Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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Rainy blue IV

XXXX年6月11日

 

レストランでの悶着の後、ホテルに戻ってシャワーを浴びた後に沈むようにベッドで眠ったイナは、翌日の昼前に目が覚めた

 

眼帯を外した両の目から見える世界は、電灯の仄かなオレンジの光により薄暗く照らされている

 

「……無二」

 

傍らの枕の上でとぐろを巻いていた無二は顔を起こす

 

「起きたか、童」

 

「起きました、あの…あの人は?」

 

「……さぁな

昨夜貴様に布団を掛けた後部屋を出ていった、それからのことは知らぬ

彼奴も自室で休んだのじゃろう」

 

無二から話を聞きながら、イナはベッドから降りて机の上に置いてある眼帯を付ける

 

「…不思議だったんです

都市全土を掌握していないとはいえ、あの母様が三年もの間、私を見つけられていなかったこと

無二、貴方何かしていたんですね?」

 

イナの問いかけに、無二は数秒の沈黙の後に大きく溜息を吐いた

 

「…はぁ、いや何、ただの隠蔽工作に過ぎん

あのろぼとみー社とやらから脱出する際、小娘…無の世界蛇の情報を抹消し、ついでに貴様の後をつけられぬよう()()…痕跡を消していたのだ

しかし、彼奴の「権能」の力だろうなぁ…今の貴様の姿もばれてしまえば隠蔽工作も通らん

姿さえ知られてしまえば、捕まえるのも容易いであろうよ」

 

権能、それは母の手元にある五本の触手

 

本来ならば七本あるはずらしいのだが、今は五本しかない

 

権能にはそれぞれの能力がある…のだが、その真相はイナも知らなかった

 

「その、権能の力とは」

 

「…やはり、作り出した子にも伝えておらぬか

まぁ、自らの手の内を易々と晒すような輩ではないか」

 

無二は自身から溢れ出る影の塵を操り、仄暗い寝室内で黒い触手を再現して見せた

 

七本の権能には、それぞれ異なる能力がある

 

一本目、英雄の権能

 

英雄のように強靭な肉体を作る権能…平たく言えば、不老不死の能力

 

二本目、叡智の権能

 

ありとあらゆる知識、記憶を引き出す権能

 

この世だけでなく全ての平行世界、過去や未来、外の世界の知識等も取り入れることが可能になるもの

 

「…なのじゃが、「未来視」は制約…否、抑止力により使用できないのだ」

 

三本目、運営の権能

 

無から有を生み出し、価値の流動や役割の管理を行うための権能

 

端的に言えば、魂の宿る生命以外ならなんだって作り出せるもの

 

四本目、支配の権能

 

他者がヴィオラを「圧倒的強者」と認識することでその者の行動を制限、支配することができるもの

 

「童、貴様らがあの小僧に精神や行動を支配されていたのはこれによるものだ

あの右腕の刺青の下に組み込まれていた神経命令回路…それがこの権能の一部から生成されているものだからな」

 

五本目、処断の権能

 

不必要なものを排斥する権能であり、ヴィオラの支配圏内にしか作用しない

 

更には「契約」を結んでいる相手にしか使えかいが、小さな細菌から感情の一部、果てには生命活動まで「処断」できる

 

「母様は、なぜこの権能で私を処分しなかったのでしょう」

 

「彼奴はげーまーじゃからじゃ

彼奴は安全な策よりはいりすく、はいりたーんな策を好む

…何より、小娘自身に貴様を殺させることを愉悦と見なしたのだろう

然し愚策じゃったな!彼奴の慢心により童だけでなく無の世界蛇も手中から逃してしまうことになったのだからな!」

 

残り二本の権能は今はヴィオラの手にはないもの

 

六本目、万象統合の権能

 

全てを「繋ぐ」権能

 

七本目、万物乖離の権能

 

全てを「切り離す」権能

 

「…この最後のふたつは、よくわかりませんね」

 

「正直妾も詳しくはない、何せ使用したことなんてほんの僅かな二本じゃからな

ただ…言うなれば、彼奴の切り札と言っても相違ないであろう」

 

スミレの魔女の手元に無い、二本の切り札

 

情報の少ないその二本を、スミレの魔女は探しているのだろう

 

「妾の憶測じゃが、小僧がろぼとみー社に執着するのは権能の出現を待っておるからじゃろう

妾から見てもあそこは異質じゃ…この都市を変革しうるやもしれん

やれやれ…小娘のように傲慢で強欲な輩はどこの世界にも一人二人といるものだな」

 

無二は溜息を吐いて首を振る

 

触手を模した影は無二の体に吸収されていき、跡形もなく消える

 

「…そんな母様に、どうすれば敵うのでしょう」

 

イナはベッドに座り、膝を抱えては床を眺める

 

その視線に合わせるように、無二は床を這いずる

 

「まだ時はある、小僧は万全を期すように慎重になっている今が好機だ

今はただ成長するのだ童

貴様が五体満足で肉体を成長させ、この都市で精神を鍛えろ

…さすれば、妾が知恵を授けてやろう」

 

「…あとどのくらいでしょうか」

 

「それは貴様の成長次第じゃ

童、貴様の出自は異質とは言え貴様も人間の子に変わりはない、であるならば貴様は人として生きろ

小僧に使われる道具としてではなく、一人の人間としてだ」

 

「…こうしている間にも、L社(あそこ)では皆が…」

 

イナが思い浮かべるのは一つの箱

 

飲んだくれの薬物中毒者で、酷い上司

 

自分と共に仕事をした仲間達

 

繰り返す地獄を一人記憶したった一つの結末へ導く孤独の機械

 

L社に残ったもの達は多く、今のイナにそれらを救う術もない

 

生きるだけで必死になっている今では

 

「…急がば回れ、と言うじゃろう

急いて事を仕損じるより、時間をかけてでも確実な道を辿るべきじゃ

今は今の運命の流れに身を任せ、生き延びることに尽力せよ」

 

無二がそう言い聞かせていると、イナの寝室の扉が開いた

 

「あれ、起きていたの

おはよう、と言ってももうお昼時だけど…」

 

扉の向こうから現れたのは、髪を濡らし首からタオルを下げ、身にはズボンだけで上の肌を露出させたアルガリア

 

見てわかる通り風呂上がり、といったような身なりをしているアルガリアを見て、イナは固まった

 

「…きッ……きゃーーーーーっっ!!?

あ、あ、あ、あ、貴方なんて格好なんですか!?」

 

「おい青い小僧!貴様れでぃの部屋にのっくも無しにおめおめと入ってくるでないわ!しかも上半身裸体ではないか!礼儀を痴れ礼儀を!馬鹿者!」

 

「別に減るものでもないだろ?…あれ、それとも意識しちゃった?はは、イナもませてるね」

 

「出ていってください!バカ!バカ!」

 

イナは目を閉じながら傍らにあった枕をアルガリアに投げつける

 

そこそこ威力のある枕を軽く避けて、アルガリアは部屋の出入口に寄り掛かる

 

「罵倒の語彙少ないね」

 

「もっとありますし!?あ、アホ!おたんこなす!」

 

「童の馬鹿者!もっと工夫して罵るのだ!世にはこんな言葉があるぞ!しすこんとかろりこんとか」

 

無二がそう教えた瞬間、アルガリアは無二の首を掴み無二を持ち上げた

 

「なるほど、悪知恵はそこからか…縊り殺しちゃおうかな?」

 

「童ー!童助けてー!妾死んじゃう!」

 

「アブノーマリティが何言ってるんですかー!」

 

 

 

一悶着を終え、アルガリアは服を着てリビングでソファに座りながら紅茶を飲んでいる

 

イナはふくれっ面で昼食に差し出された宅配ピザを頬張る

 

「美味しい?適当に選んだんだけど…」

 

「トマトとバジルがチーズと絡み酸味と香味がチーズ特有の味を抑えつつ互いに引き立て合い、スパイシーなサラミがアクセントとなって美味しいと言えば美味しいです…」

 

「食レポ上手だね」

 

次々とピザを平らげていくイナを眺めながら、アルガリアはノートパソコンの画面を眺める

 

そこには、ネットニュースの記事が映っている

 

「…何見てるんですか?」

 

「うん?……なんでもないよ、ただフィクサー事務所が二つ、昨夜のうちに潰れたっていうニュースだよ

都市は人が生きるには難しい場所だからね、淘汰されるのは仕方の無いことだ…」

 

アルガリアはパソコンを閉じ、ティーカップをテーブルの上に置いた

 

そしてイナを見つめ、爽やかな微笑みを見せながら口を開く

 

「昨日来たばかりで悪いんだけど…引っ越そうか」

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