xxxx年xx月xx日
都市・裏路地・5区
深夜2時47分
一つのビルの上に、二人は立っていた
一人は黒いコートを靡かせた女の子
もう一人は白い白衣を着た美しいヒト
彼女たちが出会った雨の日の記憶は、もう二年も前だった
「この仕事には慣れた?」
美しいヒトが彼女に問いかける
「それ、毎月聞いてるよね」
彼女が缶コーヒーに口をつける
寒い冬空の下、都市はまだ起きている
さすがに建物も次第に眠っていく頃に、二人はようやく会話ができる
「心配なんだ
「彼」は危険人物だからね、僕も命じられたとはいえ、君に危険を及ぼしたくないし…」
「まぁ、「黒い森のスミレの魔女」がほんとに存在していたのは驚いたけどさ…それでも、福利厚生がついていて、衣食住も確保できていて、仕事内容も相応にハードだけど…割に合っていていい仕事だと思うよ
都市にこんな職場があるなんてね、翼になればいいのに」
「うまい話には裏がある、というだろう?」
「アンタ、私に対してだけやけに心配性だね?」
「当然だろう、恋人なんだから」
美しいヒトのその言葉に、彼女は照れ臭そうにコーヒーをすすった
彼女と出会ったあの日から、美しいヒトは彼女の事を気にかけていた
業務内容こそ違えど、時間があれば彼女の元に向かっては対話を望んだ
見目の良さも去ることながら、彼女が惹かれたのはその優しさと、相手から向けられる純粋な好意が理由だった
出会って五ヶ月が経つ頃には、どちらともなく恋人としての関係が築かれていた
「君には、幸福に生きてほしい」
美しいヒトはそう呟いた
美しいヒトは、今までに何度か言っていた
いざとなったら、君を逃がすと
どこに?と彼女が問うても答えは返ってきた試しがない
彼女はその言葉に、胸を締め付けた
「…それ、貴方は自分の事を考えてないよね」
美しいヒトは彼女を見た
深海のような瞳、夜空のような髪
どこまでも暗闇に染まる深い青が、切なそうな顔で見つめてきた
「貴方はいつもそう、自分の事は後回しにして私の事ばかり…
私は、貴方も幸せになってほしい
こんな世界でも、幸せにはなれる
現に私は今幸せだよ、貴方との日々が今までの人生の中で一番色鮮やかに染まってるから
気が付いたら都市で生きていた、モノクロの毎日
それが、貴方のお陰で色づいたの
だから…だから、私は…」
いつからか、彼女の眼には雨が浮かんでいた
頬を伝い、雨が流れる
そんな彼女を見て、美しいヒトは彼女を抱きしめた
彼女の優しさに、小さな子供のような切実な願いに、愛しさを感じたのだ
「…君に、言わないといけない」
「なにを…?」
「僕の秘密」
抱き合ったまま、美しいヒトは話し始める
「驚くかもしれないし、気味悪がるかもしれない
それでも、こうして君に伝えようとするのは…君が、こんな僕でも受け入れてくれると信じているから
ずっと、ずっと昔から…」
「…」
美しいヒトは一度、彼女から身を離した
そして、改めて真っ直ぐ彼女に向き合った
「……僕は、人間じゃない
元々、外郭に廃棄されていた人体型の兵器だ
昔、企業が作り出した代物でね
人に擬態して人以上の力で破壊を招く…戦争用の道具だった
けれど、目に見つかり、頭によって外郭へと追放された
長い時、再起不能のまま放置されていた」
淡々と語るその姿勢が、真実を物語る
人間離れしている美しさは、人間ではなく作られたものだから
出会ったあの日、23区の襲撃を尽く撥ね退けたのは、兵器としての強さ所以だろうか
「ある日、「彼」が僕の前に現れたんだ
スミレの魔女…彼は僕にこういった
「麗しの泥人形、君を幸福にしてあげよう」と
そして、どうやったのかは知らないけれど…僕は人間の体になった
こうやって、君に触れても君を温められるのは、人としての体温があるからなんだ」
呆然とする彼女の頬を、美しいヒトは包み込んだ
彼女の頬から伝わる温度は、確かにぬくもりがあった
「僕は君を探していた
君は憶えていないだろうけど、そんなことはさして重要じゃない
こうやって、ここで君を見つけられた、そして「また」愛し合うことができる…それだけが重要だから…」
なぜ美しいヒトは彼女に初めから愛情を向けているのか
なぜ美しいヒトは彼女を探していたのか
そんなことは関係のない話であった
美しいヒトは、自身の懐から小さな箱を取り出した
彼女のような、深い青の箱
「いつまで続くか分からない、安息の明日が保証されている世界なんてないんだ
それは、君自身が望んだことだから」
今、貴方はどこを見ているんだろう
遠い星の向こうを見ているようなその瞳に射抜かれて、彼女は眼を逸らせずにいる
「だから、やりたいことは早くやっておきたい
…ねぇ、__…
僕と、結婚してくれませんか」
青い箱の蓋が開かれる
その中には、花の形に彫られたシルバーリングが収納されていた
信じられないような告白の連続に、彼女の頭は正常に機能しなくなった
聴きたいことは山ほどあった
どこから来たのか、どこで生まれたのか、どうやって育ったのか、家族はいるのか
沢山あったはずなのに、全部どうでもよくなってしまった
彼女の瞳は、月の光に照らされ、透き通った緑に反射している
そんな宝石のような瞳に、再び雨が零れた
理屈なんか、全部無視してしまおう
今、この気持ちだけを伝えよう
そうして、彼女は唇を開いた
「………はい…」
絞りだしたその声は、あまりにもか弱くて
大きな喜びが隠されている
美しいヒトは銀色の指輪を丁寧に取り出しては、彼女の左手を取り、その細い薬指に指輪を通した
指輪がつけられたのを見守る二人は、再び互いを見つめ…そのまま、二人の距離はゼロになる
星が瞬くある夜に、私達の父と母は結ばれたのだ