安全チーム
そこは未だ平然といつものように業務が続いていた
「カウレス、お疲れさまです」
「おう」
中央本部の応援業務を終えてきたカウレスがメインルームへと戻ってくる
時刻は10時37分、業務が終わるまでのノルマエネルギーが溜まるまではまだ時間がかかりそうだった
「次の指示があるまでは待機でしょう」
「そうだな、今んとこな
…お前は一日ここでじっとしてろよ、無駄に動き回るな、何かあったら逃げとけ」
「カウレスがそこまで言うなんて
でも、この弱い装備でどこまでできるか試してみたいですね」
「お前、どんだけ戦闘狂なんだ…」
メインルームのベンチに腰掛けながら二人は会話を続けている
数日前までは険悪な関係だったのが噓のように二人は打ち解けていた
「戦闘狂だなんて、ただ自分の性能を試してみたい気持ちがあるだけです
そうですね…呼称としてはアクティブモンスターなんてどうでしょう」
そこまで話したレイン575に、カウレスは何も言わない
「…カウレス?」
不審に思ったレイン575は横にいるカウレスの方に視線を向ける
プシュ
と小さな音を立てて何かが噴き出す
その僅かな飛沫がレイン575の頬に飛び散る
生温かいそれの感触には覚えがあった
この会社に来て何度も浴びたもの
それの正体を確認するよりも前に、なぜそれが自分に降りかかったかを目の当たりにする
振り向いた先にいたカウレス…その体の首から上が消えているのだ
「……え…」
そのまま首のないカウレスの体はバランスを崩し、ベンチから倒れ落ちる
「……」
レイン575はカウレスだった死体を眺めたまま思考を可能な限り巡らせた
(なぜカウレスが?アブノーマリティの能力?彼は本日中央本部の管理業務に行って…その相手はO-06-20…情報通りなら「何もない」ですが、それの能力的に作業終了後の職員の首を刎ねる能力ではないはず
アブノーマリティが収容違反を起こしたという通達もなければ試練だって…では一体何が…
可能性があるとすれば…)
『非常事態レベルⅡ、非常事態レベルⅡ
職員の皆さんは警戒を』
レイン575の思考を遮るように、大きなブザーの音と共にアンジェラのアナウンスが施設中に響く
(今の状況から察するに…死んだのはカウレスのみではないということですね
非常事態レベルⅡともなると…五人前後死亡、その周囲の職員も数名がパニックに陥っている可能性がありますね…)
ドクドクとカウレスの首の断面から血が流れていく
レイン575は直前まで会話していた同僚の遺体に顔を歪め、自身の所有するハンカチを広げ首を隠すように遺体の胸に掛ける
「…ごめんなさい」
一筋の涙が流れる
レイン575は目元を拭っては、鋭い目つきで顔を上げた
「私の処分の為に、ここまでしますか…母様」
追い打ちをかけるように、また別のアナウンスが流れる
『無の世界蛇が脱走しました!管理人、早く探してください!』
その声は、教育チームのセフィラであるホドのものであった
(無の世界蛇…エンサイクロペディアは一読していますが、共有記憶には情報がありません…この周期に初めて登場したアブノーマリティでしょうか
職員に寄生するアブノーマリティ…寄生された職員は素早くなる代わりに精神侵食耐性が低下するのでしたか
その職員を早く特定して保護しないと、もし精神力が低い職員に寄生していた場合今の状況に長く耐えられるとは思えません
寄生された職員が死亡した場合…無の世界蛇が攻撃態勢に移行する
無の世界蛇はALEPHクラス、攻撃属性はPALE属性…多くの職員はPALE属性に耐性がない、職員が全滅してしまう可能性が高い…
急がないと…!)
レイン575は立ち上がり、安全チームのメインルームを飛び出した
身軽な体で廊下を駆けていく
情報チームの廊下を駆けているとき、続けざまに放送が響く
『死んだ蝶の葬式が脱走しました!管理人、早く鎮圧を!』
「…!?」
死んだ蝶の葬式が収容違反を起こした
それは恐らく偶発的なものではない
(死んだ蝶の攻撃で精神が崩壊した職員はそのまま眠るように死んでしまう…アブノーマリティの特性を利用して連鎖的に無の世界蛇を暴れさせようと…
…どうして、そこまで…)
レイン575は焦燥感を感じながら急ぎ足で教育チームへと向かった
一方、教育チームでは
「くそっ、深紅のクソピエロもいなければ作業もまだ行ってないのに、なんでクリフォトカウンターが減ったんすか…!」
収容違反を起こした死んだ蝶の葬式の鎮圧をロイドと他の職員数名が行っていた
「ロイドチーフ!グロッサが無の世界蛇に寄生されて…!」
「わぁってるっすよ!畜生、マルコも突然首が消えて死んで、無の世界蛇は脱走して、死んだ蝶の葬式はなぜか出てきて!なんなんすか、誰かが仕込んだかのように最悪な方向に進んで…!
とにかく、グロッサは退避っす!まだ入社して二日目なんすから…一刻も早く安全な場所に…」
ロイドは背後にいる新人の部下に指示を出しながら死んだ蝶の葬式に応戦していた
背後にいる職員は既に恐怖と緊張に支配され、うまく足が動かせずにいる
「早く!走れ!」
「俺グロッサを安全な場所に連れて行きます!ほら、早く!」
もう一人のエージェントがグロッサと呼ばれた被寄生者の女性職員の手を引っ張る
死んだ蝶の葬式はグロッサを見ては、恭しくお辞儀をした
否…グロッサではなく、彼女の頬に寄生した無の世界蛇に
そして、死んだ蝶の葬式は棺桶を構えた
「…!
マズい!早く!!」
ロイドがそう叫び、退避する二人の職員はエレベーターの扉までのあと数歩というところまで走る
しかし、二人がエレベーターに乗り込むよりも早く、死んだ蝶の葬式の棺桶の蓋が開く
棺桶から無数の白い蝶が現れ、飛び出していく
その蝶達はそのまま波となり、ロイド達に襲い掛かった
「ッ…くっ…!」
蝶の群れに吞まれながら、ロイドは寸でのところで耐えきった
しかし、後ろでどさりと重いものが倒れる音がした
「……なんてこった…すね」
背後を振り向くと、そこには死んだ蝶の葬式により息絶えた二人の職員が倒れていた
やがて、女性職員の体が蠢き始める
女性職員の死体の背中が大きく膨らみ、皮膚と筋肉が裂け骨が砕かれていく
「…まるで…脱皮みたいだ」
女性職員の死体から、黒い躯体が膨らみ出てくる
やがて顔部分がロイドの前に現れた時、その巨大な躯体は廊下の端を埋め尽くし長い尾はエレベーターの扉を破り縦に続く空間に垂れ下がる
黒く巨大な、一匹の蛇
それは正しく、世界蛇と呼ぶに相応しい形だった
その体から煤のような影が滲み、蛇の顔の中央には一つの赤い眼球がロイドを見つめていた
「…はっ…ははは」
ALEPHクラスとして相応な怪物を目前としたロイドは、乾いた笑い声を零す
「……____________ッッ!!!」
脱皮した無の世界蛇は劈くような叫び声をあげ、その巨大な躯体をうねらせ動き出した
一面の黒が視界に広がった時、ロイドは小さく呟いた
「こんなことなら、アイツに告っときゃよかったっすね…」
脳裏に浮かぶのは、仏頂面で紫の瞳が美しい機械的な同僚
「いつか死が来るのは誰もが同じだからこそ、満足のいく人生、胸を張れる人生を歩むのが何より大切だと思うの」
以前聞いた、無の世界蛇の言葉
それを語った怪物は、今は理性の欠片もない
…グシャリ
肉と骨が圧迫により潰れる音が、黒い蛇の躯体の下から聞こえたような気がした
そのまま無の世界蛇は這いずり進み、赤い跡を引き摺っていった
~ちょこっとどうでもいい話コーナー~
この小説を書いている時、よく「命に嫌われている」を聞いています
他にはDUSTCELLのHeaven and Hellなんかもイメージして聞いています、知らない方は是非聴いてみてください、中毒症状が出ます(嘘)