XXXX年1月7日 午後1時5分
とある裏路地、とある建物
そこはまさしく、フィクサー事務所の一つである
第一級フィクサー事務所…チャールズ事務所
それがその建物の名前として知れ渡っている
「はぁ、昼飯昼飯…」
その事務所から、一人の男が出てくる
黒いスーツに黒い髪、更には黒い仮面を付けたいかにも怪しげな男
その男は、気だるげに頭を掻きながら事務所の扉を開け外に足を踏み出した
「……ん?」
そんな時、一つの違和感を覚える
いや、違和感なんてものじゃなかった
それは明らかに普段とは違う光景であり、また面倒な依頼が舞い込んできたのかと錯覚する
その事務所の出入口である扉の前に、一人の女の子が倒れている
着ているシャツはヨレヨレで、全身汚れている
くすんだ白銀の髪も、お世辞にも美しいとは言えない
「…えっと…あー……」
男は悩んだ
見ないふりをすることだってできるが、昼休みの事務所前なのでいずれ誰かに見つかるだろう
しかし、男の直感が囁いている
「絶対面倒なことになる」と
「…あー…おい、おーい」
それでも、男は少女に声をかけた
ここで放っておいて死んでいたのなら、目覚めが悪いなどと理由をつけて
「………ぅ…」
倒れた女の子から、声が聞こえる
何とか生きている様子に安堵した男は、声をかけ続けた
「おい、お前迷子か?捨てられたのか?」
その質問に対する返答は無い
その代わり、「ぐぅぅぅう」という大きな音が少女から聞こえてきた
「…」
男は少々呆れ、少女を抱えて事務所の中へ引き返した
「
「わかった、わかったからもっとゆっくり食え」
事務所の応接間の一つ、そのテーブルの上に並ぶ食事達
少女はそれを次々と平らげていく
「腹が減って倒れてたなんてな、まぁガキらしい理由だな
それで?お前家は」
「家?…そんなものありません」
男は悟った、裏路地にはよくある話だった
裏路地でも生きるのは大変、故に子どもを捨てる親だって珍しくはない
この子も、ゴミを漁りながら掃除屋から隠れて生きてきたのだろうと
やけに大人びた口調だけが気になったが、自分の財布が痛いくらいで特になんとも思わなかった
「いい食いっぷりのお嬢ちゃんじゃないか」
「デザートにアップルパイはどうかな?」
その応接間に、さらに二人の男が入ってくる
一人は褐色で、もう一人は色白で柔和そう
頬にいっぱい食べ物を詰め込み、リスのようになった少女はそのまま頭を下げた
「まさか、ローランが事務所前に倒れている女の子に飯を奢るなんてな」
「明日の天気予報は槍かな」
「ほっとけ」
ローラン、と呼ばれた黒い仮面の男はそっぽを向いた
「あー、お前、それ食ったらさっさと帰…って、家は無いんだったか」
「そうです、だからここに来ました」
少女は食べ物を飲み込んだ後、フォークでアップルパイを一切れ刺し口へ運ぶ
「…ここに来た?チャールズ事務所に?何か依頼でもあるのか?」
褐色の男がそう聞くと、少女は首を横に振る
「ここで、働かせてください!」
菫色とターコイズブルーの瞳を爛々と輝かせながら、少女…イナはそう頼み、頭を下げた
しかし、現実はそう甘くなかった
「まぁそうだよね…まだ10にも満たないであろう小さな子どもを、ウチで雇うことは出来ないって所長が…」
柔和な表情で眉を下げるのは、アストルフォという男
「ローラン、お前が引き取ったらどうだ?」
冗談交じりにそう言う褐色の男は、オリヴィエ
「はぁ?誰がそんな面倒なこと…これ以上の出費はゴメンだ」
そして、黒い仮面をつけているのがローラン
三人の男に囲まれながら、イナはむすりと頬を膨らませていた
(こんな体でなければ、すぐに採用即戦力間違いなしだったのに…)
イナは三人に「働かせてください」と頭を下げた
しかし、三人は「決めるのは所長」と言った
そこで、イナはアップルパイを口に入れたまま応接間を飛び出した
所長室という部屋を見つけ扉を開けたイナはそのまま流れるように土下座し、所長である老いた男に就職希望を申し出たのだが…
結果は惨敗、即戦力どころか採用さえされなかったのだ
子どもの体が恨めしかった
「なんでウチなんだ?事務所なら他にもあるだろ
フィクサーとして働きたいなら、ウチみたいなところじゃなくても即採用するブラックな事務所なんてザラにあるぞ」
ローランはイナにそう言うも、イナは膨れっ面のまま応える
「嫌です、ここがいいんです
ここは以前、1級フィクサーの萌恵さんとも関わりがあると聞き及んでいます」
「君…彼女を知っているのかい?」
アストルフォが驚いたように声を上げる
「僕、彼女と一緒に仕事したことあるんだよ
脚が速くて…あ、もしかして君彼女の親戚かなにかかな?顔立ちが少し似ているし、左目も同じ色だし、さっきの駆け出しも速かった」
「……まぁ、はい、そんなところです」
イナは視線を泳がせ少し汗をかきながら返答する
「それで、お嬢ちゃんの処遇だが…俺から話をしたところ、拾ったローランが世話をしろってさ」
「はぁ!?結局俺かよ!」
私は拾い猫かなにかだろうか、と少し思うイナはそれを口には出さず、ローランに向かい頭を下げた
「よろしくお願いします」
「いや勝手に話を進めんな!ガキ一人養う分の貯金なんて無いっての」
「学校に行く必要はありません、家のお手伝いなどもします
あと、ここで働けるようになるまで無償でいいので事務所の雑用等もさせてください」
頭を必死に下げるイナの様子を見て、ローランは沈黙を決めていたが…やがて痺れを切らしたように頭を掻き毟る
「……あ゛ー!ったく、ガキが一丁前に頭なんて下げるもんじゃない
子どもらしく無邪気に笑っとけ」
そして、大きな掌でイナの頭をぐしゃぐしゃと撫で回す
「…!で、では…!」
「心底嫌だが、仕方ない
家事はできるか?」
「できません」
「そこからかよ!しかも即答!…まぁ、まずは手伝いから始めるか」
黒い仮面の下の表情は見えないが、その声はやけに優しかった
子どもだから同情されているのかは計り知れないが、イナにとっては子どもの姿でラッキーだったと思える出来事その2に認定された
「俺達も手伝うから、何かあったら言うんだぞローラン」
「そういや、君の名はなんていうのかな?」
アストルフォの質問に、彼女は自信満々に答えた
「私の名前はイナ…イナです!」