスを聞き逃すほど、今のレイン575は心ここにあらずといった様子であった
レイン575は槍を手に持ち、メインルームを飛び出す
収容室へ続く廊下に、収容違反をした捨てられた殺人者がいる
「う、うわあああ!」
そこに、襲われそうな新入社員がもう一人
レイン575は足に力を籠め、一気に跳躍し、捨てられた殺人者の背後を取り、その槍で貫いた
「…!」
「全く…手を煩わせないでいただきたいですね」
捨てられた殺人者は塵となり、やがては収容室に戻っていた
「…無事ですか」
「え、あ、は、はい!」
尻もちをついていた職員は立ち上がり、勢いよく頭を下げた
「ありがとうございます!助かりました!」
「…礼を言われるほどでは…」
「何かお礼させてください!あ、俺、オーウェンっていいます!自己紹介聞いてなかったっぽいんで」
「…安全チームチーフのレインです」
勢いのある新人に気押されながらも、レインは脳内の情報を探っていく
(オーウェン…巣の大学卒業生でそのままL社に入社…)
「そうだ!今日晩飯どうっすか!ここの社員食堂の飯うまいって聞いたんですよ!カウレス先輩から!」
「いえ、私は…」
「チーフは何が好きですか!俺はやっぱカツ丼!大学受験も入社試験もカツ丼で乗り切ったんですよ!」
「…」
勢いがありすぎて話を聞いていない青年の話を聞きながら、レイン575はメインルームに戻っていく
先程死にそうになっていたのにこの切り替わりには、正直レイン575も驚いていた
やがてその日の業務を終え、レインは更衣を終え控え室へ出てくると
「あ!レインさ~ん!」
犬のように元気なオーウェンが彼女に駆け寄ってきた
「約束っす!晩飯行きましょう!」
「…」
レイン575はその日の終わりに社内を巡回し、情報を更新しては母達の元へ送るという仕事が残っている
しかしオーウェンの誘いを断れば問い詰められそうだし、社内の方へ戻るのを見られては更に面倒なことになりそうだと判断したレイン575は、彼に引っ張られるまま社員食堂へと連れられる
「レインさんは何が好きなんすか」
「…好物はありません、嫌いなものも
食事とは生きる為のエネルギー摂取、バランスよく健康に良ければ何でも…」
「え!なんですかそれ!つまんなくないですか!」
オーウェンの遠慮もクソもない率直な返しにレイン575は少しむかつきながらも、冷静に返答を返す
「はい?
面白くする必要なんてありますか?」
「ありますよ!せっかく生きてるんですから!
都市の生活って息苦しいけど、嫌なことだけじゃ気が滅入りますから
好きなもん増やして幸せに浸れるときは多くあった方がいいんです
好きも嫌いもない人生なんて、生きてる!って感じしないじゃないですか
あ、食券機の使い方わかります?」
能天気かと思えば、唐突に哲学を語りだすオーウェンに、レイン575は驚愕する
「…好きなものがあった方が、人生の質が潤う…ということですか」
「ああそうそう!そういうことです!
ここもおっかなびっくりなとこですからね、飯くらい好きなもん食って「さぁ明日も頑張ろう!」って、生きる気力にもなりますから!」
生きる気力
人生の質
そういうものは知らなかった
生きること、ただそればかり念頭に置いていた
どう生きるかは、生きる理由や目標に繋がる
「…好きなもの」
必要最低限以上のこと
それこそ、彼女の求める「生きること」をより良い方向に導くのだ
「…気になるものはあります」
「お、なんですか?」
レイン575は一つのスイッチを指さした
そこには、「ニンニク増し増しネギ増量豚骨ラーメンチャーハン定食餃子三人前付き」と書かれていた
「レインさんワイルドっすね!いいんですか女の子がそんなもん食って!」
「いけませんか?」
「いや!むしろチョー痺れるっす!それで行きましょう!
俺もメガ盛り行きます!」
オーウェンは二枚の食券を購入し、カウンターへ提出する
「今は混んでますから、先に席に行きましょう」
オーウェンについていくまま二人席に到着し、レイン575は椅子に腰かける
暫くすると、オーウェンが受け取っていたブザーが鳴り、オーウェンは食事を取りに行く
「…好きなもの」
食事は栄養、睡眠は休息
どちらも生存には欠かせない要素であり、三大欲求のうちの二つに数えられる
彼女達は、必要最低限の物のみで生きてきた
無駄なく、効率よく、生き続けられればいい
故に好き嫌いなんてものはなかった
しかし、好きと嫌い、以上も以下も、人間にとっての娯楽となる
趣味、好物、幸福…それらプラスの要素が、生きることをよりよくしてくれるのだ
より幸せに生きたい
生存本能の先にある幸福的欲求は、誰もが持つものなんだろう
しかし、コピーされたレイン達にそんなもの持ち合わせていない
いつまでも生存本能のみで、成長を促されていない
レイン達の母は、彼女達を道具として見ているし、子供達もそれが当たり前としていたのだ
(私にとっての幸せとは、なんでしょう)
彼女の中に、昨日とは違った疑問が浮かぶ
それに対する答えはすぐには提示されなかった
「お待たせしました!さぁ熱いうちに!」
オーウェンが運んできたトレイには湯気が立ち上る大盛りのラ-メン定食とカツ丼
レイン575の前にはラーメン定食が置かれる
「美味そうですね!いっただきまーす!」
オーウェンは箸を持って大きなカツを食べ始める
「…いただきます」
食べるときの挨拶なんて教わらなかった
見よう見まねで呟き、チャーシューとメンマとネギに隠れた麺を探り出し、数本啜る
「…濃厚なスープの味に麵が絡みつき、コクがありつつあっさりとしていますね
油が強いことは否めませんが」
「お、レインさんツウっすか」
一口、また一口とラーメンを口に含め、咀嚼し、飲み込んでいく
その勢いはオーウェンも目を見張るほどだった
「…レインさん、今日は本当にありがとうございました」
半分ほど食べ進んだところで、オーウェンは静かに感謝の意を表する
「…何度も言いますが、お礼を言われるほどではありません
私は」
貴方の命を使い捨てる為に助けたのだから
そう続けようとするも、オーウェンにより遮られる
「俺、やんちゃ坊主だったんすよ、親にも迷惑かけっぱなしで…
巣の大学は両親が必死に金集めてくれて入れてくれたんです
俺、そんな両親に親孝行したくて…頑張ってL社の新入社員枠取ったんです!
その報告したら、両親泣きながら喜んでくれて…
ここで稼いだ金で、両親連れてワープ列車で旅行行くのが夢なんですよ!
だから、今生きてるのがほんとにありがたいです」
オーウェンは気恥ずかしそうに頬を掻き、食事を再開した
レイン575はそれを聞き、箸を止めた
(…生きる目標)
明確な目標を語られ、レイン575は悩みだす
(…私には、そんなもの…)
夢はあるだろうか
子供として母の役に立つこと、彼のいう親孝行と似たようなものならあるのだ
しかし、それは生まれる前から施された教育、義務感に過ぎない
オーウェンのように、自分でこうしたいと決めたことではないのだ
「アンタは別に自分がかわいいからとか死ねない理由とかがあるわけじゃないだろうな
俺達と同じで、替えも利く
ただ、生きる事が行動理念なんだろうが…生きる理由も目標もない
それって、死ぬのとどう違うんだ?」
母は彼女に生き続けることを命じた
もし、何もないまま生きることが死んでいるのと同義ならば…
「…ええ、なんだかむかつきますね」
「え、俺なんかまずいこと言いましたか!?すみません!」
レイン575は改造クローンではあるが、れっきとした人間である
それなのに、機械にここまで言われっぱなしなのも癪に障るのだ
丸一日遅れてふつふつと湧き上がる苛立ちに任せるように、レイン575はラーメン定食を勢いよく食べだす
餃子もチャーハンも、スープさえ飲み切ったとき、オーウェンは呆然としていた
そして、机を手で叩き立ち上がる
「…あのすました機械面に必ずや目にもの見せてやります」
こうして彼女は決心した
必ず、生きる理由や目標…生きるための意味を見出し、自分自身の願いを見つけ出すと