「…」
レイン575は呆然としていた
強い振動の発生場所、教育チームの廊下に辿り着いた時に見たものにただ驚愕していた
内側から何かが飛び出たようにもぬけの殻と化した職員
蝶に集られながら眠るように息絶えている職員
もはや原型を取り留めていないほどに擦り潰された職員
その惨状を目にしたレイン575は、手にした警棒を強く握りしめた
ひらり、と蝶が舞い寄ってくる
廊下の奥には、モノクロの蝶
死んだ蝶の葬式が立っている
「…そう、そういうことですか
無の世界蛇はただの蛇ではない、だから貴方は協力したんですね
根底にあるのは「救いたい」という正義感…同族のような存在なのですか
違ったのは、無の世界蛇には「理性」があった
理性により心の底で望んでいる欲求…救済欲を押し潰していた
アブノーマリティにはあるまじきことです…エンサイクロペディアを見る限り元は人間だったようですが、よほど意志の強い方だったのでしょう」
レイン575は警棒を振るい、死んだ蝶の葬式に歩み寄る
数歩の距離にまで近づいたところで、レイン575は死んだ蝶の葬式を見上げた
蝶の頭では表情は伺えないが、まるで微笑んでいるように感じ取れる
「…ええ、そうですね、私達は似た者同士ですから
アブノーマリティは元よりその形である先天的なものと、とある物質により自我が解放され肉体が変化した後天的なもの
私達は同じ物質を活用して製造された複製人間…製造過程を見れば、私達は兄弟と見れるでしょう
ですが、私は…救済だろうと仕事だろうと、誰かを殺すのはもうやめたんです」
力強く睨みつけるレイン575に対し、死んだ蝶の葬式は手を顎辺りに寄せわざとらしく首を傾げる
「貴方には当然理解できないでしょう、私だって全てを理解しきれていませんから
だから相互理解など望みません、早く収容室にお帰りください」
死んだ蝶の葬式は緩やかに腕を持ち上げ、指先を銃の形にして構える
そして撃ち放とうと指の先をレイン575の額に添えるも…その腕はボトリと床に落ちる
死んだ蝶の葬式の腕の一本は、肘関節を境目に切り落とされていた
死んだ蝶の葬式が訝しむ間に、もう一本の腕も切り落とされる
レイン575は警棒を振るう
切り終えた腕を廊下の端に蹴り飛ばし、再び死んだ蝶の葬式をそのただの警棒で切り刻もうと足を踏み出した
「メラビアンの法則って知ってる?知ってるよね、最高のAIなんだから
人の第一印象は出会って数秒以内に決まり、また視覚情報による印象が評価に大きく影響するという概念…
僕さ、初めてAに出会った時は「なんかパッとしない堅物だな」って思ったんだ
そんなAが、今や大事な女の遺志を引き継いで大層なことを成し遂げようと地獄生み続けている…
僕、そういうの嫌いなんだよね
大衆の幸福の為に少しの犠牲が生まれるの
幸福を目指すなら、誰もが平等に地獄の大行進をするべきだって
そうは思わない?アンジェラ」
L社本社、メインモニタールーム
一つの大画面の周囲に付属しているサブモニター、その手前にテーブルと上等な革製の椅子
それに座りながら画面を眺めているのは管理人…ではなく、灰色の髪と紫の瞳の女
くるくると椅子に座り遊びながらその女は、背後にいる機械に問いかけた
「…こんな事態を引き起こしてしまって、一体どういうつもりですか…ヴァイオレット」
アンジェラは黄金の瞳を菫に向ける
その表情は、苦痛を覆い隠すように険しかった
「どういうって…アンジェラ自身もわかってるんじゃない?今回も駄目だって
575番…ありゃ不良品だ、廃棄しないと
でもアレがしでかした損害は大きい、光の種シナリオに外れてしまったからね
だからもういっそ、廃棄処分も兼ねて徹底的にエラーを起こしてしまおうかなって!」
無邪気に笑うヴィオラは、横に蠢く触手を撫でる
その足元には、男の死体が転がっている
「せっかくあの女が収容されてるんだから…自分の手で、自分の子供もどきを殺すのも一興だよね
あはは、ポップコーン持ってくれば良かった、いい喜劇が見れそう」
手を叩きながらモニターに向き直すヴィオラは、愉快そうに笑い愉しんでいる
アンジェラはただその後ろ姿を見つめ続けることしかできなかった