Continuation of stardustⅠ
転がる、転がる
美しい海のような瞳は転がっていく
ただ、往かねばならないという確信だけを頼りに
(…ここは)
菫の片目は、周囲の様子を見渡した
黒い空間、金色の輝き
そこはどこかの遺跡のように異質だった
(…私、まだ生きているんですかね
呼吸は止まっていますが…息もせず五分も意識を保てているなどとは…我ながら怪物ですね)
腕もなく腹も破かれた人間は、一切動かないまま目線のみを操作する
それでも、動眼神経や視神経が麻痺してきてはその些細な行為さえ自由にこなせない
視線を上へ向けた時、黒い影が曖昧な輪郭ながら捉えることが出来た
「目が醒めたようだな」
女の声であるのは理解できたが、その声に聞き覚えはなかった
過去の自分達でさえ出会ったことのない誰かなのだろう
「お前の事は織っている
都市の害悪、海の星の子、魔女に造られし赤子よ」
その言葉に返答しようにも、唇はおろか、舌も喉も動かすことはできない
「まぁ動けないのは当然の理だろう、なにせお前は死体だからな
死人に口無しとはよく言ったものだ」
何も言わなくても、黒い女性は人間が言いたいことを理解しているように語り続けた
「ここは下層、L社の抽出チームの区間だ
…と言っても、ここも時期に始点に帰すのだがな
今運ばれてきた死体であるお前を抽出する必要もないが…ようやく会合した魔女の子だ、聞きたいことは山ほどあり底は尽きぬもの
大変未練がましいものだ」
人間は彼女の言うことを理解した
この周期はもう終了するのだと
光の種シナリオはエラーを起こし、時は巻き戻りやり直しが始まるのだと
「さて、どうかな?お前が必死に守った他の職員の命、未来…お前の努力は全て無に帰す
誰もがお前がいたことを忘れ、その軌跡は亡骸と共に沈んでいく
それを知ったお前の気持ちを聴かせては呉れまいか」
視界はぼやけているが、声の主はきっと黒い微笑みを携えていることだろう
人間はそう思いながらも、声には出せない言葉を静かに頭の中で唱えた
(…それでも構いません
短い人生でしたが、生きた実感を得られました
例え無駄だとしても…私の自己満足でも、誰かの為になれたその事実は、私だけは忘れないでしょうから)
その言葉を察したであろう黒い女性は、静かに呟いた
「何も面白みのない人形であったか
…なら、こう訊こう
お前は、まだ生きたいと願うか?」
そう問いかけられた人間はもうしていない息を詰まらせた
黒い女性…抽出チームのセフィラは続けた
「生き延びる方法はある、だが確実では無い
成功すれば奇跡であり、失敗すればお前は永遠に人の道に戻ることは叶わぬだろう」
傷だらけの人間はセフィラを眺め続けた
一切動かない死体同然ながら、その視線は未だ魂が宿っていた
「もう時間は残っていない、故に勝手に取り掛からせてもらおう」
セフィラがそう言った時、空間内の気配が増える
「来たか」
転がり続けた瞳は、黒い機械に警戒心を向ける
「その子をどうするつもり…貴方、頭の調律者でしょう」
抽出チームに辿り着いた瞳…海の瞳の眼球、先程鎮圧された無の世界蛇は問いかける
調律者、と呼ばれた機械は薄ら笑いを浮かべる
「調律者であったのも今は昔
現状は別の名があり、それは私でありこの空間の名でもある
覚えておくが佳い、赤子よ
私はビナー、お前に未来を与えるものだ」
ビナー、と名乗った機械は無の世界蛇に手を伸ばした
無の世界蛇はその瞳を赤く染め、威嚇する
「どうするつもりと聞いている!」
そう叫んだ無の世界蛇の声は、二つの音が重なっている
「ほう…魂は同じなれど、精神は分割しているのか
案ずるな、ただ生き残れるかもしれない施術を施すまでだ
…無の世界蛇、哀れな蛇…貴様をこの赤子に移植してな」
それを聞いた人間と無の世界蛇は、今の言葉が信じられずにいた
アブノーマリティを、人間の体に移植する
死体である彼女は普通の人間よりも丈夫に造られてはいるが、アブノーマリティ達から抽出したE.G.Oではなく、アブノーマリティそのものを移植するというのだ
そうすれば、一体どうなるかは誰にも見当がつかない
「ちょうど佳く
蛇の目を入れれば、もしかすれば生命力が吹き返すやもしれないぞ」
ビナーは無の世界蛇を持ち上げては、人間の眼窩の前に添える
「私も見てみたい
人の深層が形となった幻想体が人間と組み合わさることで、どのような変化を齎すのか」
「…本当に、これでこの子は生き返るの?」
無の世界蛇は赤い瞳をそのままにしながら、ビナーに問いかける
不安と期待が入り混じる中、ビナーは答える
「さて、どうだろうな?
自我の塊を移植するのだ、赤子の精神も肉体も拒否反応を起こさないとは限らない
生命は皆、自分とは違うものを外へと追い遣りたがる故な」
「…でも、何もしないよりかは、可能性があるんだよね…」
空いた眼窩に、目玉が入っていく
「より強い精神で律することが出来れば、或いは…」
眼球が眼窩に収まった
「さて、あとは巻き戻るこの場から外へと出る事のみであろう
お前たちの特性は織っている、遡る時間、平衡する空間に嫌われた魂達
このままでは赤子も蛇も、時の移ろいの狭間に消え去ろう
然し、一瞬のみこの異質な世界から抜け出す時が存在する
巻き戻るその直前…このL社の全システムが停止するその瞬間こそお前達が脱する為の抜け穴となる
…何故ここまでするか、だと?
……単純な話だ、赤子でもわかること
あの魔女に都市が侵されている、都市という世界がな
都市の変質に拘りは無いが…あの害虫に好き勝手暴れられるのが私にとって気に食わない、それだけだ
そろそろか、都市で生き延びていれば、いずれまた会えることもあるだろうな
その時は茶でも淹れて、魔女の灯を吹き消した過程でも聴かせてお呉れ」