レイン575は考える
まず自分がすべきこと
自分の好きなものを見つけること
単純な話、喜んだり嬉しかったり、幸福と感じる感情を得られればいいのだ
しかし、物事はそう単純ではない
今まで何も感じずに仕事をしてきた身としては、何に対し自分が喜びを得るのかがわからないのだ
試しに歌を歌ってみた
「きらきら光る、お空の星よ…」
「おい、アイツなんか変なもんでも食ったのか?」
「昨日大盛りラーメン定食を食べました、それはもう綺麗に」
結果、若干心配された
次に簡単な遊びをした
「じゃんけんですか、いいですよ」
結果、惨敗した
更には体操をしてみた
「待ってください!今の動きどうやったんですか!?」
「こう、空中でばーんって!壁上りましたよ!」
結果、他職員に好評だった
レイン575の好きなもの探しは、三日間続いた
「いろいろ試しましたが、何も感じませんね…」
試練やアブノーマリティを鎮圧しながら、その合間に様々なことを行った
茶道、書道、ヨガにマラソンに絵画、楽器はピアノが少し上手かった
しかし、そのどれもに何も感じなかった
その日は待機時間に読書をしてみた
「ジャンルがよくわかりませんね
切ない恋愛のようでもあり、憎悪にまみれた復讐譚でもあり…」
オーウェンが薦めてくれた一冊だったが、不思議な物語だった
不思議な能力を持つ女の子が、美しい人型兵器と契約して戦争に参加するもの、というストーリーである
「ただいまです!殺人者の作業も慣れてきましたね!」
「おかえりなさい」
「あ、読んでくれてるんですね、それ」
作業から戻ってきたオーウェンがレイン575の手元を覗き込む
本はもう終盤に差し掛かっていた
「面白くないっすか、それ」
「…何も感じません
化け物と称された人間の女の子と、古代の英雄である人型兵器の恋愛劇がメインなのでしょうが…なぜこんなにも互いにめんどくさいのでしょう
こんなにこじれている恋愛が、皆さんはお好きなのですか?」
「もどかしいけどそこがいいんですよ!最後は報われないまま死別しちゃったけど、でもヒロインはそのおかげで目指すべき願いを見つけるんですから」
目指すべき願い
物語の中の女の子は、苦悩し悩みながらも自分の為の願いを見つけ出すのだ
その有様は、正しく「人間らしい」とも言えるだろう
「…」
レイン575は、物語の中の主人公が少し「羨ましい」と感じた
彼女は恋をして、その相手がいたから自分の進むべき先を見出したのだ
自分にはそんな相手はいない
自分に変革を齎してくれるような相手は
「お、堂々とサボりか?
…なんだ、読書か、勤勉だな
俺は仕事中にでもビールを飲めるように交渉中だ」
そこに現れたのは、ネツァクだった
「ネツァク様、お疲れ様です!」
「定期バイタルチェックの時間だ
…アンタ、ここ最近なんか変だよな
調子悪いのか?」
ネツァクはレイン575の手元を覗き込んではそう言い、バイタルチェックをする
「…体温、脈、血圧どれも正常だな」
「ネツァクさんには関係ありません」
「本なんて長いこと読んでないな
ちょっと貸してくれ」
ネツァクの要望に、レイン575は渋々本を差し出した
すると、ネツァクがほんの一ページを破り、それを折り出したのだ
「あー!俺の本!」
「後で弁償する
ここをこうして…どうだ、見てみろ」
ネツァクが本のページで折ったのは、犬だった
「折り紙の犬じゃないですか!めちゃくちゃ綺麗ですけど!」
「昔から折り紙は得意だったんだ
まぁすることなくてこれやりこんだら上手くなったってだけだが」
「うまいけど人の私物でやらないでください!」
「だから後で弁償するからぁぁああ揺らすな揺らすな戻す…!」
オーウェンは嘆きながらネツァクに怒りをぶつけるようにネツァクの体を掴み揺らす
その間にネツァクの手から折り紙の犬が床へ零れ落ちる
レイン575はそれを拾い上げ、まじまじと眺めた
「………?」
その時、彼女の脳裏に何かが掠めた
ほの暗い記憶、ベットの上に凭れ掛かる緑髪の男性の姿
「ほら見てみろ、犬だ」
本の一ページで作った折り紙の犬を差し出してくるその姿に、身に覚えはなくても見覚えがあった
(これは…オリジナルの…?)
レイン達のコピー元、オリジナルのレインの記憶がレイン575の頭の中に浮かんできたのだ
それが本のページで折られた犬がきっかけで呼び覚まされたのだろうか、普段は脳の奥にある同期記憶が想起されたことにより、レイン575は予想外の記憶に少し戸惑う
「…ジェニー…?」
小さく呟いたその名は、オリジナルが呼んでいたその緑の男性の渾名
幼い少女時代の記憶故か、本名はハッキリ思い出せない
それでも、その名を呼ぶと何故か安心してしまっている
「…お前…今、なんて…?」
その呟きを聞いたネツァクがオーウェンを押さえつけながら聞いてくる
まるで小さな衝撃を受けているように少し狼狽えながら
「え…いえ、とくにこれといったものでは」
その時、施設内にブザーが鳴り響く
『黎明、紫の試練です
手の空いている者たちは鎮圧を行ってください』
アンジェラ経由の管理人通達指令の放送に、レイン575は犬の折り紙を懐に仕舞い駆け出していく
ネツァクはメインルームに取り残されたまま、セフィラ用のサブモニタールームへ戻っていく
自分の中の昔の記憶、自分の元となった人間の記憶を思い出しながら
「…まさか、な」
その日の仕事終わり
最近レイン575は、オーウェンやそれ以外の職員と夕食をとることが習慣となりつつあった
「最近俺も実力がついてきたと思うんすよ!
黎明の試練もラクショー!みたいな?」
「じゃあもう一人で殲滅できるか」
「え、そ、それはちょっと…」
今も、レイン575の向かいの席でオーウェンとカウレスが食事をとりながら談笑している
カウレスはレイン575がいることで心底嫌がっていたのだが、オーウェンが半ば無理やり連れてきた
「お前まだランクⅡだろ、調子に乗ってると犬死するぞ」
「もうⅢです!今日なりました!カウレス先輩はランクⅣですっけ」
「何とか生き延びてな」
レイン575は大盛りのビビムネンミョンを啜りながら聞き流す
「レインさんはずっとⅤですよね、さっすが」
「そいつは来た時からⅤだよ
俺とロイド…あー今は教育チームの奴な、そいつとコイツ、三人同期なんだ
最初は全員最低ランクから始まる、中には特別講習を受け少し高いランクで入社する奴もいるが…そんなのとは違う
コイツは最初っからランクⅤ
なーにが自制だ、なにが正義だ、好き勝手な奴なのによ…」
「先輩、相変わらずレインさんに対してだけ嫌に刺々しいですよね…
でもやっぱ尊敬します!」
輝く瞳で眺められながらも、レイン575は構わず麺を啜り続けた
「そういやレインさん、ネツァク様の折り紙、どうしたんですか?」
「…それならここに」
食事を終えたレイン575はスーツのポケットから折り紙の犬を取り出す
折り目も角も綺麗な犬を見て、レイン575は考える
「…あの本数の足りていない鉄の指でも折れたんです、私にもできます」
「え?」
「オーウェン、本を出してください」
「また破るんですか!?もう勘弁してください!」
「一ページ破られたのなら二ページ破られても変わらないでしょう」
「そういう問題じゃないです!」
小さな悶着がありながらも、最後は上司命令という職権乱用によりレイン575は紙を得た
そして、ネツァクが折った犬を解体しながら同じものを折っていく
「ここは…こうですか」
「いやちがいますって、そこは折り目です…あーそっちは谷折り!」
五分ほど苦戦したのち、レイン575作の犬が出来た
しかし、それはネツァクの物よりも歪で、紙は皺だらけになった不格好な犬もどきだった
「…正確な手順を踏まえられていなかったからです、もう一枚」
「え」
オーウェンから更に紙を搾り取りながらレイン575は折り続ける
三匹の犬の兄弟が出来たが、いずれもへんてこな形になっていた
「…何故、何故ですか
あの箱ができるというのになぜ私にはできないのですか!」
「うわっ、びっくりするっすね」
レイン575が怒りのあまり立ち上がると、その後ろにはロイドがいた
「あ…すみません」
「よ、ロイド
最近調子どうだ」
「アブノーマリティの管理に大忙しっすよ、試練もあるし…
まぁ抑圧作業専門アブノーマリティのお陰で足は速くなったんすけど
…ところでその三つのゴミ、なんなんすか」
ロイドはレイン575の前の机に置かれた折り紙達を指しながらそう言った
その言葉にカウレスは吹き出し、オーウェンは青ざめる
それを作った張本人、レイン575は
「…これは、犬です!」
「へぶっ!?」
頬を膨らませ、怒りをいっぱいに表しながらロイドの左頬を拳で殴り、その場を早足で立ち去った
「…え、俺、なんか変なこと言ったっすか」
「…ロイドさんって、結構無神経だったりするんですね
モテませんよ」
「余計なお世話っす」