Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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Continuation of stardustⅥ

「…貴方が、私の名前を…?」

 

「そう、君に名前をあげる

妹の真似事だけどね…」

 

何故そこまで良くしてくれるのかはわからないが、少女は一度男に名を委ねてみることにした

 

男は顎に手を当て、暫し熟考する

 

そして、十数秒ほど考え口を開く

 

「…イナ

イナっていうのはどう?」

 

「イナ……?」

 

「イナ

君のその番号?575だったよね

5と7と5を足すと17になる、だから17(イナ)

 

…もし気に食わなかったら別のも考え…」

 

「いえ、いえ!それでいいです、シンプルかつ言いやすい名前です…好印象です」

 

イナという名前を貰った少女は、目を輝かせて身を乗り出した

 

自分の識別番号から派生した、自分だけの名前…イナ

 

少女は頬を赤らめ、何度もその名を復唱する

 

「イナ…イナ…」

 

「…喜んでもらえて何よりだよ」

 

男は立ち上がり、嬉しそうに笑った

 

「じゃあ俺はこれで

イナ、行く宛てはあるの?」

 

「無二…えっと、蛇が一応あると…どこかは私も知りませんが…」

 

「そっか…イナ、都市は広くて怖いところだ

それでも生きるというのなら、強くならなきゃ

見逃すのは一度だけ、もし次に俺が君を殺そうとしたなら、俺を殺せるくらい強くなっているんだよ」

 

男は上半身を傾け、少女の頭を優しく撫でた

 

その言葉を受けた少女は、咄嗟に立ち上がって声を荒らげる

 

「殺しません!私は、誰かを死なせて生き残るのをやめたんです!」

 

あの日の記憶が蘇る

 

後輩が、自分を庇って死んだ日のことを…今でも鮮明に

 

「…それは我儘だね

都市ではそんな平和に生きられない、生き残りたいなら時には殺してでも生きなくちゃ…」

 

「現実的ではないのは重々承知しています

今すぐには不可能ですが…いつか、すっごく強くなってみせます

誰も殺さずに済むくらい…強く、強くなります」

 

少女は男に宣言した

 

不殺を志すと

 

左眼の奥で、蛇は昔を思い出す

 

 

 

「私のせいで多くの人が死ぬのなら…私、皆を助けたい

…もう誰にも、死んでほしくないから」

 

 

 

お人好しで弱虫で愚直で泣き虫、そんな分け身の切願

 

本当に、()()()()()()と思った

 

「…逞しいな

じゃあその日が来るのを楽しみにしていようかな」

 

男はそう呟き、鎌を持ち直して立ち去ろうとする

 

「あ、まっ、待ってください!貴方の名前は…」

 

少女は男の服の裾を掴み、男を引き止める

 

名を貰ったのに、少女は男の名も知らないままだった

 

「俺の名前…?

…いいよ、教えてあげる

耳を貸して」

 

男は屈み、少女の耳に口を寄せて耳打ちする

 

小さな声でも、裏路地の深夜ではよく聞こえた

 

「……アルガリア…?」

 

「そう、それが俺の名前」

 

アルガリア、と名乗った男は少女から離れ、外套を翻し深々とお辞儀をした

 

「それじゃあ、生きていたらまたどこかで会おう」

 

そのままアルガリアは屋上の柵を飛び越え、ビルから飛び降りて行った

 

「えっ!?」

 

少女は慌てて柵へ駆け寄り、地上を見下ろした

 

そこにはアルガリアの姿もなければ、青い欠片も見当たらない

 

ただ、掃除屋によって何も無くなった道が広がっているだけだった

 

「…行ってしまいました」

 

「危険な魂を持つ男じゃったな」

 

無二は回復したのか、再び実体を現し少女の首元に巻き付いた

 

「危なそうな人でしたが、案外優しかったですね」

 

「貴様は危機感が強いのか薄いのかよくわからんな

いや、影響されやすい…いい意味で感受性が豊かなのかもしれんな…?」

 

「まぁ、誰かさんのせいで子どもにされましたから」

 

雨上がりの深夜の空の元、一人の少女と一匹の蛇がビルの屋上で黄昏れる

 

「…行く宛てに辿り着いたとして、強くなって生き残る為にはどうすればいいのでしょう」

 

「そりゃあ貴様、なるしかないじゃろう」

 

そう言う無二に対し少女は首を傾げる

 

「小娘…萌恵は全てを忘れ人間になった後、この都市である職を手に入れた

便利屋…ふぃくさー、というものじゃ」

 

フィクサー

 

その情報も僅かにインプットされているが、少女は深くを知らない

 

便利屋という名の通り、恐らく様々な仕事を請け負う職業なのだろうと考察した

 

「今の男もふぃくさーであろう、あの小僧と仕事の契約上の関係か義理人情かは知らぬがな

小娘も名を馳せたふぃくさーだったのじゃぞ、数年前までな

9級から1級のうちの1級、その1級でもずば抜けて位が高いのが色を持ったふぃくさー

小娘は色を貰う直前に産気づいて退職しおった

 

色と言えば…昔は「赤い霧」なる護衛専門のふぃくさーがおったの

単純な強さにおいて右に出る者はおらん、小娘とも何度か顔を合わせたことのある怪物並みの強さを誇る奴じゃった

 

…ちなみに、妾達が向かう先はその小娘が何度か短期契約をしたふぃくさー事務所の一つじゃ」

 

「…なるほど

しかし…母様の命令ではないのに、何かになるのも…」

 

少女は途端に恐ろしくなった

 

母からの命令で生きてきたL社を脱し、広い都市で自由に生きる

 

その自由を得ることが、急激に少女の脳を冷やす

 

「何を今更、あれほど息巻いておりながら

…貴様、右腕を一度失ったじゃろ」

 

少女は思い出す、一度自分が死んだあの時…まだレイン575だった時、危険なアブノーマリティと対峙し時間を稼ぐため戦った

 

その時に、そのアブノーマリティに右腕を切り落とされているのだ

 

今ある右腕は、無二が少女の細胞を整理し複製したに過ぎない

 

「貴様達の右腕…上腕に、識別番号とやらが刻まれておっただろう

小僧作の証…菫の花の刺青まで付けられて

その刺青の下に、小僧の命令受信器が埋め込まれておったろ、GPSも込みでな

小僧が発する命令式を受信し、神経に繋げ脳へと伝達する枷

 

…しかし、今の貴様にそれは無い

あの気色悪い赤いまぜこぜが腕ごと受信器を切り落としたからな」

 

自分の右上腕に植えられていたもの

 

識別番号と共に、無二の言う通り様々な機器が埋め込まれていた

 

母の命令式を受信し無理矢理繋げた神経を介し脳へと伝達させ母の命令に強制的に従わせる受信器、居場所を特定するGPS、脳から神経を介し情報を発信する発信機

 

それらが骨に縫い付けられる形でクローンのレイン達に埋め込まれており、細く長いコードは神経に接合させられていた

 

「貴様を縛るものは、正真正銘なくなった

小僧は貴様が逃げ延びたことを察して探しておるそうじゃが…貴様は自由、母とやらに従う道理もなければ、先程小僧の元へは帰らんと言っておったじゃろう

 

誰かから命じられた事通りに動くのは楽じゃ

だがな、自分で考え自分で動き、責任を負う…その代わりに、何をしてもいい

独立とはそういうもの

貴様はまだ赤子に等しいが…これから先、この都市で自由が広がっておるのだ

妾も共に歩もう、だからな…自由への勇気を出すんじゃ

怖いのは期待しているからじゃ

 

イナ、これから貴様だけの人生が待っておるのに…何を躊躇う必要がある?

期待と不安こそ人間たる証!

暴虐な母から逃げ、強くなれ童

人間、夢を描きそれに向かい走るのが一番じゃ」

 

無二は雲紛れの星空を背に少女に語る

 

その力強い言葉に、少女は目を見開いた

 

生きる理由、生きる目標

 

生きるための願い

 

以前、死にたがりの機械が言っていたことを思い出す

 

生きたいのなら、前を向こう

 

少女は、柵から手を離し空を見上げた

 

そして、目標を掲げる

 

「私、なります

不殺のフィクサーとして強くなり、実力と実績を重ね、いつかその色とやらも貰ってみせます!

 

そしたら…ええ、またいつか、ネツァクさんに会いに行きます!」

 

「その意気じゃ童!ところでねつなんとかとは誰じゃ!」

 

拳を高らかに空へと突き出した少女…イナは、自然と笑顔を浮かべていた

 

無二はそんなイナを鼓舞するように、その腕に巻きつく

 

「そして…私、強くなって、母様を止めてみせます」

 

イナは拳を下ろし、巻きついた無二と視線を合わせる

 

「母様が何をしようとしてるのか、私は知りません

知らなくてはなりません

母様と萌恵さん…いえ、「お母さん」のことについて」

 

「…貴様…」

 

「母様がいる場所…人材派遣会社ヴァイオレットカンパニーに繋がる、私達の製造基地…地上の具体的な場所は特定出来ませんが、そこにオリジナルがいるんです

そのオリジナルこそ、無の世界蛇…萌恵さんの子ども、なんでしょう

私はそのオリジナルから造られたクローン…萌恵さんの血を引く子どもです

 

…母様が何をしようとしているのか、真実を突き止めて…止めてみせます

私は母様の支配から逃れられた唯一の子どもです

だから、母様の子どもとして…萌恵さんやその旦那さん、二人の子どもであり本当の親を知らないオリジナルに報いる為にも…母様がオリジナルや私達クローンで何かをしようとするのなら、必ず…私が母様を止めてみせるんです」

 

「…大きく出たな、童」

 

無二はその一つ目を伏せ、思い馳せる

 

「やはり、貴様の子だな…小娘」

 

無二はイナの腕から降り、先程のように巨大化してはイナを取り囲むようにとぐろを巻く

 

「やってやるか!あの下衆な小僧の鼻を明かし、いっちょぎゃふんと言わせてやるぞ!」

 

「…!

おー!!」

 

イナと無二は結託し、声高らかに宣言する

 

いつか、スミレの魔女…ヴァイオレットを打倒するべく、決意して

 

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