Labyrinth of the Violet   作:白波恵

56 / 162
17's AdventureⅢ

XXXX年10月10日 10時52分

 

「ふっふっふっ…最後の最後、運は私に味方しましたね」

 

とあるケーキ屋から出てきては、一人不敵に笑うイナ

 

その手には白い箱を入れた紙袋が握られており、確かな重みにイナは頬を緩ませる

 

「ラストひとつでしたが、無事購入できてよかったです

限定アップルパイ…いえ、これはあくまでアルガリアに対するお礼の品ですから!あわよくば一緒にいただこうだなんて…」

 

誘惑に打ち勝とうと頭を左右に勢いよく振り、イナは紙袋を持ち直す

 

「バス停までは歩いて20分でしたが…次のバスまであと10分、間に合いません」

 

降りたバス停から歩いてきた道を引き返し歩いていくが、時間の無さから無意識に足早になってしまっている

 

しかしアップルパイを運んでいるから走らないようにしながらも、イナは慌てた様子で足を進めた

 

「…おや、こんなところに道が」

 

そんな時、イナは建物の間に通じる階段を見つけた

 

どうやら路地裏のようで、薄暗いながらに通路は続いているようだった

 

「近道かもしれませんね、行ってみますか」

 

イナは躊躇うことなくそのまま階段を駆け下り、進んでいく

 

薄汚いゴミ溜めを通り抜け、バス停のある方角へ歩いていく

 

そんな時、イナの前に大柄な男達が立ち塞がった

 

「…?」

 

薄ら笑いを浮かべた四人の男はイナを見下ろしながら声をかけてきた

 

「よう嬢ちゃん、こんなところにおひとりかい?」

 

「はい、買い物帰りですから」

 

「へぇー、なんだかいい身なりじゃないか

いいところのお嬢ちゃんかな?」

 

「いいところではないですが、この服はどこかのブランドだと言ってました」

 

「そうかいそうかい!

なぁ嬢ちゃん、俺達今仕事中なんだ」

 

男達は下卑びた笑みでイナを見つめながらも、イナを取り囲んでは各々の手に刃物を握る

 

「俺達はネズミ、っていうんだ

知ってるか?裏路地で内臓を売り払うんだ」

 

「…」

 

「その内臓は獲れたて新鮮なものが高く売れるんだ…特に若い内臓はな

わかるか?生きた人間の新鮮な内臓、一人分売れば一週間は生きられるんだ」

 

男の一人が、イナの首に手を伸ばしてきた

 

その時

 

「……あ?」

 

男の腕が、白い腕に掴まれる

 

その白い腕は細く乾涸びているようで、生命活動を感じ取れなかった

 

「なんだよ、邪魔すん……な…」

 

妨害された男が振り向いた瞬間、その男の首に何かが噛み付いてきた

 

そのまま男は喉の肉を食い破られ、血を吹き出しながら倒れる

 

男の喉を千切ったのは、全身が枯れた木のような青白い人間

 

…だが、イナは瞬時に理解した

 

以前、見たことがあるのだ

 

 

 

「…最近、血の抜けた死体が徘徊していると裏路地でももっぱらの噂ですからね」

 

「イナも、ついこの間襲われかけただろ」

 

「はい、友人らとかくれんぼしていたら…こう、ぐわーっ!と」

 

 

 

そう、そうだ、数ヶ月前に近所の悪ガキ達と遊んでいた時

 

その時もこの白い()()と同じような怪物に遭遇したのだ

 

その時はローランが助けに入ってくれたのだが、今はローランもアルガリアもいない

 

更には…その動く死体は、一人だけではなかったのだ

 

「う…うわぁぁぁああ!?」

 

「ひぎ、やめ、やめろォ!たすけ、ぎゃぁぁぁあ!!」

 

男の仲間達が、次々溢れる動く死体達により食い殺されていく

 

動く死体は10人以上、それに囲まれながらイナは必死に思考を回している

 

(動く死体、血染めの夜の産物…今朝のニュースでは21区にはまだ出ていないという情報のはず…)

 

(まさか、新しく殺されたばかりの…?この短時間で、こんなに?)

 

(倒すべき?無二が万全ではないこの状況で?アップルパイを守りながら?)

 

(無謀過ぎる、第一得物も無いのに…!)

 

やがて複数の死体達がイナへと手を伸ばし始めた

 

その手を咄嗟に躱し、イナは来た道を戻るように踵を返す

 

「ぁ……はぁ……ひっ…」

 

走り出そうとした時、男の仲間の一人が腰を抜かして座り込んでいるのを見つけた

 

死体達はこれ見よがしにそちらへと群がる

 

「うっ、うわぁぁ!くッ、来るなぁ!」

 

「……全く…!」

 

イナは死体に掴まれた青年の元へ駆け寄り、青年を襲おうとする死体の一人に狙いを定める

 

そのまま走った勢いで跳躍し、体を捻りながら死体の頭部に強力な蹴りを入れる

 

「ッガ………ァ…」

 

「入りました」

 

死体はそのまま他の死体達を巻き込み後ろに倒れる

 

低姿勢で着地し、イナはすぐ様立ち上がる

 

「死にたくないのなら逃げますよ!」

 

イナは青年にそう叱咤し、青年は我に戻ったようで慌てて腰を上げ走り出す

 

イナと青年は並びながら薄暗い道を駆け抜ける

 

「はぁ…はぁ…何なんだよアレ!」

 

「ニュース見ないんですか!ラジオとか!

動く死体ですよ!もう四、五ヶ月前から各裏路地で頻出しているものです!全身の血を抜かれて尚動いて人を襲うんです!」

 

青年にそう説明しながらも走る足は止めず、紙袋を抱えながらひたすら逃げる

 

しかし、表通りに出る為の階段に、先程とは違う死体が5人行く手を塞いでいた

 

「ひっ…!?また!」

 

「…ルートを変えましょう!」

 

イナは方向転換し、建物の間のわずかな隙間へと入っていく

 

換気扇の上に飛び乗り、猫のように通り抜ける

 

「ま、待ってくれよ…!」

 

青年も無我夢中でイナの後を追う

 

二人揃い建物の隙間を抜けてからも、動く死体から逃げ惑い続けた

 

行く先々で動く死体が道を塞ぎ、その度に違う道へと進んでいく

 

(なんだか…誘い込まれているような…!)

 

動く死体の突然な大量発生に混乱しながらも、二人は裏路地の中を逃げ続け…

 

 

 

やがて、昼の光が届かない暗い道を歩いていた

 

蛍光灯の光は赤く、腐敗臭が蔓延した場所

 

背後から動く死体が襲いに来る気配もなく、イナと青年はゆっくり息を整えた

 

「はぁ…はぁ…もう…なんなんだよ…」

 

「ふぅ…なんでこんなに湧くんですかね…ゴキブリでしょうか…

ともかく、変なところに迷い込んでしまいましたが進むしかないですね」

 

イナは紙袋の中を確認し、迷いなく進む

 

そんな様子を見て青年は怯えた表情を浮かべる

 

「な、なぁ…お前、本当に子どもか?

見たところ10歳そこらに見えるけど…やけに肝が据わってるし、さっきの身のこなしも子どもとは思えないんだが…」

 

「内臓を奪いに来ておいて何を言ってるのやら

今時の子どもは飛び蹴りくらいみんな出来ます」

 

嘘である

 

イナは今適当なことを口に出しただけである

 

「そ、そういうものか…」

 

「貴方も災難ですね、内臓を売らないと生きていけないくらいなのに、こんな事件に巻き込まれてしまって

まぁ、因果応報ってものでしょう、真面目に就職したらある程度の食い扶持はてきるでしょうに」

 

そこまで言って、イナは警戒した

 

足音が、自分のものしか聞こえなくなっていたからだ

 

「……」

 

ゆっくり後ろを振り向くも、先程まで一緒に歩いていた青年の姿は見えなかった

 

赤い蛍光灯が点滅する

 

パチ、パチと光っては消えてを繰り返し……

 

やがて、道の奥から気配を感じた

 

「…」

 

心臓が収縮したまま締め付けられるような感覚がした

 

ギチギチと音が聞こえそうなまま、冷や汗が吹き出し神経は麻痺する

 

「うん、若い男は悪くは無いね

ただ不健康そうだ…血が少し臭いな」

 

そんな声が、背後から聞こえてくる

 

巨大な針が背中に突き刺さりそうな威圧感に、イナは恐る恐る道の奥へと視線を向けた

 

点滅する赤い光に照らされた、黒い影

 

液体が滴る音が、鼓動代わりになって響く

 

一瞬にして姿を消した青年が、黒い影に抱えられている

 

その顔に生気は無く、先程と比べて肌が青白くなっている

 

黒い影は男の首筋に何度も噛み付いては血を啜っている

 

恍惚そうに、美味しそうに、もっともっとと強請るように

 

体の芯から冷えていくような光景に、イナは後退る

 

「逃げないでよ、お前だって立派な私の獲物だ

 

…血染めの夜の、ね」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。