Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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The right mission,The fate of the only mistakeⅩⅦ

 

中央本部メインルーム

 

「ひ、きゃぁぁあ!!」

 

一人のオフィサーが悲鳴を上げた後に虫のように潰される

 

多くの職員がパニックに陥る

 

七人が挽き潰され、五人が喰われた

 

「うわぁぁぁあ!だれ、がッ」

 

一人、二人、大きな蛇に殺されていく

 

逃げ惑う者、泣き喚く者、恐怖に狂わされる者

 

赤い眼が職員を捉える

 

たったそれだけで、多くの職員が息絶える

 

「ひ…ぁ…」

 

絶望に染まった職員が、世界蛇の前で崩れ落ちる

 

無の世界蛇は唯一の目をそちらに向け、その口を大きく開き黒い口の奥を覗かせた

 

凶悪な牙が、職員に突き立てられる

 

「ひっ…きゃぁぁっ!!」

 

職員が食い潰されそうになったその瞬間、人影が現れる

 

ボロボロになった警棒が、無の世界蛇の牙を砕く

 

「っ…大丈夫ですか!?」

 

全身擦り傷だらけのレイン575が、数匹の蝶をまといながら駆けつけたのだ

 

「あ…れ…レインチーフ…」

 

牙を砕かれた無の世界蛇は大きく身を捩らせながら後退する

 

レイン575は息を切らしながら警棒を握り直す

 

「無事なら一旦引いてください、そして動ける全職員に通達を

管理業務を続行、今日のエネルギーノルマを達成してください、と」

 

「え…な、何言ってるんですか…ALEPHクラスのアブノーマリティが収容違反をしている中、いつものように働けと…!?

あとその蝶何!?」

 

「だからこそです、下手にALEPHクラスを相手取って職員が全滅してしまう前に、今日の業務を終えれば生き残れます

私があの蛇を引き付けているうちに各自が行動してくれれば、今日を終えクリフォト抑止力によりアブノーマリティは鎮静化、再収容されます

一人でも多く助かりたいのならばこの手しかありません、あとこの蝶は少し小競り合いを…ああ鬱陶しい!」

 

顔の周りをくるくる飛び回る蝶を手で払いながら他職員に指示をしていく

 

無の世界蛇は黒い炭のような涎を垂らしながら、レイン575を睨みつける

 

「先程から管理人の指示がありません、伝達機器の故障か、管理人自身に何かがあったようです

勝手な行動は許されませんが、今私達が自分で考えて自分で動かないと、生き残ることすらできません」

 

「レインチーフ…」

 

「もし責任問題となれば、私がすべてを請け負います

再度言います、生き残りたいなら今日の業務を終えることです

私たちに残された生存方法はそれしかありません」

 

レイン575はそう言い捨てた後、ヒビの入った警棒を構え、無の世界蛇の元へ駆け出す

 

巨大な蛇は長い尾を打ち付けてはレイン575を潰そうとするも、レイン575はそれよりも早く駆け回る

 

L社職員の中でも随一の足の速さを誇るレイン575だが、そもそものサイズ差が圧倒的過ぎるのだ

 

無の世界蛇が細い瞳孔を狭め、レイン575に焦点を合わせる

 

「そう簡単に捉えられません…!」

 

レイン575は膝に力を籠め、一気に横へ跳ねる

 

すると無の世界蛇の大きな体の陰に隠れるようにレイン575の体が赤い瞳から外れる

 

そのまま無の世界蛇の死角から跳躍し、無の世界蛇の頸椎部に警棒を突き付ける

 

「______ッ!!」

 

耳が引き裂かれそうな絶叫が無の世界蛇の虚空の体内から発せられる

 

「早く行ってください!ここには近づかないように!」

 

「…!」

 

指示された職員は反対方向へ走り、出会った職員達にレイン575の言伝を伝え広めた

 

イヤホン型の無線通信機を活用し、同部門の職員やセフィラと連携を取りながら、またはすれ違った他部門の職員に口頭伝達しながら管理業務は再開されていく

 

その変化は、メインモニタールームでも確認された

 

 

 

「へぇ、考えたね、575番

でも、硬くなって動かしづらい関節や筋肉でどこまで蛇とやりあえるのかな」

 

優雅に紅茶を飲みながらモニターを観察するヴィオラ

 

その背後に立つアンジェラは、物音を立てないよう慎重に懐に手を忍ばせては、隠し持っていた拳銃を手に取る

 

「やめたほうがいいよ、それは賢明な判断じゃない」

 

そんなアンジェラの行動を、ヴィオラはモニター方面にもいたまま静止を呼び掛ける

 

「僕は君の事は気に入っているんだ、愚かな行動をして無様にスクラップになってほしくない」

 

瞬く間にアンジェラの額に触手の先端が触れる

 

一ミリでもその拳銃を引き出せば、体感時間が100倍遅いアンジェラにも意識が遅れるほどの刹那の間に機械の体は破壊されるだろう

 

アンジェラは神経システムが底冷えするような感覚に見舞われては、拳銃を懐の奥に戻す

 

「うん、いい子だ」

 

顔を向けることなく、ヴィオラは微笑んだ

 

 

 

「いッ…くぅ…!」

 

尾にはじかれ、レイン575の体は壁に叩きつけられる

 

肺の中の空気が一瞬にして吐き出され、呼吸がままならない

 

無の世界蛇と戦いだして、五分が経過した

 

警棒は砕かれ、武器としては更に心許ない

 

レイン575の頭からは血が流れ、平衡感覚が正常に機能しない

 

ふらつきながらも、レイン575は立ち上がった

 

「はぁ…はぁ…まだ…まだです…」

 

武器が使い物にならなくなっても、レイン575にはまだ四肢も口もある

 

噛みついてでも、レイン575は立ち向かうことを諦めない

 

他の職員が必死になって管理業務を行っている間の時間稼ぎ…囮役として、レイン575は折れそうな脚を奮い立たせる

 

無の世界蛇の瞳が、ゆるりとレイン575を捉える

 

回避しようと体を動かすも、膝が折れて倒れてしまう

 

(あの瞳の攻撃…この装備では対応しきれません…動いて…動け、私の体…!

今日機能停止してもいい、でもまだ…まだ、今日の業務が終わるまで…皆さんの生存が確定するまで…!)

 

無の世界蛇の瞳孔が細くなる

 

死の視線が向けられる

 

レイン575が絶望を感じた、そんな時

 

「何一人で頑張りすぎてんのよ!」

 

レイン575の体が引っ張られ、無の世界蛇の視界から外れる

 

そのまま瓦礫の陰に連れ込まれ、レイン575は座らされる

 

「…貴方は…情報チームの…」

 

レイン575を助けたのは、一人の女性職員だった

 

「そう、ココです!今や情報チームチーフにまで登りつめたのよ!

…じゃなくて、貴方なんで初期装備でALEPHアブノーマリティとあそこまでやりあってるのよ、化け物なの?」

 

「皆さんがアブノーマリティ達を管理しエネルギーを生産している間、時間稼ぎを…はっ、ではなく!無の世界蛇を足止めしないと!」

 

レイン575が状況を思い出し瓦礫の陰から飛び出そうとすると、ココがレイン575の襟を掴み引き戻す

 

「ぐぇっ」

 

「馬鹿ね貴方、そんなにボロボロになってまで貴方一人無理しなくていいの

ほら」

 

ココが瓦礫の隙間から、無の世界蛇を指す

 

厳密には、その足元

 

「無の世界蛇はWHITE属性、BLACK属性の攻撃に弱い!WHITE、BLACK属性のE.G.O武器所有者を中心に攻撃しろ!」

 

「あの巨大な体は動きが遅い!冷静に見極めれば簡単に避けられるはずだ!」

 

「目の攻撃は瞳孔が細くなればPALE属性攻撃が繰り出される合図です!目は一つしかないので視界は狭いはず、視界から外れれば問題ありません!」

 

ココが指した先には、何人もの職員が無の世界蛇の鎮圧に取り掛かっている様子が伺える

 

それを見たレイン575は呆然とし、ココが得意げに鼻を鳴らす

 

「今日、教育チームのロイド君がホド様に無の世界蛇に注意するよう言ってたらしくてね

そこからセフィラ伝に各職員達に忠告が回ったの

おかげで皆、無の世界蛇が収容違反を起こす前に一通りエンサイクロペディアに目を通していたのよ

だからああやって冷静に対処できている

リスクは高いけど、時間をかければ鎮圧だってできるかもね!」

 

「…ロイドが…い、いえ、そうではなく!では業務の方は!?エネルギー生産は…」

 

「そっちも滞りなく

最低限の人数で回っているわ

あと10分もすれば今日のノルマは達成されるって」

 

ココは無邪気に笑いながら手でVサインを作る

 

「ハイパースペックの貴方一人で頑張らなくたって、私達も日々強くなっているんだから、ちょっとは頼ってよ

ここでALEPHのアブノーマリティを鎮圧できれば、職員達の自信にもつながって更に成長できるはず、そうでしょ?」

 

ココは銃を構えながらそう告げると、瓦礫の向こうへ飛び出した

 

「貴方が変わったから、私達も変われたの

世界蛇の首、取ってきてあげるから!」

 

果敢に走り出したココは瓦礫の山を踏み越え、高く飛び出し無の世界蛇の瞳に向かい銃を撃ち放った

 

その銃は、今朝レイン575が手放したE.G.Oの二丁拳銃であった

 

WHITE、BLACK属性の銃撃を目に受けた無の世界蛇は施設全体を震わせるような悲鳴を上げ、尾をいたるところに叩きつける

 

そのダメージを逃さず、戦闘職員達は無の世界蛇を畳みかける

 

その光景を見ていたレイン575は、形容しがたい感情から胸の辺りを強く掴んだ

 

「…皆さん…」

 

レイン575の数日間の変化は無駄ではなかった

 

誰かの命を守ると行動したからこそ、その行動はレイン575に返ってきたのだ

 

今も、恐怖に抗いながら武器を手に立ち向かう職員達を見て、レイン575は視界を滲ませていた

 

「…ああ、いけません…泣いている場合では

私、こんなに涙脆かったのでしょうか」

 

暫く息を整え、回復した後自分も加勢しよう

 

そう考えていた矢先、レイン575の片耳につけているイヤホン型の小型通信機から内線が入る

 

『…イン…レイン…!』

 

回線が上手く繋がりにくい状態ではあるが、少しづつハッキリ聞き取れるようになってくる音声

 

それは、自分の所属チームのセフィラ、ネツァクの声だった

 

「ネツァクさん!今管理人はどうなっています!?先程から指示放送が…」

 

『レイン、マズいことになった』

 

焦燥感が、耳元から伝わってくる

 

嫌な予感はレイン575の頭の中で膨れ上がり、破裂する

 

今すぐに耳を引きちぎって、次の言葉を聞かないようにしようと思った

 

それでもレイン575は嫌に耳にこびりつく心臓の音と一緒に、ネツァクの言葉を聞いていた

 

 

 

『たった今、「何もない」が脱走した』

 

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