Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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The right mission,The fate of the only mistakeⅥ

自身の寮室に戻ったレイン575はスーツを脱ぎハンガーにかけ、シャツと下着のままベッドにダイブする

 

少し肌寒いが、寒いのには慣れている

 

そんなことより、今日あったことを振り返る

 

折り紙が折れない

 

戦闘もできるが、楽器はピアノだけ

 

そのほかはてんでダメなのだ

 

感覚的な音楽の才能は持ち合わせていないのだろうが、それ以上の原因がある

 

「…今周期、19日

今までの中では突出して長いですね

そろそろメンテナンスが必要でしょうか…こんなに長丁場になるとは

初期型ですし、あまり長く稼働することは想定していなかったから…」

 

うつぶせになりながら、レイン575は自身の手を見つめる

 

指先は時々電流が走るように痺れ、思うように動かない時がある

 

レイン575は完全なクローン体である

 

しかし、完全であるために不完全な体にされている

 

定期メンテナンス、肉体の整備が必要なのだ

 

母がそう設計したのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない

 

以前、「完全版の人間複製技術は昔とある企業に特許を売った」といっていたのを記憶している

 

人間の技術力はすさまじく、本来なら何十年と使える道具を作ることもできる

 

しかし、それでは売れないからあえてすぐ壊れるものを生み出すのだ

 

どちらにせよ、メンテナンスせずこのまま動けば、あと十日あまりだろう

 

戦闘など過剰な動きを繰り返せば、七日といったところだ

 

「情報データ送信も怠ってしまっていますね…いけません、母様に情報を送ってパターン解析と改良に繋げないといけないのに」

 

体を起こし、ベッドの上からあるものを見つける

 

スーツのポケットから顔を出している、ネツァクの折った犬

 

解体と折り直しを繰り返したため、とうにクシャクシャに皺だらけで不格好だった

 

「…母様の子ともあろう私が、折り紙さえ折れないなんて恥です

ゴミといわれた屈辱もありますし」

 

あのAIにできるのに自分はできない

 

その事実がレイン575の闘争心に火をつける

 

レイン575はベッドから降り、必要最低限の物しかない部屋を往来する

 

机の引き出しやクローゼットにしまっている予備の紙を出しては、机上で折り紙を折り始める

 

度々タブレットを開いては折り方の検索をして

 

「…で、できました…!」

 

一時間後、ネツァクの犬に負けない完璧できれいな犬が完成した

 

「わ、私にかかればこんなもの…

…犬ごときで得意げになってはまた笑われるでしょうか」

 

レイン575は更に調べる

 

船、花、動物…目に入ったものはすぐ折り始めた

 

不器用な指先で、繊細に折っていく

 

何度も何度も失敗し、その度にむくれながら折り続ける

 

 

 

やがて、目覚ましの音で意識を取り戻した頃には時刻は朝6時

 

いつの間にか机で寝ていたのだが、その机の上には様々な折り紙達が並んでいる

 

数本のペンしか置かれていない机上が、いつになく賑やかだった

 

「…まぁ、及第点でしょう」

 

椅子に座って寝ていたためか、体が少し痛む

 

レイン575は体を伸ばし、シャワーを浴びようと椅子から立ち上がった

 

そして…自分の背後に広がる、紙のゴミ野原を見渡した

 

「…はぁ」

 

一度ため息をつき、まずは掃除から、と思い直した

 

 

 

「これレインさんが折ったんですか!?全部!?すごいじゃないですか!」

 

「ええ、まあ、はい」

 

その日の始業前、レイン575は折った折り紙達を他職員に見せていた

 

「昨日の犬とは大違い…頑張りましたね、レインさん…!」

 

「私にかかればこのくらい…」

 

「折り紙ごときで得意げになってもな」

 

褒めちぎるオーウェンとは違い、カウレスは鼻で笑う

 

そんなカウレスにむかついたレインは彼の脛を半分の力で蹴りつける

 

「ふぁあ…おはよーさん」

 

そんな中、メインルームにネツァクが入ってくる

 

「おはようございますネツァクさん、セフィラなら始業十分前に来てください

そしてこれを見て下さい、どうです」

 

自慢げにネツァクに折り紙を見せるレイン575に対し、ネツァクは生気の抜けた顔でそれを眺める

 

「…へぇ、いろいろ作ったんだな」

 

「どうです、この数はネツァクさんには無理でしょう」

 

「…そうだな、俺には無理だろうな

頑張ったじゃないか」

 

その言葉に、レイン575は過去一番に満足そうな無表情を見せる

 

「当然です」

 

嬉しさからか頬は少し赤く染まっている

 

気分よく業務を始めようと準備していたレイン575に、オーウェンがこっそり耳打ちをする

 

「レインさん

レインさんの好きなものって、これですか?」

 

オーウェンは折り紙を指しながらそう言うも、レイン575は訝しげな表情で否定する

 

「そんなわけないでしょう、ネツァクさんにはできて私にはできないのが悔しくて…」

 

「じゃあ、レインさんはネツァク様が好きなんですか?」

 

どうやったらそう繋がるのか、不思議な思考回路に理解できないままレイン575は少し呆然とする

 

「…そんなの、あり得ませんよね」

 

「ネツァク様に対してやけに突っかかってるようなんで、好きなのかなぁ、と

あとほら、さっき褒められてすごい嬉しそうだったし」

 

「…馬鹿な無駄口を叩かず、業務に専念しなさい」

 

レイン575は無理矢理話題を切り、オーウェンを追い払った

 

(…好き?

好意なんてそんなもの、無いはず…)

 

オーウェンの言う好き、とはどんなものなのかはわからない

 

博愛、親愛、友愛、敬愛…恋愛

 

好意には様々なパターンがあるという知識こそあれ、レイン達には母に対する妄信的な愛しか備わっていない

 

故に、それ以外の好意なんてわかるはずもないし、第一ネツァクに対してはただのダメ上司としか見ていない

 

それ以上もそれ以下もない、はずだった

 

(…必要以上に突っかかってるのは事実ですが、それは…)

 

単純に、腹が立つだけ

 

そのはずだ

 

「じゃあレイン、今日もほどほどにがんばれよ」

 

始業と共にサブモニタールームへ向かうネツァクに声をかけられ、レイン575の心臓が少しばかり強く鼓動した

 

先程褒められた時と同じように頬が少し暖かくなる

 

心拍数がいつもの平均より上がっている

 

「…そんなはず、ないのに…」

 

レイン575は事実を認められない

 

認めるには状況情報が少なすぎるから

 

「…」

 

あの本に書いてあったヒロインの心情を思い出す

 

その相手を思い浮かべるだけで、胸が締め付けられるように苦しく、発熱したように熱くなる

 

その相手を見るだけで、全てに満足してしまいそうで、それでいてずっと見ていたいという欲が浮かんで

 

その相手と言葉を交わすだけで、その声に脳が溶かされてしまいそうになり、名前を呼ばれると…自分を認識されている事実に歓喜し、それ以上の幸福はないと思えるほど

 

そのヒロインはそれらの感情を…「恋」と呼んでいた

 

レイン575にはそんな過剰な苦しみも熱も満足感も欠乏感も茹る感覚も幸福感もない

 

それでも

 

「…こんなの、おかしいでしょう」

 

小さな異常だけは、自覚していた

 

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