静かなピアノの旋律がホール内を満たす
煌びやかなシャンデリア、規則正しく動くウエイター
いかにも高級なレストランの一角、奥の個室席に座る二人
運ばれてきたブラッドオレンジのドリンクをストローで啜るイナは、この空間の空気に気圧されていた
「…」
「…」
「……」
「…どうしたの?食べないの?」
向かい席に座るアルガリアは、優雅な所作でローストビーフを口に運ぶ
「場違いすぎて、なんかもう味もわからないんですよね」
「確かに、子連れで来るような場所じゃないかもね
一等地のご令嬢ならまだしも、君みたいな普通の子供ならなおさら…あ、普通じゃなかったね」
「そんな貴方は様になってますね
一等地の御曹司か何かでしたか?」
イナの返しにアルガリアは一度ナイフとフォークを置き、膝上のナプキンを皿の横に広げた
「そう見える?」
「…いえ、実際そうならフィクサーになんてなってないでしょうし…没落でもしてない限り」
「そうでしょ?…俺達はね、外郭出身なんだ」
アルガリアは添えられているパセリを皿の上からナプキン上に移動させる
「とある研究所の被検体でね、用済みになった後外郭に捨てられたんだ
俺とアンジェリカは、そこで必死に生きようとした
…そして、ヴィオラに拾われた
「生き延びたいのなら僕のところにおいで」って」
「母様に…」
アルガリアと母の関係を改めて知り、イナは理解した
以前アルガリアが母を「友達」と呼んでいたのも、契約でもなんでもない真実の表現なのだと
「そう、しばらく世話になった後師匠…とある女性に預けられたんだ
そこで鍛えられて、今はこうしてフィクサーをやっているんだ」
「…被検体、だったんですか」
「そう、やっぱり似てるね、俺達」
嬉しいか嬉しくないかで言えば嬉しくない言葉に、イナは唸る
アルガリアはワインを一口飲み、そしてそれを後ろに放り投げた
そのグラスとワインが床に落ちるのと同時に、アルガリアは傍らの鎌を手にショーステージを隠す赤いカーテンを切り裂いた
「だからかな…君のこと、可哀想って思ってしまうんだよね
あんな魔女から狙われることになって
だから…俺が守ってあげる」
カーテンの向こうから血飛沫が噴き上がる
その向こうには数人の男女が潜んでいた
「…えっ」
「チッ、やっぱり気付いていたか…」
リーダー格のようなガタイのいい男が、切り裂かれた死体を尻目にこちらを睨んだ
「当たり前でしょ?むしろ、どうして気が付かないかな…子供じゃあるまいし」
「あれ、これサラリと侮辱されてます?」
「どうせこの子が狙いなんだろうけど、目的は金?悲しいよね…都市ではたくさん金が必要だから」
隠れていた数人は改めて武器を構え、アルガリアを警戒する
一方アルガリアは涼し気な顔で相手を見ていた
「
「青…?」
一人の男がアルガリアを「青い残響」と呼び、イナは首を傾げながら、以前無二が言っていたことを思い出す
「9級から1級のうちの1級、その1級でもずば抜けて位が高いのが色を持ったふぃくさー」
色を持つフィクサー、特色と呼ばれるその称号をアルガリアは手にしていた
青い双眸と外套、大きな鎌を見ても確かに「青」がよく似合う
「俺もそこそこ有名になっているみたいだね…嬉しいよ」
「お前もスミレの魔女から依頼されてるって聞いているぜ
どうしてまたそのガキを守る?契約違反だろ
そのガキを探し、見つけ次第引き渡すか最悪殺せ、そういう話のはずだ」
男が1枚の写真を取り出す
その写真には、髪が白く左目を眼帯で隠している子どもの姿が映っている
それは紛れもなくイナの姿だった
隠れていた男女達は、スミレの魔女…ヴィオラの手先の者だとイナは瞬時に理解する
それよりもまず、イナは自分の身元が割れているのに驚いた
いや、むしろ今までの三年…三年もの間、母が自分の現在の特徴を知らないままでいた方が奇跡なのだ
「…さすがに隠し通せぬか、してやられたな」
「無二、貴方何かやっていたんですか…?」
髪の隙間から様子を伺う無二に、イナは問いかけた
無二がそれに答えるよりも先に、敵の一人がイナに斬り掛かる
「…!」
無二に気を取られている隙を突かれ、イナは避けようにも間に合わないことを悟る
しかし、その刃がイナに届くよりも早く…アルガリアの鎌の切っ先が、持ち主の腕を貫いた
「ぐぁッ…!?」
「残念だけど、お触り禁止なんだ」
そのままアルガリアは敵の腕を切り落とし、ついでと言わんばかりに首を切り落とした
血飛沫がイナの手前まで吹き飛んでくる
「…そんな」
イナは目の前で倒れる死体を呆然と見つめる
「クソッ、青い残響に構うな!目的はあのガキだ!扉事務所の名に恥じないよう、必ず依頼を遂行してみせろ!」
男が他の者達を鼓舞し、残ったメンバーが一斉に襲いかかってくる
終幕は、呆気なかった
アルガリアは血のついた鎌を振るい、血を払う
死体が13、生者はたったの一人だけ
それも、虫の息であるのだが
「う…うぅ…」
イナは何が起きたのか理解できなかった
その動きを目で追うことは出来ても、理解し難かった
まるでワルツでも踊っているかのように優雅な惨殺
殺戮の演目で流れていたであろう音楽が、耳元に残るような感覚
悲鳴と絶叫の断末魔という楽曲…絶え絶えになっている男の呼吸が残響となって聴こえてくる
「…さて、君には聞きたいことがあるんだよね
事務所総出で狩りに来たんだろうけど、他の事務所の人間は?依頼は裏ルートからなら仲介者もいるはずだよね?答えてくれてたら助けてあげるかもしれないよ」
アルガリアは死にかけの男の元に歩み寄り、利き手の手首を踏みつけ見下ろしながら質問する
尋問の返答は来ず、ひたすらの呼吸のみが響き渡る
「…悲しいな、会話くらいできるはずなのに
声を出せないのかな?それじゃあ出るようにしてあげるね…」
アルガリアは鎌の刃を男の足に突き刺した
「ぅがァア!!」
そのまま鎌を動かし、足のラインに沿うように数cm引き裂く
「どう?声出たでしょ?それじゃあさっきの質問に答えてくれるよね」
「はぁ…あ゛ぁ……青い…残響…お前…これでいいのか…?
スミレの魔女に…報復を受けるぞ…」
「今質問しているのは俺なんだけどな」
アルガリアは更に数cm、足の肉を切り裂いていく
「いぎっ、う、ぐぅぅうッ…!!
じ、事務所の人間は…まだ何人か残っている…依頼は…17区に事務所を構えている情報屋から…!」
尋問は拷問へ変わり、イナは震えていた
恐怖ではなく、ただ哀しかった
「そっか、じゃあどちらも潰しておこうかな
答えてくれてありがとう」
「はぁ…クソッ…これで、俺は…助かるのか…?」
足に突き刺していた鎌を引き抜き、アルガリアは微笑みかけた
男の太腿の30cmもの傷口から血がドクドクと溢れ出る
「…それじゃあ、君も死んでね」
アルガリアが血のついたままの鎌の刃を、男の首に添えた
「は…はぁ…!?ま、待てよ!さっき助けてあげるって…」
「助けてあげる
だから殺すことにするよ」
アルガリアは狙いを定めるように鎌を振りかざし、それを振り下ろそうとした
しかし、その時に
「や、やめて!」
イナが男とアルガリアの間に割って入ったのだ
イナは男を庇うようにアルガリアの前に立ち塞がる
「…何してるの?」
「あ、あの、守られといてなんですけど…こ、この人を殺すのをやめてください」
「何で?生かしておいたら危険じゃない?」
「…今現在、私は母様に既に姿を知られてしまっています
それなら、危険度は変わりないですから…この人を殺すことだって無意味です」
空気が重い
肌が今にも粟立ってしまうような重苦しい空間で、イナはアルガリアに真正面から反論する
この都市に正常さを求めるのは馬鹿げているのは知っているが、それでも尚この青い男がどれほど気が触れているのかはイナも少しずつ理解していた
それでも、血の池を踏みしめながらもイナは男を守ろうと立っている
「…それもそうだけど、なら殺してもいいんじゃない?」
「い、嫌です」
「どうして?」
「…私は…もう、人が死ぬのを見たくありません」
「…あぁ、そういやそんなことを言っていたね」
アルガリアは以前のことを思い出したように俯いては、ゆっくりと鎌を降ろした
わかってくれたのか、とイナが安心したところで…何かが真横を掠めた
「ぐぁぁああぁ!?う、う、腕、腕がァッ…!」
イナが後ろを振り向くと、負傷していた男の片手が消えていた
数メートル離れた地点に、ぼとりと重量のあるものが落ちる音がする
そちらを向けば、男のものであろう片手が落ちている
その手には、刃渡り15cm程のナイフが握られていた
「わかる?イナ
君は今、自分が守った人間に殺されそうになったんだよ?
これでもまだ「殺さないで」って言える?」
アルガリアは微笑みを絶やさぬまま、鎌で男の息の根を止めている
瞬く間の光景にイナは放心するしかなかった
「…童」
「…」
「帰ろう、イナ
うーん…来て早々だけど、引越しが必要かもね
あと、君もその外見を隠さないと…整形する?」
青い外套を翻し、血のついた靴のまま個室を出ていくアルガリアに、イナは重い足取りでついていった
明日からポケモンレジェンドアルセウスをやり始める(予定)のでしばらく更新が疎かになるかもしれません