Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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17's AdventureⅡ

XXXX年10月10日

 

静寂なホテルの最上階の部屋の中で、イナは一人準備を進めていた

 

「ハンカチよし、お財布よし、鍵よし、地図よし…防犯ブザーよし!

よぅし!準備終わりました!」

 

ポシェットに必要なものを詰め込み、出入口に見張りがいないのを確認しイナは部屋を飛び出す

 

重い扉から廊下へ出ては、扉はオートロックで閉じる

 

彼女は今から、重要なミッションに取り組むことになるのだ

 

「ふふん、見張りも私の作戦に見事に引っかかりましたね

えっと…ここから一番近いのは21区の店舗…それでもバスで一時間はかかるんですよね」

 

エレベーターに乗り込んでは地図を広げ、今住んでいるホテルと目的地、近くの公共機関乗り場までチェックして付箋で必要料金も添付している

 

今の彼女には抜かりはなく、かつてL社で戦っていた頃のような集中力を研ぎ澄ませている

 

ホテルのスイートルームの入口付近で見張り番をしていた男は、イナが予め通販サイトで適当に購入した荷物を受け取りに行かせ、持ち場を離れさせている

 

エレベーターが一階に到着し、イナはフロントを確認する

 

見張りの男が配達員から荷物を受け取っているのを確認し、近くの休憩所に身を隠す

 

見張りの男が荷物を持ってエレベーターへと歩いていくのを見送り、ホテルロビーとフロントを出て大通りに足を踏み出す

 

「スイートルームではシャワーを出しっぱなしにすることでシャワーを浴びている最中と思わせる…カモフラージュも完璧です

帰りも同様の手口でいきますか」

 

今の時刻は午前10時、朝とも昼とも呼べない中途半端な時間故か、街ゆく人の数は控えめであった

 

それでも人の波は絶えず押し寄せ、小さな子ども同然のイナは押し流されてしまいそうだった

 

人の隙間を掻い潜り、イナはバス停に到着した

 

一息つく間もなく目的のバスが到着し、また人混みに流されるようにバスへと乗り込んだ

 

「ぐぅっ…」

 

既に人でいっぱいなバスの中、人の熱による蒸し暑さと体臭や香水の匂いが混ざり、更にはバスの揺れも加えられ吐き気がする

 

中途半端な時刻でこの状態なら、通勤や通学ラッシュは一体どうなってしまうのか

 

イナには想像がつかなかった

 

15分ほど揺らされた後、ようやく少しバス内が空いた

 

目の前のバスの座席がひとつ空き、好機と言わんばかりにイナが腰を下ろそうとすると、尻目にバスの入口に歳を召した老婆が立っているのに気がつく

 

「……あの」

 

イナは暫し考えた後、その老婆に声をかける

 

老婆がその声に気が付き、イナの方を向く

 

「ここ、空いてますよ」

 

 

 

「ありがとうねぇ、若いのに偉いねぇ」

 

「いえ、これくらい当然です」

 

空いた席を老婆に譲ったイナは、老婆の傍らで自慢げに胸を張った

 

今どきこの都市の中、しかも裏路地で足腰が丈夫でない老人がいるのはかなり珍しいことだった

 

老婆は杖を片手に胸をひと撫でし、イナに向き合う

 

「お嬢ちゃんは一人でお使いかい?」

 

「はい!隣の区まで買い物です」

 

「しっかりしてるねぇ」

 

老婆はくしゃくしゃの笑顔を浮かべ、頷いた

 

「うちの孫娘そっくり」

 

「お孫さんがいらっしゃるのですか」

 

「えぇ、貴方と同じくらいの」

 

老婆は手に持った巾着の中から、一枚の写真を取り出した

 

そこに映っていたのは、老婆を囲み笑顔を見せる男女と幼い女の子

 

それを覗き見ながら、イナは息を呑んだ

 

「…幸せそうですね」

 

「そうでしょう?これ、一ヶ月前に撮ったのだけどね、今日久々に息子家族達に会いに行こうと思って」

 

「……そうですか」

 

バスが停車し、下車側の扉が開く

 

人が流れバスを降りていく中、老婆も重そうに腰を上げた

 

「ここで降りるよ、ありがとうねお嬢ちゃん」

 

老婆は笑顔でイナに頭を下げ、バスを降りていった

 

その光景をイナは表情を変えずに見送る

 

(……あの写真、十年前の日付でしたね)

 

この都市、裏路地の中、まともに生きた老婆ではないことを察したイナはせめてあの老婆が無惨に殺されないことを祈りながら、空いた席に座った

 

 

 

同日 同時刻

 

イナが隠密にホテルを抜け出し、買い出しへと出向かって暫く

 

ホテルのスイートルームの主、アルガリアは仕事合間に一度ホテルへと戻っていた

 

「アルガリア様、お帰りなさいませ」

 

「うん、ただいま」

 

部屋の見張りに軽く挨拶をし、カードキーを使ってスイートルームへの扉を解錠させる

 

部屋に入った途端聞こえてきたのは、シャワーの音

 

「…イナ?シャワーを浴びているのかい?」

 

そう声をかけるも、シャワールームからイナの返答は返ってこない

 

不審に思ったアルガリアは、躊躇もせずシャワールームの扉を開ける

 

バスを囲うカーテンを無造作に開くも、そこにイナの姿はなくただシャワーの水滴がバスの中を滴っているだけだった

 

「…」

 

アルガリアはそのままシャワールームを出て、イナの部屋へ向かう

 

イナの部屋ももぬけの殻、必要最低限の荷物だけ持って出ていった様子だと推測される

 

「……どこへ行ったのかな?」

 

スイートルームの中はシャワーの音以外ほぼ静寂に等しく、どこにもイナは見当たらない

 

アルガリアはそのままスイートルームを出て、見張り番の男に声をかける

 

「イナは?」

 

そう問いかけると、見張りの男は驚いた顔をする

 

「お、お部屋にいらっしゃらないのですか?」

 

「…どこかへ出かけたんじゃないの?」

 

「いえ、私がここに立っている間は誰も出入りなど…

一度荷物を取りにフロントへ降りましたが、荷物をお部屋に運んだ時はシャワーの音がしていたので…」

 

「…そう、君は本当に間抜けのようだね

自分が与えられた仕事も出来ないなんて、俺はガッカリだよ…」

 

見張りの男の顔は、瞬く間に青ざめていく

 

「い、今すぐ捜しに…」

 

なんとかその場を逃れたい一心で、必死な顔でイナを捜しに行こうと見張りの男は駆け出した

 

しかし、足を踏み出したその直後…男の体は赤い床に倒れ伏す

 

ゴトリ、と重いものが落ちる音がする

 

見張りの男の首と胴体が切断され、その生命活動は停止した

 

「…やれやれ、お転婆だな…あの子は」

 

アルガリアの口元は緩く微笑んでいるように見えるが、その瞳は一切笑みを浮かべず暗く仄めいている

 

アルガリアはそのままホテルを後にし、裏路地の暗い道へと進んで行った




謝罪します

大変申し訳ありませんでした

多忙に多忙が重なり、スランプにスランプが重なり、書けないなりにちまちまちまちまと書き進め、しかし全然量は足りず…気がつけば前回投稿から一ヶ月経過しておりました

私は本当に馬鹿野郎です、お詫び致します……

一ヶ月ぶりですがまだ読んでくださる方がいたら、本当に本当に心の底から感謝致します

更新ペースは確実に落ちますが、ほんと、ほんと書く意欲はあります…どうかこんなお馬鹿な私にお付き合いしていただければ幸いです…では…
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