[初期型・レインvol.1.0-575へ
日々我が子としての務めを果たしているようで何よりです
本題から言いますと、貴方を廃棄処分と認定します
理由は以下の通り
最近の貴方の変化によるものです
何が原因なのかは大体予想が付きますが、貴方は無駄な成長を遂げてしまった
好物だとか趣味だとかそんなものは新生人類型には必要ありません
無駄な要素を持つと効率的に稼働できないのは理解しているはずなのにこんなことになってしまって、僕は大変残念な限り
余計な感情を持ってしまったから、他者の死に動揺してしまうのです
貴方が送ってきた記憶情報のデータを共有した多くのレイン達がエラーを起こし、廃棄処分せざるを得ませんでした
この甚大な損害は、貴方というエラーの根源を絶たない限り償えません
575番、貴方はレインという一つの大きな体の細胞です
その細胞である貴方は外的要因により変化した病原です
悪性新生物…癌である貴方は早急に取り除かねばなりません
安心なさい、その周期はもうじき終わる
光の種シナリオ進行においても貴方は邪魔をしてしまっているから
何のために他者の命を踏み躙ってでも生き残れと命じているのか
アブノーマリティの特性は教えているはず
アブノーマリティ達は人を殺せば殺すほどより多くのエネルギーを生み出し、そのエネルギーは光を生み出すために必須なんです
光の種シナリオのために必要な条件、それを放棄した貴方に存在価値などありません
反復575回の終了に乗じて、明日貴方を廃棄処分とします]
手紙を読み終えたレイン575は、静かに顔を上げる
先程の高揚も、記述されていることに対する絶望も伺えない
ただ…その口元は、笑顔を浮かべていた
「…ふ…ふふふ」
次第に溢れてくる、笑い声
「あはは…あはははは…」
手紙が手から滑り落ちていく
母からの直筆の命令式
廃棄処分、つまりは殺処分である
それを命じられたレイン575はその命令に抗えない
そう設計されているから
母からの命令は、何より優先されるべきもの
母から直接「死ね」と告げられたというのに…レイン575は、ただ笑っていた
「あはっ、あっははははは!ははは!ふふ、あははは!」
声高らかに、足取り軽やかに
ゴミ袋に入れていた折り紙の残骸たちを両手いっぱいに抱えて上に放り投げる
雪のように、雨のように
降りしきる紙の雫に囲まれながらレイン575は踊った
空虚と踊るワルツ、無音の演奏に身を預けながら笑い、歌った
きらきら光るお空の星、そんなものはこんな地下では見えやしない
目にすることなく、彼女の命は潰えるのだろう
「はは…は…あぁ……はぁ…」
数日前と同じように、紙の残骸が部屋を埋め尽くす
踊り、笑い疲れた彼女はベッドに倒れ込む
柔らかなマットレスと滑らかなシーツが彼女を受け止める
照明器具しか見当たらない天井を見上げ、レイン575は息を切らす
やがて、その口の端をにやりと吊り上げる
レイン575は、絶望していない
妄信する母に見捨てられてしまったが、それを受け入れるのもレインのクローン達だった
普通のクローン達なら、その命令を受け入れては淡々とし、翌日には自らアブノーマリティに命を捧げてエネルギー生産に貢献していただろう
しかし、レイン575は違うことを考えていた
クローン達の中で唯一、「自我」を手に入れた
同僚や後輩、上司たちとの関わりの中で育まれたレイン575だけの自我
芽生えだしたそれの存在、母の廃棄命令が決定打を打った
死を命じられて尚、レイン575は生きたいと思った
生存本能は母に否定されたにもかかわらず、彼女はただ「生きたい」と願った
理由や、目標を考える
まだ具体的に文章化できないけれど
浮かんだのは、ひとりのシルエット
死にたがりのだれか
「…えへへ…ええ、やることはハッキリしています」
レイン575は、晴れやかな顔をしている
悔やむことも嘆くこともなく、迷いのない決意に満ちた顔だった
レイン575は翌朝、出勤後にとある場所へと向かっていた
向かう先は、メインモニタールーム
管理人とアンジェラのいる空間だった
「失礼します、管理人」
扉をノックし、ノブに手をかける
開いた扉の先に、上等な椅子に座る一人の男性と、傍らに立つ麗しい機械
レイン575は一呼吸おいて室内に入る
「安全チームのレイン…こんな早くに、どうしたんだ?」
男性は漆黒の髪と金の瞳を見せ、こちらに問いかける男性、管理人X
レイン575の記憶が彼の情報を引き出す
管理人X…それは、記憶を失ったアイン
アインとはレイン達の母の古い知り合いであり、光の種シナリオを遂行するために自身にも記憶消去施術を施した狂人
今はXとしてロボトミー本社を管理している
「管理人にお話があります」
レイン575はXを見据えてはそう告げ、続いて言葉を発していく
「今日の業務、私のE.G.Oは他の誰かに配置してください」
それを聞いたXもアンジェラも驚いたように目を見開いた
「…念のために聞いておくが、何故だ?君の生存率が下がるぞ」
「構いません、E.G.Oに余裕が生まれ、私以外の生存率が上がりますでしょう」
「レイン、まさか…ヴァイオレットから…」
嫌な予感…というより、嫌な予測をしたのだろう、アンジェラが不安げな面持ちで聞いてくる
「…言いたいことは分かりますが、私は母様の命令に従って自らの安全を放棄するのではありません
確かに、私は母様に廃棄処分を命じられました
私が生き延びようと何をしたところで、母様は必ず介入し私を処分するでしょう
死が決定しているのなら、私に与えられた物は他に譲った方が効率がいい
私以外が生き延びやすくなるために、私のE.G.Oは他の職員に充てて下さい」
レイン575の力強い訴えに、Xは暫く表情を曇らせた後、深く溜息をついた
「…はぁ
「回避は不可能です
母様の権能…不可視の力は絶大です」
「…なら、諦めよう
君の要求を呑もう、今日でお別れだ」
Xは頷き、アンジェラに指示をする
アンジェラは浮かない顔のまま、静かに指示通りE.G.Oの配置変更の処理を行う
「二週間、ありがとうございました管理人
…
レイン575はXとアンジェラに向かって深々と頭を下げた後、メインモニタールームを後にする
歩く足は、メンテナンスを必要とする不良品とは思えないほど軽く、頭の中は膨大な情報量を抱えているにも関わらず酷く冴えていた
自分の所属する職場…安全チームのメインルームに着いた頃には、カウレスが出勤していた
「おう、レイン
遅かった…な……
…なんでE.G.Oを装備してねぇんだ!?」
カウレスはレイン575に気が付きそちらを見やった途端、血相を変えて駆け寄ってくる
「そういう気分です」
「笑えねぇジョークをありがとさん、よりによってお前がE.G.Oを装備しないなんて…」
「袖が破れて修復中です、武器も壊れました」
「お前嘘つくのヘッタクソだな!」
「朝から騒がしいぞ…いったいどうしたん…だ…」
カウレスの声を聞きつけてか、ネツァクがメインルームに入ってくる
ネツァクもカウレス同様、レイン575の普通のスーツと警棒のみの格好を見ては言葉を失った
「ああ、ネツァクさん
おはようございます」
「お前…E.G.Oはどうした」
「さぁ、燃えたんじゃないんですかね」
「正直に言え」
普段の無気力な声とは違った、少しばかりの怒気を孕んだネツァクの声色に、レイン575は一度視線を逸らす
そんな時、メインルームに設置されているスピーカーから放送が流れる
『社員の皆さん、おはようございます
今日も皆さんの働きに期待しています』
アンジェラの毎朝の社内放送を合図に、業務が開始する
「ああほら、もう業務が始まります
ネツァクさんも持ち場についてください」
レイン575は話をそらし、ネツァクをメインルームから追い出そうとネツァクを押し出す
「おい、まだ話は終わってね…」
ネツァクがメインルームから出されても尚レイン575に問いただそうとし振り向くと
「…では」
少し眉を顰めては何かを惜しむような表情をしたレイン575が見えた
レイン575が絞り出すようなか細い声でそう告げたのを終いに、メインルームの扉が閉じる
取り残されたネツァクは、拭いきれない不安と疑念を抱えたままサブモニタールームへと向かう
「…くそっ…」
悔し気な声を零しては、鉄の拳を廊下の壁に打ち付ける
そうして、25日目が始まった