「なにこれ、どういうこと…?」
メインモニタールームで、ヴィオラは狼狽えていた
鎮圧されそうになっている無の世界蛇、収容違反した何もないを自身と共に隔離した自分の子ども、着々と生産されていくエネルギー
彼が当初思い描いていた廃棄処分のシナリオとはかなりかけ離れてしまっている状況に、困惑の色を見せ始める
「…やっぱ権能は七本揃わないと調子狂うな…五本じゃまとまりがとれない、六本目はここで見つかりそうなのに今だ影は見えないし…いや、今はそうじゃない
あの女に殺させようとせっかく舞台演出を整えたのに、これじゃ寸劇だ」
空になったティーカップを皿に叩きつけては、鋭い目つきでディスプレイを睨む
目に見えて苛立っているヴィオラを警戒しながら、アンジェラはエネルギーゲージを確認した
エネルギー総数は92%
本日のノルマまでもう間もなかった
アンジェラがやるべきことは、百倍遅い体内時間で十分に理解している
「…反抗期、か…いや、子供って本当に面倒だな
実際問題、子育てはこれが初めてなもんだからね
アンジェラは?やっぱりお父さんに振り向いてもらえなくて悲しいの?
反抗期、入ったりするの?」
アンジェラの記憶中枢に想起される一人の姿
今ヴィオラの足元に転がる死体と同じ姿
「機械は機械らしく」という言葉を発し、一度もアンジェラを見ようとしなかった男
アンジェラの心臓に似た部分が、軋むように痛んだ
「…さぁ、どうでしょう」
「命令に忠実なのが機械だもんね
だからこそ、「心」っていうのは酷く厄介だけど…機械じゃダメなんだよね、
ちゃんとした肉の体、人間の肉体がないと意味がない
ところで…何をしようとしているのかな」
アンジェラは何も行動を起こしていないにもかかわらず、まるで思考を覗き見しているかのように問いかけるヴィオラに、アンジェラは静かに意識を集中させた
「…なんだと思いますか?」
エネルギーゲージはゆっくりとメモリを加算させていく
97%、98%、99%…
そして、100%になった瞬間、アンジェラはすぐ横にあったアナウンス機材の放送スイッチを押し、マイクをオンにしては大きく声を出した
「本日の業務を終了します
皆さん、お疲れさまでした…!」
ヴィオラは無表情のままその光景を眺め、アンジェラを二本の触手で押さえつける
同時に、触手で器用に放送ボタンをオフにした
「…!」
「いやはや終業放送をするだけだなんて…なんか拍子抜けだな
放送だけじゃ、アブノーマリティは未だ暴れて…」
そこまで言ったところで、ヴィオラは気が付く
一日の業務終了時に、収容違反したアブノーマリティを再収容するための一日に一度だけ稼働させるシステム
そのシステムのボタンは、今ヴィオラの後ろにある
「…まさか」
ヴィオラが振り向いた時には、それはもうこちらに向いていた
アンジェラが、触手に押さえつけられている腕を無理矢理動かし、その手に握る拳銃でヴィオラに狙いを定めてた
ヴィオラが触手を動かす前に、最高のAIは引き金を引いた
その銃弾はヴィオラの脇腹横をすり抜け、後ろにあるボタンに衝突する
その衝撃によりボタンは押され、画面の向こうでは脱走した何もないが姿を消し、収容室内に戻されていた
そのまま全収容室の扉が封鎖装甲により強固に塞がれる
L社にて非業務時間にのみ稼働させる防壁システムであり、これが稼働している間は職員も収容室に入ることはできず、アブノーマリティも収容違反は行えないようになっている
「…都市では、銃器に関して厳しい取り決めがなされています
製造の際は、弾丸は鉄を貫通してはいけない…のだとか」
鉄を貫かない弱い銃
その威力さえあれば、ボタンを押すことは可能であった
「…してやられたね」
ヴィオラは薄く笑い、モニターを眺める
泣きながら安堵し、生きていることに喜ぶ職員
動かない肉塊、血だまりの湖に横たわる蛇の亡骸
封鎖した廊下にて一人息絶える、右腕と左目の無い職員
ヴィオラはその光景を一通り見渡し、小さな溜息をついては触手を消しメインモニタールームから出て行く
「今回は面白くなかったけど…ま、処分は終わったし、あとはあの死体を抽出チームに回したりなんなりすればいいよ
どちらにせよ、もう終わりだしね」
拘束から解かれたアンジェラは去っていくヴィオラを眺め、モニターへと視線を移す
「……そう、今回も…ダメなんです」
メインモニタールームに接続された、大画面と小画面
そのどれもが赤く点滅し、ブザーを鳴らしながら画面の中央に文字列を並べている
〈!光の種シナリオエラー!〉
それは、繰り返す地獄を再びリセットする呪いだった
管理業務施設内
業務終了の放送が流れた施設内は、喚起の声で染まっていた
「終わったー!」
「ここまでハードな仕事は初めてだな…!」
中央本部の広いメインルームにて、無の世界蛇を瀕死寸前になるまで相手取った職員達がその場にへたり込んでいる
「でも、なんとかALEPHクラスを鎮圧できたよ…!」
「すっごいしぶとかったし、あと一分長引いていたら全滅だっただろうな」
職員達はメインルームに横たわる巨大な蛇の抜け殻に目を向ける
それは、鎮圧された無の世界蛇のものであった
「ねぇ、レイン見なかった?」
疲労感から動けずにいる職員達に歩み寄ってきたココが問いかけた
「レイン?知らないけど」
「お前が避難させたんだろ」
「そうなんだけど…捜してもどこにもいないのよ
どこ行ったのかしら…」
ココは駆け出し、その場から離れて施設内を探し回った
「うわぁぁあん!終わった!終わったよぉぉ!!」
「もう駄目だ、これから食う飯がどれほどうまいのか考えただけで腹が減る…!」
コントロールチームのアブノーマリティ達を管理していた安全チームの二人の職員も、互いを抱きしめながら一日の終わりに感謝していた
「はっ!そ、そうだ!レインチーフは無事なのかな!」
「…大丈夫だ、あの人はチート級だし、何もないくらいぼっこぼこにしてるさ!」
その胸に拭いきれない不安感を隠すように、そうであってほしいという願望を語る
少しの休憩を終えて、自分たちの上司が残った安全チームの廊下に向かって歩き出した
「…」
誰もいなくなったサブモニタールームでは、ネツァクが壁に凭れ掛かりながら片手で顔を覆い隠していた
「…クソッ」
先ほど見た光景が、頭から離れないのだ
他の職員を助ける為に、危険なアブノーマリティを足止めしていた一人の職員
不愛想で、口うるさくて、不思議な人間
機械的だったその職員は、生きるために行動していた
以前は何をしてでも生き延びようとしていたその職員が、最期には他者を守るために自分の命をなげうったのだ
その職員は画面の向こうで片腕と片目を失い、腹を裂かれて横たわっているところを他の職員に回収されている
「ネツァクさん、こんなところで休まないでください
ちゃんとセフィラ用の休憩室、あるでしょう」
「どうです、この数はネツァクさんには無理でしょう」
「あえて言うなら酔っ払いダメ上司かと」
「人型のネツァクさん…想像できませんね
…見て、みたいです」
「ネツァクさん、お疲れ様です
しかし業務中に飲酒とはいただけません」
「ああほら、もう業務が始まります
ネツァクさんも持ち場についてください」
「…では」
「…ネツァクさん
貴方は生きてください
絶対、ですよ」
その職員の声が頭の中で再生される
最期に見せた彼女の笑顔は、今までの堅い顔つきからは想像もできない程に柔らかく、切ない泣き笑いだった
それを思い出すだけでネツァクの視界はノイズが走る
逃げるよう伝えても、彼女は逃げずに戦った
それは正しく、彼女の意思
「…いい人間に、なったな…」
涙も流せない機械の体を小さく恨んだ
最期の言葉は、死にたがりの機械に向けた願い
自分の生存しか求めていなかった彼女が、自分以外に「生きてほしい」と願ったのだ
なら、死にたがりの機械はどうするべきか
「……ああ、そうだな…こんな世界で生きろって言うんだろ
お前はいつも、俺を叱ってばかりだな」
死にたがりの機械は、生きることにした
一言では言い表せられないあの職員の願いを叶え続けなければ、きっと彼女はまた叱ってくるから
ネツァクがそう決心した、その時
『光の種シナリオエラー! 光の種シナリオエラー! 光の種シナリオエラー!』
大きなアラートと共に、大音量のアナウンスが響き出す
「…!?」
ネツァクが驚愕している間に、彼は異変に気が付く
彼が保持している記憶が、少しずつ消去されていることに
「…全部、忘れろって言うのか…?」
記憶は次々剥がれ落ちていく
灰色の髪、紫の瞳、優しい名前
焼き付いた記憶が、古いものから
「やめろ…アイツが生きたことを、アイツが何かをしたことを、忘れちゃいけないんだ…!」
ネツァクが拒否しても、機械の体に組み込まれた仕組みは止まらない
「……!」
最期の姿までもが消えそうになった時、死にたがりだった機械は______