Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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命に名を与え、想いは永久に繋がる


violet zero Ⅳ

 

xxxx年xx月xx日

 

外郭・研究所

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

彼女の出産予定日が一ヶ月後に差し迫っていた頃、研究所では未知の物質…コギトの研究に取り組まれていた

 

彼女の愛するヒトも、ヴィオラの命によりその研究の一端を担っている

 

当のヴィオラは、まるで分身しているかのようにあちこちで見かけ、研究を手伝っては彼女の世話もしていた

 

といっても、ヴィオラは食事を運んだり、彼女がどうしても食べれないときに点滴を入れたりしているくらいで、それ以外は伴侶がサポートに回っている

 

この日も、ヴィオラが調子のよさそうな彼女の為に朝食を持ってきていた

 

「あと一ヶ月か~…いやぁ、君を見つけてもう五年くらい経つと思うと、なんだか感慨深いな

用心棒として雇って、いつの間にか_____と付き合って結婚して…子供までできて」

 

妖しげな双眸が紫色に輝いている

 

パンをひと千切り口に放り込むと、彼女は思い切ってヴィオラに問いかけた

 

「あの…ヴィオラ」

 

「なんだい」

 

「黒い森にいたっていうのは本当?」

 

その質問を聞いたヴィオラは、彼女に微笑みかける

 

しかし、その瞳は笑みを感じられないほどに冷たかった

 

「どうしてそんなことを聞くの?」

 

「噂だから

変な人やモラルのない人、人を人とも思わないような人は臆しもせず貴方の噂をするの

黒い森のスミレの魔女…人の血で人を焼き、人の不幸で人の幸福を売る、一目見ただけで今後の人生は魔女の操り人形になる…とかね」

 

「…なにそれ、尾ひれつきまくりじゃん…そんなの、都市でもよくあるありきたりな話でしょ」

 

呆れ返ったヴィオラは椅子の背もたれに寄りかかっては、徐に口を開く

 

「黒い森にいたのはほんと

気が付いたら奥の奥、沼地にポツンと一人、一糸まとわぬ姿でいたよ

あくまで人の形でこの僕の意識が存在しているのを認識した段階での話だから、本当はもっと昔から発生していたのかもしれないけど…

後の噂は知らない」

 

簡単に答えてくれたヴィオラに驚きつつ、彼女はその話を聞き続けた

 

「小さな鳥、高い鳥、巨大な鳥に見つかったときは傑作だったよ

つつかれるわ吊られるわついばまれるわで大惨事

終いには終末の鳥に化けて潰されそうになるし…」

 

「え、そ、その後どうなったの…?」

 

「…知りたい?」

 

目を輝かせながら身を乗り出して続きをせがむ彼女を見て、ヴィオラはいたずらっぽく笑う

 

まるで、父親の冒険譚を寝物語に聞いている子どものようだった

 

ヴィオラが続きを話そうとすると、部屋の扉が開く音がした

 

「なんの話をしているんだい?」

 

入ってきたのは、この部屋の主であり彼女の伴侶である美しいヒトだった

 

「おっと、楽しいお話はおしまい、続きはまた今度ね」

 

ヴィオラは席を立ち、彼女に一言そう言っては、部屋の出入り口の方へ歩いていく

 

すれ違いざま、ヴィオラは美しいヒトへ小さな声で耳打ちをした

 

「_______」

 

それを聞いた美しいヒトは表情を曇らせた

 

夫婦のみの空間となったその部屋の中、椅子に腰かける音が響く

 

「おかえり、夜通しなんて大変だね」

 

「君の負担に比べたらこれくらいなんてことないよ」

 

大きく膨らんだ彼女の腹を撫でる美しいヒトは、一度目を伏せ…次の瞬間にはいつもと同じような微笑みを向けた

 

「そろそろ、名前を決めようか」

 

「あ、そのことなんだけど…」

 

食事を食べ終えた彼女は、机の上にある一枚の紙に手を伸ばした

 

その小さな一枚の紙を、目の前に入り伴侶に手渡す

 

「私の名前はね、恵まれて育つ萌木のように、誰かに恵まれて…そして誰かを恵むようにって想いから名付けられたの

だから…この子も、人に恵まれて、人を恵めるようになって欲しい

恵みの…雨

この子は、雨って名前にしようと思う

……どうかな?変じゃない?」

 

手渡された紙に書かれていたのは、「雨」という文字

 

二人が出会った時、二人を濡らしていた水の名前

 

恵みの雨、二人を結び付けたそれが、二人の繋がりの名だった

 

「…うん、とてもいい

素晴らしい名だよ」

 

「…そっか、嬉しい」

 

愛おしそうな表情をした二人は、新たに生まれようとしている命に手を触れる

 

「雨、雨…お母さんを困らせてはいけないよ」

 

「お父さんにたくさんわがままを言って、素直で思いやりのある子に育ってね」

 

「都市は厳しい場所だけど、君なら大丈夫」

 

「私たちの子だもん、素敵な子に育つよ」

 

「……」

 

美しいヒトは、再び表情を曇らせた

 

そして、彼女に向き合い、口を開く

 

「…君に会えて、本当に良かったと思ってる」

 

「どうしたの、いきなり」

 

不思議そうに首を傾げる彼女を抱きしめては、愛おしい存在を閉じ込めるように腕を放さない

 

「僕の愛は変わらない

どこに行っても、ずっと」

 

「…ねぇ、本当に…どうしたの」

 

「愛しているよ…萌恵」

 

自分の名前を呼んだ愛する伴侶が、その瞬間だけ泣いているような声に聞こえた

 

彼女を…愛する妻である萌恵を抱きしめるその手から伝わる温度は、彼女よりも低く感じられた

 

この日、父と母は私達の名前を付けてくれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人が触れ合ったのは、これが最後であったのだ

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